九話 それが一番の修練法

「レヴィアど……レヴィアはどのように無詠唱魔術を使っているのですか?」


 予想していたことだが、今回の無詠唱魔術についての講義の続行は難しかった。

 そもそもの話し、王国高等学園は学園であって、大学ではない。教養を身に着ける場所であって、学術的な研究要素は薄いのだ。

 まぁ政治の専門性や研究は多少あるが。

 だが、研究や専門性の高いのを学びをしたければ、魔術大学か騎士大学に行けという話である。

 そのために魔術大学があり、騎士大学がある。

 名前だけ聞けば、魔術と戦闘しか学べず研究できないと思うが、しかしながら実態はとても広い。

 あらゆる学問が集まっているのだ。

 なので学問を極めて発展させたいと思う者は、大抵魔術大学か騎士大学に入る。

 しかしながら、専門性の高い学びをしたいという意思があるにも関わらず、王国高等学園に入るしかない貴族の嫡子や次男、令嬢などがいる。

 貴族としても責務があるのでしょうがないが、それは学園都市の理念には反する。

 そのため二年次から発展講義、もしくは発展実技があるのだ。

 因みに、家督を継げない貴族三男以下や爵位の低い令嬢の大抵は、騎士大学や魔術大学に入学する。

 ……王国高等学園に行って頑張って婚活するよりは、騎士大学や魔術大学で専門性の高い知識や技術を身に着け、そして国に雇われて位を上げた方がいいからである。

 プライドもあるし。

 

 そんなわけで、もともと王国高等学園の学生の大多数は、魔術の専門的な話など求めていなかった。

 レヴィアを見たいがために、関係を持ちたいがために集まってくる学生が殆どだったからである。

 しかし、レヴィアはそんなこと知らない。

 やる気のない奴は帰れと思っており、やる気のある、学びたくても身分や責務などによってそれが難しい学生のために資料を作っていたのである。

 レヴィアは魔術が好きである。寝食を忘れるくらいには好きである。

 それは確かであり、魔術を学びたいと思っている者は、例え現時点で敵対派になってしまった第三王子派の貴族でさえも学ぶ機会を作って上げたいと思っている。

 学びたいと思うのなら、教えてあげようと思っているのだ。

 ……上から目線なのは、精神年齢的な問題と権力、あとは本人の意識の問題なのだが……けれど、そう思っているのは確かである。

 

 なのでレヴィアはキレた。

 最初は我慢していた。楽しかったのもあるし、我慢できた。

 専門性も、最初だったので薄かったし。

 けれど自分が教壇に立つようになり、専門性の密度も高まってくると……ムカついてくるのだ。

 温度差が。

 いや、学ぶ意欲に差があること自体は気にならない。それは本人の問題であり、レヴィアには関係のないことだ。

 だが……学ぶ意欲のある者が邪魔をされるのはムカつく。

 自分が邪魔されているわけではないが。


 だが、とてもムカつく。


 それでも、それでも、学ぶ意欲のある者が我慢していた。

 大八魔導士のレヴィアの講義を受けられるのはとても貴重で、そんな方がもう学べないと思っていた魔術の専門性について講義してくれる。

 それだけで、意欲のない者がペチャクチャ話していたとしても、レヴィアを見たいがために前に座り、自分は後ろの方で目と耳を凝らして講義を受けていたとしても、我慢していた。

 だからレヴィアもなるべく我慢して、後ろにいようが声が聞こえなかろうが、キチンと読み込めば分かる資料を作っていたし、講義後に彼らの質問に真摯に答えていた。

 それこそ、自寮緑月寮に帰らなければならないぎりぎりの時間まで。

 エイミーとモニカの監視や生徒会の業務、またオスカーを王子にするための権謀などで忙しいのにも関わらず。

 

 ……何というか、情は薄いし、自己中っぽいのだが、徳はあるのだろう。

 たぶん。

 

