二十二話 少し時間は戻る

「ウィル、一つ聞いていいかい?」

「なんだ、オスカー」


 ウィリアムには、熱烈なファンの叫び声ブーイングの嵐が送られている。それを全く動じず聞き流すウィリアムに、オスカーは本当に驚いていた。

 ここ最近、ウィリアムの心が変化している事には気が付いていた。また、心だけでなく、視線や体つきも変わっていることも。

 だが、それでも多少変わった程度だと思っていた。少なくとも、流石に観客の大多数、特に同級生や学園生徒からのブーイングには心を動かすと思っていた。

 なのに。


「……ごめん、その前にさ、大丈夫かい?」

「休憩はもういらんぞ」

「いや、そうじゃなくてさ」


 ――いや、休憩も必要だと思うんだけどさ。

 普段の微笑み――にみえる苦笑――を貼り付けているウィリアムとは思えないほどの仏頂面。

 だが、それも分かる。

 どう見ても体がボロボロなのだ。

 着ている衣服もそうだが、傷を痛覚に変換する結界があるはずなのに、小さな傷があちこちに刻まれている。

 顔色はとても悪く、片手剣と円盾を持つ手を見れば包帯でグルグル巻きにされている。

 気丈だけで立っていることが分かるほど、足はカクカクと振るえている。

 たぶん、疲労は極限まで達していて、ケヴィンの巨斧を受け止めていたせいで、いくらか骨が折れていると思う。

 どうやって立っているのか気になる。

 だが、それよりも。


「ねぇ、本当に大丈夫かい? その、悪いものを食べたりとかは……」


 今まで動揺したことは本当に少ない。面倒だな、意外だなと思ったことはあるが、それでも狼狽えた事は片手で数えるほどしかな。

 なのに。


「ここ最近は、キチンとした食事をしている」

「じゃあさ、何で手を振っているんだい?」


 ウィリアムは、手に片手剣と円盾を巻きつけたウィリアムは、ブーイングを飛ばす観客席に向かって、手を振っている。

 しかも、オスカーを見る時は仏頂面なのに、観客に手を振るときはそれは貴公子然とした微笑みを浮かべている。

 まるで、ブーイングが大歓声に聞こえているような。


「こうした方が、盛り上がるだろう」

「……ウィルの敵が増えるだけだと思うんだけど」

「だからだ。敵が増えたところで勝てば、盛り上がるだろ」

「……本当にウィル?」


 ――疲れすぎて頭がおかしく……続行は……

 そんな考えが思いが過ってしまう程、ニヒルな笑みを浮かべるウィリアムは、普段とは、とてもかけ離れていた。

 自分を抜け殻のように扱うのに、自分でも気が付いていないほど生真面目で優しい。傷ついている者がいれば、何やかんやと理屈を付けて助けてしまう。

 理不尽に晒されている者がいれば憤り、誹謗中傷があれば義憤に駆られる。

 過去にどんなことがあったかは、オスカー専属の影も使って調べている。もともと、最初は他国の王子ということもあり利用しようとしていた。

 だが、ホント、何でだろう。いつの間にか友達と呼びたいと思っていた。

 それは、どんな気持ちかまだ分かっていないが。


「審判、もう始めてもよいか」

「……休憩は取らなくて大丈夫なのですか」

「時間も押している。早く始めた方がよいだろう」

「……分かりました。両者、構え!」


 ――……結局聞けなかったな。

 審判が両手を揚げてしまっため、オスカーは構えるしかない。

 直剣を両手で持ち、ウィリアムを見定める。

 そこに先ほどの戸惑った表情はなく、紅の瞳はどこまでも冷徹だった。


「始め!」


 そして、両者は全くもって動かなかった。



 Φ



 少し時間は戻る。



「はい?」


 ちょうど、ウィリアムとルークが試合がちょうど終わったころ。

 レヴィアは、思わず首を傾げてしまった。


「どうしたのですか?」

「あ、いえ、何でもありません」


 すぐに平静を装ったが、それでも混乱が勝る。

 ――何故、エイミーたちとオリアナ様が。というか、エイミーたちは商会に行ったのでは……

 昼までは観客にいたのを見ていた。

 だが、モニカ・アフェールが昼休憩時に学園を出たし、エイミーともう一人のラトマス男爵令嬢も学園外へでるのを、学園に張っていた結界で確認している。

 たぶん、飽きたのだろうと思っていた。

 また、オリアナが途中で気分を崩して自室へと戻っていたことも知っていたが、オリアナは優先順位が低く、後回しだった。第三王子とは確執があったので。

 だが、いつの間にかオリアナは学園外に出ており、そして同じく一緒に外に出ていたエイミーたちと共に学園に入ってきていた。

 ――……気を抜き過ぎです!

