二十一話 持久戦
ああ、こういう雰囲気だったな。
ウィリアムは、観客席から感じる視線に去年を思い出す。
「……ウィル」
「胸をお借りする」
目の前にいるのは、二挺の巨大な斧を振り回すケヴィン。
斧……というには柄はなく、巨大な鋼鉄の刃の一端だけ金属の持ち手があり、それ以外はすべて肉厚な刃で構成されている。
分厚さも半端ではない。巨木を一瞬でぶち切れそうな程に分厚く、一振りを受けただけでひとたまりもないだろう。
そんな巨大な斧を弄ぶケヴィンは、強い。
ユーデスク王国内でも、最強と謳われる私兵騎士団を擁するレッドルプス公爵家の次男であるから、その騎士団の指導を受けている。
しかも、速さと強靭さに定評がある赤狼族であり、闘気法の練度も相当高い。
そこら辺の騎士にすら全くもって引けを取らず、南大陸で指折りの王国騎士団と実力も互角、いや、それどころか、一般階級の騎士よりも強いだろう。
だからこそ、大公爵家の者でありながら、オスカーの護衛をしている。
……と言いたいところだが、ケヴィンは去年、オスカーに負けている。今は、どうだろうか?
「……去年のように手を抜くなよ」
「だから、去年も手を抜いていないぞ。あれが俺の実力だ」
「……そうか」
だからだろう。
騎士王国として名を馳せるシュヴァリェア王国の第二王子であるウィリアムだが、悲しいほどに応援されていない。
ウィリアムが留学生である事もだが、観客席にいる三分の二は去年の試合を見ている。
だから、ケヴィンとウィリアムの圧倒的な差を知っているのだ。
なので、冷やかしや熱烈なファン以外のほとんどはケヴィンを応援している。
しかも、両隣のフィールドの試合がちょうど終わったこともあり、それは加速しているだろう。
やはり人は多数決に弱いのだし。
「両者、構え!」
その熱量を肌で感じながら、ウィリアムとケヴィンは審判の言葉に従う。
ケヴィンは半身で構え、ウィリアムは仁王立ちだ。明らかに隙だらけであり、ケヴィンは一瞬だけ怒りの表情を浮かべた。
だが、ウィリアムは既にそれを気にしていない。
円盾を撫で、“息吹の廻り”を撫で、そして右手首の黒糸のブレスレットを見つめる。
――フッ。アイツも既に興味なしということか。
先ほど、観客席を確認した際、この黒糸のブレスレットを付けろといったエイミーの姿はなかった。
たぶん、エイミーもウィリアムがこの試合を落とすと思っているのだろう。
――ふむ。それは少しだけ癪だな。
侮辱と暴言と煽りを連ね重ね罵ってくるエイミーの予想通りになるのは、少しだけ厭だと思ったウィリアムは少しだけ口角を上げた。
――強さを聞く以外にも、勝つ理由が一つできたな。
だから……
「開始!」
「ウラァッ!」
身体強化系でも上位に入る闘気法、〝鬼降し〟。
それを纏ったケヴィンは一瞬でウィリアムとの距離を詰める。そして、右手に持つ巨大な斧を振り下ろした。
だが。
「スゥ」
そんな気の抜けた声とともに、巨大な斧は円盾によって奇麗に逸らされる。
もちろん、それを予想していたケヴィンは踊るように左手の巨斧を横なぎに振るう。しかも、斬撃の刃を纏う闘気法、〝空斬〟付きだ。
しかしながら。
「フッ」
多少〝空斬〟による切り傷は負ったものの、ウィリアムは“息吹の廻り”でそれを見事に弾く。
そして、ケヴィンが少しだけ体勢を崩したのにも関わらず、一歩引く。
「……ウィルっ。勝つ気あんのか!?」
「もちろん、あるぞ」
「なら、何で闘気法を使ってねぇ!」
「……」
ウィリアムは黙り込む。それは、図星を突かれたからじゃない。ケヴィンの言葉に疑問を感じたからだ。
――……確かに〝回生〟しか使っていないが、それでも闘気法を使っている。修練を積んでいるケヴィンならそれが感じ取れるはずなのだが。
闘気法に修練を積めば積むほど、相手の闘気法を感じ取れるようになる。しかも、達人の領域に行けば、闘気法の大まかな種類が分かるのだとか。
――……いや、それより。
ウィリアムは、スッと目を閉じる。
