十八話 その聖女は地位である

「起きてください。起きてください」

「う……ん。あとちょっ……と!?」


 ここ最近はとある事情で眠れない日々を過ごしていたため、エイミーはむにゃむにゃとよだれを垂らしながら寝ていた。

 しかしながら身体を揺らすのがラーナでもなく、モニカやフィオナでもないことに気が付き、驚くような速度で飛び上がり、腰を低くして戦闘態勢をとる。

 長年の癖みたいなものである。


「ッ。……人の寝込みを襲うとは聖女の名に恥じない行為ですねぇ?」

「ええ」

「チッ」


 ついでに長年の癖で煽るが、いかにも聖女らしい清らかな微笑みで返されただけであり、面倒だなと思い、あからさまに舌打ちをする。

 そしてエイミーはさっさとこの場を離れようとする。


「……起こしてくださりとても感謝いたしますぅ。では、失礼です」

「ちょっと待ってください」

「はい?」


 が、マーガレットに呼び止められる。

 ここで無視してこの場を離れてもいいのだが、後々の事を考えると反応しておいた方がいいだろう。


「生を尊び、死を寿ぐ導きと流転の女神カロスィロス様に仕えるアナタ様に、一つ訊ねたいことがございます」

「何ですぅ? 愛だの恋だので言い争っている女神に仕える聖女様ぁ?」


 だが、その反応が粛々としたものではなく、いつも通り煽りなどを含んでいることは確かであるが。

 それでもマーガレットはとても凪いでいる表情を突きつけ、碧眼は夜の星々を映し始めた。

 悠然と問う。


「トレランティア王国の件。あれは、命導く女神の代行なのでしょうか?」

「いや、違うですぅ」


 エイミーはそれをハッキリと否定した。

 いくら遊戯と機織の女神シュトゥルードゥスに強い祝福ギフトを授かっていようと、己の仕えている神々に対しての嘘は吐けない。

 吐いたたとしても、聖女であり、〝神籬ひもろぎの瞳〟という恩寵法を使っているマーガレットを騙すことはできない。

 だから。


「なるほど。その言葉は確かなようですね」

「当たり前ですぅ。運よく誓いを立てられたとはいえ、私如きが女神さまの代行者になるとでも思いますぅ?」


 マーガレットの碧眼が星々を失い始めた。

 エイミーはそれを油断なく黒の瞳で見つめ返しながらも、プラプラと手を振る。

 しかし、マーガレットは有無を言わせない表情で。


「はい」


 頷くだけだった。

 それにエイミーは嫌になる。恥ずかしいわけではないが、居心地が若干悪くなるのはアレだ。しょうがない事だ。


「……仮誓いで恩寵法を賜った聖女様の目は、意外にも節穴なんですねぇ?」

「ええ、わたくしも、そして神々さえも盲目であるのは確かです」

「へぇー」


 ――盲目足らなければ、世界は広がらない。故に汝、盲目を認めよ。其方が尊ぶ神もまた盲目なのだから。……古い部分をよくもまぁ。

 心の中で、その引用を思い出しながら、エイミーは初めて知ったという感じに頷いておく。

 マーガレットはそれを分かっているのか、静々と微笑んだ後祈り手を組んだ。


「エイミー様。アナタ様方に少しだけお力添えをしてもよろしいでしょうか?」

「……私は出資者ですので何とも。ですが、私たちは商いをやっているんです。あなた方の慈善活動とは違うですよぉ?」

「ええ、それは分かっています。ですが、商会長が熾りと家庭の女神カミーヌファリア様に仕えている以上、アフェーラル商会は商いによる社会の良きをしているのでしょう?」


 ――〝祭神看破〟とか、ウザいですぅ。というか、キチンと把握しているのもまぁ何とも言えないですぅ。けど、まだまだ未熟ですね。

 〝祭神看破〟を、そして先ほどは〝神籬ひもろぎの瞳〟を使った事を感じて、エイミーはまだまだマーガレットが未熟であると判断を下す。

 それは、未熟でない者が下す判断なのだが……


「さぁ? 少なくとも人を幸せにする事はしていないですぅ。金儲けがモットーですのでぇ」

「ええ、それは分かっております」

「……はぁ。まぁご勝手に。ただしうちの商売に横やり入れたら、それはもう悪神すらも真っ青な事になること間違いなしのでぇ、覚悟してくださいですぅ」