 けど、いくら徳があろうと、我慢できなかった。

 キレたのだ。

 静かに、鷹揚に、けれど確かに思いっきりキレたのだ。

 邪魔をする者を注意せず講義を受けていたピーター教授――教授なのだから注意せずとも当たり前なのだが――を使いぱっしりにして、忙しくしていた学園長を呼び出す。

 そしてその場で、決してピーター教授の代理としての講義ではない、二コマ新しい講義をその場で奪い取った。

 つまり新しい授業を作ったのだ。

 そしてレヴィアは、自分の講義を受けたいと思う者にテストと課題を課し、それを突破した者だけに講義を受けさせるように決定した。

 受講者全員に有無を言わせなかった。禁術に指定されている精神魔術の一端を使ってまで威圧した。

 そして課題はすでに伝えてあり、テストは希望者の数を測らなけらばならないので、今は希望者の集計をしている。


 ……ただ、テストも課題もあまり意味はない。

 誰が積極的に講義に参加しているか、魔術に対して意欲があるかを、受講態度や受講者の身辺調査などで既に測り終えており、テストの点数が悪かろうが、課題の出来が悪かろうが受講可能に設定してある。

 出来が悪いことは気にしない。意欲がなく、邪魔する奴が嫌なのだ。

 なのでテストや課題を課すのは、意欲がなく邪魔をするやつを省くためである。

 どうせテスト結果を公表するわけではないので、ただの建前である。

 

 因みに、ピーター教授の講義はそのまま助手として受け持つことになり、けれど従来通りピーター教授が教壇に立つことになった。

 あくまでレヴィアは助手なのだ。

 だって時間は限られていて、やる気のない者まで受ける講義に時間を費やすよりは、意欲のある者のために十全の資料を作り、時間を割きたいからだ。

 これはもうレヴィアが学園長を脅してまでそうした。

 ……爵位的には侯爵くらいに権力を持つ学園長が、涙目になってしまったのは内緒である。


 と、そんな事があり、今日の講義は中途半端に終わった。

 終わったというよりは中断されたと言った方がいいか。

 どっちにしろ、レヴィアのキレ具合や新しい講義の事の通達などにより、今日の講義はいつもより早く、それこそ二時間程度早く終わった。

 

「私ですか、でん……オスカー様。……私の場合はあまり参考にならないと思いますが……」


 『赤の天秤塔』にある生徒会室で、マーガレットが作ったクッキーと淹れた紅茶で楽しみながら雑談していたレヴィアは、オスカーの問いに苦笑しながら右手の掌を上に向けた。

 そして小さな魔術陣を展開して、その上に小さな光の球を出した。


 ……オスカーがレヴィアを呼び捨てにし、レヴィアがオスカーを殿下呼びしなくなったのは、レヴィアが正式にオスカーに付いたからである。

 その際、レヴィアは己は臣下なのだから呼び捨てにしろと言い、オスカーはオスカーで、レヴィアを忠臣にしたいから、殿下呼びはやめてくれと言ったのだ。

 ここで凄いところは、長年ともにいた者でもなく、志を同じにした者でもないレヴィアを忠臣に迎え入れると言ったオスカーの度量である。

 オスカーの未来の忠臣の一人であるケヴィンはそれにとても驚いて、思わず反対したが、しかしオスカーはそれを飲み込んだ。

 丸め込み、レヴィアとはよい関係が築けるのだと言ったのだ。

 レヴィアもレヴィアで流石にこれには驚き、オスカーの評価を上方修正したのである。

 好機をキチンと把握できる人間は少ないからだ。あと、忠臣っていう保険も貰えたし。

 ……意外に直情的でもある。


「オスカー様には既に話してあると思いますが、私の祝福ギフトは“記憶”です。一度見たこと、聞いたこと、感じたことなどを忘れません。どうやって身体を動かしたかもです」