ケヴィンは、それを手抜きと受け取り、ますます髪の色に似合う闘志を燃やすが、スルースキルが最強のウィリアムは、気にしない。
「やはりか」
そして呟いた。
今までは、全くもって気が付かなかった。相手が悪かったのか、それともそこまでの余裕がなかったのか。
いや、両方だろう。
どっちにしろ、ケヴィンの闘気法の質が高いこと、そしてウィリアムはこの試合を胸を借りる気持ちで勝とうとしていること。
それによって、ウィリアムは
「オラァッ!」
なかなか動かず、隙を晒しているウィリアムに、ケヴィンはパンッと音が割れる音と共に巨斧を振り下ろす。
だが、ウィリアムは、振り下ろされる前に体を捻りそれを躱した。もちろん、一瞬で音速を超えた巨斧の衝撃により、多少傷は負うものの華麗な回避だった。
まるで未来を視たような。
「ッ。ハァッ!」
〝鬼降し〟により、動体視力すら強化されているケヴィンは、そのウィリアムの回避に驚いたものの、すぐにすかさず追撃する。
が、それも。
「フゥ」
まるで赤子をいなすような盾捌きで巨斧を弾く。もちろん、円盾は小さく、巨斧は巨大で重厚だ。弾いたといっても、ウィリアムの体には大きな負荷がかかる。
だが、それだけだ。
〝回生〟による体力回復もある。それに。
――アイツの訓練よりも痛くない。
ウィリアムは、エイミーにボコボコにされ過ぎたが故に、多少の痛みに動じなくなっていた。
痛いのは分かるが、それでも余裕で我慢ができるようになったのである。
それは、痛み自体の耐性に加え、精神的な成長があるのだろう。
しかし、それよりも。
「シィッ!」
「ハッ」
ケヴィンがギアを上げる。先ほどよりも速く重く巧みな連撃をもって、ウィリアムの動きを封殺しようとする。
が、掠りはしよう。円盾や“息吹の廻り”で弾き、衝撃を受けることもあろう。
けれど、決定打にはならない。ギリギリのところで躱される。わずかな動きだけで三手、四手先を読まれているように躱される。
ケヴィンが巨斧を振り下ろせば、その瞬刻前に盾を構え、逸らす。
ケヴィンが巨斧を薙ぎ払えば、その瞬刻前に“息吹の廻り”をスッと差し出し、受け流す。
それはまるで規定されている舞台の動きだ。剣舞だ。
舞踏会のように美しく舞っている。
だが、その踊り手である二人は、そんな美しさとはかけ離れた世界にいる。
――どういうことだっ!?
ケヴィンの心の裡にあるのは驚愕と苛立ち。
視線に体の動き、定石の崩しに、誘導。
それらを屈指して、自分の連撃は絶対に読まれない自信がある。それどころか、戦況を自分の思い通りに動かせると。
オスカー相手ならともかく、ウィリアムなら。
だが。
――これで闘気法を使ってないだと!?
ケヴィンの感覚は教えてくれる。ウィリアムは闘気法を使っていないと。
なのに、自分の動きをまるで未来を視たかのようにいなすウィリアムに、驚愕しかない。
しかしそれ以上に。
――何故、反撃しねぇんだ!
この乱舞でケヴィンは何度か大きな隙を晒した。晒さざる終えなかった。
しかし、ウィリアムは決して自ら攻撃しようとしなかった。逸らし、弾き、躱し、守りに徹している。
舐められている。ケヴィンはその事実に怒りが湧く。
「クッ」
そんな怒りによる進撃を繰り返すケヴィンの攻撃に、ウィリアムは苦々し気な呼気を漏らす。
もちろん、ウィリアムに余裕などない。
少しでも集中を欠けば、一気に形成が逆転する狭間を綱渡りしているのだ。余裕があるかないかでいったら、ケヴィンの方が余裕があるだろう。
だって、向こうは身体強化系の闘気法を練度高く使えるのだから。
ウィリアムは〝回生〟以外に、この一秒未満を争うような戦いに使える闘気法をもっていないのだから。
今ならわかる。
――俺の身体強化はゴミだな。ケヴィンのと比べても、そして俺の〝回生〟と比べても。
恥ずかしくなる。一か月前とはいえ、あんな杜撰で陳腐な身体強化を使っていたとは。
だから、スピード、力、才能……ほとんどの面でウィリアムは負けている。
――だが、それでも視えている!
