二十七話 闘牛のような
「ふんっ。アイツに勝って調子に乗っているようだが、そもそもセシルは――」
ダボっとした薄汚いフード付きローブ。その下には白のシャツと黒のズボン。ベルトにはいくつかのホルダーがついているが、ローブでハッキリとは見えない。
金属で補強された黒の靴に、左手の小指と中指には魔術具と思わしき銀の指輪と虹の指輪。
そして、右手で弄ぶは泥色の金属棒。
キープは、防具すら一切つけていてないエイミーの服装を見て、バカにしたように鼻を鳴らす。
セシルは、元々戦いには向いていないのだ。高い戦略や作戦を考えてくれるが、あれは軍師向きと言ったところ。
だからこそ、ちょっと戦闘技術があれば倒せるのも当然。
まぁ、あんな勝ち方をする時点で目の前の少女はそこまで強くない。あんな搦手を使わなければ勝てないのだか――
「――あのぉ、
「ッ」
エイミーは耳に手を当て、ニヤリと嗤う。ついでに、揶揄するように帝国騎士がするポーズをワザと間違えて行う。
自国を侮辱され、キープは背中に収めた二メートルほどの大剣を抜こうとしたが、寸でのところで止まる。
審判役のケヴィンが、常人では竦んでしまうような殺気を向けてきたからだ。
「……私語は慎むように」
「……分かっている」
「私はそちらの子猫が鳴いてこなければ、どうでもいいですよぉ?」
「ッ」
――落ち着け。このくそアマの手口は、こっちに平静を無くさせることだ。それで、騙し打ちをする。盗賊がよくやる手口だ。
セシルと違い、一応帝国第二騎士団長の息子。ある程度の精神統一はできるらしい。
だが、頭に血が上っていく事を防ぐことはできない。
――コイツは、闘気法は使えない。セシルが昨日調べたのだ。なら、一発で終わる。……いや、昨日のクレアへの侮辱もセシルの嘲弄もあるんだ。なら、甚振って、甚振って、痛みに耐えきれなくなるまで……
下品な妄想を膨らませ、キープはエイミーを視姦するように舐めまわす。
――クレアは俺の愛した人だが、コイツもよくよく見たら黒髪に黒目と珍しいじゃねぇか。散々楽しんで売りさばくのも……
野性味あふれたイケメンではあったが、目の前にエイミーはもちろん、審判役のケヴィンやマーガレットは、その心根を一瞬で見抜く。
ケヴィンは、戦士が何を、と呆れたように目を細め、両手を上げた。
「両者、構え」
その言葉と同時に、キープは背中に収める大剣の柄に手をかける。そして、金虎族の名前に恥じない柔らかな体で、低く低く屈みこんだ。
対してエイミーは、構えすらしない。“泥沼の魚”を右手で弄び、キープの方を一切見ずにぼーっとしている。
――フン。そんな顔が苦痛に歪むのが――
「始め!」
――楽しみだぜ!
ケヴィンの合図と同時に、キープは一気に闘気法で身体強化して、エイミーに轟音伴う大剣を振り下ろした。
だが。
「遅いですぅ、成金猫ぉ?」
シャァァッンという美しい音とともに、キープはエイミーの後方へと放り出された。エイミーは一歩も動いていない。
「ッ」
――何が起こってやがる。
確かに、大剣を振り下ろす寸前までエイミーは無防備だったのだ。それがいつの間にか大剣を逸らされ、勢いよく後方へと流された。
混乱するキープだが、しかしながら類稀なる戦闘センスで、獣のように滑りながら態勢を整える。
そして音の壁すら突破する勢いで、後ろを向いているエイミーに大剣を薙ぎ払う。
殺ったと思った。
が。
「あれぇ? 何かしましたぁ?」
再び鈴を鳴らしたような美しい音とともに、大剣が斜め上方へ流され、ついでに勢いのままエイミーに突撃するキープに左手を差し出す。
それはまるで、ダンスのお誘いのようだが。
「なっ!」
いつの間にか自分は空中で死に体になっていた。
小さな体では考えられないほどの力をもってキープは空中へ投げ出された――とキープは思っている。
実際は、右手に持つ“泥沼の魚”で、大剣を左上方へ逸らしながら、その懐に入り込み、左手を勢いあるキープの体に滑りこませる。
そして、作用反作用、もしくは支点力点等々……つまりキープの勢いを上空へと転換させただけだ。
「シッ」
「チッ」
そして空中で死に体になったキープへエイミーが“泥沼の魚”で突く。
だが、キープは瞬時に体を動かし、それを大剣でガードする。そして、一旦態勢を整えるために、離れる。
「あっれぇ? さっきの威勢はどこへ行ったんですぅ?」
そんな一連の流れに会場はどよめいてるが、エイミーは相変わらずいやらしい笑みを浮かべて、キープを煽る。
クイックイッと左手をキープへ見せつける。
「……なるほど。少しはやるようだな」
「何、今のは小手調べっていう感じを出しているんですぅ? 油断したって言えばいいじゃないですかぁ? あ、それとも恥ずかしくて言えないんですぅ?」
「ッ。舐めた口を!」
一瞬で頭に血が上る。
甚振ろうなんて言う気持ちすらなくなり、身体強化系の闘気法でも強化率の高い〝鬼降し〟を発動させ、大剣の柄を両手で持ち、一気に踏み込――
「んなぁ!?」
――む事ができずに滑った。
何に?