 あまりの事態に己を叱咤する。

 学園に張った結界にプラスして、武闘会を維持するための結界と来賓を守護する二つの結界を維持し続けていた。

 ウィリアムが意外な成長を遂げていて、驚いていた。

 だが、それでも気を抜きすぎだった。

 特にオリアナが外出したことに気が付かないなど、第三王子派を監視するうえでも、ありえない失態である。

 学園都市に外部の人間が出入りするこの日だからこそ、警戒を高めるべきだったのに……


 ――チッ。ここで、ゴーレムを動かしても、来賓の魔術師に……。後でエイミーに問いただしかありませんか。


 だが、終わってしまったことはしょうがない。

 変な動きをしている者がいないか、結界による魔力感知で学園内にいる全員をすべて確認し、レヴィアは決勝戦どころではなくなった。

 そして、頭を武闘会の雰囲気にのまれ、気にならなかった事にも気にかけることになる。

 つまり、ウィリアムは自力であそこまで達したのか、と。



 Φ



 そしてさらに時間は戻る。



「あれ、戻って来ないですねぇ」

「確かに、お手洗いにしては時間が……っ!」


 油菓子をもっさもっさと食べ、ワインを一口飲もうとしていたフィオナは、だが、後ろに現れた大男に警戒の色を浮かべる。

 頭に飾るように咲いている白い花が、蕾になる。

 それだけじゃない。


「おい、モニカをどこにやってですぅ?」


 フィオナが聞いたこともない、エイミーの冷たく低い声。

 大男の雰囲気から全てを察したエイミーは、いつの間にか“泥沼の魚”を手にし、周りに観客がいるのにも関わらず、殺気を目の前の大男に向ける。

 周りにいた観客は、一瞬だけビビり、そそくさと去ったり、身を縮めている。


「エイミー・オブスキュアリティー・モスだな。貴様に――」

「――そこで開けですぅ。臭いから一切近づくんじゃねぇですぅ」

「……ふんっ」


 ――多分外部の人間だね。……使用人として入れたのか……

 フィオナは、大男が手に持った手紙を開くのを見ながら、尖った耳をピクピクと小刻みに動かし、油断なく周囲を探る。

 ――仲間……三人か。エイミーは……気が付いてるね。なら、先に私はあっちのやればいいか。

 そう思考したフィオナは、竜人の師匠にミッチリと鍛えられた魔術を無詠唱で展開する。

 魔術陣は自分の背中に展開し、極力隠蔽もする。

 すると。


 ――よし。一人、二人、三人。

 見張り役の三人が、次々にふらついていき、壁によりかかるように倒れてしまった。

 周りにいた人は少しだけ奇怪な者を見た表情になっていたが、それでも真っ赤な顔を見て酔いつぶれたのだろうと思った。

 武闘会だから、みんな呑気になっているのだ。

 また。


「あのぉ、ここじゃあれですしぃ、向こう行きません?」

「……いいぞ」


 エイミーが、大男の注意を引きながら移動を提案する。

 大男は油断しているのか、周りに確認せず、移動の提案を飲み、エイミーたちは人気ひとけがないスタジアムの影に移動した。

 そして。


「グハァッ!」

「おい、モニカはどこにいるですぅ?首謀者はだれかさっさと吐けですぅ。加齢臭野郎」

「ああ。それと見張りは全員脱水症状で意識を失ってるから、ここには来ないよ。ホント、水を飲むことすら許さないとか、君たちの主人はとても酷いんだねぇ」


 頭二つ分は離れているだろう大男をエイミーたちは、ボロボロにする。それどころか、いつの間にか取り出したナイフや針で、体の至る所を切り刻んでいく。

 拷問である。太もも、手首、顔の近くのゆっくりと刻んでいく。差していく。

 決して急所は傷つけず、大怪我も負わさず、ゆっくり痛みと恐怖心だけを増大させるように。

 そんな二人の様子に、大男は、もう錯乱状態だ。


 ――ボンボン三人を、調子に乗ってる女を犯すだけじゃなかったのか! 何で、何で、俺は、俺はっ!

