第2話 左隣の住人
「よしっ、こんなものかな?」
腰に手を当てながら、恭平は完成した部屋のレイアウトを眺めていた。
左側に設置したベッドのそばにローテーブルを設置。
右奥にあるクローゼットに衣類を入れて、その隣にある納戸には持ってきたほとんどの荷物を収納することが出来た。
上手く収まってくれたので、フローリングのスペースが広くなったのは嬉しい誤算だ。
「にしても熱いな……」
ようやく荷解きを終えて気が抜けたからか、恭平はじめじめとした部屋の暑さを改めて実感する。
途中で窓を開け、エアコンを付けずに作業していたので、首から巻いていたタオルは絞れるほどに汗を吸収し、拭き取れなかった汗がシャツにぐっしょりと染み込んでいる。
「とりあえず、シャワー浴びるか」
すると、恭平のお腹がぎゅるるるっと音をたてる。
そう言えば朝食を食べてから、何も食べ物を口にしていないことに気付く。
ふと窓から外を覗けば、既に空はオレンジ色に染まっており、カラスのカァカァという鳴き声が聞こえていた。
「シャワー浴びたら買い物に行くか」
恭平は食材の買い出しへ行くことを決める。
それよりまずは、汗まみれの身体を綺麗に洗い流すのが先だ。
恭平はクローゼットから着替えを取り出して、シャワーを浴びるため、脱衣所へと向かう。
風呂でシャワーを浴び、身体を綺麗に流し終えて、新しいシャツに着替えた恭平は、スマートフォンで近くのスーパーを検索する。
どうやら、歩いて五分ほどのところにスーパーがあるらしい。
早速、リュックサックに財布とエコバッグを入れて、日用品の買い出しへと向かう。
玄関で靴を履いて外へ出ると、先ほどまでオレンジ色に染まっていた空は藍色に染まり、空には夏の星たちがキラキラと輝いていた。
鍵を閉め、アパート前の道路へ出ようとしたところで、ふと人の気配を感じて足を止める。
視線を上げると、左隣の玄関前で鍵穴を差し込みながらスーツ姿の女性がこちらをぽかんとした様子で見つめていた。
茶髪のふわりとしたショートボブに、端正な顔立ち、艶のある唇は艶めかしく、ピシっと着こなしたスーツ越しにでもわかる豊かな胸元とパンツから伸びる黒ストに包まれた健康的な長い脚がさらに女性的な魅力を倍増させている。
「どっ……どうも」
恭平がおどおどした声でぺこりとお辞儀すると、ショートボブの女性がふわっと柔らかい笑みを浮かべる。
「あら、もしかして朋子さんが言ってた新しい住居人さん?」
おっとりとした口調で尋ねてくるスーツのお姉さんに対して、恭平は気を引き締めて答える。
「はいっ、本日からこちらの102号室に住むことになりました平野恭平です」
「初めまして、私は101号室の
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
はきはきとした口調で受け答えする恭平が可笑しかったのか、高橋さんはくすくすと笑う。
「そんなにかしこまらなくていいわよ。恭平くんは大学生?」
「そうです」
「なら、私の事は
「では、
朋子さんのようにいきなり距離感を縮めてくるところは同じだけれど、果林さんの方はどこか大人の余裕のようなものを感じる。
「昼間は仕事でいない事が多いけれど、何か困ったことがあったらいつでもお姉さんに頼ってもらっていいからね」
「はい、ありがとうございます」
果林さんと挨拶を交わしていると、恭平の後ろで扉の開く音が聞こえる。
「あーっ、やっぱり声がすると思ったら帰って来てた!」
後ろから現れた朋子さんは、明るい調子で果林さんに声を掛けた。
「こんばんは朋子さん。丁度恭平くんと会ったので、挨拶してた所です」
恭平も果林さんに続いて朋子さんへ挨拶を交わす。
「こんばんは朋子さん」
「こんばんは恭平君、荷解きは終わった?」
「えぇ、無事に出来ました」
すると、朋子さんは恭平の姿を見て、不思議そうに首を傾げる。
「恭平君は今からどこかに出かけるの?」
「はい、日用品の買い出しに行くところです」
「そうなんだ! 実は私も丁度買い物に行くところなんだけど、良かったら一緒にいかない?」
朋子さんは、手に持っていたエコバッグを掲げてくる。
「いいですよ。良ければこの辺りの事も教えていただけると助かります」
「任せて! この辺りの地図は大体把握してるから!」
そう言って、朋子さんはぎゅっと胸の前で握りこぶしを作ってみせる。
「恭平くん、朋子さんにはあまり期待しすぎない方が良いわよ。特に買い物に関してアドバイスをもらうのは禁物よ」
「ちょっと果林ちゃん失礼ね! どうしてよ⁉」
「ほら、自覚ないんだから。ってことで恭平くん。朋子さんとのお買い物行ってらっしゃい」
果林さんは玄関の扉を開き、逃げるようにして部屋の中へと入って行ってしまう。
「あっ、ちょっと待ちなさい果林ちゃん! こらーっ!」
バタンと扉が閉められ、廊下には恭平と朋子さんだけが取り残される。
恐らく、朋子さんの方が果林さんより年上なんだろうけど、二人の会話や口調だけを聞いていると、果林さんの方が大人びていて、朋子さんが年下に見えるから面白い。
恭平がほっこり笑みを浮かべていると、不意にくいくいっとシャツの袖を掴まれる。
振り向くと、朋子さんが期待に満ちた目で恭平を見つめてきていた。
「果林ちゃんが変なこと言ってたけど、恭平君は私のこと信じてくれるよね⁉」
そんな朋子さんに対して、恭平はにっと微笑む。
「もちろんですよ。朋子さんには先ほども色々とお世話になりましたし、ちゃんと信頼してます」
「ありがとう! それじゃあ早速スーパーへレッツゴー!」
すると、朋子さんは恭平の腕をガシっと掴むと、先導するように手を引きながらスーパーへと向かって歩き出す。
嬉しそうに一歩前を歩く朋子さんを見て、なんだかこっちまでほっこりとした気持ちにさせられる恭平であった。
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