「プークスクス。ステンって、ステンって! アハハハハ! ひぃひぃ……泥遊びがしたんだなんて、私を笑い殺す気ですかぁ、子猫さん?」
突如、踏み込もうとした場所に現れた小さな泥沼に。
浅い泥沼ゆえに、沈むことなく滑ったのだ。
「ッ」
そして、盛大に滑ったキープを追撃するでもなく、エイミーはニタニタと腹を抱えて嗤っている。
目端に涙を浮かべ、大声を上げている。
「あっれぇ? 顔が真っ赤真っ赤。あのぉ、もしかして金虎族じゃなくて、赤猿族なんですぅ?」
「バカに、するんじゃねぇっ!」
赤猿族とは、獣人の中でも弱い部類に入り、頬が真っ赤な事が由来だ。金虎族などといった、力が強くプライドの高いものは大抵、見下している。
だからこそ、キープはさらに顔を真っ赤にして、闘気法の一つ、〝空駆け〟で空中を蹴った。
パンっと空気が破裂する音が一瞬遅れて聞こえ、そのころにはエイミーの頭上に肉厚な大剣の刃が迫って――
「〝土塊〟〝微風〟」
「ぐわぁっ!」
――その寸前で、魔術具を発動させる謳が、誰も聞き取れない程小さく、そして早く謳われた。
その瞬間、大剣の剣筋が大きくエイミーからはずれ、その隣を打ち砕く。
轟音が響き、小さなクレータができて土煙が舞うが、エイミーは目を瞑り、“泥沼の魚”を攻撃のために振るった。
「うぐっ!」
くぐもった呻き声が土煙の間から響く。
何度も何度も、バスンと鈍い音が呻き声がコーラスする。
それが、十秒近く続き、砂埃が晴れてきたころ。
「オラァッ!」
再び轟音が響き、エイミーは空中を一回転しながら土煙の中から出てきた。
しかし、大したかすり傷も持っていない様子で、余裕の着地をする。
「てめぇ、何しやがったっ!?」
「人に聞かないと理解できない不出来な頭なんですねぇ?」
そして土煙が晴れた所に立っていたのは、両目を瞑った状態のキープだった。
首や手首が赤くはれているが、それを気にする様子もなく、片手で何度も両目をこすっている。
エイミーを切ろうとした瞬間、突如として目の前に現れた土埃が現れたのだ。
ケヴィンは、エイミーの一挙一動を見逃さないために限界まで黄金の目を見開いていたため、土埃がまともに目に入ってしまったのだ。
しかも入ってしまった量が量のため、涙を流しても、目をこすっても、目が痛くて開けないのだ。
闘気法による治癒ですら、これは治すことができない。
しかし、それでも問題ない。
「死ねぇっ!」
「もうちょっと上品な言葉を使ってはどうですぅ?」
キープは目を瞑ったまま、〝空駆け〟で空中を蹴り、裂帛の叫びととも暴風伴う大剣をエイミーに振り下ろす。
しかし、エイミーはそれを予期していたように事前に後ろへ倒れ、反転して回避する。
「まだまだっ!」
「全く、甘えん坊な子猫ですねぇ」
視界を潰されたキープだが、金虎族の優れた聴力と〝鬼降し〟による身体能力の増強によって、エイミーの位置を把握。
何度も空を蹴りながら、大剣を振り下ろす。
しかし、エイミーの動きが見えていないため、それは単調で稚拙だ。
「潰れろっ!」
「お前の玉が潰れろですぅ!」
だから、全て攻撃する前に回避される。
しかも。
「ぬなぁ!?」
「あっれぇ? 大剣すら持てない子猫なんですかぁ?」
大剣が振り下ろされる場所全てに泥沼が発生していて、泥が手や柄に付着するのだ。
轟音すら伴う大剣を振るうキープにとって、それは致命的だ。
スポーンという音が聞こえそうな勢いで大剣があらぬ方向へと吹き飛んでいく。
頭に血が上りすぎていて、感覚だけで大剣を握っていたからこそ、そんなミスを犯す。
「舐めんなぁっ!」
「アナタがミルクを舐めればぁ?」
巨躯を生かして、エイミーに衝撃波が伴う拳を振るう。脚を蹴り上げる。
しかし、それらもエイミーのとても短い呼気と共に“泥沼の魚”で弾かれ、逸らされ、流される。
そして、首、あご、背骨、腰、ひざ下に膝裏……急所という急所を“泥沼の魚”で当てられる。