「ええ、それも心得ています」

「……では、二度と会わないことを祈っていますぅ」


 ――あとでモニカに伝えなきゃです。というか、午前中のお茶会の講義をすっぽかしたのはいたいですぅ。あれはとても楽しいのに。

 と若干気落ちしながらも、エイミーは荷物をもってその場を離れた。


わたくしとしてはエイミー様ともっと話したいのですが」


 そしてそんなマーガレットの呟きは聞かなかったことにした。

 面倒だし。



「へぇー」

「ふむ」

「あれ、二人とも成績悪かったの?」


 中間考査を終えたエイミーとモニカは、食堂の隅っこで手に持っている紙を見て唸っていた。

 担任教師からプリントを受け取りにいっていたフィオナは、遅れて食堂にやってきた。

 そしてそんな二人の様子を見て首を傾げた。

 二人とも忙しいにも関わらず殆どの講義には出席していたし、会話をしたなかでも勉学が苦手というイメージは持たなかったからだ。


「いや、そっちは大丈夫です」

「アタシもや」

「ふーん。……て、え?」


 エイミーとモニカは机の上においてあった紙をフィオナに渡す。

 フィオナは何となく渡された紙、成績表を見て驚く。


「全然大丈夫じゃないじゃん!」

「何処がですぅ? 赤点一つもないです」

「アタシもや」

「……いや、モニカはまだしもエイミーはスレスレばっかりじゃん!」

「キンキン煩いですぅ」


 成績表を突きつけて叫ぶフィオナ。

 腰に手を当て、怒るのではなく叱っているその姿は……オカンに近いかもしれない。

 実際、エイミーの将来が心配でたまらなくなっている。誓っている神の影響かもしれない。


「確かに商会の仕事が忙しかったのは分かるけど、学業が学生の本分だよ! もう、モニカもモニカで、何で苦手なところ教えてくれないの! 私、モニカの秘書みたいなものでしょ! 学業の方も見てあげられるのに!」


 心配と責任感と……ちょっとした楽しみがなくなって、フィオナは少しだけ怒る。

 ちょっとした楽しみ、それは学友と顔を突き合わせ頭を悩ませながらテスト範囲の勉強を教えあう事。

 騎士大学に行った脳筋の兄がそれをさも大事な思い出のように語るから、自分もやってみたかったのだ。


「……今は正念場なんや。聖国が今まで築いてきたネットワークを発展させる大事な時期なんや。勉学に回せる時間などないんや。……フィオナがアタシのスケジュール管理してくれるようになったし、期末は大丈夫のはずや」

「……分かったよ。期末はきっちりテスト勉強できるように調整頑張るから!」


 ああ、確かに今はアフェーラル商会にとって正念場だ、ということを一週間ちょっと内部に関り思い知っていたフィオナは神妙に頷く。

 それから、ならば自分が頑張ればいいと張り切りだす。

 そしてその頑張りは、無為なものではなく、フィオナは成績が学年トップクラスであり、エイミーも驚くほど魔術や神々に対しての知識も深い。

 理由を聞くと、家族ぐるみで付き合いのある竜人が色々と教えてくれたらしい。


「ああ。それとエイミーはこれから商会の仕事には直接関わらなくなるんだよね? だったら今日からみっちり――」

「――それは無理です。あと、一日だけ待ってください」


 有無も言わせない真剣な様子で金の瞳を見つめるエイミーに、フィオナは少しだけ悩んだ後。


「分かった。でも、期末の赤点スレスレはなしだよ」

「はい」


 エイミーは自分を心配してくれる友人ができたことに少しだけ誇らしげになりながら、眠たく働かない頭を精一杯動かして頷いた。

 アフェーラル商会の今後はモニカに任せられるだろうし、あらかたの種は蒔き終えた。

 あとはゆっくりじっくり育つのを見守っていけばいい。

 そう思って、エイミーは昼ごはんに手を付けず、寝入ってしまった。



 Φ



「マーガレット様。大丈夫ですか?」

「……マーガレットと呼んでください」

 

 浴室に響く少し拗ねたような言葉。

 レヴィアは銀髪が湯船につからないように纏められた後姿を見ながら、どうするべきかと悩む。

 ――うん? 人はいないのですし、悩む必要はあるのでしょうか?

