七話 欺きの女神
が、顔をそむけたのも一瞬。
エイミーとモニカはニッと不敵な笑みを浮かべてオスカーを見る。
「もう一度問う。何故麻薬であるこれを貴様らが持っていた」
月煙香花とは、
そして独特の甘く蕩ける匂いがする花を咲かせ、その場にいる動物たちを発情させ、花粉を毛皮に擦りつけさせて受粉する植物である。
成分には催淫効果やまぁまぁな強さの依存性があり、違法の媚薬や麻薬として使われる場合が多い。
なので、法律で強く規制されている。
が、適量内であれば、通常の媚薬や、更に薄めてリラックス効果がある香水などとして使えるため、資格を持った者ならば、それを作り、販売していいことになっている。
そして資格をとるのは意外と簡単で、難しいのは入手することと生成すること。
月煙香花が育つ環境はとても特殊で、
しかも魔力が満ちていなければならいので、採取は難しく、栽培もできない。
そしてそれ故に、生成法が秘匿されている。
とまぁ、そんな危険物を使って色々と売りさばいた二人はオスカーを、いやその周りを煽っていく。
「あれ~~、知らないんすかぁ? 月煙香花は適量内なら麻薬ではなく、香水として扱われるんですぅ? 合法なんですぅ。あれ、王子様なのに王国法すらも……あ、そういえば法律学はとっていないんでしたっけぇ? すみましぇん~」
「その小瓶に入っているのやって、原液を水で薄めた適量内の香水や。麻薬やない。立派な香水や! それに王国薬物管理局の許可証は持っておるんや! むしろそれすら知らない紅い瞳こそ麻薬やろ。おなごを勾引す瞳を取り締まらんとなぁ?」
「き、貴様ら、殿下を!」
「お、お前ら、オスカーを!」
……エイミーとモニカは事前にこんなこともあろうかと、色々と準備していた。
販売手続きに、商品登録、管理登録に、あとは取り締まられた際の対策として生徒会役員や学園都市公正法の対策などを色々と。
まぁ用意したのは殆どモニカであるが。
モニカは学園に入る前からこれらを用意していて、学園が始まったのと同時に貴族の学生相手に商売をするつもりだった。
そしてそこへエイミーを誘い、エイミーのおかげで予定よりも早く月煙香花を集められ、香水を生成できたのであるが……
一応言うが、エイミーたちは本当に犯罪は犯していないのである。
そうは思えないが……
「やめろ、ケヴィン。それをやってしまえば、こちらが不利になる」
「……はっ」
「それとウィルもすまないが抑えてくれ」
「……分かった」
腰に携えていた鞘付きの剣をエイミーたちに突きつけようとしたケヴィンとオスカーは、しかしながらオスカーに制される。
分かりやすい挑発によってエイミーたちを傷つければ、こちらが不利になる可能性もあるのだ。
生徒会長であり、ユーデスク王国の第二王子がいるのに、生徒会の者のすべてが強い権力者がであるのにだ。
何故って?
そりゃあ、モス伯爵の養子とアフェール商会の長女だからである。
アフェール商会が娘を傷づけられ、王国へと反旗を翻せば、不利になるのはアフェール商会ではなく、王国、ひいては王族になる。
海千山千魑魅魍魎の貴族夫人や婦人が、王族にあの手この手でつぶしにかかるからである。
そしてそれより厄介なのがモス伯爵の養子であるエイミーだ。
養子なのに、いや養子だからこそ厄介なのだ。
……十年前、とある大貴族がモス伯爵の養子である女性を監禁し、それはおぞましい事をした。
すると、どうだろうか。
建国当初から王国を支えていたその大貴族が没落した。
建国当初からあるので、後ろめたいことは何度もやってきた。国家という大船を守るために、手を血に染めてきた。
……まぁ時を重ねるごとに国家という大船を守る大義すらも失い、腐敗していたのだが。
しかし、それでも後ろめたい事をやっていたからこそ、力が強かった。
多少の悪いことももみ消すことぐらいはできた。
だが、それがあっさりと、一ヶ月も経たずに没落。
その大貴族に属している者の殆どは追放か、処刑。運よく逃れた者もひもじい暮らしを送っている。
……さて、しかしその大貴族が没落した理由は今でも分かっていない。
なぜかあれよあれよといううちに、王国法によって裁かれていて、星屑教会の聖典会議によって処罰が決定し、精霊王国盟約憲法によって全てが実行されていた。
王族ですら関与できないままそれが決定してしまったのだ。
何も分かっていない。
分かっているとすれば、その大貴族が没落する前、モス伯爵の養子の女性を監禁していたこと。
そして、伯爵の元から離れ、世界各地に散らばっていた元養子たちが、何故か一斉にモス伯爵領に集まって、その一カ月間パーティーをしていたこと。
それだけである。
証拠は全くもってなく、記録に不自然なところはなかった。
なのにである。
モス伯爵が現当主に変わってから三十年近く。
前当主も奇特な方だったが、今代の当主はもっと奇特。
そして恐ろしく裏が見えない。
動いているはずなのに、何をしているのかも分からない。
