第10話 あん

 エレミーが火を点けてくれた竈の上。

 鍋に入れた水が沸騰を始め、小豆がぐらぐらと中で踊った。

 そのまま十五分程、ぐつぐつと煮る。

 すると小豆が水を吸い、二倍以上の大きさに膨らんだ。

 それから小豆の煮汁をざるで切りることで灰汁を抜いた。

 この工程のことを渋切りと呼ぶ。

「あーあ、スープ捨てちゃった」と横で溢すエレミーを無視しつつ、再び鍋に水を入れて小豆を煮た。

 十分程で小豆の皮が割れてきたので、薪を減らして火を弱める。

 鍋の中のお湯が小豆色に変色し、水分量も減り、ほとんど全ての小豆が割れてきた頃、幾つかの小豆を手に取り、指で潰して感触を確かめることで茹でムラや芯が残っていないことを確認。

……うん、ちゃんと煮えてる。

 もう一度小豆をざるにあけて煮汁を切り、今度は鍋に砂糖と水を入れる。

 砂糖が溶けてきたところで小豆を戻し、強火にかけながら焦げないように木べらを使い、手早く混ぜ合わせた。

 徐々に粘りと艶っぽさを増していき、小豆が餡らしくなってくる。

「なんかグロいね」とほざくエレミーを無視しつつ、最後に塩を一摘まみ投入。

 火傷に気を付けつつ少量を木べらで手に取り、恐る恐る味見をした。

「……うん、ほぼいつも通りの味だ! いや、むしろ砂糖の精製純度が高くないお陰で独特なコクと、ミネラルの雑味が味に複雑さを与えていて美味しい! 異世界小豆餡は大成功だ!」

 僕がついそう大きな独り言を漏らすと、エレミーが物欲しそうな目を向けてくる。

「……さっきグロいって言ってなかったかな?」

「でもいい匂い。それに味さえよければ見た目なんてどうでもいいし」

 いや、見た目も重要だからとは思いつつも、潤んだ瞳で「……ダメ?」と訊ねられ、ついつい僕はオッケイしてしまうのだった。

「熱いから気を付けてね」

「わかった」

 一口分の小豆餡をエレミーの小さな手に取ってやる。

 すると彼女は一瞬だけ躊躇の顔を見せたが、すぐにパクリとそれを口の中に放り込んだ。

 その瞬間元より大きなエレミーの目が、更に大きく見開かれた。

 真ん丸な瞳の中に光が反射してキラキラと輝いて……綺麗だ。

「甘くって、美味しー。さっき食べたお菓子と、また違っていい」

 柔らかそうなぷにぷにほっぺをもぐもぐと動かし、大事そうに咀嚼する彼女がなんだかとてもいとおしく思える。

……そういえば僕が作ったものを、家族以外の誰かに食べて貰うのって初めてだ。

 いいものなんだな、人に喜んで貰うのって……。

 始めての感覚に、僕はなんだかこそばゆくなってしまうのだった。

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