六話 連行された二人

「フヒヒヒヒヒ!」

「アハハハハハ!」


 夕日が差し込む暗い部屋で気味の悪い二つの笑い声が響き渡った。

 片方は十二歳程度の容姿の人族の少女。

 もう片方はスレンダーで快活そうな亜麻色の茶狸族の少女。

 つまり、エイミーとモニカである。


「モニカ、モニカ?」

「なんや、エイミー」

「これでお風呂にする?」

「アホかいな。流石にこれっぽっちや無理や」

「えー」


 歓喜万来。

 浮かれに浮かれまくった声音で阿呆みたいな会話をする二人の目の前には、大銅貨や小大銀貨、果てには幾枚かの小金貨までもが並んでいた。

 ちょっした山を作っていた。


「うっひゃー! でも、一週間でこれとか、ヤバいわ!」

「アタシもそう思うんよ。でも、一日であれだけの香水を用意したアンタもアンタやけどな」

「フハハハ、もっとほめて、ほめてぇ!」

「さすがはエイミーや! 見た目は子供やのに月煙香花をあない集めるやんて、最高や! 武闘派貴族からの縁談がぎょうさんくるんやない!?」

「デュフ、デュフフ。そんなにほめられても困るなぁ。けど、見た目は子供は余計です」

「そうかいそうかい、すまんや」


 ニタニタ笑いが止まらない二人は、特徴的な甘い匂いがする部屋で互いの肩を叩きあっている。

 周囲には白い造花と緑の小瓶、蔓で編まれた小さな籠が散乱していた。

 また、緑の小瓶と小さな籠には髪を靡かせた乙女の絵が隅に描かれていた。


「フフ、嘘です、嘘。怒ってないですぅ! というか、私よりもアフェール商会様様ですよ~~」

「アハ、そこはアタシやないんか。まぁ確かにそうやけどな」


 アフェール商会。

 ユーデスク王国にいる女性ならば全員が知っているであろう商会。

 香水や宝石、装飾品、化粧品、服などを主に売り出す商会であり、ユーデスク王国では一位二位を競う商会である。

 そもモニカが商人グループに入っていなかったのは、というかエイミーと同じくどのグループにも所属していなかった理由はそれにある。

 というのも、どっかのグループ、特に貴族のグループにモニカが所属してしまった場合戦争が起きるのだ。

 文字通りの戦争が。

 

 理由を簡単に言えば……美容である。


 アフェール商会が扱う美容品、特に化粧品はものすごく売れている。

 貴族の令嬢や婦人のほとんどがアフェール商会の美容品を使っているのではないかと思うくらい。

 ……アフェール商会が持つ一部の市場と乳液というレシピと仕組みをある商会と取引した事で、ここ最近はそれがさらに加速したのだが……

 どちらにしろ、先代の頃からアフェール商会はどの貴族も御用達だ。

 だって、どの貴族にも女性はいるのだから。

 そして多くの女性が美を求めて争い合った。アフェール商会を取り合った。

 しかしながら、先代の商会長はやり手だったといえるだろう。

 うまい具合にその奪い合いを潜り抜け、どの貴族に属さずとも、どの貴族領でも自由に商売ができるようになったのだから。

 王家ですら、直属の商会にすることができなかったのだ。


 そのためアフェール商会は、ユーデスク王国のすべての貴族を相手に、自由に問題なく商売できるようになったのである。

 だからこそ、モニカはどのグループにも所属できなかったのである。

 所属したら再び奪い合いが起こるから。

 

 じゃぁなんでそんな地雷満載のモニカが、学園に来ているのかは……まぁおいておく。

 今は関係ないからだ。


 だって――


「エイミー・オブスキュアリティー・モスとモニカ・アフェールだな。貴様らは学園法懲戒処分における連行命令が出ている。おとなしく拘束されよ!」

「ヘっ」

「ふぁ?」


 ――二人とも二翼のエンブレムが描かれたローブを着た大男たちに拘束され、連行されたからである。


 一週間で小金貨六枚は稼ぎ過ぎたというわけである。

 迂闊すぎる。



  Φ



 月が差し込む円卓の広い部屋。

 生徒会室である。


「離せ、性癖異常者ぁ! きゃあー! 誰か助けてぇ~~! 幼女変態趣味野郎に襲われているぅぅ!」

「そうや、犯されるぅぅぅ! 誰か、誰かぁぁ!」

「はぁ」


 そんな生徒会室で、銀髪紅眼の蠱惑的な美青年、オスカー・オルド・ユーデクスは内心とてもげんなりした。

 本当は今日、護衛である『万能の魔女』、レヴィア魔術侯爵に“雷”の魔術言語顕れのことばにおける魔力力線と特異波動の直交によって引き起こされる魔力の属性変化と小域影響を教えてもらうはずだった。

