二十八話 春の花。春の乙女
「〝水球〟」
「さっきから水遊びして楽しいのぉ? ザコぉ?」
鋼鉄の花弁が頬を掠める。
エイミーはしかし、それを一切気にせず、生活且つ旅行に便利な七つの初級魔術が刻まれた魔術具、“日常の玉虫”で、水の球を浮かべるだけの〝水球〟を目の前に発動させる。
だが、その〝水球〟も鋼鉄のように硬く鋭くなった花弁によって、一瞬で四散させられる。
そしてナイーブは、甚振るように無邪気な笑みを浮かべながら、エイミーの頬や首筋、手首などを無詠唱魔術で花弁を操作し、切る。
「そっちこそ、お花以外に
「う~ん? 君のような、ザ、コ、には十分だと思ってるからだよぉ、頭が悪いのかな、才無し?」
「三流は良く吠えるって言いますけどぉ、確かなんですねぇ?」
エイミーは“泥沼の魚”で、鋼鉄の花弁を逸らしながら、フィールドを縦横無尽に駆けまわる。
それを追撃するように、背後に八つの魔術陣を浮かべたナイーブが鋼鉄の花弁を誘導する。
ただ、鋼鉄の花弁は地面に突き刺さらないようにしている。突き刺さると抜き取ったり、もしくは消して再召喚するのに他の魔術陣が必要になるからだ。
そして、再召喚する場合、ナイーブは詠唱をしなければならない。
ナイーブが無詠唱で行使できる魔術は限られていて、花弁を操る魔術と花弁を鋼鉄のように鋭く硬くする魔術だけだ。
それ以外は、最低でも一節を謳わなければならず、そして一節でも謳った場合、エイミーによって詠唱を邪魔され、必ず暴発する。
普通、魔術行使に失敗しても、暴発防止の
だがどういうわけか、エイミーによって詠唱を中断された場合、暴発するのだ。
一応、暴発軽減を組み込んでいるからその暴発具合は軽いが、それでも詠唱はできなくなる。
だから、最初に召喚した花弁だけがナイーブの攻撃手段なのだ。
可愛らしい少年の姿で同じくらいの背の高さのエイミーを罵っているが、それでも内心はいっぱいいっぱいなのだ。余裕がない。
無詠唱だなんて普段使わない。そして、早口詠唱などもっとできない。あれは、才能よりも修練が意味をいうからだ。
才能にかまけていたナイーブにできるはずがない。才無しのエイミーにはできるのに。
――ちょこまかとっ! その顔が、苦痛に歪むのを!
それがナイーブのプライドを
それに、先ほどから花弁で〝水球〟を切り裂いているため、花弁が少々水を吸っていて、いつもの感覚と違うのだ。そのため微妙に調節しなければならない。
それが余計にナイーブを苛立たせる。
だから、訪れもしない
冷静沈着に堅実に積み重ねる事が最もな魔術師とは、かけ離れた存在であった。
故に。
「〝灯火〟」
今まで、エイミーは左手を横へ振るい〝水球〟を召喚していた。
しかし、今回だけは左手を差し出し、“日常の玉虫”に刻まれている種火を創り出す魔術、〝灯火〟を使った。
「死ねぇっ!」
そして、エイミーは今までと違い逃げる様子もなく、突っ立っている。
冷静でも沈着でもなく、相手を甚振る快楽しか考えていないナイーブはその不自然さに気づかない。
だから、自分の背後に舞わせていた花弁を全て、エイミーへとぶつける。
――ハンッ。やっぱりザコだね。たかだかあんな種火一つで、僕の花弁を焼き払えるなど――
――パンッ。
そして鋼鉄と化した花弁の一枚が、種火に触れた。
もちろんナイーブにとって、一枚の花弁が消え去ることなどどうでもいい。たった一枚で〝灯火〟は消えるのだ。
だからどうでもよかった。
けれど。
「きたねぇ花火ですぅ!」
「うぐっ」
薄汚いローブで体全体を覆い隠し、地面を滑ったエイミーは、しかしながら空を埋め尽くした火花と黒煙を嗤う。
ナイーブは、花弁が連鎖するように爆発していく様子に頬を引きつらせながらも、エイミーの視界が塞がったことを確認して、詠唱して結界を張り、衝撃を防ぐ。
そして、フィールド全体を覆い隠す黒煙を隠れ蓑に、ナイーブは己が使える最大の魔術を詠唱して、魔術陣を編む。
――やはり才無しだな! 自分で墓穴を掘るなどっ!