しかし、ウィリアムはケヴィンにはない力が一つあった。
それはここ一か月程度、闘気法を使わないエイミー相手に訓練をしていたから気が付かなかった技術で、凪いでいる心だからこそ、読み取れる。
つまり。
――不自然とはよく言ったものだっ!
眼前スレスレを通り過ぎる巨斧を躱しながら、ウィリアムは思った。
ここ二週間近くエイミーにいわれ、人の体の構造の勉強をした。中間考査や生徒会の仕事があるのに、どうにかこうにか時間を捻出して、本にかじりついた。
それだけじゃない。
常に言われていた。体の動きだけでなく、呼吸、視線の動き、気配の流れ……。
己の全感覚を満遍なく使い、俯瞰するように、その感覚で捉えた世界を頭の中で
すると、ケヴィンの動きが読める。寸刻先の動きでしかないが、それでも先読みができるよになる。
ケヴィンの駆け引きに左右されず。
しかも。
――
ケヴィンの体を巡りゆく闘気法の流れが視えているのだ。
エイミーと出会う前でも、一応“気配感知”の副次効果により、強度が分かる程度であったが、闘気法が視えていた。
しかし、今はハッキリと感覚として視えている。視覚として捉えているのではなく、
闘気法の流れが分かるのだ。
――ハハッ。アイツは、闘気法の流れを読んで、動きを予測していたわけか!
エイミーが視ている世界の一端が視えた気がした。
「クッ」
が、それでようやくケヴィンの領域の端っこにしがみついていることに、変わりはない。蜘蛛の糸の上で綱渡りしているのだ。
なのに。
――……剣と盾とはなんだ? 献身とは何を意味している?
ウィリアムは戦闘ではなく、自らの心の生じていた疑問をずっと考えていた。
Φ
「オルドル。お前はアレをどう思う」
フードを被った金髪の貴公子が、隣に座る筋骨隆々の老人に訊ねる。
老人は、ゆったりとした動作であごの無精ひげを撫でた後、見下ろす。
「戦場や迷宮では、優れた戦い方であると」
「この場としては?」
「……それは会場が示しているでしょう」
冷徹な目で観客席を見渡せば、そこには明らかに不満げな雰囲気が漂っていた。
誰に対しての不満であるか。
それはもちろん。
「ふむ。我が弟に対しての侮辱とは気に食わんな」
「……毎度ながら申しますが、その言葉をウィリアム様に聞かせてあげれば、もう少し兄弟仲が良くなるかと」
「いやだ。それは恥ずかしい」
「はぁ」
ケヴィンがそう思っていたように、会場のほとんどのものがウィリアムの方が余裕があると思っている。
彼らのほとんどは全く戦況を追えていないのに、だ。
それでもだからこそ、躱し、逸らし、弾いているだけで、かっこいい守りも攻撃もしないウィリアムに、会場の雰囲気はダダ下がりなのだ。
それに戦いがとても長引いている。
もう、ほかの準々決勝の試合は終わっている。それどころか、あまりに終わらな過ぎて、準決勝の試合も一試合を除いて終わっている。
決勝戦の選手の一人はオスカーである。
一時間以上も打ち合いながら、ケヴィンは何度も隙を晒した。それでもウィリアムは一切反撃せず、守りに徹している。
だから、ウィリアムに対してヤジが飛んでいる。引っ込めだの、負けろだの、明らかな言葉では言わないが、当回しに言っている。しぐさで表してる。
だが。
「……ボンボンの目はやはりボンボンだな」
「それは仕方ありません。戦場を知らぬものは、分かりやすい戦い方を好みますゆえ。……ですが、分かっている者は分かっているかと」
「確かに、バラレ第二騎士団長など、引き抜こうとかいっているしな」
少し離れた所にいる騎士姿の女性。ユーデスク王国の第二騎士団長を務める傑物である。
大事な他国の王子を引き抜こうなどあるまじき考えだが、その考えを持てるからこそ、若くしてユーデスク王国の第二騎士団長を務められるのだろう。
「はい。あれは最も戦いで勝てる戦い方です。そして、最も仲間を守れる戦い方でしょうから」
「ああいうやつがいるかどうかで、本当に変わるからな。特に士気などは」
「ええ、魔物相手でしたら特にでしょう」
数か月ぶりに見て、久しぶりに話した弟が悩んでいた。それにとても驚いた。
自分を責め、自分を怨み、世界に諦めを映した弟。人形のように中身が抜け落ち、優秀な妹にクズテツと呼ばれていた弟。
それがとても悩んでいた。藻掻いていた。だから、もう自分が“息吹の起こり”を持っている必要はないなと思い、返そうとしたのだが、それも拒否られた。