 ……オスカーは魔術師ではないが、魔術オタクであったりする。いや、魔術師と頑なに認めない魔術オタクと言えばいいか。

 下級魔術が使え、詠唱短縮もできるのに、自分は魔術師ほど立派ではない、と言っている奇特者である。


 まぁそんな事はおいておいて、目の前にいる少女たちが面倒でホント面倒で。

 ――はぁ。上はこれを嫌がって押し付けたのか。……面倒この上ない。


「じょ、嬢たち。俺たちは学園都市公正法委員会のもので、決して犯罪者じゃなくて……おいおい、泣かんでくれよ」

「ああ、尻尾が。も、モニカ……だったか。その尻尾を顔に擦りつけるの――」

「――特殊獣人性癖者や! いやぁ! アタシを奴隷にするつもりやぁ!」


 ――泣く子も黙る処罰連行隊の者がこんなにオロオロと……

 オスカーは強面の男たちに憐憫の瞳を向ける。

 連行されてきた少女二人のうち、一人は見た目が子供のように幼く、もう一人は北大陸で愛玩奴隷として価値がある茶狸族の少女である。

 そして口が上手い。

 痛いところをついて、自分のペースに乗せている。百戦錬磨の強面男たちを自分のペースに乗せることができている。

 ――……はぁ。俺がこれの相手をしなければならないのか。レヴィア殿やマーガレット嬢がいない以上、嘘などもはっきりと分からないし……

 自分だけで相手をするのは、嫌だなぁ、面倒だなぁと思いながら、オスカーは座っていた生徒会長の椅子から立ち上がった。


「……ナルベさん。あとはこちらでやりますので」

「……そうですか。……その、ご武運を」

「……はい」


 隊長のナベルに声をかけ、二人の手を拘束したまま生徒会室を去ってもらった。

 ぶっちゃけ、今回は学園都市公正法委員会が出る幕ではないのだ。

 学園都市公正法とは、学園都市が独立的な政をするために立法されたものであり、学生はそれに従わなくてはならない。

 そして委員会はいわゆる警察や裁判所のような役割をしているの。

 だが、今回は学園都市公正法が犯されたわけではないのである。

 そういう名目で拘束しているのだが……


「殿下!」

「オスカー!」


 と、未だにないことばかりを泣き叫んでメンタルを削ってくる二人を放って、暗くなった部屋の明かりを明るくしていたところ、こげ茶の青年と赤狼族の青年が慌てるように生徒会室に入ってきた。

 

「て、へ?」

「うわぁっ?」


 こげ茶の瞳と短髪を持つ端整な顔立ちの美青年優男は、床を転げまわりながら泣き叫んでいる二人を見て呆気にとられた。

 また、赤い狼の耳と尻尾を生やした背丈の高い野性味あるワイルド系イケメンは、涙と鼻水で酷い顔になった二人を見て、ぎょっとして飛び上がった。

 それを見たオスカーは面倒だなと思った。

 

「……ウィル、ケヴィン。レヴィア殿とマーガレット嬢が来るまで無視した方がいいと思うよ。下手にかまうと一生のトラウマを負うことになるよ」

「え、お、オスカー、どうしたんだよ」

「そ、そうですよ、殿下。いつもの殿下なら――」


 こげ茶の青年、つまりシュヴァリェア王国の第三王子であるウィリアム・グリフィン・シュヴァリェアはウグウググスグスと泣いている少女たちに手を差し出そうとして。

 赤狼族の青年、つまりレッドルプス大公爵の次男であるケヴィン・ディーエス・レッドルプスは、少女……もういいや、エイミーとモニカに、永久凍土の瞳を向けているオスカーに戸惑った声をかけようとして。


「――きゃあっ! 権力の、権力の腐敗です! か弱い私たちを無実な罪で連行して楽しむんです! クズ、異常者! 顔はよくても中身はゴミです。腐臭がにおいますぅ! こんな私みたいな幼子を甚振って楽しいですぅ!?」

「そうや、こない夜に連れ込んで。しかも月煙香花の催淫香水が入った瓶まで! あぁ、父上、母上! どうか、どうかこの権力に犯されそうなにアタシ、どうか。ああ、どうかこの卑劣で堕ちた同族に、わが主熾りと家庭の女神カミーヌファリア。……アタシたちを助けてくれやぁ! こんな下劣で下品な狼に食われたくないやぁ!」

