二十六話 注目されないセシル

「ウィルはどっちが勝つと思うんだい?」


 生徒会は今回、中立な立場として調停役となった。

 それ故に、決闘の審判にケヴィンとマーガレットが駆り出されている。ケヴィンは万が一の場合に試合を止める役で、マーガレットは治癒役だ。

 スタジアム全体は、昨日よりは少ないものの、前列側の席は全て埋まっていて、しかしながら西側の席の方が、人数は少ない。

 そっちはオリアナ陣営を意味する席だからだ。


 賭けの詳細が発表され、賭けの申し込みが始まったのは今朝。

 そのころには皆、昨日の酔いがだいぶ醒めていた。ただ、昨日の事は事実で、舞踏会を去って自室へ戻った時点であの決闘を認めたことになる。

 やっべぇ、王家の面倒くさい争いに巻き込まれた、と皆、頭を抱えてしまったがしょうがない。

 それに、王の代理人として動く大八魔導士、『万能の魔女』が認めたこともあり、なら自分もこの決闘の承認すれば、少なくとも『万能の魔女』からの悪い印象は抱かれないはず。

 それに、昨日賭けで負けたのだ。

 なので、やっぱり最後は勝ちたい、と足りない金をアフェーラル商会から借り、その借りたお金が一寸でも増えて返ってくればと、血眼になって考える。

 すると、どう考えても四対一では四の方が有利だ。

 武闘会で準決勝まで行ったルークに、帝国の第二騎士団長の令息キープ、セシルはパッとしないが、ナイーブはあの『花の魔導士』の次期当主だ。

 対してエイミーは、モス伯爵の者とはいえ、大した実績もない。あるとしたら、アフェーラル商会で働いていたということだけ。

 

 つまり、昨日の状況を一切考慮しない――酔っていたと思っているのだから当たり前なのだが――人たちは、クレア側に賭け、そっちの席へ座ったのだ。

 ただ対して、ちょっと変わり者というべき高位貴族やその派閥たちは、オリアナに賭けている。

 そもそも、あんな状態で代理人として立候補するのだ。しかも、アフェーラル商会は、オリアナ側に賭けた。

 つまり、それだけの根拠がある。実績など一切跳ねのけ返す何かがあると、直感的に考えた者たちは、オリアナに賭けたのであった。


「俺は……エイミー・オブスキュアリティー・モスだな」

「へぇー。レヴィアは?」

「私も同様です」


 オスカーもウィリアムもレヴィアも、決闘が終わるまでは物見遊山気分である。

 どっちが勝とうがオスカーたちには、得しかない状態になっているのだ。

 オリアナと婚約破棄した事によって第三王子勢力はガタ落ち。

 それに、グレイフクス公爵家は今回の件で、第三王子派とは敵対することになるだろう。

 そもそも、今まで中立派だったグレイフクス公爵家が一時的とはいえ第三王子派についたこと自体が、貴族社会では衝撃的だったのだ。

 まぁ、裏を知ったものは、陳腐だと思ったらしいが。

 そして上手くいけば、グレイフクス公爵家を第二王子の勢力に組み込むことができる。

 そうすれば、次期国王の跡目争いでオスカーは他の勢力よりも一歩抜きんでるだろう。

 

