八話 言葉は不完全だ

「本日は『無詠唱魔術の歴史と現在』について講義します。レヴィア様、お願いいたします」

「……はい」


 これで自分がここに立つのは六回目になるが、しかしレヴィアは全くもって現状に納得いっていない。

 いや、最初は楽しかった。

 前世でも、今世の魔術大学でも、ボッチで勉強尽くしだった反動ゆえに、浮かれていたのもあるのだろう。

 人に何かを教えることが意外にも楽しかったのもあるのだろう。

 だが……


「では、先ほど配った資料を見てください」


 ――何故私が講義資料を作らなければならないのでしょうか? 私はあくまで講義助手だったはずでは?

 レヴィアはチラリと講義室の一番先頭、つまり、自分の真ん前に座っている中年の男性を恨みがましい目つきで見た。

 ――というかピーター教授。なんで貴方がそこに座っているのですか? 貴方の立つ場所は教壇ここであって、そこではありませんよ。


 三週目の講義だっただろう。

 そのころからレヴィアは助手ではなく、百人近い受講者の中で一番目を輝かせているピーター教授の代わりに、教壇に立って講義をするようになった。

 ピーター教授がせっかく大八魔導士であるレヴィアがいるのだから、最新の魔術を講義しても良った方がいいと言ったのだ。

 そしてそれはカリキュラムに反していたのだが、受講者はもちろん、学園からも許可が出てしまった。

 つまり、レヴィアが講義資料を用意して、講義しなければならなくなったのだ。

 それがとても忙しい。


 ここ一か月と少しでオスカーについてはある程度の調査が済んだ。

 出自や経歴はもちろん、本人が持つ思想や素質、あとは彼を取り巻く政治の情報をある程度集め終えたのである。

 その結果、第一王子と第二王子、第三王子の中で誰が王になった方がいいかと問われたら、第二王子か、もしかしたら第一王子と答えるくらいには、好感も利得もあると判断した。

 結局のところ、大八魔導士は王命以外の命令を受けることはないがゆえに、自分と気が合う、または仕えてもいいだろうと思う王子を押す。

 だって、嫌な命令は受けたくないし、死ねと言われたくもないので。

 なので、レヴィアはオスカーか、もしくは第一王子を王にするための権謀をめぐらせ始めた。

 最優先事項は、多額の研究資金を得ながら自由に魔術研究が可能になることと、大八魔導士として受ける王命仕事が己の意に反しないこと。

 ……政治にかかわる大八魔導士ならずに、商会などで金を稼いで研究すればいいじゃないかと思うかもしれないが、レヴィアはそれが嫌である。

 権力に搾取されるより、搾取する側に立っていたいと前世の経験から思っているからである。

 ……まぁレヴィアは搾取することは望んでいないが。

 でも、権力は持っていて損することは多少あるが、しかしそれは努力次第でほぼ小さくすることができ、メリットの方がでかいのだ。

 例えば、自分が望む社会に近い人材をトップに立たせたりということである。

 なので、大八魔導士になった。

 そしてレヴィアはオスカーをトップに立たせることに決めた。

 有能で、魔術に対しても深い理解と尊敬があり、また清濁併せのみながらも信念があり、そして何より平和の持続と発展を目指している。

 第三王子は、北大陸で領土拡大を狙っている帝国とつながっているブルーコルムバ大公爵の傀儡にみたいなものだし、第一王子は潔白ではないが清廉であり、国と社会の安定を願っているが、しかし残念なことに能力は高くない。平凡だ。

 いや、それでも臣下がそれを支えれば問題ないが、支えるのが面倒であるといのがレヴィアの考えである。

 ……都合のよい考えだと思うが、情が薄ければそんなもんだ。

 

 どっちにしろ、レヴィアはオスカーを王にするための権謀に忙しいのである。

 王国高等学園に通う貴族の子息子女を通じて、魔術に関連した利権を今の当主に流したり、第二王子派の結束を、利害や契約だけでなく恩や情などによって強化したり、つながりを新たに作ったりと忙しいのだ。