 主人から命令された仕事は、モニカを攫い、それを人質にエイミーとフィオナを学園の外に連れ出して、あとは好きにしていいという話だった。

 エイミーもフィオナも、スレンダーで、エイミーなんて子供かと思うくらい小さかったから、大男としてはそれはもうその『好き』を妄想していた。

 なのに。


「フィオナ、回復魔術って可能?」

「水経由なら、問題なく」

「じゃあ、お願い」


 大男は傷つけられる。

 人気ひとけのない、昼休憩が終わりそうで多くの人がスタジアムに流れているから、本当に人一人いない学園の影で、何度も恐怖心を煽るように拷問される。

 そして回復される。

 まぁそれでも爪を剥がしたり、骨を折ったりしないだけマシである。

 ……拷問自体をマシと言っていいかはおいておく。というか、この二人、手慣れすぎている。

 

「ぇ、ひ、ひ、は、話すから! 話すからやめてくれぇ!」

「そうですか、じゃあさっさと話すですぅ」


 そしてモニカがいなくなった理由を知り、その首謀者を知ったエイミーは、己に途轍もない怒りを抱いていた。

 フィオナも同様である。

 二人は、必死に荒ぶる怒りをおさめながら学園を出て、学園都市のとある場所へと移動していた。



 ……ちなみに、大男は全裸にされた。また、近くには、酒瓶と仕えている主人の家紋のバッチを置いてあった。

 社会的に抹殺されただろう。



 Φ



「早く私の下僕になりなさい!」

「アタシ、品のない女は嫌いなんよ」

「ッ」


 硬い木製の棒。

 身動きが取れないように縛られているモニカに、それを怒りのままに振るう女は、いつぞやの令嬢だった。

 つまり。


「ほうら、上品に皮肉を言うでもなく暴力に出てる時点でなぁ? 借金伯爵ぅ?」

「ッ、黙りなさいっ! アナタが、お前のところがむしり取るからっ!」

「はい? アタシは普通に商品を売ってただけや。つぎ込んだのは下品なアンタやろ?」

「そ、そもそもアイツが、あの汚い血のアイツが金を寄こさなく!」

「奪っていたの間違いやん」


 エイミーにいいように利用され、ウィリアムに怒鳴られ散っていた、いつぞやの令嬢の一人だった。

 もう一人の令嬢は。


「……ヴィルジニテ、煩い!」

「ああぁ! え~、もうちょっと、ああぁ、でイケそうなのに~。それに、レフィナだってイクじゃん」

「私は、キチンとしつけをしているだけよ!」


 ――伯爵令嬢たちが借金まみれならず、色狂いとは。はぁ、厄介な客を引っ掛けてしもうたな。

 顔と体がまぁまぁ良い下品な執事数人とヤッていた。直接的な言葉は避けるが、暗い一室で、酷い嬌声を響かせていた。

 ついでに、目の前に女は怒りと恍惚とした表情を浮かべていた。

 ――俗にいうサディストか? どっちにしろ、名前とチグハグや。

 ホント、ため息を吐きたくなる。せっかくとった休日がこんな事になってしまったことも、そしてエイミーたちに心配させてしまったことも。

 ――特にエイミー。絶対、自分を責めてるやろな。指示したのはアタシやし、商会長が責任を負うべきなんやろうが、それでも自分を責めてるやろうな。

 臆病で優しい少女。それがモニカにとってのエイミーだ。

 ふてぶてしい表情や態度をとったり、周りを煽ったりいろいろしているが、根底にあるのはやはり臆病さと優しさ。

 ……モニカの観察眼は腐っているのではないかと思ってしまうが、モニカがそう思っているのだから仕方がない。

 ――……ただ、アタシよりもオリアナ様が心配やな。あの人もあの人で運が悪いというか、それとも生まれに胡坐を欠いていたのが悪いというべきか。

 モニカはよい取引相手を思う。

 ――今まで温室の中で育っておったのに、急に陰謀に巻き込まれ、果てにこれや。ようやく貴族を知って、清濁を併せ持とうとして切り捨てたとはいえ、未だ派閥内の人間やしな。