 それに、この決闘でオリアナが、いや、オリアナに付いたアフェーラル商会が勝ったという事実が残ればなおよし。

 アフェーラル商会は急速に勢力を伸ばしている商会であり、国内より国外への影響力がとても高くなっている。

 多くの貴族はそれにまだ気が付いていないが、けれど確実に見えない部分で勢力を伸ばしている。

 しかも、それが一番厄介な縁という繋がりで。いつどこでそんな縁を作ったのかと思うくらいには、アフェーラル商会の商会長の繋がりは広く強いのだ。

 どっちにしろ第三王子派とアフェーラル商会が敵対をし、そして第三王子はアフェーラル商会と仲良くやってた婚約者を切り捨てた無能とい称号を頂く。


 というか、そもそもの話。

 今回の結果を評価するのは、学園にいる子息子女ではあく、外部にいる大人・・の貴族たちだ。彼らが、感情を一切排して貴族のルールと合理で物事を評価する。

 すると、ルークは高々平民の価値無し女のために婚約破棄したバカであり、決闘に関しては四対一で挑み、要求を譲歩させた臆病者。

 醜聞も考えると、廃嫡すらありそうだ。

 ここまでくれば得しかないのだ。


「それは、昨日の様子からかな?」

「まぁ、そんなところだな。エイミー・オブスキュアリティー・モスも、モニカ・アフェールも、勝てない勝負には挑まない性質たちだと思うからな」

「私も同様です」


 ――……二人ともなんか他のことを判断材料にしている気がするんだけど……まぁいっか。

 オスカーは、エイミーについて何か知っているであろう二人に、若干のため息を吐きながらも、冷たい紅眼をフィールドの中央へ向ける。


「それで、オスカーはどうなんだ?」

「僕は……言わないでおくよ。公の場でないとはいえ、ね」

「そうか」


 ウィリアムも同じくフィールドを見た。

 そこには、エイミーは金属の棒を、セシルはレイピアを構え対峙していた。


「そういえば、決闘の持ち込み検査は終わったんだよね」

「はい。簡易決闘用の結界を張っているとはいえ、即死級のアーティファクトでも持ち出されると厄介ですから」


 簡易決闘用の結界とは、ただ死なないということに特化した結界で、両者が契約をもとに宣言することによって発動する結界でもある。

 ある一定のダメージを超えると、結界の術式が反応して、ダメージを痛みや体力減少へと変換するのだ。

 そもそも簡易だろうがなんだろうが、決闘用の結界を行使して維持できる者は多くない。

 なので、通常翌朝に決闘ができること自体がおかしいのだが、ここにいるのはあらゆる魔術を使いこなす『万能の魔女』、レヴィアである。

 彼女一人いれば、数万の軍に匹敵するのだ。


「それで、ルークたちはどんな装備品を持ち出したんだい?」

「まぁ、一品ばかりでしたね。即死級はありませんでしたが、それでも軍事級だったりと。特に、ルーク様は“雷光の夫婦剣”を持ち出してましたね」

「……それは……はぁ」


 それを聞いてオスカーは頭を抱える。

 “雷光の夫婦剣”は、王家が持つ双剣の一つであり、特級騎士などに下賜される宝物である。

 それを持ち出していて、しかもこの場で使うとは。というか、いつの間に王城の宝物庫から持ち出していたのか。

 頭が痛くなるが、しょうがない。


「……それで、エイミー・オブスキュアリティー・モスの方は」

「こっちは……いくつかの小道具と薬と水溶性の油、それと二つの聖石ですね」

「聖石?」


 オスカーが首をかしげる。


「はい。何でもお守りらしくて」

「へぇー。……あの棒は?」


 オスカーは少しだけ気になったものの、聖石をお守りとする地方もあるので、なんとなく納得する。

 それにレヴィアの様子が少しだけおかしかったし。


「魔術具ですね。ほかにも四つの魔術具を使用するようです。特に、その棒も含めた三つが比べ物にならないほどの魔術具でして」


 レヴィアはエイミーが持っていた魔術具を思い出して、興奮気味に言った。

 ただ、その様子をオスカーは皮肉と受け取った。


「……性能が低いということかい?」

「いえいえいえ」

「すると、王家の宝物よりも特級品だということかい?」

「はい」


 レヴィアは、とても素晴らしい笑顔で頷いた。

 

「まず、“泥沼の魚”と銘が打たれた金属棒。材質は何と魔錬剛でして、組み込まれている魔術はただ一つ。視界内に半径四十センチ程度の泥沼を発生させる、水と土の混合魔術です」