そう思いながら、ナイーブは魔術を完成させた。
「――全てを惑わす花々よ。その
瞬間、黒煙を晴らすかのように、色とりどりの手のひらサイズの花が空中に咲き乱れる。
しかも。
「――全てを破滅させる花よ。その
爆風伴いながら、ナイーブの背後には茨をくねらす巨大な薔薇が現れた。
これが『花の魔導士』の権化。あらゆる花を召喚して襲う魔術を使うのだ。
そして。
「死ねぇっ!」
「子供だからって、語彙力増やす努力を忘れちゃいけないですよぉ?」
背後の体現した巨大薔薇の茨で、エイミーを空中へ放り投げる。
――これで、空中で切り刻んで地面に叩きつけて殺る!
そして、空中に咲き誇った色彩豊かな花々を鋼鉄と化し、槍衾でエイミーを殺そうとした。
……エイミーがニヤリと嗤ったのにも気が付かず。
「凡俗ぅ、知ってますかぁ? 魔術っていうのは、こうやって使うんですよぉ」
その瞬間、鋼鉄の花々が迫るエイミーの懐から、拳大の鉱石が五つほど、地面へ落ちる。
そして、エイミーが花々に切り裂かれる瞬間。
「――〝
紡がれたは、原初の言葉。
エイミーの目の前にほろ苦い黒の光が現れる。
「なっ!」
そして反応したは、
つまり。
「いつの間にっ!」
魔術陣。フィールド全体を覆い尽くすほどの地面に刻まれた魔術陣。
それがエイミーの
そして、エイミーの懐から落ちた五つの鉱石が地面に落ちた瞬間、ほろ苦い黒の光がフィールド全体に迸る。
そして、全ての花が枯れた。
「ッ! は、花よっ、乙女なる――」
「――〝沈黙〟」
「――!」
そして頭を鳴らす危機感に従って、慌ててナイーブは花を召喚する詠唱するが、“沈黙の鳥”によって防がれた。
それをニヤッと嗤ったエイミーは、重力にしたがって空を泳ぐようにナイーブへと突撃する。
そしてナイーブは“泥沼の魚”で思いっきり場外の壁に叩きつけられ、エイミーはこれまた器用な身のこなしで着地した。
オスカーが唖然とした様子で立ち上がっていた。前試合で立ち上がっていた講師と学生は、白目を剥いて気絶するか、呆然とした様子で椅子に話しかけていた。
Φ
「ウィルはともかく、何でレヴィアまでそんな冷静なのかなっ!?」
魔術陣は基本、増幅を基礎として作られている。いや、
だからこそ、現れた魔術を増幅するだけの魔術陣があってもおかしくない。
知らないうちにあの巨大な増幅魔術陣をフィールドに刻んでいたのも、百歩譲って置いておこう。
だが。
「あれ、
「はい、私がいます」
「そうじゃない!?」
しかし、歴史が証明している。
それを、二単語。完全なる自殺行為だ。
なのに、空中で死に体を晒しながら、目の前に鋼鉄の花々が差し迫っている中、言葉を紡いだのだ。
確かに魔力量は常人よりも少ないのだろう。
けれど、魔力が収められた鉱石、魔晶石に含まれる膨大な魔力を制御する技術さえあれば、それは意味を成さなくなる。
いや、普通自分の魔力量よりも多い魔力など制御できるわけではない。
常識だし、その魔力の制御に一瞬でも失敗すれば、体が爆発するかもしれないだろう。
それを為したエイミーの実力は、十星魔術師にすら劣らない。今まで展開した魔術陣は一つだけだったが、特例で十星魔術師にすらなれるだろう。
――それを事もなにげに問題ないとっ。これだから天才はっ!