キープは油断していた。だから、防具も身につけず、〝鬼降し〟でも使えば、ぶちのめせるだろうと思っていた。
だが、いくら体の防御を高めても、そもそも自分が破竹の勢いで動くため、的確に急所を突かれれば、大きなダメージを負う。
だから、何度も倒れ、よろけ、軽いあざや脳震盪を起こす。
なのに、エイミーは一切追撃せず、キープを煽っていく。
――負けたな。
ケヴィンは審判をしながらそう判断を下した。
昨日の自分を見ているかのようであり、そしてエイミーの強さを痛感する。
相手の体力や気力を的確にそぐ戦い方。最小の動きで相手を翻弄し、相手の力を利用して相手にダメージを与える。
ケヴィンは、そうやって昨日ウィリアムに追い詰められたのだ。
――いくら身体能力が高くとも、戦術と技術にあれほどの差があると……
ケヴィンは感心しながら、昔父に聞いた与太話を思い出す。
――そういえば、東諸国連邦の一部地域に魔獣踊りなんていう祭りがあると父上から聞いたが、なるほど。相手が動く前に動いて、相手の動きを支配する。特に怒りで血が上り、視野が狭くなっていれば猶更か。
うんうん、と感心するようにケヴィンは頷く。審判としてそれでいいのかと思うが、しかしその向上心は見事だ。
――それにしてもウィルと戦い方が似ているな。微妙に嫌な方向に武器を逸らしたり、急所をさりげなく攻撃したり……
周りはウィリアムが避けて逃げているようにしか見えていなかっただろうが、実際は巨斧が逸らされたり、流されたりする瞬間に、実にいやらしく小さな衝撃を受けていたのだ。
それが知らず知らずの内に溜まり、いつの間にか拳を握る力も地面を蹴る力もなくなる。
人体の構造を利用されたような戦い方。
――人の可動域には限界があるのか。確かに、考えれば当たり前だが、それを一瞬一瞬を争う戦闘で使いこなすとは……
父の元、人相手に訓練もしていたが、それは訓練。実践をしなければならず、内戦が少なく盗賊は騎士や冒険者に直ぐに討伐される。
だから、ケヴィンの実践は魔物が主だった。異形が相手だった。
――なるほど、あんな風に腕を回すと動けなくなるのか。
昨日のケヴィンよりも早くキープは体力が尽きた。一切立ち上がる事すらできず、なのに外傷は一切負ってない。
けれど、簡単に腕や足などは折られ、何とはいえない何かを“泥沼の魚”で何度も打撃されている。潰されている。
――にしても、唖然とはこのことをいうのだな。
昨日のウィリアムよりも酷い、嘲弄し、逃げ回り、体力切れの所を滅多打ちにするエイミーの戦い方。
しかし、会場はお通夜のように沈黙し、しかし幾人かの講師と学生だけは目を見張って立ち上がっている。
――……やはり、ウィルやオスカーより、もしかしたら父上よりも強いかもしれないな……
そんな観客の様子を眺めながら、素直に尊敬できない戦い方をする少女の強さを分析する。
そして、その戦闘技術が南大陸屈指の騎士団のトップにすら匹敵するのではと、観客席同様唖然とした気持ちで考えて。
――と、ようやく気絶したな。
「やめい!」
静寂のスタジアム全体に響き渡る大声を張り上げた。
決闘ゆえに、『降参』の言葉か、気絶か、致死の怪我がなければ、試合を止めることはできなかった。
――まぁ、コイツの実力を考えたらもっと早く気絶してただろうし、たぶん気絶しないラインを狙っていたんだろう。
そう思いながら、エイミーをキープから離し、マーガレットを呼んで直ぐに治療をさせた。
Φ
「ねぇ、エイミー。何で魔術具以外で魔術を使ってないの?」
「それくらいの縛りをしないと、圧勝になるからですぅ」
「ホントに?」
控室にすら戻らず、フィールドの隅でエイミーはフィオナから水筒を受け取りながら、プラプラと手を振る。
「……フィオナだって、魔術をひけらかしたりしないでしょ?」
「まぁね。師匠の流儀もあるし、私的にも魔術を使わなくて済むことは、魔術を使わないでやるからね」