「……それは、王家の宝物よりも凄いのか?」


 ほぅ、あれはそんな魔術具だったのか、と心の中で思いながら、ウィリアムは首を傾げる。

 “雷光の夫婦剣”は、他国の王子であるウィリアムが知っているくらいには、有名な双剣である。

 雷の魔術を補助し、雷の速さで駆ける身体能力を得られる特級の魔術アーティファクトだ。しかも、極大魔術まで放てるという。

 だからこそ、“泥沼の魚”に組み込まれている魔術が弱いと感じた。


「はい! 確かに組み込まれている魔術自体は大したことありません。ですが、基礎術式は、今では骨董品とも呼ばれている古代魔術術式であるのにも関わらず、消費魔力量減少、詠唱のほぼ短縮、イメージ補正に魔力操作補正。つまり、魔術が全く使えない者でも、一節の詠唱だけで泥沼を発生させられるのです。それをあのような棒におさめるなど!」


 それは確かに“雷光の夫婦剣”にも並ぶ魔術具だ。

 組み込まれている魔術自体は弱いが、王家の宝物と言われても違和感がない。


「お、おお。それだけ凄いものなのだな」

「……こほん」


 端麗な顔を紅潮させ、口早に話すレヴィアに、ウィリアムは魔術関連になるとこんな性格なのかと驚いた。

 また、大八魔導士なだけあるなと納得する。

 だが、レヴィアと同様に魔術が好きなオスカーは、その素晴らしい魔術具の話を聞いても、少しだけ眉を寄せただけである。


「他のはどんな魔術具なんだい?」

「はい。次は“沈黙の鳥”と銘打たれた指輪です。こちらは視界内の半径二十センチ範囲を、二秒程度無音にするという風魔術です。ただこちらも“泥沼の魚”同様の術式が組み込まれています!」


 王家の宝物の魔術具は、性能は高い。それに比例するように組み込まれている魔術の階級も高い。

 だから、行使するには相当の才能と修練が必要になる。使えなければ、ただの質のいい武器になり下がるだけだ。

 

