第11話 ドはドーナツのド!

 こちらを真っ直ぐと見詰めながら、餡を食べ終えたエレミーが言う。

「さっき塩を入れた時はバカなのかと思ったけど」

「こら」

「全然変な味じゃなくて、むしろ微かに感じる塩気が甘さを引き立てている気がして、凄く美味しい」

……へえ。

「エレミーってさ、見掛けによらず味がわかるんだな」

「うんわかる。だから味見は任せて」

「よし、任せた」

「あともう一つわかったことがある」

「……何?」

「ナギはお菓子作りの天才だったんだなー」

「いや、それは言い過ぎだよ!?」

「だからおかわり」

「はいダメー」

 お世辞からのおねだりを突っぱね、僕は作業に戻った。

 出来上がった小豆餡を、鍋から別の器に移す。

 そしてこのまま粗熱を取れば完成だ。

 だが、これはまだ材料が完成しただけに過ぎない。

……そう、僕が作りたかったのは餡じゃない! 

 お菓子なんだ! 

 すぐに次の工程へと取り掛かる。

 小豆や砂糖、塩と共に僕が買っておいたものは小麦粉とバターと油、それに牛乳。

 更には酒屋で販売していたビールの、澱の部分も特別に譲って貰っていた。

……小豆餡の黒い見た目は、西洋の人には抵抗があると聞いたことがある。

 テレビなどのメディアが無いこの異世界において、その見た目のインパクトは悪い意味で絶大。

 なので小豆餡を口にして貰うためには、少し卑怯だが隠すような和菓子を作らねばならないと考えた。

 でも今はお団子を作るために必要な製粉したうるち米も、餅米も無いのだ。

 よって僕が選んだのは――! 

 ボールに小麦粉、酵母、塩を入れ、そこに牛乳を少しずつ加えながら、手でまとまる程度の固さになるまで練って完成した生地を適量に丸く等分し、三十分程寝かせる。

 その間にエレミーがこう訊ねてきた。

「パンを作るのー?」

「んー違うよ」

「じゃクッキー?」

「それも違う」

「ケーキ」

「惜しいけど全部違うんだ」

「じゃあ何作ってるのー?」

「それは出来上がってからのお楽しみってことで……」

 生地の発酵が済んだところで、鍋にたっぷりと入れた油を火にかけた。

 それが適温になるまでに、手早く生地を伸ばして餡を包んでいく。

 丁度油が温まった頃、全ての生地で餡を団子のように包み終わった。

 それを一つずつ、油へと投入していく。


 ジュワァァァ!


 ここまでの全てを見ていたエレミーが、ようやくその名を告げた。

「ドーナツ?」

「当たり」

 そう、彼女の言う通り僕が作っていたのはドーナツである。

 ただしそれは普通のものでなく、僕ら日本人に馴染み深い餡ドーナツだ。

……正直、自分でも邪道だということは理解している。

 餡ドーナツは日本風ドーナツであって、和菓子とは到底言いがたい。

 だがまずは小豆餡を使ったお菓子を食べて貰い、エレミー以外の者達の反応を見るという大事な最初の目標のためには致し方無いと、そう判断したのだ。

 ドーナツを作るところを初めて見たのか、興味津々といった風に油へと顔を近付けるエレミーの首根っこを掴んで後ろに下がらせつつも、時折油の中に浮いた団子状のドーナツを転がし、揚がり具合にも気を付ける。

 油は細かな泡をパチパチと出しながら、徐々に生地をきつね色に染めていった。

……そろそろかな。

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