 元々、彼女たちはオリアナに切り捨てられた存在だ。いや、彼女たちがオリアナを切り捨てたといえばよいか。

 彼女たちは、オリアナがエイミーたちのクラスの派閥争いで劣勢になっていると知り、そして第三王子が平民に現を抜かしているのを知り、オリアナを裏切ったのだ。

 つまり、平民の女についた。

 ――類は友を呼ぶとは正にやな。オリアナ様は、間抜けなだけで純粋や。こんな奴らと一緒におらんで良かった。……こっちに不手際で……はぁ。

 そしてオリアナは、ようやく大人になろうとしていたオリアナは、エイミーたちへの謝罪を兼ねて下品な彼女たちをエイミーに売った。

 そもそもいくらエイミーたちとは言え、なんの後ろ盾もなしに貴族を利用できない。

 利用された貴族はよくても、その貴族が所属している派閥が許さない。気が付く人はいて、それによって派閥全体を敵に回さざる終えない。

 敵は作ってもいいが、それは地盤固めが済んでからである。今はまだ地盤固めが済んでいない。

 切れる縁を増やし、利用利用しあえる関係を作りあえる商売相手を増やし、そうやってようやく敵を作る。

 少なくとも、伯爵令嬢が所属する大派閥を敵に回すのは頂けない。

 つまり、派閥の了解があったということである。オリアナ派閥の了解が。


 何度も棒で叩かれながらもか弱い女が打っていることもあり、耐えられる程であったため、モニカは状況整理のために考える。

 ――どないしようか。たぶん、エイミーたちが助けてくれるのは確かや。二人の実力は高いし、特にエイミーはまだ何か隠してそうやしな。外にいる魔術師も問題ないやろ。

 嬌声が響く暗い部屋の中で、モニカは獣人の中では弱いとはいえ、茶狸族の聴力を使って、自分がいる場所を探っていく。

 ――ふむ。部屋の様子から高級宿屋かそれに近しいところか。外の音は大して聞こえんけど、馬車の音だけは聞こえるな。とすると、南区の方やな。

 学園都市の構図と各区画の性質と照らし合わせながら、モニカは思考していく。

 ――オリアナ様は、たぶん気が付かんやろ。南区は貴族の目もある。頭はいいけど、それでも多少やからな。バカ色狂いの考えは読めんやろ。

 モニカとしては、ここにオリアナ、もしくはオリアナ派閥に属する者が来てほしくない。

 できれば、彼女たちが勘付く前に事を終わらせて、何もなかったかのようにしたい。特にオリアナには何も知らない形で。

 でないと、下の者の失態は上の責任だと言ってオリアナが責任を取りかねない。

 いや、オリアナが取ろうと思わなくても、派閥の人間の管理もできないのかと周りから思われて、そこを付け入られるのでどっちにしろ、責任をとるだろう。

 それは、色ボケ第三王子のせいで精神をすり減らしているオリアナには酷だ。良い商売相手が倒れるのはいただけない。


「ああ! 早く、早く、あの女どもが虚ろな目で!」


 先ほどから、エイミーとフィオナが体と心を壊され、そのうえで下僕のように甚振りたいと叫んでいたレフィナは、イッた表情を晒す。

 流石に末期だなと思ったモニカは、口をはさんだ。


「流石にそれはないと思うんやけど」

「まだ助けが来ると思っているのかしら、ね!」


 レフィナは、モニの顔を棒で叩く。その瞬間、ビクンビクンと体を揺らし、目を見開き、口からは声にならない快楽を叫びだす。

 モニカは、呆れるとともに噛んだ舌の痛みに顔をしかめる。


「ッ。……そうや。アンタら間抜けは知らんかもしれんけどな、エイミーたちは強いんや。それこそ、Cランクの魔物を弄ぶくらいには」

「あ~、本当に、本当にいいわ! その顔、未だ冗談をいう精神! ムカつくし、気持ちいい! もう、たまらな――」


 瞬間、レフィナの顔を大きな水が包み込んだ。

 