 けれど、エイミーがもつ魔術具は違う。

 決して、魔術に才能がない者でも使えることができ、その行使がとても簡単。

 地球の科学技術を知っているレヴィアにとって、魔術具とは誰にでも使えるものでなくてはならないと思っている。

 だからこそ、その魔術具はレヴィアの目標に近かった。

 ――流石、私の結界を改竄して利用した『空欄の魔術師』ですね。何故、古代術式なんかを使っているかは気になりますが、あの魔術具を創り出すとは……

 レヴィアは、興奮と嫉妬、ライバル心を燃やす。ここ最近は権謀で忙しかったが、魔術具の研究も進めるか、と意気込む。

 ……この決闘の後始末があるのだが、レヴィアの頭にそれはない。

 そんな興奮気味のレヴィアは、最後の三つ目を言おうとして。


「そして三つめが――」

「――“日常の玉虫”ですか」


 今まで顔を顰めていたオスカーに遮られた。


「……何故知っているのでしょうか、オスカー様?」


 三つ目の決め台詞を取られて若干不機嫌なレヴィアは、とても真剣な表情のオスカーに訊ねる。

 大八魔導士であるレヴィアですら知らなかった魔術具なのだ。

 しかも、製作者はエイミーのはずだ。オスカーがエイミーと個別な関係を築いていないのは、流石に分かっている。

 というか、ゴーレムでオスカーを監視しているのだ。エイミーを補足できなくとも、オスカーは常に補足しているからこそ、それは確かだ。


「……知っているも何も、あれは王家が探し続けた魔術具だよ」

「……王家が探し続けた、ですか?」

「そうだよ。……ああ、そうか。レヴィアは、大八魔導士なったばかりで、しかも僕の護衛の任に直ぐに付いたから知らないか」


 つまり、それは大八魔導士にならなければ知らないほど、秘匿されていた魔術具ということで、つまりあれの製作者はエイミーではないとうことで。

 それが一瞬で駆け巡り、レヴィアは興奮気味にオスカーに詰め寄る。


「あれはどういう魔術具なのでしょうか?」

「……そうだね」


 オスカーは詰め寄られたレヴィアに若干引きながらも、チラリとウィリアムを見た。


「秘匿されている魔術具なら、俺は聞かない方がいいか?」

「いや、ウィルなら大丈夫だと思うし、いいか」


 そうして、オスカーはようやく始まったエイミー対セシルの決闘を眺めながら、ゆっくりと語り始める。


「まず、その三つを魔術具を作ったのは大賢者オブなんだよ」

「何と!」

「それでね、王家や大八魔導士にしか伝わらない歴史なのだけれども、八賢者には、“血魂けっこんの誓約”を交わした従者の騎士がいたんだ」

「“血魂けっこんの誓約”ですか……」


 レヴィアは、祝福ギフトを使って“血魂けっこんの誓約”を思い出した。

 つまり。


「あの誰も使えないのに、神々から禁忌を言い渡された神罰対象の魔術ですか」

「そうだよ。だからこそ、公にできないのだけれども」


 “血魂けっこんの誓約”とは、血の契りを交わし、主従の関係を結ぶ契約魔術。もとい呪魔術の事である。

 主の命令は絶対で、主が死ねば従も強制的に死ぬ。だが、それだけではない。

 主が生きている間、従は超人的な身体能力に、驚異的な回復力など、不死にも近しい力を手に入れるのだ。

 “不死の契り”とも言われている。

 だからこそ、やばい魔術であり、神々から禁忌と言い渡された。

 特に悪神であり、アンデッドの神である嘆きと不変の神スリプサイオンが、契約、つまり互いに利がある話を持ちかけたほどには、世界の根幹を揺るがす魔術なのだ。


 だがしかし、禁忌と言い渡されたということは、それを作り上げ、行使した人物がいるからこそ、禁忌とされたのだ。

 でなければ、いくら神々とはいえその魔術を知ることはない。


「それで、その三つの魔術具は、大賢者オブが自分の騎士であるライリー・オブ・エクエスのために作った魔術具なんだよ。因みに、ルークが持っている“雷光の夫婦剣”は、八賢者の一人、賢者アンが自らの騎士、レッヒェルン・アン・エクエスに授けた双剣だよ」


 ほう、とレヴィアは新たな真実を知り驚く。ただ、古代術式を使っていた理由などといった不審な点が腑に落ち、納得する。

 ただ、疑問も残る。


「……では、何故、それらの魔術具が王家の手にないのでしょうか? “雷光の夫婦剣”がありますし、そもそも八賢者は老衰では……なるほど、それは変えられた歴史ですか」

「そうだよ。八賢者のほとんどが神魔荒廃大戦の末期に亡くなっているんだ。老衰だったのは、賢者アンと賢者クルの二人だけ。それ以外は、現在の魔境という地で消息を断っている」

「魔境……もしかして大賢者オブは」

「そうだよ。死竜の荒野で消息を断っている。……だからこそ納得した。たぶん、あれはモス伯爵家が代々受け継いでいたんだよ。道理で見つからないわけだ」


 一応、部外者なので口を突っ込まないようにしていたが、ウィリアムはつい口を突っ込んでしまう。

 それに、今行われている試合が面白くないからだ。


「何故だ? それほどの魔術具なら、王家へ献上するのが普通だろ?」

「それがそうもいかないんだ。……ウィルは、モス伯爵がどうやって誕生したかは知っているかい?」

「……確か、森鼠族の少年が現モス伯爵領に蔓延っていたアンデッドを一掃、そして死竜の荒野へ押し込めたことで、だったか?」


 ウィリアムは、とても昔に習った世界史を思い出しながら、自信なさげに呟く。

 オスカーは頷く。


「そう。二百年前、アンデッドが蔓延る現モス伯爵領は、ユーデスク王国、自由連合組合、聖国の三つと接していた。だから連合軍は組んでいたものの、本腰を入れられなくてね。そしたら、孤児だった初代モス伯爵が、どこにも属さない者たちを義勇軍として募り、アンデッドを祓っていった。そして独立軍を作り上げ、その地を治めていった」

「その後、初代モス伯爵はユーデスク王国と取引して、ユーデスク王国に所属する代わりに、とても強い自治裁量権と死竜の荒野への軍事権を持った、と言われてますね」


 レヴィアもある程度流れが読めてきた。

 