「あ、いや、お嬢さん、俺は生徒会の者で決して……」

「お、おい。同族。お、オレはそんな……」


 恥も外聞もなく泣け叫び、ウィリアムとケヴィンに対して怒りと拒絶の声を響かせたエイミーとモニカに戸惑う。

 差し伸べた手は、エイミーが転げまわりながら払いのけられ、ついでに幼い容姿でキッと「負けないわ!」的な涙を浮かべた瞳を向けられて、ウィリアムの心はズタボロ。

 また獣人族の仲間として、モニカをオスカーの極寒の瞳から庇おうとしたケヴィンは、まさかの同族から卑劣とか堕ちたとか言われて狼狽える。

 それにモニカは顔立ちは普通なのだが、肌や髪の艶やかさ、化粧の美しさはそこらの貴族の令嬢以上である。

 つまりそんな少女にぼろくそ言われたケヴィンの男としてのプライドは、ボロボロになってしまった。


「……はぁ」


 案の定こうなったかと思ったオスカーは、狼狽えている友二人の近くに移動して、柏手一つ鳴らした。

 それは明瞭に響き渡り、エイミーとモニカの叫び声はやんだ。


「はっ」

「あ」


 オロオロと狼狽えていた二人は、近くにいたオスカーに気が付く。

 そんな二人の肩をつかんだオスカーは、紅い瞳を二人の瞳に合わせ、ゆっくりと落ち着かせるように言う。


「ウィル。ケヴィン。もう一度言うよ。レヴィア殿とマーガレット嬢が来るまで無視しておいた方がいいよ。これらに罵倒されたいなら止めないが」

「あ、いや」

「わ、分かりました。殿下」


 オスカーの美しい笑みに気圧されて、二人はエイミーとモニカを落ち着いて見た。

 ……あ、これってよく犯罪者たちが……

 ようやく、さっきの二人の泣きも罵倒も演技だと、こっちのペースを乱す策略だと気が付き、ウィリアムとケヴィンは無視を選択した。

 だがその選択は少し遅かったようで、彼らはこれから一ヶ月近く夜な夜な夢で魘されることになるのだが……


 ……可哀想に。



  Φ



 ――死ね死ね死ね死ね! クソ! 私が悪かった! 脅しておけば大丈夫だと高を括った私が甘かった! 甘い態度などせず、拷問、いや精神操作ですべてを吐かせるべきだった!

 レヴィアの心は荒れ狂っていた。

 ――大体、何故アフェール商会の娘と手を組んでいる! 私のアレは知らないはず! 何故!


「れ、レヴィア様。落ち着いて、落ち着いてください」

「……ふぅ。マーガレット様。私は十分落ち着いております」


 恐ろしいほど美しく整った笑みを顔に貼り付けたレヴィアは、鎖で手をつながれているエイミーとモニカを凍えるような碧眼で見下していた。

 隣にいたマーガレットはそんなレヴィアを落ち着かせるように腕をつかみ、奥へと引きずっていく。

 ぶっちゃけ、レヴィアからあふれ出る魔力がマーガレットにとっては毒だったのだが、しかし、そうも言ってられない。

 オスカーたちがレヴィアの魔力威圧を受けて、少しだけ参っているからである。


「マーガレット嬢、助かりました。……それとレヴィア殿。大八魔導士として麻薬調査の権限は貴殿にありますが、この場は僕に預からせてもらえないでしょうか。それと――」


 オスカーは女性や外対応の甘い言葉遣いでマーガレットに礼を言う。

 それを聞きながら、多少落ち着いたレヴィアは、無意識に漏れ出していた魔力を抑え、己の心を叱咤する。

 ――ちっ。ここで迂闊に怒りを出せば、エイミーと私の関係が……。ふぅ。落ち着きましょう。落ち着きましょう。

 そうやって心を落ち着かせているレヴィアとマーガレットに、オスカーはコッソリ近づき、小さな声で。


「――彼女たちの言葉の判定を頼みます」

「……かしこまりました。殿下」

「ええ、分かりました、オスカー様」


 言葉の真偽の判定をお願いした。

 というのも、高名な魔術師や力の強い神官が人の言葉の重みや熱量を感じ取れることは公には知られていない。

 知っているとすれば、世界で一番魔術師を擁しているユーデスク王国の一部上層部と、カタフィギア聖国の上層部、自由冒険組合連合くらいである。

 意外と知られていないのだ。

 神官は神々に仕えるからこそ軽々しくそれを口にせず、また魔術師は通常の国ではそこまで優遇されていないため、知らない者が多いのである。

 そしてそれなら好都合と、知っている者たちは秘匿している。

 だって、言葉の真偽が分かるなどとても強い力だからである。


「さて、エイミー・オブスキュアリティー・モス、モニカ・アフェール。何故ここに連れてこられたか、思い当たりはあるか?」


 それを頼んだオスカーはゆっくりと振り返り、毅然とした様子で自分を睨んでいるエイミーとモニカを見て、厳かに口を開いた。

 また、その言葉に合わせて剣を携えたウィリアムとケヴィンが、二人の後ろに立った。

 威圧行為である。

 そして。


「ありましぇん! 学園都市公正法にも、王国高等学園の学則にも、反した行動をしていましぇん! むしろ、そっちこそわけもわからない理由で拘束して、酷いですぅ!」

「そうや、そうや! アタシらは真っ当に申請して、申請した内容通りの商売をしておっただけや! なのに、なんで売り上げも商品も押収されないけないんや! 横暴や、権力の横暴や!」


 神経を逆なでする声音で、一気に騒ぎ立てたエイミーとモニカに。


「では、何故、麻薬でもある催淫香水を貴様らが持っているのだ?」


 オスカーは、特徴的な甘い匂いの液体が入った緑の小瓶を二人の前で揺らした。

 二人はバッと顔をそむけた。

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