 また、エイミーの出自や過去を探ったり、今の能力を探ったり。

 それに、厄介コンビになったエイミーとモニカ二人の動向を探り、問題があれば、もしくは起こりそうならそれを事前に防いだりと忙しい日々を送っているのだ。

 ――はぁ、最初の三週間近くをサボったのが悪かったのでしょう。自業自得ですが、面倒です。


 ということで、魔術で印刷まがいな事をして資料を作っていたとしても、とても忙しく、疲れているのである。

 手を抜けばいいかと思わなくもないが、未来の貴族たちの魔術の理解が深まってくれれば、魔術優位の政策を今以上に立てることができたり、あとは話のネタなどに困らなくなったりする。

 それにピーター教授が貰っていた給料をそのまま貰えることもあり、頑張っていたのである。

 ……ところで、ピーター教授の名誉と生活は大丈夫なのか気になるところであるが、おいておこう……


「さて、簡単な無詠唱魔術の歴史はこれくらいにしておきます。詳しい歴史が気になる人は、配布した資料や、魔術大学の第三書庫にある『ハーデル・バランクの魔術史全巻』を読んでください」


 四時間近くある講義――発展魔術史が二時間、発展魔術学が二時間の合体講義――の内、一時間近くを消費して無詠唱魔術の歴史についての講義を終えたレヴィアは、いったん休憩を挟んだ。

 ぶっちゃけ、レヴィア目当てでこの講義を取った者も多く、集中力がそこまで持たないのだ。

 それと現代の無詠唱魔術については、語ることが多く、途中で休憩をはさむにも挟めない感じなので、さっさと休憩を取った。

 

 そうして十分程度の休憩を取った後、再び講義が再開した。


「さて、現代の無詠唱魔術はとても大きな発展を遂げています。特にここ三、四年に台頭した『空欄の魔術師』に書かれた論文によって、更なる発展を遂げようとしています」


 そう言いながら、レヴィアは受講者に背を向け、カツカツと板書していく

 そして最低限の事を書いた後、受講者たちの方に身体を向けた。


「と、まずは先ほどの講義の復習を簡単にしたいと思います。これを理解していないと現代の無詠唱魔術を語っても理解できませんので。……では、そうですね。ルーカスカスフィルさん。魔術言語顕れのことば魔導言語模倣のことばについての歴史を簡潔に説明してください」

「……はい」


 レヴィアは前半の講義やいつもの講義などの様子から、自分目当てだけでなく、キチンと魔術について学んでいた受講者であるカリディア子爵の嫡子を指す。

 指された青髪のルーカスカスフィルは、チラリと先ほどまとめたノートを少しだけ確認した後、立ち上がった。


魔術言語顕れのことばは、六百年前の神魔荒廃大戦の折に言霊と木霊の神シュプルィースム様から授けられた言語です。それにより魔法を使えなかった私たちは魔法を使えるようになりました」


 魔法とは、魔力を用いて世界に干渉して起こす事象の事である。

 そして人類は六百年前まで魔力を持ってはいたが、しかし魔法を使うことはできなかった。

 できたのは、妖精や精霊、あとは竜や幻獣といった特別な種だけだった。

 だが六百年前に、世界を破壊し混沌を望む悪神の一柱である邪悪と滅びの神ベーヅェシュールングが魔石という器官を持ち、魔法を使い、魔力ある存在を襲う凶暴な異形、魔物を作り出した。

 それによって魔物が人類や動物を襲う様になり、混沌の時代が到来した。

 また、その混沌に乗じるように他の悪神も世界へ混沌を齎し、それを防ごうと命を尊び世界を慈しむ善神たちが応戦した。

 それが神魔荒廃大戦なのだが、人類は限られた者しか使えない恩寵法や、精霊や妖精に従属して起こす従属魔法以外の戦闘手段を持っていなかった。

 武器を用いた戦闘技術もあったが、当時は技術も低くあまり意味をなさなかった。

 故に、人類は着実に数を減らした。

 しかし、善神にも悪神にも属さない傍観神である言霊と木霊の神シュプルィースムは、神々以外で唯一多様且つ発展し続ける言葉を使っていた人類が滅びていくのが嫌だった。

 そのため、善神の要請で神託言語拓きのことばを作り出したことにより、かなり力を消費していたのにも関わらず、自分の消滅すら厭わずに人類が魔法を使えるすべ、魔術を使うための魔術言語顕れのことばという言葉を与えた。