 オスカーに仕えると宣言した際、オスカーにはある程度能力を公開した。

 もちろん、隠すべきものは公開していないが、それでも結構な情報を公開したのである。


「そして過去に行った行動を再生トレースする訓練をしました」

再生トレースですか?」

「はい。例えば……」


 レヴィアは右手の掌に出していた魔術陣を消し、机においていた紅茶のカップを手に取った。

 静々と二人の会話を聞いていたマーガレットが不思議そうに首をかしげる。


「昨日の十七時二十三分十六秒において私はこんな行動をとりました」


 そして右手に取ったカップを一度口につけ、カップを揺らし、再び口に付ける。

 それを見て、オスカーとマーガレットは首をかしげる。


「……まぁ見ても分からないと思いますが、確かに私はこの動作を行ったのです。私は過去に行った行動を寸分違わず行うトレースすることができます」


 何故例えとして紅茶をしたのかは――たぶん飲みたかったんだろう――置いといて、レヴィアの言葉にオスカーとマーガレットと少しだけ目を見開く。

 特にオスカーはレヴィアが何を言いたいのか理解したのか、少しだけ頬を紅くして口早にいう。


「つ、つまり、レヴィアが過去に猶予と余裕がある際に編んだ無詠唱魔術展開術式を、その“記憶”で、再生トレースしているということでしょうか!?」

「は、はい。調子が良い訓練時に編んだ魔術陣を再生トレースしているのです。そのおかげで、どんな時でも問題なく無詠唱魔術を行使することが可能です」

「まぁ!」


 そんなオスカーに少しだけ驚きながら、レヴィアは補足するように自分の周囲に十三もの魔術陣を同時に編んだ。

 これができるのは南大陸でも二人しかいないのだが、それを軽々しく行うレヴィアはとてもすごく、マーガレットは思わず頬に手を当てて驚く。


「ですので、私の技はあまり参考にならないのです」

「……あれ? ですがレヴィア様は、訓練時に無詠唱魔術を行使なされているのでしょう? その時はどのように無詠唱魔術を行使しているのですか?」


 レヴィアが行使した十三多重魔術術式に見惚れていたオスカーはおいておいて、マーガレットは素朴な疑問をレヴィアにぶつける。

 レヴィアはその問いに頬を掻いて苦笑する。


「……気合です」

「へ?」

「私が無詠唱魔術に手を出したころには、『空欄の魔術師』による無詠唱魔術展開術式論が発表されており、緻密な魔術制御技術があるならば、確率高く無詠唱魔術を行使できるようになりました。とはいえ……気合と根性です」

「き、気合ですか?」


 マーガレットの可愛らしい惚けで現実に戻ったオスカーが、端整な顔を少しだけ緩ませ、目を見開いた。

 マーガレットも同様である。

 どうしても完璧超人的な、理知が宿る麗人とのイメージとかけ離れていたからだ。

 爽やかになんでもこなすレヴィアの口から、気合と根性という言葉が出てきたことに驚いたのだ。


「はい。そもそも『空欄の魔術師』の無詠唱魔術展開術式論は、未だに全てが解明されているわけではないのです」


 ――ホント忌々しい。問い詰めても、使えないからの一点張りですし、精神魔術を使って無理矢理吐かせようにも、実力が分からない以上逆に身体を乗っ取られる事もあるし……チッ。

 レヴィアは心の中でイラつく。

 ですが、それを曖気おくびにも出さず微笑みをたたえながら続ける。


「そのため、魔術行使の失敗の反動を減らす魔術具や魔術で自分を防護した後、何度も何度も無詠唱魔術を行使して、失敗して、そしてたまたま上手くいった感覚を何度も再生トレースしながら、改善をして、失敗して、また、たまたま上手くいったのをベースに改善して……をずっと繰り返すだけです。つまり、気合と根性です」

「それは……」

「確かに……」


 つまり、普通に頑張るしかないという話であり、“記憶”によりブーストによって試行錯誤が驚異的な速度でできるレヴィアであっても、気合と根性といわなければならないほど、時間がかかる。

 常人にしてみれば、本当に難しいのだ。


「ですので、私の方法ごり押しは参考にならないと思います。まだ、マーティー様の方法論の方が現実的でしょう」

「そうなのですか」

「はい」


 マーガレットは納得したように微笑んだ。

 しかし、オスカーは顎に手を当てて首をかしげる。


「……レヴィア。今でも、『空欄の魔術師』の論理による無詠唱魔術を行使するのは難しいのですか?」

「……理解さえできれば、です。『空欄の魔術師』が示した無詠唱魔術展開術式論の一般展開術式を各魔術に落とし込まなければなりません。お恥ずかしい話、現状では、私も含めて殆どの者が理論の一部しか理解しておらず、それ故に一般展開術式の一部を魔術に落とし込んでいるだけです」