「それと同じですぅ。まぁ、魔術具は例外なんですけでど」
「……それでも、使うのは初級ぐらいでしょ」
エイミーは飲み終わった水筒をフィオナに返し、頷く。
そんなエイミーたちに、モニカやオリアナたちが二人の会話に唖然とした様子でこっちにやってくる。。
「……なぁ、エイミー。アタシもオリアナ様もあんまり戦況が読めんかったんやけど、いつ魔術を使ったんや?」
「沼沼を発生させたり、土埃を舞わしたり、一瞬だけ
エイミーは“泥沼の魚”と左の中指に嵌めている虹の指輪を見せる。
「それが魔術具なんか。でも、いつ? さっきの会話から無詠唱魔術は使っていないんやろ? やったら、いつ詠唱したんや?」
魔術具は、詠唱無しでは発動しない。
無詠唱魔術は、
だが、魔術具は元々魔術陣を刻んである。
だから、もし無詠唱魔術の魔術陣が刻まれていた場合、装備者や近くにいる者から強制的に魔力を徴収し、常に発動し続ける状態になるのだ。
魔術具による無詠唱魔術の行使はありえないのだ。
しかし、モニカはもちろん、観客の者はエイミーが詠唱したのを聞いていないため、皆、無詠唱魔術を使ったと思って驚愕しているのだ。
といっても、レヴィアやオスカー、優秀な魔術講師と学生陣は気が付いていた。
「しましたよ。小声で」
「小声? 詠唱って大声でするものやないんか?」
「違いますよ。確かに、ハッキリとした『ことば』を詠唱した方が、効率がよくなるですけど、それはハッキリであって大声でなくていいんです。まして魔術具なら、それこそ発音さえ正しければ、後はなんでもいいんですよ」
口でいうのは簡単だ。
だが、それは熟練の魔術師でないとできない技術。初級魔術を一節の詠唱だけで済ませることはできても、早口小声は難しいのだ。
というか、動きながら詠唱すること自体むつかしい。
けれど、それができれば、相手にどんな魔術を使うか悟らせる可能性が少なくなる。特に魔術陣が刻まれていて、魔術陣が空中には浮かび上がらない魔術具は。
「へー、そうなんや」
「そうなのですわね」
しかし、エイミーが本当にこともなげに言ったため、その凄さをモニカたちは理解していなかった。
ベルやジゼルなど、のほほんと様子で頷いていた。
ただ、後ろで控えていたマリナやヘイリーは少しだけ、首を捻っていた。
しかしそれでも、一般的な魔術教養しか学んでおらず、主に身体的な戦闘技術に重きを置いていたため、彼女たちも騙されてしまう。
フィオナは、後で認識を修正しないと、と苦笑いしながら、エイミーの背を押した。
「次が一番正念場だと思うけど、頑張ってね」
「いや、次が一番簡単だと思いますよぉ。だって、使うんですしぃ」
やはりダボっとしているローブと同様、エイミーはフィオナの声援に気の抜けた声で返事を返す。
「ああ、確かにそれもそうだね」
そんなエイミーにフィオナはチラリとオリアナを見て、頷いた。
そしてエイミーは、“泥沼の魚”を弄び、フィールドに立ったのだった。
Φ
「レヴィアは、エイミーが魔術師だと知っていたのかな?」
「ええ。アフェーラル商会と提携している冒険者から」
魔術を噛っているオスカーだから分かる。途中から、解析魔術や探知魔術なども使って確かめたから分かる。
いくらエイミーがもつ魔術具が優れていようと、あれは魔術の腕が高くなければできない芸当だ。
そんな情報を寄こさなかったレヴィアに、オスカーは若干すねる。
「ですが、私が確認した限り魔力量は200にすら届いておらず、聞いたところによると魔術適性すらないようでしたので」
「それで報告しなかったと」
「はい。それに大した技術ではありませんから」
「ほう、大した技術ではないのか」
ちょうど今、始まったエイミーとナイーブの試合を見下ろしながら、二人のやり取りを聞いていたウィリアムは勘違いする。
ウィリアムの魔術知識は、一学年、つまり一般教養で止まっているのだ。