 と思ったが、結界による魔力感知でも近くに人がいないことは分かっているし、向こうの要望に応えるのは悪くないだろう。


「マーガレット、どうしたのですか?」


 傍から見ても大層沈んでいる様子のマーガレットに、麗しのレヴィアが湯船に足をいれながら訊ねる。

 たぶん、観客に誰かがいたら黄色い声が世界の中心で叫ばれるだろう。


「愚痴を聞いてもらってもいいでしょうか」

「はい」


 ゆっくりと振り返ったマーガレットの目元にはとても酷い隈があり、レヴィアはそれを見た途端、包み込むようにマーガレットを胸に押し当てる。

 それから優しくあやすように頭と背中を撫で始める。


わたくしたち聖女は、歴代の聖女様方は二つの目標を掲げていました」

「はい」

「けれど、二百年前に一つの目標は、わたくしたちではない当時最も弱いとされていた臆病な種族の青年がそれを成し遂げました」

「はい」


 ポツリポツリと紡がれるその言葉をレヴィアは理解していない。

 聖女が掲げていた目標など、歴代の聖女の間でしか受け継がれていないからだ。

 けれど、前世でも含めて今の今までも、こんな親友らしいイベントに出会ったことがなかったレヴィアは、愚痴を受け止める。

 愚痴は解決する必要がないのだ。

 ただただ、弱り切った己の心を休ませるための儀式プロセスみたいなもの。優しく温かく微睡まどろみの裡に溶け込んでいけばいい。


わたくしたち聖女だけではありません。聖国の神々に仕える神官全員が、奉る神の教義と自らの意志と人類としての責務を守り、何度も調整して何度も何度も……」


 この世界には国がある。

 神々がいようと、いやそもそも神々は世界に寄り添う存在であり、人類というたった一つの種に過干渉してはいけないのだ。

 というか、人の世は人が治めなければならない。神々は、寄り添い導き、手助けをする存在なのだ。

 それでも神々は、人類を使って自らの意志や理念、使命を果たそうとするのだが、それは人類が恩寵法を授かれるからだろう。

 どちらにしろ、人の世を治めるのは人であり、人の世を作るのは国だ。

 神は人を救わない。祈り祈り祈ったところで、決して救われることはなく、救うのは神ではなく人間だ。

 国だ。国王だ。


 神々に仕える、神々の代理人として存在する神官たちは、しかしながら彼らも人であり、人の世に生きる者。

 だからこそ、神々が人の世を尊重したように、むやみやたらに神威をひけらかし社会を動かしてはいけない。

 聖国は、神々の代理人が集まってできた国ではあるが、国というルール憲法と法を作り、そして国際的な秩序すり合わせを守らなければならない。

 神意と善意があろうとも、人々を助けるために泥にまみれた者がいる。賄賂や犯罪などに手を染めてまで、より良い社会を作り出そうとしたものがいる。

 そも、聖国だって一枚岩ではない。むしろ、仕える神々が違う者たちが集まっているため、詳しい教義や理念、理想、善行、守る人々の種類……全てが違う。

 その聖国内で何とか人間らしい話し合いとやり取りによって、を愛し、人間社会を愛し、誰かを幸せにしようとしてきた。


「なのに、あんなにも短期間にあっさりとっ! 我々が道を通すのにどれだけの年月を掛けたと思っているのですか!? 道を掛けても直ぐに盗賊などに潰される! あそこの人々も一枚岩ではありません! 染めたくもない犯罪に手を染めなければ生きていけない人がいるから、何度も何度も交渉に交渉を重ね、共に手を取り合えるようにゆっくりゆっくりっ! そのゆっくりやっていくことが愚かであるように、初動とはいえ、あんな短期間にあっさりとっ! ……わたくしたちがやってきたことは無駄だったのですか!?」


 悲痛の叫びが浴室で木霊する。

 レヴィアは、遮音結界の魔術を浴室に張っておいてよかったと思いながら、マーガレットの背中をゆっくりあやすようにさする。

 ――……確か高位神官が行う祝祷の儀が今日終わったと言ってましたね。大変過酷だと聞きますし、弱り切っているのでしょう。

 それに。


「そもそも彼女は何なのですか! 恩寵法も授かっていない。ヤクザ者のような言葉で神々を侮辱する! 彼女だけではありません。彼女もその友も沈黙たる神々に誓いを立てていらしたのに!」


