五話 種火の熾り

 入学から一週間ほどでクラスの派閥というかグループが出来上がってきた。


 まず、オリアナを筆頭とした第三王子派のグループ。

 ただ、入学式早々のエイミーに対してのやらかしのせいで、このクラスでは浮いていた。

 ……が、第三王子がいる一学年で考えると最も大きい派閥の一つだろう。

 

 次に、武闘派であり、高位貴族にしては珍しく第二王子派であるブルーエルフィン侯爵家の次男であるネイサン・ギフト・ブルーエルフィンのグループ。

 ここはオリアナのグループ、もとい派閥と水面下で闘争している。

 そして、このクラスにおいてのオリアナグループの力を削いだエイミーを勧誘しに来たグループでもある。

 が……ここでもオリアナの二の舞とは言わないものの、ネイサンはちょっとした失言をエイミーに付けこまれ、結局エイミーはそのグループに入る事はなかった。

 それでも強権で入れることもできたかもしれないが、ネイサンが酷く怯えた様子でエイミーに頭すら下げていたので、それは無理だったのだろう。

 そしてそれは印象的だったのだろう。

 他の貴族グループからの勧誘がほぼなくなった。商人や下級貴族と平民の合併グループからもである。

 養子とは言え、モス伯爵令嬢なのにである。

 ……まぁというか、モス伯爵の養子だからこそというべきか。

 どっちにしろ、晴れてエイミーはアンタッチャブルになったのだ。

 ……指定カーストではない。位は伯爵令嬢である。


 それはエイミーにとって都合が良かった。

 やりたい事や、残念なことにやらなければならないことも多く、それにアンタッチャブルとして扱われた方が、色々と詮索されず、動きやすくなる。

 授業が始まって一週間だが、それでも軽く教科書を流し読みした限りでは難しいものはなく、気になるのは今まで触れられなかった礼儀作法と歴史と文学だけ。

 武術授業は問題ないし、それ以外の科目も問題なく意図的な成績を残せるだろう。

 ……まぁ魔術についてはちょっとあれだが……

 己の実力を客観的に分析し、エイミーはそう判断していた。

 ――このまま無難にやればマモールくんは返ってくるし、それに陰気ババアも学園生活を送れなんて言わないだろう……

 エイミーは学園生活を積極的に過ごしたいとは思っていなかった。


 この時点では。



「なぁエイミー様」

「……なんです?」


 一週間でようやくルーティンとなった起きてる風居眠りを終え、終了のチャイムと共に教室を出たエイミーは、だが、ルーティンが完遂される事はなかった。

 肩をトントンと叩かれたのだ。

 

