十三話 予定は未定

 ――さて、トレランティア王国での下地は作ましたしぃ、私たちの城ができそですねぇ。

 翌日の早朝。いつも通り白んだ朝日を魔術獣人形ビーストゴーレム鍛錬場で浴びながら、エイミーは予定プランの再確認をする。


「フッ」


 右へ狼の魔術獣人形ビーストゴーレムを受け流し、背後から襲い掛かってきた熊の魔術獣人形ビーストゴーレムにぶつける。

 それを盾に左足を軸に半回転しながら、低く低く屈み、飛び掛かってきた二体の狼魔術獣人形ビーストゴーレムの下に入り込む。

 そして泥色の金属棒、“泥沼の魚”で狼魔術獣人形ビーストゴーレムの一点を当て、バランスを崩させる。


 ――聖国が食糧支援をするのは、問題なく通る。それに貿易都市から一度、南に下る必要もなく一直線に販路ができる。予定プランの中で最高の結果ですぅ。

 南大陸の最北東に位置するトレランティア王国は、カタフィギア聖国の北東と国境を接しており、東諸国連邦の中で、最も治安が悪く最も貧しい国でもある。

 紛争は絶えず、盗賊はもちろん犯罪組織も横行し、また、そもそもが犯罪に追われた傭兵が作り出した傭兵国家故に、武力による支配が強い。

 

 東諸国連邦の中で最も北にあるのもあるのだろうが、聖気が流れも込まないのに、トレランティア王国の農業は殆どない。

 一部南方に農地があるだけで、食糧自給率はとても低く、そして国力も低い。

 各国に傭兵を派遣することによって経済と国を何とか回している。

 その派遣も、どうにかこうにかして派遣しているだけであり、東諸国連邦は比較的平和なため、傭兵に対する依存度は低い。

 とても貧しいのだ。

 経済が豊かならば、食糧自給率が低くともいいのだが、経済は貧乏どころか、貧乏に困っている状態、貧困である。

 飯すら食えない国はとても貧しくなる。身体も心も。

 それでも他国に侵攻はしないのは、東諸国連邦協定議会によって最低限の食料提供と戦争禁止条約、『東諸国連邦協定共同発展条約』があるからだ。

 それでも貧しい事には変わりない。

 極度の飢餓がなくとも食糧不足であることには変わりない。

 

 そして『悪魔門』が一生在り続けることも変わりない。

 『悪魔門』。

 それは、悪神たる異界と侵略の神ゼノィンペリが眷属であるデーモンを呼び出す際に使う異次元への門。

 そしてトレランティア王国の北部にはそんな『悪魔門』が四つもあり、常にそこからデーモンが湧き出て、周囲を侵略している。

 デーモンは魔法を使う異形だ。しかも、魔物のように痛みを感じることもなく、倒しても肉体が残ることなく煙になって消えてしまう。

 そして数か月から一年近くで殆どのデーモンは復活する。

 そして『悪魔門』は、高位の神官でも封印することも叶わず、対処療法、つまりデーモンを倒し続けるしかない。

 けれど、倒しても倒しても得るものがないのだ。

 魔物を倒して得られるのは、魔力に馴染む素材や魔力をためる魔石。アンデッドを倒して得られるのは、命の輝きが宿った聖石。

 それらが残らないが故に、戦って得るものはなく、ただただ武器を消費し、食糧を消費し、土地を消費し、そして人が消費される。

 人が消費されるから、細々と暮らす村々が多くなり、そして細々と暮らしているから人の行き来がなく、道が廃れる。

 道が廃れれば、物資の流通も廃れ、食糧はますます不足する。経済すらも回らなくなる。

 もちろん、東諸国連邦の各国だけでなく、南大陸がそれに対処しようとした。トレランティア王国に対して、デーモン退治を目的とした軍や物資の提供などなど。

 のだが、それは無理だった。

 詳細はとても語り切れないからあれだが、分かりやすく言えば傭兵国家として誕生してしまった今、戦争禁止協定などを結んでいる南大陸では他国に深い干渉はできないのだ。

 国が干渉することはできないのだ。


 なら、一介の商会は問題ない。

 ――それにあの様子だと、姫様とも上手くいきそうですし、なら東諸国連邦も……ってか、二人とも同じ相談しにきてるのに、あんなんで……チッ。

 アフェーラル商会が、国が普通作るはずの道を作る。販路と行路を作り、それを維持する。

 ユーデスク王国の貿易都市から、聖国の北の横断一直線を通り、トレランティア王国全土へつながる道を作る。

 腐っていて貧しい土地に道を通す。ある程度の金と融通さえあれば、活用できない土地など買えるだろう。聖国の北側も、ウィークス豪家の融通と利権の兼ね合いさえあればできる。