ふむ、と頷きながらエイミーの真似をするように
「……あの、レヴィア。一応だけど、魔術師の一般常識は知ってるよね」
「はい。魔術師の常識は知っております」
……一応、昨日のレヴィアであったなら、驚愕の様子を晒していただろう。
しかし、自分の結界術式を改竄、隠蔽していたため、エイミーの実力を青天井並みに上方修正、つまり魔術師として認めたのだ。
それ故に、今のエイミーの戦い方に少しだけ不満を持ちながらも、その意図が分かっていたからこそ流石だと納得していた。
「その魔術師ってウィスクム令息は含まれないんだよな?」
ウィリアムの勘はここ最近になって冴えるようになってきた。特に言葉遊びなどといった事には。エイミーの影響なのは確かだろう。
そんなウィリアムにレヴィアは微笑をたたえて頷く。
「ええ」
「……はぁ。やはり大八魔導士でしたか……」
ここ二か月近く。レヴィアは、魔術ではなく謀略に力を入れていた。まぁ、その謀略も結構手抜きだったのだが。
しかしながら、魔術師としての非常識さを痛感する事はなかった。
確かに十三多重魔術術式を使っていたり、無詠唱魔術を使っていたりと、魔術師としての凄さは感じていた。
魔術講義においての、高高度な専門性の高い知識なども聞いていた。
だが、非常識さは感じていなかった。それは、レヴィアの言動が真面であったからなのだが。
――次期魔術男爵を魔術師扱いしないとは……これでは、この国の魔術師のほとんどが魔術師として認識されないのでは……
王城で接していた大八魔導士たちが頭を過る。破天荒で自分勝手。突然、失踪したかと思えば、軍事級の魔物を持ち帰ってきたり、王城の一部を吹き飛ばしたり。
――そういえば、真面に言葉が通じたのはマーティー殿だけでしたか。
小さいころにほんの数ヶ月だけ魔術を教えてもらっていたが、その時のマーティーは、少しおちゃめなお爺さんであった。
――いや、『金塊の魔術師』はとても分かりやすいお方であった……いや、あれはあれで扱いにくい……
と、レヴィアが大八魔導士であることを思い出し、そもそも目の前にいる存在は弱冠十六歳で大八魔導士になった奇才。
常人の常識など通用しないのだった。
……完璧超人とも言われているオスカーが何を思っているのか、と思うがしょうがない。
と、物思いに耽っていたら。
「って、ウィル! 何してるのかな!?」
「え?」
魔術に関する知識が乏しいウィリアムが、レヴィアの真似をして
しかもレヴィアは止めない。
なので慌ててオスカーは止めようとウィリアムの口を抑える。
まだ一発音目であったから大丈夫だった。
「レヴィア、何で止めなかったのかいっ!?」
「いえ、万が一があっても大丈夫なようにしていましたので」
「……はぁ」
あれ、僕って主だよね、となぜ自分が気苦労をしているのか混乱してくる。
というか、吹っ切れたウィリアムもウィリアムである。以前のウィリアムであったなら、気になっても即時実行などしなかっただろう。
特に魔術に手を出そうともしなかった。
身の回りの者が変わり、もしくは本性を表し始めた。それによってオスカーの気苦労は堪えなくなるかもしれない。
――けど、僕には相応しいかな。
そんな未来を直感的に予感しながら、オスカーは自らを俯瞰していた。
Φ
――どういう事よ! なんでこんなことになっているのっ!?
クレアに課せられた命は第三王子を堕とすこと。そしてオリアナの派閥を孤立させ、貴族社会から追い出すこと。
クレア・プロースティブラ。
彼女の人生は順風満帆だった。
彼女は、
一般的には、
それをもって生まれただけでも、彼女は自分の人生が祝福されたものだと思っていたが、何よりも彼女を増長させたのは皆に愛されたこと。
孤児院で育ったのだが、孤児たちは自分を女王のように崇め、自分の言葉に絶対に従う。それに、シスターたちも自分にとても甘い。
ただ、転生者であり罪人の両親をもつクレアはそれだけでは満足しなかった。もっと自分は高みに行けると思っていた。
だから自らの境遇を悲劇のヒロインとして使い、多くの者が好む純真を演じる。
そして、少年だろうが、青年だろうが、色男だろうが全てを魅了し、自らの物として使う。
まるで、春の花に誘われる蝶のごとく。子孫を残すために利用される……
それだけではない。同姓すら魅了し、容易に信頼関係、いや一方的な信用関係を築いた。奴隷のようにこき使っても悦ばれた。
十五歳になるころには、男とも女とも遊び、それでいて純朴さがある聖女とすら称えられていた。