「……そういえば、以前モス伯爵がアンタッチャブルだって言ってたのは」


 ウィリアムが、ふと思い出したように言った。


「元々そういう背景があったからこそ、十年前のアレが止めになってね。だからこそ、それ以降本当の意味でアンタッチャブルになったんだよ」

「なるほど」

「だから、初代モス伯爵がそれら三つの魔道具を見つけていたとしても、王家に献上はしないと思うんだよね。取引で王国に所属しただけだからさ」


 それに強い自治権をもっているから。

 そしてその意志は、歴代のモス伯爵へ受け継がれているから。

 

「と、一試合目が終わったようだね」

「……そのようだな」


 と、話し込んでいる内にエイミー対セシルの一試合目は終わり、ウィリアムたちの予定通りエイミーが勝ったのであった。

 ただ、酷いブーイングの嵐が舞っているが。



 Φ



「うぇ~い!」

「は~い!」


 一対戦目を終え、控室へと帰ってきたエイミーとモニカが、満面の笑みでハイタッチする。

 外からは罵倒が聞こえてくるが、彼女たちにとって、それは熱烈なエールでしかない。

 

「んで、今のでどれくらいですぅ?」

「十六枚くらいやな。やけど、次はその十倍はいくよ」

「……ふむ。演出は必要ですぅ?」

「そうやね。盛り上げるためにも、ちょいっと最初はやられているふりを――」


 そして、実に楽しそうに笑い合う。

 そんな二人に呆れた様子のフィオナが、オリアナを連れて控室へ入ってきた。


「――そんなのしなくていいから。さっさと勝っちゃってよ。大体、そんな事したら余計にオリアナ様に迷惑かかるでしょ」

「……問題ないわ。どうせ、貴族ではなくなるのだし、それにエイミー様には悪いですけど、ルーク様相手では流石に」


 オリアナは、昨日とは打って変わって沈んだ様子だった。

 というのも、最低限の目標を達成し、大八魔導士であるレヴィアが決闘を認めた時点で、オリアナにとって決闘の結果はどうでもよくなっていたのだ。

 いや、決闘の結果というより人生が。

 だが。


「駄目ですよ、オリアナ様。頭にウジ虫が湧いているバカを様付けしちゃあ。オリアナ様の品格が下がってしまいますぅ」

「そうや。オリアナ様はアタシを騙して最良を勝ち取ったんや。そない気概があったのに、アイツらに負けて良いんか?」

「……どうでしょうか。けれど……やはり、“雷光の夫婦剣”を持ち出したルーク様には……」


 オリアナは、昨日のあの後、少しだけ熱が出て、寝込んでいた。

 そして先ほど決闘前に無理やり起き上がり、決闘の宣言をもう一度したのだが、直ぐに控室の奥へと入っていた。

 無気力感が全身を襲い、決闘を見ようとすら思わなかったのだ。

 そのため、なんとなくエイミーが勝ったということは分かったが、それでも相手は温室育ちのセシル。

 たまたま勝ったのだろうと思っていた。

 昨日の昼の惨事からの推測できな――しないほど、頭が働いていないのだ。


「オリアナ様、エイミー様は絶対に勝ちます。ですから、ですからそんなお顔をしないでください!」

「そうです。アリアナ様は笑顔が素敵なのです! ですから、いつもみたいに自信満々に笑ってください!」


 そんなオリアナに、主従のように共にいる取り巻き二人、ベル・オーガスト・イフとジゼル・グッタ・レガトゥスが必死になって慰める。

 また、学生服のメイド、マリナとヘイリーも同様だ。


「オリアナ様。エイミー様は私たちよりとてもお強いのです」

「そうです。オリアナ様を侮辱したあのような者共には決して負けません」

「……皆」


 彼女たちは、控室に入ることをレヴィアに許された者たちである。

 取り巻きや派閥全員が控室に入ることは流石に無理なので、合計で八人だけ控室に入っていいことになっているのだ。

 なので、他のオリアナを特別慕う取り巻きや派閥の者たちは、西側の最前列に座って、手を握っている。

 オリアナは、一人ではない。