 ――ここ二週間近くそれに加えて、生徒会の業務や中間考査、聖女大貴族としての役目が目まぐるしくあったでしょうし、あのクソ弟子が阿呆なことをしたり、飢餓の予兆も神託として受け取っているでしょうし、疲れてしまったのですね。

 マーガレットの慟哭から響くのは嫉妬。嫉み妬み。屈辱に悲しみと悔しさ。ごちゃ混ぜになり、己の感情が整理できない。

 ――まだ、十六歳の少女ですし当たり前でしょう。仮誓いで、高位の恩寵法を授かり、癒しの聖女として奔走する日々。さぞ重圧があったのでしょう。

 レヴィアの精神年齢は、アラフォーは余裕に超えている。だからこそ、目の前の優しい少女の愚痴を受け止める。


「二人ともわたくしを未熟者だと言わんばかりの目で! ええ、そうですよ。わたくしは先生にも、お母様にも、今代の聖女同志にも叶わない最も劣ってる聖女です! だから、政治場にも、戦場にも、誰かが救いを求めていることにすら対応することが許されず、ここにいるんです。追いやられてんです!」


 悔しさが募る。

 己の不安が裡から身体を食い破るようにあふれ出て、悲しさと苦しさと諦めが漏れ出てしまう。


「それでも、今置かれた場所で、誰かを救えるように……学生が学生らしく学問に集中できるように、学園都市の犯罪者の撲滅や、悩み相談だって時間の合間を縫って! なのに、それすらも!」