いずれ金持ちの商人か、もしくはイケメンの貴族と結婚して、一生好き勝手に男と女を漁り、生きるつもりだった。
全ての者は自分に尽くす存在だと思っていた。
クレアは、可愛らしく美しく春を寿ぐように咲き乱れる花。誰もに愛され嫌われることのない春の花。
それが彼女を顕していた。
そんなクレアの人生に影が差し掛かったのは、丁度、十五歳と認められる新年を寿ぐ日。
おじさまとおばさまにお願いして王都で年越しをし、
丁度昼頃だったか。
クレアは、初めて美しいと思った人と出会った。
その日の王都では、二人の大八魔導士の新任式があった。
一人は、魔術貴族としての名高い『城壁の魔導士』の当主であり、『樹海の魔術師』としても異名を持つ天才、ギガス・アスト・シルワ。
そしてもう一人は、弱冠十六歳で大八魔導士になり、大賢者の再来とも言われる麒麟児。
『万能の魔女』の名に相応しくあらゆる魔術を使いこなし、魔力成長理論を確立させた、ヴィア・タンペットェ・ベネット。
その二人が、国王とともに新年の昼。王都を歩いていたのだ。
パレードである。
そこで貴族の男を捕まえてやると意気込んでいたクレアは、レヴィアを一目見た瞬間、恋に落ちた。
これが恋なのか、思うくらいには、快楽とも愛情とも違う気持ちを抱いた。醜く愛しく全てが混じりあった想いを抱いた。
そしてすぐさま、彼女を自分の物にしようとした。
“春花”を用いて、パレードに迷い込んだように入る。そしてレヴィアの前で転んだのだ。
そこで涙でも浮かべて、いじらしく礼を言えば絶対に堕ちる。そう思っていたのだが、結果は違った。
確かにレヴィアは微笑んでいた。麗人たるべき美しい笑みをたたえ、クレアに手を差し伸べていた。
けれど、その碧眼は、真実を写し出す泉は冷たかった。冷徹だった。
愛されて生まれて育ってきたからこそ、全ての好意を知っているからこそ、クレアはそれがすぐにわかった。
自分は路傍の石としか見られていないのだと。
初めてだった。この世界に生まれ変わって初めてだった。
確かに今までも自分の魅了が効きにくい者はいた。それでも多少は好意を持っていたし、いない存在として、どうでもいい存在として見られることはなかった。
憎かった。悔しかった。ムカついた。
そして、あの自分を
手練手管で堕とし、染め上げ、自分無しでは生きることすらできないようにしたいと思った。
前世も含めて最も暗い気持ちがクレアの心に生じた。
ただ、その日はその暗い気持ちが憎く憎く、高級宿屋に帰り、その気持ちを認めないために快楽を貪った。
一日、二日、三日経った後、彼女は
レヴィアを堕とそうと心に決めた。
しかし、クレアの人生はそこから上手くいかない。
大八魔導士になった存在にどうやって近づくか。魅了という力が通用しないのであれば、今の自分では相手にされない。それだけの力も地位もない。
だから、今まで
ものの数日でそれが為されそうといった瞬間、とある平凡な容姿の神官が自分の目の前に現れた。
神殿長があなたに会いたいと。
しかし、そう言った神官は平凡ではなかった。レヴィアと同様、自分に好意を一切抱いていなかったのだ。
不審に思った。けれど、こちらの願いを事もなにげに言い当てた神官に、クレアは言い知れぬ不安を感じ、その神官についていった。異様な不気味さがあった。
そして、とある教会の神殿長に会った。ゴミを見るような目で自分を見る神殿長に。よくいる欲望にまみれた容姿をする『何か』に。
クレアは初めて恐怖を感じた。レヴィアとは違う、触れてはいけない何かが自らの目の前にいると。
その予感が的中する。
半殺しにされたのだ。その神殿長の姿をした何かに、首を絞められ、拷問すら生ぬるい暴力を受けた。
そして命令された。
王国高等学園に入学し、第三王子を堕とせと。そしてオリアナ・リング・グレイフクスを孤立させ、没落させること。
従うしかなかった。
そしてどんな手を使ったのか分からないまま、試験も何も受けていないのにクレアは学園に入学した。
そして、
けれど運命の悪戯か、第三王子を堕とさなければならないクレアは、レヴィアとは敵対することになった。
しかし、クレアは落ち込まなかった。むしろ、その甘美な舞台に言い知れの悦びを感じていた。
クレアは求めていた。レヴィアが完膚なきまでに自分に負け、そして忠誠を誓い、快楽と愛憎に染めあげられること。
あの得体のしれない神殿長の命令を達成しながら、クレアはレヴィアを堕とす準備を始めた。
つまり、第三王子を堕とし、第三王子派の力を増大させ、第二王子を蹴落とす。そしてレヴィアをどん底へ落とし、そして自分が救う。