それを見かねたオスカーがため息を吐く。
「ウィル。レヴィアは大八魔導士だから基準がおかしいのであって、早口詠唱とか普通、高等技術に入るからね」
「……確かに動きながら詠唱するのも難しそうだな」
そうだな、と思っている時点で未だにウィリアムはその凄さが分かっていない。
いや、それができている人間が目の前にいて、隣にもいるのだ。ならば、できるという前提で動いた方がいいと思っている。
そんなウィリアムに、オスカーは呆れればいいのか、感心すればいいのか悩む。
それを尻目にレヴィアがウィリアムに悪魔の囁きをする。
「いえ、ウィリアム様。魔術師たるもの走りながら詠唱をできなければ、魔術師とは呼べません。そもそも、あのように魔力量と才能に任せて中級魔術や上級魔術を使っているようでは、四流以下です」
レヴィアは冷めた目で、『花の魔導士』の次期当主に恥じない花吹雪を背後に顕現させたナイーブを見下す。
そしてナイーブは、その嵐の花弁を鋼鉄と化して襲う魔術を詠唱し、最後の一節を謳おうとして。
「……初級魔術を数少なく使って、戦況を支配する感じか?」
エイミーが“沈黙の鳥”を発動させ、最後の一節を謳わせなかった。
そして手足のように花を操る魔術が使えるのにも関わらず、ナイーブは魔術行使に失敗して暴発し、自分に返ってきた。
つまり、鋼鉄の花弁が自らを襲ったのだ。
ナイーブは焦った様子で、中級の結界を張って何とか防いでいる。
「その通りです、ウィリアム様。あのボンボンより、ウィリアム様の方が魔術師に向いていると思います」
「……だが、それは人間相手だけだろう?」
「……やはり、ウィリアム様は魔術師に向いています。人間相手にさえ、最近は派手な魔術を使いたがるバカが多いのです。というか、そんな戦い方をするやつなど魔術師ではありません」
魔術師同士の戦いはチェスだ。
最初の一手で、数少ない一手で、相手の数手先までも動かす頭脳戦。
それで勝つ力があれば魔術師としての実力が高いと思えるかもしれない。
けれど厄介なのだが、魔術師の実力は大きな三つに分かれる。
座学と実技と実践である。
座学はつまり理論上の話。論文の話。
実技は、魔術自体を扱う技術。どれだけの魔術を扱えるか。どれだけ難しい技術を扱えるか。
そして、実践とは魔術をどれだけ戦闘で活かすことができるか。
その戦闘も二つに分かれる。
人間相手と、それ以外。
人間相手の場合は、どれだけ速く魔術を発動させるか。どれだけ簡単で、少ない魔術で戦況を支配するか。どれだけ相手に自分の魔術を悟らせないかが重要になる。
対してそれ以外の場合は、それらも重要だが、それよりも火力が重要になる。
魔物やデーモンは異形であるから、傷一つつけるための火力が人間相手とは段違いなのだ。
そして、魔力量や魔術適性などが関係するのは実技と人外相手の戦闘だ。
それでなくとも、才能なしで人相手の戦闘を極めるのには、一生分の時間と労力を要するだろう。
だからこそレヴィアは、座学を極めていたエイミーが実践が得意ではないと思っていた。実技もだ。
座学にどれだけの天才性があっても、あれだけの魔術理論を確立させるには相当の時間がかかる。
つまりそれ以外を積み上げる時間がないのだ。レヴィアの
けれど、レヴィアは己の視野が狭いことを再認識した。そしてエイミーの戦い方に一種の極みを見ていた。
――アレは天性の才ではない。合理に合理を突き詰め、洗練された
そして、とても興奮していた。
何度も言う。レヴィアは魔術が好きで魔術ことになると、その冷徹な頭脳も使い物にならなくなるのだ。
「む? あれは何をしているのだ?」
「あれは……なるほど、そう来ましたか」
そして、爛々と碧眼を輝かせ、悪魔と言わんばかりに口角を釣り上げていた。
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