そしてそれより、王族はモス伯爵に関するあらゆるすべてをアンタッチャブルにすることを決め、貴族、特に大貴族たちには徹底的にそれを周知させた。
……まぁ、中級、下級貴族やその子息子女たちはそれを知らなかったり、信じていなかったりするのだが……
だが、大公爵であるレッドルプス公爵家の次男であるケヴィンは、貴族社会の裏を知っているから、それを信じているため、悔しい思いをしながらも引き下がった。
ただ、ウィリアムは他国の王子であるからそれを知らない。
だがそれでも事情を飲んで怒りを抑えてくれた友にオスカーは嬉しくなるが、しかしそれは内心の事。
そこらのヤクザよりもヤクザらしいエイミーたちに冷たい紅眼を向ける。
「エイミー・オブスキュアリティー・モス、モニカ・アフェール。貴様らはどうやって月煙香花を手に入れたのだ。そして何故月煙香花の抽出錬金法を知っている」
その瞳を向けられた二人は、スッと表情を消した。
先ほどまでの泣きじゃくる表情も人の神経を逆なでする表情も消え失せ、無表情になる。
黒の瞳と翡翠の瞳が、紅の瞳の覗き込む。
「……私が学園都市北部にある錬魔の森林でとってきたんです。先日は満月でしたし、春ですからね。
「……一学年である貴様の実力では錬魔の森林の深層に行けるはずはないのだが」
「学園都市支部自由冒険組合のBランク冒険者、ガロウが証人です」
「……はぁ」
錬魔の森林とは学園都市の北部にある魔境の一つであり、凶悪な魔物がいたりする。
資源が豊富で、騎士大学や魔術大学がよく素材集めに行くのだが、彼らが錬魔の森林に入れるのは強いからである。
だが、Bランク冒険者を護衛としていても、王国高等学園の、しかも一学年でこんな小さい子が月煙香花があるはずの深層に行けるはずはないのだが。
しかし、目の前にいるのはモス伯爵の養子。
もしかしたら、闘気法が使えるのかもしれないとオスカーは考える。
それに、嘘や虚言があった場合は自分の後ろで控えているレヴィアやマーガレットが教えてくれるはずなので、つまり嘘はない。
「入手方は分かった。だが、あれを入手する際は特定員会に申告しなければならいのだが」
「それも自由冒険組合を通してしてあります。あと、錬金も私がやったです。モス伯爵のところで資格はとっているです。全てガロウを雇う際に、自由冒険組合に資料を提出していますぅ! というか、王子様ですから、もう確かめているでしょう。え、まさか確かめて……」
「……ちっ」
そうなのだ。
もう確かめていて、この二人が違法な手段でそれらを手に入れたわけではないことは分かっている。
ただ、万が一の確認のため。
それと。
「……はぁ。月煙香花の件は委員会の方から追って通達がある。その際にせいぜいぼろがでないようにするんだな。だが」
オスカーは円卓の上に置いてあった小さな籠をつかみ、髪を靡かせている乙女の絵を見せた。
「アフェーラル商会とは何だ?」
「何ってアタシが商会長を、エイミーが特別顧問を務めている商会や」
「では、何故、アフェール商会の紋章を使っているのだ?」
「あん? オスカー・オルド・ユーデクス様のその目はやはり節穴かいな。どう見ても違うや」
また、オスカーは懐から取り出した青の小瓶を見せる。
そこにも髪を靡かせている乙女の絵が描かれている。
「確かに、左を向いているか、右を向いているかの違いだが」
左を向いているのがアフェール商会の紋章で、右を向いているのがアフェーラル商会の紋章である。
エイミーがアフェール商会様様と言ったのは……
……旗をひっくり返して裏地を見せれば……こほん。
「知っているか。貴様らが売った匂い付きの造花などを買った者たちは皆、アフェール商会の商品だと思っているのだが」
「知っておるよ。何度もアタシらが違うって言ってたやのに、オスカー様と同様に良い目を、あとは良い耳と頭をお持ちの貴族様が多くて多くて」
「そうですぅ。売り出す時にアフェーラル商会と書いた旗をおいてあったんですぅ。なのに、あんな才能あふれる特別な読み方をする方々が多くて多くてぇ」
簡単に言えば騙したからである。
もちろん二人は自由冒険組合と星屑教会、ユーデスク王と東諸国連邦国が合意している南大陸経済商法に違反していない。
登録した商会の紋章が他の商会のと似ていても、他の商会の許可をとっていたりすると問題ないし、また、名前も同様である。
親類縁者が新しい商会を立ち上げる際にそういうことがあったりする。
なのでそれはおかしくない。
だが。
「その旗の隣にモニカ・アフェールの名前が書いてあったと報告がある」
「身元証明は重要やろ?」
「そうです。信用は大事ですぅ?」
つまり、アフェール商会の娘が売り出している匂い付きの造花、と多くの者が認識していたのである。
アフェーラル商会など知らないって話だ。
……因みに何故造花で小金貨六枚の売り上げを作ったかは、今はおいておこう。
ただ王国高等学園の二年生と、三年生、特に未だに婚約者や恋人がいない貴族たちにとても売れたと言っておく。
……二か月後には学園内で少しだけ甘い匂いがする造花が流行っているだろう。