もう、驚きを通り越したな。
そう思っていたのだが。
「なぁ、俺の目には使ってないように見えるが、お前は?」
「……シルト様でも分かりませんか」
「ああ、俺は分からん。それで、お前は?」
「使っておりますぞ。……ずっと、〝回生〟だけを」
「……なるほど、理にかなっているな」
フムと頷きながら、シルトはマジか!? と叫びそうになる。
そりゃあそうだ。今までの長時間にわたる熾烈を極める戦いを身体強化なしでこなしていたのだから。
よほど、技術がないと……
――そんな技術が数ヶ月で身についただと?
「なぁ、あの戦い方はお前が指導したわけではないよな」
「ええ、もちろんです。どうやって、三週間近く離れている土地に指導をするのでしょう。というか、私は、殿下と一緒に過ごしていらしたのに」
「おい、やめろ、その言い方は」
「……冗談です。冗談を言わなければ、やっていられないのですよ。ウィリアム様があそこまで強くなられた。そこにはウィリアム様の努力が確かにありますが、それでも指導者の存在があります」
口惜しそうに拳を握るオルドルに、シルトは苦笑する。
「まぁ学園都市なのだ。指導に特化した人物でもいたのだろう。騎士大学の学生とか教授とか」
「それでもです。私はウィリアム様の指導役を賜っていたのですから」
「ふむ。だが、やはりウィリアム自体の革新があったのは間違いないと思うが」
「それは、分かっております」
オルドルの頷きを聞きながら、シルトはそれでも思う。
――……お前の目指す騎士は何だ。この観客の言葉は聞こえているだろう。
まだ、戦っているウィリアムは心の海で藻掻いている。
Φ
そして、一時間半も続いた戦いは急に終わった。
「やはりこうなりましたか」
「ええ、そうですね」
特等席で試合を眺めていたレヴィアとマーガレットは、示し合わせたように頷いた。
後ろのギガスも同じで、納得っといった感じに頷いている。
つまり。
「ひっこめッ!」
「卑怯だっ!」
「正々堂々戦え!」
「金を返しやがれっ!」
観客のほとんどから飛ばされる罵倒だ。
先ほどは、これほど直接的ではなかった。ブーイングはあったものの、それでも控えめだった。
だが、今は観客席からたくさんのコップやゴミが投げつけられていた。
ケヴィンに勝ったウィリアムに対して。
「……ふむ。フォローが面倒そうですね」
「フォローするのですか?」
「……失礼ながらマーガレット様。私が生徒会メンバー理不尽に晒されていて、黙っているとでも?」
一時間半も〝鬼降し〟を使っていたのだ。それ故に、ケヴィンは、体力切れを起こし意識を失っている。
それを無表情に見送っているウィリアムをチラリと見て、レヴィアはいい微笑みを浮かべる。
「本当に失礼ながら、ええ。レヴィア様は決して誰にでも優しいお方ではありませんから」
「ええ、それはもちろんです」
「そして、この試合が始まる前までは、ウィリアム様に優しい心を見せてはいませんでしたよね」
「……今日は辛辣ですね」
「久しぶりに、あの戦いを見れたため、興奮しているのかもしれません」
本当に感慨深く笑ったマーガレットにレヴィアは、不思議そうに首を傾げた。
「あの戦い方ですか?」
「ええ。闘気法の流れを読み、ただただ長く戦いを長引かせるだけの戦い方。特に〝回生〟だけを使い続ける戦い方は、破邪守護神官の戦い方です」
「破邪守護神官……ああ、デーモンやアンデッドだけに特化した」
「ええ、彼らは長く戦うことを重きにおいています。デーモンはもちろんのこと、アンデッドも正規の手段で倒さなければ、復活してしまいますから。ですので、それが可能な破邪神官を守り、休息させる戦い方なのです」
「なるほど」
つまり、マーガレットはその破邪神官であり、常に守られてきたというわけである。だから、懐かしかったのだろう。
――ですが、それは普通の戦場でも同じでょう。
膠着状態に陥った戦いの中で、一番重要なのはどれだけ戦い続けられるかだ。現状を打破できないから膠着状態に陥っている。
だが、兵站などもあるが、それでも人が戦い続けられる時間は限られている。体にも心にも限界があるのだ。
だからこそ、時間がなくなるにつれ、休む時間もなくなり、恐怖に支配される。そうすれば致命的なミスがおきる。
そんな膠着状態の中、仲間に休憩の時間を持たせながら戦える者がいれば?