 ユーデスク王国は、モニカの実家の行路を借りればいい。

 東諸国連邦は、ゲオーリュギアー王国の農産物の販路をベースにさせてもらう。

 というか、当初は先に東諸国連邦内での行路を維持、もしくは作る事が最初だった。東諸国連邦内で、確実なネットワークを作った方がいいし。

 そして、一応聖国を通したネットワーク自体も考えてはいたのだが、聖国相手だと向こうが神々への手続きとかがあって動きづらいので後回しにしていた。

 だが、運よくノーマンが現れ――まぁちょっとは期待していたのだが――、そしてさらにノーマンが引きこもりではなく野心家だったことも運がよかった。


 ……果たしてそれを運で片づけていいかどうかは知らないが。


 まぁつまり、どっちにしろ道が、行路が、販路が通せる。

 もちろん利権は絡もうが、それでもモニカと金に任せておけばいい。モニカは何かと人との繋がりというか、縁がとてもいいし、お金に関しては問題ない。

 そして道を通れば、国が、特に東諸国連邦と聖国が大義名分を持って、食糧援助を商会を通じて行う。

 特に聖国は聖女の命を受けて直ぐに動くだろう。

 つまり、あらゆる商会はアフェーラル商会が作った道を通る。

 そして、食糧が動くということは、お金が動く。お金とは元来食糧の価値を兌換したシステムであり、だからこそ食糧が膨大に動けばお金は絶対に動く。


「シッ!」

 

 ――クフ。デュフ。金が、金がいっぱい手に入るですぅーー!

 ティファニーはこっちに得がないと言った。だが、そんなのはありえない。

 お金を安全に多くの人に憎まれず稼ぐには、世の中をよくすることと絡めた方がよい。

 そして、世の中をよくするには二つの方法がある。無償か有償か。

 より長く、より発展的に世の中をよくできるのは有償。つまり、ビジネスだ。どうせ、善意は無償で可能だとしても、慈善には金が必要なのだ。

 なら最初から金を絡めた方がいい。……まぁそれでも強い権利、特に医療関係は無償でやらなければならないが。

 ともかく、食糧の提供が始まれば、とても貧しい国は、貧しい国へと変わる。

 そうすると、犯罪組織が活発に動き出す。貧しい国になり、前よりも経済が活発に動き出すからだ。

 また、犯罪組織は金を求める組織と、暴力による支配を求める組織がある。

 そして、金を求める組織はアフェーラル商会を守ってくれるようになる。暴力による支配を求める組織を淘汰してくれる。

 道を作ったのがアフェーラル商会。その道があるから、経済が活発化し、金の組織は金を得る手段が増えた。

 ならアフェーラル商会が万が一トレランティア王国で襲われたら? 

 もしかしたら道を作った者の権利として交通税を高くするかもしれない。

 交通税は高ければいいってわけではない。

 貧しい国ほど、交通税は低い方がいい。そうでなければ、物流が止まり、もっと貧しくなるからだ。

 では、自分たちがアフェーラル商会の道を乗っ取る?

 そうしたら、アフェーラル商会が東諸国連邦か聖国などに頼り、政治介入の余地を与えてしまう。

 そうすると、犯罪組織はたちまち立ち行かなくなる。

 そういう脅しをうまい具合に向こうに認識させる。それができる人材がモニカの下にはいる。

 ホント、彼女は人材集めが得意だ。エイミーもそのうちの一人なのだろう。


 そしてアフェーラル商会はトレランティア王国に強く根付くことになる。

 発展途上という素質を持った国に。人口ボーナスという莫大な財産が眠っている国に。

 しかも、エイミーたちは聖国や東諸国連邦が雇った商人から食糧を買い上げ、そのうえで安く提供する。

 提供するにもちょっとしたカラクリを作るが、まぁ下地の考えはモス伯爵のところで学んだ。

 それにデーモンだって何も残さないわけではない。多くの人がそれを知らない、いや忘れてしまっただけで……


 それらを使えばトレランティア王国は経済により平和になることが可能だ。経済による平和とは、逆に言えば経済が落ち込めば平和ではなくなる。

 ならば、人々は積極的に富むことを目指す。

 エイミーはそのための投資をしたのだ。

 アフェーラル商会がその国の地の底にまで根付き、利権という利権を美味いところだけ持っていき、働かなくても金が入る状態にする。

 それは長期的な視野で、数十年は赤字しかないかもしれないが、それでも確かに金が稼げる。長期的に安定的に。


 善意のかけらなどない。

 ただ、長期的に金を得られる金づるが欲しかっただけ。ついでに、周りからはいい商会だと思われた方がよい。


 ――それに自由冒険組合に関与させて、交通税の免税措置を取らせる。その時に、前金を払ってもらって……それに、こっちが道を作らなくても支援すれば……影響力は高くなるし、恋愛市場を使って、流行りによって観光地すれば……