 つまり、一部を流用するようになって、無詠唱魔術の行使確率などは格段に上昇したが、それでも理論には届いていないという事。

 ちぐはぐなのだ。

 一部だけいい部品を使っている車みたいなものである。


 ……というか、無詠唱魔術展開術式論の一部を理解できている者も少ない。

 現状は高名で天才な魔術師が必死にそれの一部を理解して、いろんな魔術に落とし込み、それを発表する。

 そして普通の魔術師は発表されたそれをせっせと頑張って練習する。

 それくらいしかできていないのだ。


「しかし、その一部でも無詠唱魔術の分野には大きな発展を齎したのですが」

「……つまり、その無詠唱魔術展開術式論を解明できれば、いいのですか?」

「それができれば苦労はしませんけど、まぁそういうことです」

「確かに。……一度『空欄の魔術師』殿にお会いしてみたいです。そして魔術行使を見せていただきたいですね。レヴィア」

「え、ええ」


 ――既に会っていますよ、オスカー様。あの性格破綻者のエイミーですよ。

 コッソリと心の中でつぶやきながら、レヴィアはため息を吐く。

 ――……でも、魔術行使を見るのは無理でしょう。だって、いくらアイツが天才だとは言え、魔術適性は無で、魔力量は多少上がったとはいえ、200ですし。見れても初級か、下級魔術だけでしょう。

 レヴィアは口早に、そう心の中で呟いた。


 ……実力が未だに測れていないと警戒していたにも関わらず、使える魔術を決めつけたのは……


 まぁそんなことはおいておいて、エイミーに魔術の才能はない。

 正確にいうならば、魔術を行使する才能がない。

 言葉を扱うのに、一般的に落とし込むはずの魔術に才能の有無など関係あるのかと思われるが、しかしながら存在する。

 未だに誰もが同じ結果を出せる技術にはなっていないのだ。

 そして、魔術適性という、魔術言語顕れのことばを大まかに分類した属性への適性は皆無であり、また、魔力量は一般人にすら及ばない。

 一般人の平均魔力量は300程度で、魔術師の平均は600程度。

 そして才能と努力による魔術師の最高峰の階級を持つレヴィアでさえ、初級魔術を行使する際、魔力量10は消費してしまう。下級魔術は60である。

 常人なら、その三、四倍の魔力を消費してしまう。

 つまり、一般的に考えて、エイミーは魔術の才能はないのだ。


 ……因みにレヴィアの魔力量は1600で歴代最高峰である。

 何故、歴代最高峰の魔力量があるかといえば、レヴィアは魔力成長理論というのを発見、確立したからだ。

 肉体的な成長以外による魔力量の成長はないとされていて、大人になってしまえば成長することはないと言われていた定説をひっくり返したのだ。

 これは魔術師業界どころか、世界中に大きな衝撃を与えた。

 レヴィアが今、弱冠十六歳でありながら、魔術師としての実力だけではなれない大八魔導士の地位にいるのは、その功績があったりするからだ。

 ……裏を返せば、魔術師としての実力がなくとも、魔術に功績を与えた場合、そして多くの魔術師がそれを認めた場合は大八魔導士になれるのである。

 また、レヴィアの魔力量は訓練により日に日に伸び続け、ぶっちゃけ1800近くまである。

 このペースでいくと2000に到達するのも近い。


「……レヴィア様。少しだけ怒っていますか?」

「え? どういうことですか、マーガレット様?」

「……いえ、勘違いのようです」


 とそんな事を考えていたレヴィアに、紅茶を新たに淹れていたマーガレットが首をかしげる。

 それに疑問に思ったレヴィアは、何が勘違いなのか聞こうと思ったのだが。


「あれ、何故いるのだ?」


 気疲れした雰囲気のウィリアムが生徒会室に入ってきたことによって、それは聞けなかった。

 

 そしてウィリアムがもってきた情報と、レヴィアが着々と準備をしていたおかげで、即日に学園都市への申請が通り、レヴィアはエイミーとモニカの悔しそうな顔を見ることができた。

 鬱憤晴らしができたのである。

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