第12話 実食!

 餡ドーナツを油から上げ、そこに砂糖をまぶす。

 これで全工程終了だ。

 僕は宿のご主人達を呼び、みんなでキッチンにあったテーブルを囲む。

 その中心には餡ドーナツの乗った皿。

「おお! いい匂いだ!」とご主人が言えば、奥さんも「本当ね」と続いた。

 そして最初に餡ドーナツに手を伸ばしたのは、娘さんだった。

 小さな手でわしっと餡ドーナツを掴むと、大きな口を開けて頬張る。

 その瞬間「んー!」と言う感嘆の声を漏らした。

 彼女が満面の笑みで告げる。

「うわぁ、美味しいっ!」

……しかし、ご主人と奥さんは餡ドーナツに手を付けようしなかった。

 なぜなら娘さんがかじったドーナツの断面の、黒々とした小豆餡を見てしまっていたから……。

 やはりこの見た目じゃかなり抵抗があるか?

 僕は焦って説明する。

「これは決して焦げじゃありませんよ? 小豆を甘く煮たものだから、こんな色をしているんです!」

 だが、これがより彼らの食欲を減退させてしまったようで……。

「甘く煮た小豆か……。味の想像がつかないなぁ」

 小豆と言えば塩味のあるスープという先入観から、甘い味付けが受け入れられないのだろう。

 ご主人はげんなりとした表情で、そう呟いた。

 奥さんの方も眉をしかめ、口元を手で押さえている。

……駄目かぁ。

 悔しいな、せめて一口でも食べて貰えれば……。

 無理強いはしたくなかった僕は、この二人に餡ドーナツを食べて貰うことを半ば諦め掛けていた。

 しかし、小さな奇跡が起こる。

「なあナギ、私も食べたい」

 いいと言うまで食べてはいけないよと釘を刺しておいたエレミーが、堪えきれずにこう訊ねてきたのだ。

 残すのはもったいないので、当然「いいよ」と許可を出す。

 すると彼女は待ってましたと言わんばかりに餡ドーナツを手に取り、小さな口を大きく開け、普通の人間よりも少しばかり尖った特徴的な可愛らしい犬歯を覗かせながら、かぷりとかぶり付いた。

 その瞬間、何とも幸せそうな表情を浮かべる。

 そして口を突いて出たかのよう、感想を述べ始めた。

「かじり付いた瞬間のカリッていうクリスピー感。まぶした砂糖のザラザラ感と甘味。外側とは違ったフカフカの生地。中の小豆のねっとりと舌に絡み付くような甘味。でもしつこくなくて後味はサッパリ。粒々の食感も好き。これは無限に食べられる」

 そう言った通りエレミーと娘さんはまるで競うよう、僕の作った餡ドーナツを頬張り続ける。

 最初の内こそ「美味しい」と漏らしていたものの、途中からは無言でただ黙々ともぐもぐタイム。

 そんな二人の美味しそうに食べる姿に食欲を刺激されたのだろう。

 ご主人と奥さんの唾を飲み込む音が、こちらにまで聞こえてきた。

 そしてついに「お、俺も食べてみるかな」と、ご主人が餡ドーナツを手に取る。

 それを追い掛けるように「私も!」と奥さんも餡ドーナツを手に取り、二人は同時にかぶり付いた。

 その瞬間ご主人がこう漏らす。

「カリふわっ」

 奥さんも驚きの表情で続いた。

「中の小豆も、甘過ぎずに上品な味よ……。こんなお菓子は初めてだわ!」

「ああ、まさか小豆を甘く煮たものがこんなにも美味いとはな……」

「普通は思い付かないわよね……」

 この瞬間僕は、テーブルの下で小さくガッツポーズを取った。

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