 ぎゅっとレヴィアの方がきつく締め付けられる。

 細い少女に腕では考えられないほどの万力でレヴィアに抱きついているのだ。


「レヴィア様だってそうです!」

「え」


 ついでに自分に対しても愚痴を吐かれるのかと感じたレヴィアは、驚き、そしてうれしくなった。

 いや~友達っぽいイベントです。と喜んでいた。

 が。                                  


「……ぅぁ。ぇ。あ、ご、ごめんなさい、レヴィア様! 今のは、今のはっ」

「あ、いえ」


 ハッと顔を上げたマーガレットは、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。

 白い肌の頬を真っ赤に染め、体のところどころは痩せこけ、雫が溜まる碧眼の下には黒い隈がある。

 聖女だからこそ、最も格式高く古い祝祷の儀を行われければならず、学園側も配慮しているとはいえ、文字通り寝ることなく祝祷を捧げている。

 というか、夜に行う儀なのだ。

 昼寝は多少なりともしているが、それでも学業との両立もあるからほとんど寝ていない。それに、朝昼晩のご飯はとってもいいが、それでも食べられる量には限りがある。

 特に、満月の前後三日間は断食しなければならない。


 それゆえに心が弱り切ったマーガレットは、思わずレヴィアの愚痴すらも吐きそうになり、弱り果てた。

 それを感じ取ったレヴィアは、少しだけため息をついた後。


「――ゆっくりおやすみなさい」


 十二の魔術陣を浮かべ、耐性やらなんやらが高いマーガレットを眠らせたのだった。

 ――……私にはどういう思いを抱いているのでしょうか。

 穏やかに瞳を閉じたマーガレットと可愛らしい妖精の表情を見て、これからどうやって部屋に運ぼうかと頭を悩ませたのだった。



 Φ



「ただま~」

「おかり~」


 暗い一室。

 唯一の明かりが灯された燭台がおいてある机で幾何学的な模様を描き続けているエイミーは、少しだけ開けておいた窓から入ってきた白ガエル、ラーナにちらりと視線を向ける。

 ラーナは通常のカエルでは考えられないほどのジャンプを持って、窓から机へと移動する。


「で、夜遊びは楽しかったんですぅ?」

「日向ぼっこは楽しかったぜ」

「こんな夜更けまで何処に行ってたんですぅ?」

「……お前、口調変わったな」


 机の上のみならず、その周りには大量の紙が散らばっていて、エイミーはそれらを纏めながらラーナを咎める。

 勝手にウロウロされて、もし学園長などに見つかったらどうするのだ、と。


「そうですぅ?」

「ああ、変わったぜ。俺っちと会話する時は、そんな口調じゃなかったぞ」

「……こっちの口調で話すことが増えたからですかねぇ?」

「いんや、その口調でも十分落ち着いたからじゃねぇか? だって、その口調ってアイツらが生きていた時の口調だろ」


 ラーナのその言葉にエイミーはピタリと止まった。

 そして、頬を撫で、次に額を撫でた。


「……縋ってるんですかねぇ?」

「向き合ったんじゃねぇか?」

「逃げるのが得意だと思ったんですが」

「逃げることから逃げたんじゃね?」

「そういうもんですか」


 エイミーは感慨深い想いを吐露し、懐から白のバレッタを取り出した。

 そして優しくギュッと胸に押し当てた。


「おじいちゃんとおばあちゃんの願い、叶えられてますかねぇ?」

「さぁ。母さんもそれは分からんと思うぞ」

「確かに。引きこもりが心を推し量るなどできませんしね」

推し量るすることはできるんじゃね? けど、理解できることはない。結局どこかで勘違いして、間違えるんだ」

「ふぅん」


 エイミーが描いていた幾何学模様、つまり魔術陣を読んでいたラーナは、投げやりな雰囲気を醸し出す。

 そして紅の目エイミーに向ける。


「だから、あいつらの願いをお前が理解できることはないと思うぞ。あの時の言葉をお前がお前なりに解釈利用するしかない」

「……ラーナの癖によくいいますねぇ。……で、どこ行ってたんですぅ?」

「ああ、母さんが外に出るってんで、それに付いていった」

「えっ!」


 神妙な想いをそのまま、散らばった紙をまとめたエイミーは、引き出しから新たに真っ白な紙を取り出し筆を走らせていた。

 だが、ラーナから出てきた言葉に思わず筆を止めてしまった。

 インクが滲んで、玉ができる。


「ど、どういうことですぅ!?」

「どうもこうも、火の野郎や水の野郎、木々の野郎とかが集まる会合があるだろ」

「精霊会議ですね。まぁ、大層な名前に似合わないお茶会ですけど」

「そこに母さんが出るってんで、俺っちも付き添いで行ったんだよ」

「付き添い? いつも行ってるじゃないですか」


 インクが滲んだ紙を丸めたエイミーは、それをポイっと後ろに投げ、新たな紙にへんてこな文字を描き始めた。


「いんや、付き添い。というか、俺っちあの中では一番若いから行ってるというよりは、紅茶注いだりクッキー作ったり、雑用やらされてるだけ」

「フッ」


 それを聞いて、エイミーは思わず笑ってしまう。

 ラーナがせっせと紅茶を注いだりしている姿を見て、おかしくなったのだ。


「おい、何で笑った?」

「今度、私にもクッキー作ってです」

「……まぁいいけど。で、俺っちの格は低いけど、母さんは高いだろ」

「まぁ彼らの二つくらい上ですからねぇ」

「いや、三つ以上なんだが。……まぁそういうわけで、いつも雑用をやらされてる俺っちだけど、付き添いって体で行ったら、それはもう好待遇で……アハハ! あいつらの表情が今でも忘れられないぜ!」


 ラーナが前足を机に叩きつけながら、大笑いする。

 それを鬱陶しく思ったエイミーは、ラーナの首根っこをつかんだ。


「ラーナ。今は描いているんです。揺らさないでください」

「……分かったから降ろしてくれ」

「はい」


 流石にエイミーの邪魔をして悪いなと思ったのか、ラーナは神妙に頷く。

 人間から見れば、ラーナは物語に出てきそうな種なのだが、ラーナと同格をポンコツと呼ぶ大八魔導士がいたりと、結構雑である。

 

「んで、あの陰気ババアは何しにその会合に――」

「――あ」


 二人が何かに気が付いたように顔を上げた。

 その瞬間、ラーナは白の身体に浮かせていた紅の紋様を消し去り、ゲコッと鳴いて、エイミーの懐に隠れてしまった。

 そして、それから数十秒後。


「入らせてもらいますよ」


 コンコンと窓を叩く音と同時に、レヴィアが入ってきたのだった。

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