それがたった一人でもいい。たった一人でもいれば、兵士たちの心は安定する。休める保証が得られるし、勇気を貰える。
士気が保っていれば、兵団は限界以上に長い時間を戦い続けられる。
そうすれば、相手が先に力尽きる。
もしくは、救援が来る。救援が来る前に戦いが終わることはなくなる。
「手伝いに行ったほうがよいでしょうか?」
「それは、オスカー様が動いているので大丈夫でしょう。……それより、ウィリアム様はこのまま続行する気ですか」
「そのようですね」
準決勝もほとんど終わってしまった。
そして一時間半も戦っていたからこそ、予定が押している。だから、ウィリアムに休む時間は与えられない。
「対戦相手は……ほぅ。色ボケ王子ですか」
「……レヴィア様。興奮しているからといってそのような言葉を使ってはいけませんよ」
「いえ、事実ですので」
十分も経たずにして、準決勝が始まった。
ウィリアム対第三王子、ルークである。
そして。
Φ
「決勝か」
体が鉛のように重い。
〝回生〟は今でも使っている。だから、ゆっくりと回復しているがそれでも二時間近く続いた連続戦闘に流石に体も限界を上げている。
それに、専用結界による傷のほとんどが痛覚だけに変換され、それによる精神的なダメージも大きい。
しかし。
「……ふむ。これだけ言われているのに全くもって心に響いていないな」
フィールドの端で休憩をとっていたウィリアムの心は、凪いでいた。
いや、それは違う。
凪いでいるのは水面だけだ。心の海の深くはずっとうねっている。
迷いではない。悩みでもない。
ウィリアムは導とも言えるわずかな光を創り出しているのだ。
母の言葉も、エイミーの書置きの意味もまだ全くもって分かっていない。自分なりの答えは全くもってでていない。
それでも、エイミーに出会うまで温度のなかった気持ちが、
その冷たい気持ちが、今や心を動かす原動力となっている。
温かい気持ちになっているわけではない。冷たい心が、自分に対しての嫌悪、怨み、諦め、それらが原動力となっている。
反骨精神として、体を、思考を動かし続ける。
「修復は……するな」
ケヴィンの巨斧の連撃を受け止め、ルークの直剣を受け止めた“息吹の廻り”はボロボロだった。
だが、“息吹の廻り”は強い剣ではないものの、使い続けられる剣だ。
空気中の魔力を、自分の魔力を吸収して、壊れた刀身を、柄を、すべてを修復する剣だ。
今のウィリアムにはぴったりの剣である。
「……握力がないな」
だが、ウィリアムはその剣にまだ及ばない。
〝回生〟で回復しているとはいえ、握力はほとんどなくなり、剣や盾を握れなくなったのだ。
「しょうがない」
なので、ウィリアムは救護員の人が持ってきた包帯を使い、“息吹の廻り”を手に巻きつけた。
また、円盾も同様にだ。
「さて、優勝して、アイツの強さを聞き出すとするか」
たぶん、その答えは己が望むものではないと、もう知りながら。
けれど、未だに観客席のどこにもいないエイミーに一泡吹かせるために、ウィリアムはオスカーと対峙した。
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