 全てが予定プラン通りにいくわけではないが、ただそれはエイミー一人の場合である。

 あくまでエイミーは出資者なのだ。金をただただ出すだけの存在。

 それをどう扱うか、またどうやって人を使うかは全てモニカに任せている。

 何故なら、モニカはそっちの専門だから。

 そしてモニカも多くの才能と人徳をもった人々を使い、使われている人々もさらにできないことを誰かに任せていく。


 今はその長距離マラソンのスタートから、十歩ほど踏み出した地点だが、十歩も踏み出せたのだ。

 あとはゆっくりと時間をかけて進めばいい。最低限でも四年間は猶予があるし。


隠れ蓑寒さに強い小麦と米自体もいい機能をするはずですし、そもそもそっちが成功すればもっといい! クソババア。これで文句ないですぅ!?」


 あ、狼魔術獣人形ビーストゴーレムがエイミーの攻撃を受けすぎたせいか、停止してしまった。

 まぁ自動修復機能があるからいいが、しかし丁度いい練習相手がいなくなってしまったこともあり、エイミーはいったん訓練を中断した。

 そして。


「……それで何でいるんですぅ? 半端な犬ぅ?」

「……訓練だが?」


 木陰に潜んでいたストーカーに鬱陶しそうな視線を向ける。

 視線を向けられたウィリアムは、手に持っていた片手剣を少しだけ振り回す。

 ……あざはなく、片手剣も元通りである。よかった。

 

「それとも、ここで訓練してはいけないのか?」

「いや」


 そしてウィリアムは、エイミーが停止さえた一体の熊の魔術獣人形ビーストゴーレムに近づき、起動させる。

 それから、いくつかの命令と設定事項を与えられ、熊魔術獣人形ビーストゴーレムはウィリアムを襲いだした。


「クッ!」


 ――……コイツ、被虐趣味者ですかね。あんだけボコったのに、レヴィアが何も言ってこないところを見ると、話してないらしいですし。

 ウィリアムの腕前では絶対に勝てないであろう熊魔術獣人形ビーストゴーレムは、容赦なくウィリアムを襲っている。

 開始数秒で、ウィリアムは吹き飛ばされる。

 ――……今は盾を斜めに、右足に軸……です。……にしても、やっぱ勝てない相手に挑むのは馬鹿です。考えることすらやめて……

 水筒片手に、昨日よりも酷くボロボロになっているウィリアムを見る。

 エイミーはあれでものすごく手加減したのだ。闘気法が使えようと、ウィリアムの戦闘技術はそこら辺の騎士と同等くらい。

 つまり、エイミーにとって見れば弱いのだ。

 そのエイミーに勝てない熊魔術獣人形ビーストゴーレムに、ウィリアムが勝てるわけがない。

 そんな事にも頭が回らないのかと呆れながらも、エイミーは言い暇つぶしができそうだなと楽しくなる。

 人がぶっ飛ばされてボロボロになっている姿を見るのは、とても楽しいし。

 ……クズである。

 ――にしても憎いですね。闘気法もあんだけ使えて、身体能力もあって、なのに技術がお粗末とは。しかも訓練してなかったわけじゃなくて、していて身につかなかったってわけですか。

