第2話 嫌い

 月日は流れて、母から妹の結婚を知った。

 「挙式するの今度の6月みたい。親族代表で手紙読んでね」


 面倒な役回りを押し付けられたと思う。兄として僕は存在するけれど、兄としての役割を全うしていた訳がない。立派なエピソードトークは用意出来ないし、兄貴面をされてもお互いに困ってしまう。


 ナヨナヨされるのも“お相手さん”に無礼なことだ。出来のいい妹に恥じない兄貴として面子が保てないと、家族全体の評判を悪くしてしまう。社交辞令という欺瞞ぎまんなら、神様は見逃してくれるとか信じてみる。


 嘘だらけの手紙を書き出して思った。“お相手さん”は、どう妹を攻略したんだろう?もし何かしらのノウハウがあったなら、僕だったら本にしたためて高値で売ってやろうと思う。大したものだと感心する。


 「社会適合者」として立派に成長した妹に見合うように、“お相手さん”も社会に順応して、充実した青春時代を送ってコミュ力も存分にあって……そして何より「妹のことをよく理解して尊重した」。もし僕が尋ねたとしたらそう返してくるに違いない。笑いながらインタビューに答えてそう。腹立つ。


 方法がなくても、好きになる理由はあるに決まっている。例えばルックスとか……“お相手さん”は高身長でハンサム、清潔感もある。


 収入はどうだ?上場してから評価は鰻登り、30初めで年収は8桁。文句なし。


 趣味が合うとか言ってたな。ウォーキングにスポーツ観戦、洋画とデ○ズニーが大好き。


 ………。


 ………………?


 「あれ?」

 動かないペンは傍目、気味の悪い感情が沸々と湧き上がってくる。


 どうして、勝てもしないのに比べているんだ? まさか、僕の方が気持ちは強いとか思ってんの? 兄として妹への愛情とか。


 「ダメ兄貴だな、ははっ」


 夜の感傷に負けて、書き連ねていた原稿を破り捨てる。紙の繊維が切れる音は、僕の脳を快く震わせてくれる。それからやっと冷めたコーヒーを飲み干して、団地のベランダから世界を見渡す。


 「もう3時かよ」


 ジッポライターが火を纏う。不恰好なホタル族はやるせない気持ちを煙に込めて夜空に放ってみる。最近はやかましい文句を言う奴らが増えた。タバコの一つで一人の人間が救われるなら、そっちの方が大事だと彼らは思わないのだろうか。頭の悪い連中だ。

 比較論ではどう足掻いても勝てない。心から悔しいと思った。どう足掻いたって生まれ持った何かが違うのだから、悔やんでも仕方ないのに。彼らが異形の何かとして産まれて来れば良かったのに。背中に違う色のタグが貼られていたらいいのにな、彼らにはオレンジがよくお似合いだ……。


 ふざけろ。


 ◇


 「久しぶりだね」

 「おう」


 挙式は銀座の立派なホテルを貸し切る。そのために僕と両親は前日から新幹線に2時間も揺られることになった。友達も挙式に沢山来てくれるらしい。


 あれだけ悩んでいた手紙の内容も、何とか言葉を捻り出して無難なものに仕上げたつもりだ。検索履歴が「挙式 例文」で埋め尽くされているのはその証拠。汚い字だとダラシないって怒られたから筆ペンの練習までして来た。立派な“お兄ちゃん像”はここに極めて来たはずだった。


 それでも、久しぶりに見る妹の綺麗な顔を見るとぎこちない返事しか出来なかった。何も敵わない――。


 まずい、蓋をしていた妬み苦しみが、今にも溢れ落ちそうだ。


 「ヒヨリも凄いものね」


 「やだなあ、ママ」


 「立派に育ってくれて良かったよ、鳶が鷹を産むってこういうことだったな」


 「パパってば、お酒が入ってるからって……」


 父が奮発して贅沢なディナーにしたのは良いけど、それも親が親のメンツを保つ為で、後は理想のタイミングで結婚してくれた妹を手放しに激賞しては満足している。


 ここでも僕は蚊帳の外で、カメラマンという役職は与えられているけれど結局は付き人か奴隷くらいの扱い。鳶から生まれた鳶か、醜いアヒルか。


 妹は褒め言葉も綺麗にいなしていく。嘘でも言われたことのない言葉を仮に言われたとしたら、僕はどう返すのだろうか。素直に受け止められる気はしないけれど、どうせ良い顔をしてしまうような。


 妹は何も感じていないようだ。謙遜することもなく傲慢になることもなく丁度いい塩梅の照れ具合を見せる。その返し方は教わって手に入れたものでもなく、自分が生きていく上で必要だったから身に付けたモノなのか。人を傷つけたりしないから賢いようには見えるけれど、やはり本心は「ムカつく」で埋め尽くされている。


 陽の当たる世界に生きてきた人間が、僕の近くに居なかったらいいものを……。


 ◇


 「――で、なんで僕だけ?」


 「久しぶりだから、ソラに会うの」


 “9時にロビーに来て”、という連絡のままに部屋を出たはいいが、両親の姿はそこになかった。隣の部屋に居るんだから直接言いにくればいいのに、わざわざ内線を使って連絡を寄越して来た。風呂から慌てて出た僕の労力なんかお構いなく笑っている。


 「さて、行こっか」


 「どこへ?」


 「適当に、ぶらぶら」

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