 ……そのせいで、言霊と木霊の神シュプルィースムは未だに眠ったままなのだが……


「ですが、そこから百五十年近く、多くの国は魔術を使いませんでした。使えなかったのです」


 ただ、言霊と木霊の神シュプルィースムの頑張りもむなしく、魔術言語顕れのことばが人類に授けられてから百五十年近く、魔術言語顕れのことばを用いた魔術は殆ど用いられなかった。

 何故なら、リスクや反動が大きく、また戦闘向きではなかったからである。

 どうやって魔術言語顕れのことばで魔術を使うかといえば、例えば魔術言語顕れのことばの『灯火』という言葉を発音をする。もしくは書く。

 すると、術者の魔力を引き換えにその言葉が持つ概念、『灯火』――小さな炎――が世界に顕現する。

 それが魔術言語顕れのことばによる魔術なのだが……

 しかし、言葉を発音する、または書くことには揺らぎがある。

 同じ『灯火』という言葉を発音して魔術を行使しても、発音の精度や文字の綺麗さには揺らぎがある。全てが同じということはないのだ。

 また、発音や文字による揺らぎだけでなく、その魔術を行使する際のイメージなどによっても起こせる事情の規模に差が出てしまうのだ。

 言葉はその音や形だけでなく、概念イメージも司っているからである。


 だが、それだけならまだいい。

 一瞬一瞬が命取りになる戦闘には使えなくても、戦争における戦略兵器としては使える。

 しかし、魔術言語顕れのことばにはリスクがあった。

 それは魔術言語顕れのことばによってこの世界に顕す事象の規模が大きければ大きいほど、魔術の行使に失敗した際に自分にそれが返ってくるのだ。

 つまり大怪我を負うような魔術の行使に失敗すると、自分が大怪我を負うのだ。

 しかも、厄介なことに魔術言語顕れのことばによる魔術の行使は失敗しやすい。

 先ほど上げた通り、言葉には揺らぎがある。そして、その言葉の発音が正しくなかったり、文字が汚かったりすると失敗するのだ。

 それだけではない。

 魔術言語顕れのことばの言葉を顕す際、術者のイメージが粗かったり、発した言葉の概念と合っていなかったりしても失敗する。

 また、精密な魔力制御も必要なのだ。

 つまり、言葉を正しく発音、もしくは書きながら、言葉のイメージを緻密に行い、それと同時に精密な魔力制御を行わなくてはならない。

 しかも規模がでかい言葉ほど、成功する確率というか、幅が狭くなる。超小さな針の穴に糸を通す感じだ。

 つまり、大抵は魔術言語顕れのことばによる魔術の行使は失敗するのだ。

 そして、死ぬ場合が多い。


 それ故に多くの国々は魔術言語顕れのことばを使わずに、恩寵法などによる魔物との戦闘を極めていった。

 だが、それでも魔物の脅威には勝てなかった。膠着状態だったのだ。


「しかし、神魔荒廃大戦の末期、我が国の大英雄にして大賢者、オブ様を筆頭とした八賢者様が魔術言語顕れのことばの反動やリスクを減らす言葉、魔導言語模倣のことばを生み出しました。それにより、魔術言語顕れのことばを安定して使えるようになり、魔術は多くの人々に根付くようになりました」