 だが、クズであるエイミーは油断ない鋭い瞳で、目の前で行われている蹂躙を観察していく。

 ――基礎はできてる。けど、わざとそれを外して動いますねぇ。それ自体が癖になっているような……生まれもモニカが調べてくれたから、多少なりとも予測はつくですけど……

 昨日の会話が抜けていないらしい。心の中でも結構しっかりとした口調で判断を進めていく。

 ……ぶっちゃけ、無視すればいいのだが、ムカつくのだからしょうがない。


「……おい」


 と、エイミーが考え込んでいるうちに、ボロボロのウィリアムは休憩のため熊型の魔術獣人形ビーストゴーレムを停止させてこっちへやってきた。

 ズルズルと足を引きずっていることから、ケガしたんだろう。

 そして、自分で持ってきたカバンから体力回復の魔術薬を飲み、闘気法で怪我を回復させていく。


「貴様は何故強い」

「……」


 そしてエイミーの前にドカッと座った。

 エイミーは分かりやすく嫌そうな顔をする。


「東諸国連邦でも一位二位を争う騎士団に俺は剣を教えてもらった。この学園の中でも俺は上位に入る。だが、俺はアレに手も足も出ない」

「滑稽でしたねぇ?」

「ああ、そうだ」

「……」


 開き直りなのか、それともどうなのか。

 どっちにしろ、昨日のウィリアムと今日のウィリアムは違うらしい。

 

「闘気法がちょっと使えるだけで俺には才能はない。頭がいいわけでも、信念があるわけではない。お前が言う通り、平凡そのものの半端者王子――」

「――ハッ」


 と一瞬だけエイミーは思ったのだが、それは錯覚だと思い直した。

 だから、横においていた“泥沼の魚”をウィリアムに突きつける。


「平凡? 半端者が? ほざくのも大概にしやがれです。平凡と自らを名乗れるものは、平凡である自覚と誇りがあるんです。おおし道を全て平らにして生きる者が平凡を名乗るんです」


 人が生きれば、道ができる。

 天才と馬鹿が作った道は、山があったり谷があったり、崖だったり、道ですらなかったり。そもそもがおかしい。歩けない道なのだ。

 けれど、半端な者そこら辺の人が作った道は、誰にでも歩ける道であり、そして平らな道ではない。ところどころは舗装されておらず、若干ガタついている。

 雑草も生えているし、ちょっとしたボコボコもあり、小さな坂もあったりする。

 

 だが、平凡の者が作った道は違う。

 あらゆる半端を平らにし、全てをならした道。全てがコンクリートのような凹凸もない何かで舗装されていて、坂もなければ草も生えていない。

 面白味はないだろう。寄り道も少ないだろう。

 けれど、そこまでの道を作るにはどれだけの苦労があったか。山や谷を乗り越える力はなく、それ故に、けれど全てを平らにすることに。

 平らにすること当たり前を極めた者。力はなく、けれど中途半端に道を作らなかった者。

 それが平凡な者。


 エイミーは、小さな女の子の身体からでは考えられないほど、低く鋭い声でウィリアムに言った。


「いいですぅ? お前は半端者、つまり人生にまともに向き合ってないですぅ。生きながらにして死んでいる人間なんですよぉ」


 ――同族嫌悪か。

 口に出してはっきりわかった。過去の自分に似ていたんだ。たぶん、少しだけ似ていて、それがたまたま目について、だからムカついたのか。

 エイミーは納得する。

 それと同時に。


「ならば、俺が半端者でなくなるにはどうすればいい。貴様のような強さを手に入れるにはどうすればいい」


 本当に昨日とは違う。

 誰だこいつ!? とエイミーは思った。

 もしかして昨日叩きすぎて、大事な部分が壊れてしまったのでは、と混乱してしまう。


「……強くないですよ」

「貴様は強い。あれらを相手にできる」

「ハンッ。あれくらいお前でも相手できるです」

「無理だった」

「それは今の話ですぅ?」

「……だから貴様は強い」


 ウィリアムは、片手剣を見た。


「俺はこの先強くなれないと思っていた。だが、貴様は強くなると言った。貴様は今の自分と未来の自分を信じることができている」

「希望を信じることで弱い己を隠すためです」

「それを口にできるから貴様強い。……昨日オスカーから聞いた。貴様は人を幸せにしている」

「はぁ?」


 藪から棒に変なことを言い出した。


「お前が作った商会。あれで多くの人の悩みが解決したらしい。生徒会にそういう情報が届いていて、お前らの商会を大々的に学園内にいれろという所望すらある」


 学園の外、つまり学園都市を出歩くには一定の手続きが必要である。

 つまり、学園外にあるアフェーラル商会の店に行くには少しだけ手間なのだ。

 だから、貴族を筆頭とした者たちが、気軽に相談できるように学園内にそういう相談施設をアフェーラル商会に依頼してくれと所望したのだ。


「貴族が普通はこんな所望をしないとオスカーから聞いた。よっぽど気にっていないと、しないと」

「……」

「それに、貴様らは獣人への配慮を直ぐに飲み込んだ。悔しそうな演技はしていたらしいが、それはこちらの基準を探るためだと言っていた」

「……あのヘラヘラオタクの目にはウジ虫でも湧いているんですかねぇ?」

「……オスカーは俺では及びもつかないほど優秀だ。それに貴様らがやっている商売は、元々詐欺師に犯罪者が蔓延っていたらしい。だが、貴様らが入ったことによって、それらによる被害が減少傾向にあると、オスカーやマーガレットさんが感謝していたほどだ」