「そうですそうですぅ。だいたい、まだ一人しか潰してないんです。四人全員潰さないと」

「……エイミー、やめなよ、あれ。一応、血としての利用をあるんだから、流石に潰したらさ」

「え、昨日めっちゃ楽しそうに潰してた人が何言ってるんですぅ?」

「ッ、エイミーがやれっていったんでしょっ!」


 今頃、セシルは、マーガレットに何とは言えない場所を治療されているだろう。

 それは一定のダメージを超えないという扱いになるらしいのだ。普通に考えたらおかしいが、誰かさんの作為が入っている……かもしれない。

 まぁそれはおいておいて、フィオナは少しだけ顔を赤くにして、エイミーに突っかかる。


「だいたい、昨日だってあの阿呆ルークのを潰したせいで、どんだけフォローしたか! それに、エイミーがあのアマのドレス汚したせいで、請求来たんだよ! 正当な理由だったし、私が処理したの――」

「――あ、はいはい。本当にすみませんでしたぁ」


 昨日の後始末をしたのは、フィオナと生徒会メンバーだ。。

 エイミーもモニカもお酒に酔って使い物にならなかったのだ。というか、後始末をさせたら、何をしでかすか分からなかったのである。

 そのためお酒に酔わないタイプのフィオナは、エイミーがちょっと手を出した四人の介抱と、それに対するお金を渡したり、マーガレットにお願いしたり。

 会話したくもない女のドレスや装飾品の弁償を請求されたり。

 また、レフィナやヴィルジニテなどの回収、後はオリアナの派閥の子を取りまとめたりと色々と走り回ったのだ。

 あと、モニカがお金貸しを急にやったため、従業員は学園内に入れることができず、一人で書類の作成。

 また、朝一番に自由連合組合とアフェーラル商会に寄り、お金の見繕いと保証書の確保。

 目の下に隈を作りながら必死に間に合わせたのだ。ハーフエルフであり、竜人の師匠の訓練によって、二日三日は起きられるが、それでも眠い。

 なのに、今にも身投げしそうなオリアナを止める役としてそばにいたり……


 故に、頭に咲いている白い花が枯れてしまうほどには、凄く機嫌が悪い。

 

「ッ。……ふぅ。……で、モニカ!」

「ぐぇ」


 確実に反省していないエイミーに手を出しそうになるが、フィオナはゆっくりと深呼吸して落ち着く。

 それから、アタシ関係ないし……って感じに、オリアナの方へ移動しようとしたモニカの首元を掴む。


「残業に残業。深夜働きに業務外の仕事の押し付け……色々とあるから、後で絶対に請求するよ!」

「な、なんでや。どうせ、フィオナはこっちにめっちゃ賭けてるんやろ! やったら、そんな――」


 その華奢の腕にどれだけの力が込められているのか。

 モニカの顔が真っ青になっていく。

 そして阿呆なことをぬかしているモニカに、ドスの効いた声が響く。


「――モニカ」

「……はい、すみません。ナマ言いました」


 そしてモニカは、これめっちゃあかん奴やと思う。

 副商会長からいつも言われているのだ。怒らせたらいけない人を怒らせたら、直ぐに土下座するようにと。

 だから、一芸と言えるような奇麗な土下座をフィオナにする。


「……まぁ、今じゃないから。この後、貸金の回収と損した人たちへの補填の作業があるから、それが終わったらたっぷり請求させて貰うよ。ついでに夏季休暇も貰うよ。実家に帰りたいし」

「えぇ、待って。夏は、夏は外国に行かなあかんのや。そんな時にフィオナがいなきゃ、アタシ!」

「……はぁ」


 モニカがフィオナに縋りついて、亜麻色の狸尻尾を絡ませる。

 緊張感も全くない平和な様子だった。


「……もしかしたら……」

「いえ、もしかしたらではなく、確実にですぅ!」


 そんな様子を見ていたオリアナは、クスリと笑い、少しだけ明るい顔をした。

 そして、オリアナの手を引いて、エイミーは二対戦目へと向かったのだった。

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