「――きゃあーーーーーーーー!」


 だが、そんな事を気にする間もなく、ヴィルジニテが執事から這うように逃げる。だって、胸にいつの間にか大きな切り傷が刻まれているのだから

 つまり、血が吹き出る。


「うわ、えげつな」


 あまりの事態に引き気味の言葉を漏らしながら、モニカはようやくかと安心した。

 いくら気丈に冷徹に思考をしていたとはいえ、それは現実逃避にも近かった。少なくとも、心の裡に生じる恐怖を紛らわせるためだったのは確かだ。

 そして、部屋の扉が開いた。


「ひぃぃぃーーーーーー!」


 部屋に甲高い絶叫が響き渡る。

 ついでに、藻掻く苦しんで、あたりを散らかしまわる音も。


「フィオナ、流石に死にそうやから、解除と治癒を頼む」

「……分かった。エイミーも治癒、使えるんでしょ? お願い」

「……分かったですぅ」


 ところどころに血に付けながら、冷徹な表情の二人は、無詠唱にて魔術陣を浮かべ、治癒魔術を行使していく。

 特にフィオナの魔術陣の数は五つも浮かんでいて、全てが下級魔術であった。


「あ、アンタら魔術を使えたんかい。っていうか、治癒魔術って……」


 二人の戦闘能力が高いことは知っていた。

 だが、学園の魔術講義はとっていても実技をとっておらず、魔術が使えるそぶりなど一切見せていなかった二人が高等技術の無詠唱魔術を使って、モニカは驚く。

 だがそれに以上に、治癒魔術は準禁忌に指定されているから使える者は少ない。

 才能自体もそうだが、治癒魔術の術式を知る機会がめったにないのだ。

 それを使っている二人は、只者ではない。今までもなんかあるんだろうなと思っていたが、国家所属の魔術師と言われても不思議ではないほどだ。

 

「ああ、これは秘密にしてくれる? バレると流石に師匠に迷惑かかるし」

「私もですぅ。国の禁書庫で学んでないから……」

「り、了解や」


 白目を向いている令嬢二人や、執事、あとは外にいた魔術師たちを鋼鉄の糸で縛り上げたエイミーたちに、モニカはこの子ら、資格なしやん、と頭を悩ませる。

 治癒魔術を使うには資格をもっていなければならない。だが、エイミーたちの言葉は、彼女たちが資格をもっていないことを表している。

 というか、この鮮血が散っているこの部屋をどないしようかと、後始末に頭を抱えるしかない。


 けど。


「良かったですぅ、ホント、良かったですぅ」

「ホント、ごめん。モニカの秘書兼護衛なのに。本当にごめん」

「ちょ、アンタら……ってか、生臭いんやけどっ!」


 えっぐえっぐと嗚咽を漏らしながら、二人はモニカに抱きついた。

 抱きつかれたモニカは、申し訳なさと嬉しさと恥ずかしさでモニョモニョとした気持ちがこみ上げ、それを紛らわすために二人の引き離す。


「っというか、ホント、どうするんや、この部屋。足取りついたらマズイやん。特にオリアナさ――え、アンタら何でそんな、まさか!」

「いやいや、腹いせに全裸にして家紋を晒したりしてないですぅ」

「うん。うん。ホント、何もしてないよ」

 

 モニカが無事なのが分かって安堵した二人は、怒りのあまりやってしまった事を思い出し、やべぇと顔を引きつらせた。

 それにモニカは頭痛が痛い状態になり、二人の肩を掴んだ。


「したんか、オリアナ様を全裸にむいたんか!?」

「あ、いえ、いえ、そこの全裸女の…あ、主従そっくりで――」


 血に濡れながら全裸で気絶しているヴィルジニテを見て、エイミーは話題逸らしにかかるが。


「――ああ、もう、もう! オリアナ様の状態教えたやん。ホント、あの人がいなくなったら、王国内での活動も制限されるやん!」

「い、いやぁ…………ホントごめんなさいです」

「ごめんなさい、モニカ」

「……はぁ。そもそも攫われたアタシも悪かったんやし……、しょうがない。これでおあい――」


 二人のしょぼんとした様子を見て、モニカは今回は誰も責められんなと思って、手打ちにしようとした。

 だが。


「――あ、モニカ。本当にやばいですぅ。もう、逃げられません」

「何を――」


 エイミーの表情がこれ以上ないまでに青ざめ。


「ああ、遅かったのですね」


 チベットスナギツネ然の可愛らしいオリアナが、絶望の表情を浮かべていた。

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