「……はぁ」
オスカーはチラリと後ろにいるレヴィアとマーガレットに視線を送る。
視線を送られた二人は静かに首を振った。
が。
「オスカー様。少しだけよろしいでしょうか」
「いいですが……」
マーガレットがオスカーを押しのけて、エイミーとモニカの前に出た。
レヴィアはやっぱりかと碧眼を落し、ケヴィンとウィリアムは感情を押し殺しながら、未だにエイミーとモニカを見張っている。
「エイミー様、モニカ様。不躾で申し訳ございませんけど、一つお尋ねしてもよろしいかしら?」
「……何です?」
「なんや、聖女様」
マーガレットが己の前に出てきた瞬間、エイミーの雰囲気が変わった。
先ほどのへらへらした様子もなり潜め、剣呑な黒の瞳をマーガレットに向けていた。オスカーにすらそんな瞳を向けなかったのに。
対してモニカは聖女にありがたい言葉でも聞かされるのかと思ったのか、少しだけ皮肉気な笑みを浮かべていた。
「
「……どうでしょう? けど、あれ? 聖女様であろう者が人の目がある場で、人の
「そうやな。アンタの
神官は他人が持っている
特に聖女とも呼ばれるマーガレットは、神に加え、
そしてだからこそ、神官は人の
信頼に関わるからだ。
なのに、聖女であるマーガレットがそれを破った。
だから、エイミーとモニカはマーガレットの碧眼を睨みつける。
……数分か、数十秒か、三人がにらみ合い続けた。
後ろで見ていたウィリアムやケヴィンはその雰囲気に飲まれ、オスカーやレヴィアでさえ、動くことができなかった。
そして先に視線を外したのはマーガレットだった。
「……オスカー様。時間も時間ですし、エイミー様とモニカ様には帰ってもらいませんか? それとウィリアム様とケヴィン様は緑月寮までお二人を護衛していただけないでしょうか」
「……マーガレット嬢がそういうのならば」
マーガレットは普段、こういうことを言わない。静々と後ろに控えていることが多い。
なのに。
だからこそ、オスカーは直ぐに動いた。
ウィリアムもケヴィンもマーガレットの言葉を不審に思いながらも動いた。
レヴィアだけは、顎に手を当ててゆっくりと考え込んでいた。
そしてエイミーとモニカは緑月寮へと返された。
また、没収された売り上げや品物は返され、また今後は売り上げの仔細の報告をするようにと命じられた。
……もともと、このために生徒会室に呼んだのである。
連行やら取り締まりっぽいことをしたのは、売り上げた額が額で、しかも麻薬にも使える月煙香花が関わっていたためである。
が、結局は裏取りのためで、厳重注意をするのが目的だった。
……学園内で商売すること自体は、申請さえ通っていれば問題ないのだ。
お金を稼がなくてはならない学生もいるし、ならば学んだ内容を使って商売をすることはむしろ推奨されている。
エイミーとモニカは裁縫の科目をとっていたため、それを経由して造花を売り出していたのである。
Φ
「それでマーガレット嬢。ウィルやケヴィンにまで聞かれたくない話とはなんでしょうか?」
「……レヴィア様は気づいていらしたと思いますが、オスカー様。あの者らの言葉の真偽、
「……どういうことかな?」
オスカーの女性に対しての甘い言葉が崩れてしまった。
が、そんな事はどうでもいい。
それより、
「
聖女であるマーガレットは
その重みや熱量の差から、人の言葉の真偽を暴く。
だが。
「けれど、
「……なんでか聞いていいでしょうか? マーガレット様」
「ええ、
それを聞いてレヴィアは納得がいった。
エイミーの言葉の重みが測れなかったことに納得がいった。
「なるほど、そういうことでしたか」
「……マーガレット嬢。それが正しいのならば、先ほどあの二人が言った言葉は」
「……それはたぶん本当だと思います。……本当は本人の許可なしに伝えてはいけないのですが、
裏取りをするために自分の魔術講義の時間を削ったのに、これでは意味がなかったのではないかとオスカーは内心憤りながら訊ねた。
しかし、その憤りは分かっていないものの、マーガレット祈り手をして、ゆっくりと言った。
「エイミー様は
「……どういうことしょうか?」
「
信仰が下火なのはそれが原因だったりする。
偏屈な神々がいるのである。
あと、
「そんな
つまり麻薬など売ったり、犯罪を犯したりと人道に外れた行動はしないという事。
聖女であるマーガレットがそれを言い切った。
「……レヴィア殿。あの二人の監視を頼めるでしょうか? 特にマーガレット嬢の言葉を信じれば、エイミーは闘気法は使えません。なのに、錬魔の森林の深層に行けたのも気になりますので」
「……謹んでお受けいたします」
かくして、レヴィアはエイミーだけでなくモニカの監視までする事になった。
……ホント、タイムリープが可能で一週間前に戻れるとするのならば、レヴィアは全力で二人の邂逅を阻止していたであろう。
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