「よろしい。座ってください」


 しかし、魔術言語顕れのことばの可能性を信じ続けたを疑い続けた国があった。

 それは神魔荒廃大戦の末期まで弱小国であり、最小国でもあったユーデスク王国である。

 ユーデスク王国は、神魔荒廃大戦から逃れるために西の果てへと逃げてきた本を主に扱うキャラバンが興した国である。

 そのため言葉の力を、言霊と木霊の神シュプルィースムが授けた魔術言語顕れのことば疑った信じた

 言葉とは常に流転し、その言葉を使う社会がそれを発展させ続けるのだと。

 魔術言語顕れのことばは完成してはいないと信じたのだ。神は完ぺきではないと信じた疑ったのだ。

 そして多くの国や人々から馬鹿にされ、見下され、多くの神々さえからも転換を求められたのに関わらず、二百年近く道すらもない道を切り開き続けた。

 深淵すら生ぬるい暗闇に一つ一つ小さな灯りをともしていった。

 神が授けた力を疑い観察し疑い仮説を立て疑い実験し疑った考察した。それを何度も何度も繰り返した。

 何度も失敗し、その度にその失敗しない方法だけを知り、他の方法を試してはまた失敗して、その失敗だけは繰り返さない。

 それを何度も何度も何度も繰り返し、たまたま上手くいった失敗成功を継ぎ接ぎして、分けて、継ぎ接ぎして……エンドレス。

 そして彼らは魔術言語顕れのことばの出力や事象を制御するための魔導言語模倣のことばを編み出したのだ。

 そしてそれこそが……


「さて、ルーカスカスフィルさんが言った通り、魔導言語模倣のことばにより私たちは望む魔術結果を安全に精度高く行使することが可能になりました」


 レヴィアは手元に大きな円陣を浮かべた。

 中央にはひときわ目立つ大きな文字。その周囲には幾何学的な模様から蛇のように連ねられた文字に、数字、記号、つまり演算子が張り巡らされている。

 そしてその円陣の上に小さな火が現れた。


「……魔術陣。特徴的な魔術言語顕れのことばを中心に、その言葉の規模や現象、イメージなどを操作するための魔導言語模倣のことばを周囲に編んだ展開術式の事です。そしてこれにより、私たちは無詠唱魔術の行使が可能になりした」

 

 つまり言葉を発音したり、書いたりするのではなく、魔力制御一つで、魔術陣を編むだけで魔術を行使できるようになったのだ。

 車を考えると分かりやすい。

 魔力はガソリン、魔術言語顕れのことばは火種、そして魔導言語模倣のことばは車のエンジンやタイヤ、ハンドル……などと言った機構である。

 まぁ分かりやすく例えたのでこの通りではないが――というかガソリンを着火させるのは火種ではないし――しかし簡単なイメージはこれに近い。

 ただ、これでも欠陥がある。


「ただし、多くの人がご存じのように魔術陣だけで魔術を発動させることは大変難しいです。できるのは八多重魔術展開式以上を扱わなくてはならない八星魔術師以上になります」


 そうなのだ。

 魔術陣だけで魔術を発動しようとすると、魔術陣に編みこむ魔導言語模倣のことばの数が多くなり、またそれらを正しい位置に精度高く編みこまなければならない。

 それに最終的には火種である魔術言語顕れのことばを反応させなければならず、魔導言語模倣のことばだけでそれをなすにはコンマ一秒を争うような魔力制御が必要になる。

 難しいのだ。

 なので、通常の魔術師は詠唱をする。

 魔術言語顕れのことば魔導言語模倣のことばを合成した言葉を詠い、魔術陣の負担を減らすのだ。

 ただ、それでもここ二十年くらいで本人の特別な、一世一代の技術才能だった無詠唱魔術がある程度体系化されてきたのだ。

 それはほんの限られた人しか使えなかった超特別な技術才能を、特別才能がある人が使えるように落とし込んでいったのだ。

 これは過去の魔術の歴史において当たり前なことで、魔術は誰もが使える技術であることを目指すからだ。

 言葉は人であるなら誰にでも扱えるから。それが耳が聞こえない者でも、目が見えない者でも、誰でも。

 人間が、社会があるのならば言葉はある。


「と、ここまでが先ほどの講義の復習となります。そしてこれから話すことはここ三、四年で起こった無詠唱魔術、いや全魔術における革新の話になります。なるべくかいつまんで講義しますが、それでも難しいと思います。頑張ってついてきてください」


 そう言いながらレヴィアは黒板に書いていた文字を全て消し、そしてある一つの名前を書いた。

 そしてそれが。


「全ては四年前に台頭してきた『空欄の魔術師』によって始まりました」


 ――『空欄の魔術師』、エイミー・オブスキュアリティー・モス。

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