 これはオスカーだけでなく、王国高等学園に騎士大学や魔術大学の教師、つまり学生の生活面をサポートする者たちも感謝していた。

 恋愛というのは学生にとっても、いや多くの人にとって大切なものだが、正しい知識を持っていないと被害に合うことが多い。

 が、教師はそこに入りずらい。

 それでも法整備などを行ってきたが、詐欺に性犯罪などといったものは少なくすることは難しかった。

 ……本当に、いくら叩こうが何処にでも湧いてくるのだ。

 それが、アフェーラル商会が誕生したことによって一変。

 犯罪系は全て、穏健的でエイミーたちと協賛しているヤクザが抑制するようになり、今まで以上に統治された裏ができた。

 知識は流行りという形で、もしくは相談時に教える形で周知させる。

 それにより、不必要に不本意に犯罪に巻き込まれる学生が大きく減った。たった二、三週間程度で大いに減った。

 それはひとえに、そこに人があつまり、貴族たちが真っ当にその市場に金を落すようになったから。

 信用が生まれ、好感が生まれたから。


「それにそれだけじゃないらしいな。貴様は生活苦の学生を支援しているらしいじゃないか」

「……あれは、義父ちちの方針で私には……」

「あれだけ金の事を考えていたのに、その金をほぼ見返りなしで支援するのか?」


 エイミーは混乱する。

 たぶん、ここ数年で一番混乱している。

 マーティーに何故か『空欄の魔術師』だとバレた時よりも、レヴィアが自分を叱らず風呂に入れだの手入れしろだの煩くされた時より混乱している。

 

「俺は王子だ。第三でも権力があって金もある。だが、俺は誰かを幸せにすることなどできていない。……本当に誰も」


 それに引き換え、とウィリアムは続ける。


「貴様はモス伯爵の養子とはいえ、養子だ。元々は力もなにもなかったはずだ。だが、それでも貴様は誰かを幸せにしている。そこまで努力してきた強さがある」

「……努力……ですか」

「だから、聞きたい。貴様は何故強い」

「……」


 ウィリアムの言い分に対しての反論はいくつも出てくるし、無視すればいい話ではあるが、しかし何となく嫌だなと思った。

 というか、その俺なんでも知ってますよ的な表情をへし折ってやりたい。

 悔しさに歪むのをみたい。無理だと諦める表情を見て安心したい。


「……半端者が武闘会で優勝したら教えるですよ」


 コイツは武闘会を逃げていたはずだ。少なくとも中途半端にして、言い訳するつもりだったはずだ。

 だから、獣相手の訓練場に来た。人型と訓練できなかった……と。

 なら、自分の親玉オスカーに勝たなくてはならない武闘会で、優勝する事はできない。それに親玉オスカーは、南大陸屈指の王国第四騎士団に匹敵する剣の腕前だ。

 どうせ、こんな事を言ったのは気紛れだろうし、絶対に勝つという意志も想いもない――


「いいだろう。そのかわり貴様に鍛えてもらいたい」

「はぁ?」


 ――……いや、こいつを訓練と称してボコって、何度も痛みに歪んで耐えて、それで勝てる! と思ったところで、やっぱり勝てない……ていうのも……

 ウィリアムの返事を聞いて、エイミーは考えを変更――

 ――……あ、そういえば、もうそろそろ私が準備した金が尽きるんです。おじいちゃんから借りた金はまだまだあるですけど……

 さらに変更した。


「……いいです。その代わり、私の命令は絶対ですぅ?」

「ああ、分かった」


 昨日のが成功して、気分が若干よかったのもあるのだろう。

 同族嫌悪だったということがはっきりして、モヤついた気持ちが晴れていたこともあるのだろう。

 だが、だが、ちょいとエイミーは変わっていた。

 三日前だったり、一週間前のエイミーなら無視していたであろうに、そんな事を引き受けてしまった。


 かくして、ウィリアムも予定プランを大きく乱すことになる。

 


 ……まぁ既にオリアナで乱れている部分があるのだが、エイミーはそれに気が付いていない。

 それについては一か月後の『ブトウ祭』にて分かる。

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