そのために、純朴ともいえそうな頭に花が咲いているオリアナ派を孤立させ、第三王子を堕として、一学年の殆どを味方に付けていった。
ただ、成人になってから物事は上手くいかなくなっていたのは確かだった。
エイミー・オブスキュアリティー・モス、モニカ・アフェール。この二人が自分に付かなかったのだ。商談すら臨まなかったのだ。
なのに、エイミーには土下座すらさせたオリアナとは商談を臨んだのだ。
思えばこの時からか。いや、気が付いたのはこの時からか。
一学年はエイミーたち以外は簡単に支配できた。だが、二学年、三学年は難しかった。特に二学年は。
けれど、何とか惑わし奴隷とした二学年生から、レヴィアの動向を集めていた。それをもとに問題にならない程度に嫌がらせをしたりした。
けれどレヴィアは、自分よりもアフェーラル商会の方に注意していた。
だから、もっと自分の方を注意させるために、オリアナと第三王子に多少の諍いを起こさせたりした。
レヴィアを知ったクレアにとって、第三王子など足るに足らない存在だった。その周りにいるゴミ共も。諍いを起こすのは簡単だった。
けれど、やはりレヴィアは全く自分を注視しなかった。
とても暗い気持ちが心中を占めたが、阿呆でゴミでも顔と体は良かったので、快楽に耽り、陰鬱な気持ちを晴らしていた。
レヴィアが卒業する前であと二年ある。
そもそも、第三王子を堕とすということは醜聞は悪い。どう考えても、貴族社会として考えれば自分たちは処罰される。
だから、学園を支配するのは足がかりでしかない。支配した学生たちを通じて、貴族社会に手を伸ばす。
まずは夏休みだと思った。うまい具合に貴族の屋敷や大人たちのパーティーに入り込み、貴族の当主や婦人たちを篭絡する。
貴族社会での力は増してレヴィアは自分を注視するだろうと。
それに、自分にキャンキャンと噛みつき、抵抗するオリアナもどうしようもない失態を犯して、学園を去る。
これだけの事を為せば、さらに自分を見てくれる! それが確定したと思っていた昨日の夜。
しかし、レヴィアはオスカーと踊っていた。
まるで神々に定められたかのように、恋愛物語に相応しいダンスだった。
殺したくなった。周りの全てを殺したくなった。けれどそれは不可能で、仕方なくオリアナの絶望でもみて腹いせをしようとした。
レヴィアたちに負けないくらいのダンスを第三王子とした。ついでに、オリアナ派にイジメられているとでっち上げた。
……まぁ、オリアナに忠誠を誓っていないオリアナ派を、手玉に取り自分をイジメさせたので、でっち上げたとはいえないが。
しかし、オリアナは絶望していなかった。全てがどうでもいいという表情をしながら、透き通った灰色の瞳だけには猛き誇る闘志があった。
そして、その時になってクレアは
第三王子を刺激し過ぎたのだ。
阿呆はオリアナに婚約破棄を突きつけたのだ。一週間も待てば、向こうから婚約破棄を懇願してくるというのにだ。
もう後に引けなくなった。
だからせめて、二学年、三学年の同情と庇護欲をそそるような立ち回りをしようとしていたのに、オリアナの口車に阿呆たちが乗せられる。
しかも、オリアナからぶつけられる闘志が、自らの根幹を成す何かを竦めさせ、なにもできなくなっていた。
そしたら、いつの間にか最悪な状況に陥っていた。
けれど、それでもオリアナの騎士として出てくる者がいないと思い、そこを突破口にしようと思ったのに。
一学年で一番厄介だったエイミー・オブスキュアリティー・モスに邪魔された。
しかも、自分をあんなに侮辱して、ドレスも体も汚して、地面に叩きつけて!
「何で。何で、何でっ!?」
――それでもあんなブス、直ぐに殺られると思ったのにっ!? 私の生き方をバカにするように、全てをバカにするようにっ!
クレアの紫眼は澄んでいた。純粋な狂気に染まっていた。
「どうして、どうして、どうしてっ!?」
思えば、レヴィアと出会った時からだ。レヴィアに心を奪われた時からだ。
――ああ、ああ、ああ、ああああああああああ!
「クレア、クレア。落ち着いておくれ。大丈夫だから。俺が絶対に倒して見せるから」
「本当ニッ!? 倒セルノッ!?」
「ああ、もちろんさ。あんな卑怯な勝ち方しかできない下賤な奴など、俺が、この双剣が切り裂いて見せるよ!」
そして、エイミーと阿呆の試合が始まる。
ルークにとって史上最悪ともいえる屈辱を受ける試合が。
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