「アタシはモニカ・アフェール。ちょっとエイミーさ……いや、アンタに用があるんよ」

「……ぇ」


 廊下の端に移動し、後を振り返ったエイミーの黒の瞳に映ったのは、茶狸族の少女だった。

 亜麻色のボブに翡翠の瞳、狸の耳は小さく、少し平坦な平均的な少女の身体から少しだけ大きな亜麻色の狸尻尾が見える。

 ただそれよりもエイミーが気になったのは彼女の顔。表情。

 顔立ち自体は美少女とは言えないものの、肌はそこらの令嬢より潤いがあって美しく、化粧も薄くて上品できれい。

 それ故に悪だくみが好きそうな顔、というか表情が目立つ。

 クズを自称し、色々と悪巧みもしているエイミーがそう思ってしまうほどの活発ながらも悪戯というか、悪い顔をしている少女。

 身なりが商人と分かるそんな雰囲気を余計に加速させる。


 ――ってか、こいつって確か、商人グループにも入ってなかった奴だったはずですよね……


 面倒事の予感しかない。

 アンタッチャブルにエイミーに話しかけてくるのも、一応貴族であるエイミーをアンタ呼びしたことも。

 そして何よりその一見笑顔が素敵な少女としか思えない表情が。

 面倒事を引き起こす達人であるエイミーだからこそ、その直感は正しかった。


 ……だが、その正しかった直感は……エイミーにとっては正しくなかった。

 面倒事を被ったのはエイミーではなく、その周りだったのだが……



「それでこんな薄暗いところに連れてきて……あ、もしかしてそっちの……。でもごめんなさい。いくら私が影があって魅力的でもノーマルなんでちょっと……」

「……やっぱりそうなんよな」


 逃げようにも、どうせ同じクラスであるから逃げることはできず、また公衆の面前であることない事を言うのも、直感的に駄目だと感じた。

 ので、エイミーは仕方なくモニカについていった。

 そして連れてこられたのが学園内にある階段下。

 人通りが少なく死角になりやすく、階段に使われている石材と構造によって声が反響しにくい階段下。

 エイミーが三日前に見つけた場所なのだが、モニカも知っていたらしい。

 ますます厭な予感がするので、身体をかばう様に抱きしめながら、ぶるぶると震わせる演技をする。

 しかし、モニカはそれで怒るでもなく、ただただ呆れた表情をしていた。


「アンタ、あれ嘘やろ?」

「あれってなんです? 主語をはっきりと、あ、ごめんなさい。今まで誰かと話すことが少なかったから、商人グループにも入れなかったんですよねぇ……」


 そんなモニカの表情に自分の平穏が崩されると思ったエイミーは、茶化しに入るが、モニカはそれに乗らない。


「入学初日にオリアナ様に言ったことや」

「……嘘? ついていませんよ? 言いがかりはやめてください」

「確かに差し出したのが形見じゃなかったこと以外は……やけど」

「何のことです?」


 ――ちっ。どこまでバレてるか把握して、脅さなきゃな。材料を見つけて……


「アタシ、アフェール商会の長女なんよ」

「そうなんですか。あ、もしかして自分金持ちっていう自慢ですか。いいですね、お金がある人は……」

「ふん、アンタもモス伯爵のおかしな事業に回収できない出資してるやない」

「……ちっ」


 エイミーはあからさまに舌打ちした。

 というか、ぶっちゃけ大八魔導士であるマーティーですら、それにたどり着くまでに一ヶ月近くかかったはずなのだ。

 それを……たぶん一週間足らずで。

 ――ホント、どこまで把握してるか、禁じ手を使ってでも確かめますかね。


「アンタに妹が、正確には義妹いもうとがおるのは確かで、その義妹いもうとの中にアンタがオリアナ様に差し出したペンダントと同じペンダントを持ってる子がおった。苦労をかけたくないとか、いい職つきたいとかはアンタの事や、たぶんその時は本当やったんやろうな。それにアンタが父親っていう存在に言及する時、一言も『私』と言わんかったしな」

「……私は嘘をついていませんよ」

「ペンダントは嘘やろ。見た目は同じやけど、そりゃ形見やない。形見は歴史のことや」

「……はぁ、どこまで知ってるんです?」


 エイミーは諦めた。

 というか、ここでしらばっくれたら今よりも面倒なことが待っている。そう思ってやまないのだ。

 己の勘は役に立つ。少なくともあんな環境で生きてきたのだ。だからこそ、己の勘を信じて行動する。

 その行動にモニカはニヤリと笑って答えた。


「いんや、何も。アンタが突然現れてモス伯爵の出資者になったこと。そして突然養子になって、この学園に入ってきたこと。それと学園都市でアコギな商売をしている事だけや」

「それだけ知っていれば十分だと思いますけど……で、何をさせたいんです?」

 

 ――よかったです。レヴィアの事はバレてないみたいだし、『空欄の魔術師』の事もバレてない感じでよかったです。

 レヴィアにお仕置きされる心配はなさそうだとエイミーは安堵する。

 が、直ぐにモニカの言葉を思い出して、内心うへぇとなる。

 ――でも、アレの事知ってるのか……どうしよ、コイツにばれてるならどっかのヤクザに市場を売った方が……というか、そもそもその話をしてきたって事は。


「ほぅ、物分かりがええんやな」

「違いますよぉ。お前相手にゴネるとさらに面倒しかないからです」

「ふむ。間違いやないが、けれど間違っておるよ」

「何がです? こんな暗がりで脅されている事自体が面倒なんですぅ?」

「これからハッピーになるよに。……まぁええわ。アタシがアンタに要求するのは二つ。一つはアンタが学園都市でかすめ取っている市場をアタシに引き渡すこと」


 予想通りだと思う反面、コイツへたくそだなとエイミーは思ってしまう。

 こんな暗がりにエイミーを連れ込んで脅すより、オリアナの派閥にその情報を売って、それを材料にいじめやらで奪い取った方が払うリスクも少ないし、確実性がある。

 少なくともエイミーに会話させている時点で……


 ――いや、選択したっていう満足感を私に与えたいんですぅ? 

 心の中で首を傾げるが、しかしどうでもいいやと思う。

 ――……まぁいいや。どっちにしろ、コイツの話に乗った方がいいのは何となく分かるです。それは確かですし。


「その対価にお前は私に何をしてくれるんです?」

「そうやな。脅しやから何もしなくてもええんやけど……そうや、アタシと一緒に商売をせんか?」

「商売……」


 ――それが最終的な落し所かな。しかしなんでまぁ。いや、事前金目当てかな。


「けど、お前が私を脅せる以上……ねぇ?」

「そういうと思ってな、ほれ」


 モニカはパッチンとフィンガースナップをした。

 そしたら空中から小さな白の賽子が現れたのである。

 ――……ちっ。

 しかしエイミーはそれに驚くことはなく、嫌そうに心の中で舌打ちした。


「……どこから出したんです? その賽子」

「アタシの祝福ギフトな。“賽子”なんよ。賽子を生み出すことができて、出る目をある程度操作できる。それに一週間に一度やけど、この賽子を使った勝負でアタシが勝てば、負けた奴に命令を聞かせられるや」

「……いいんです? そんなチート級の祝福ギフトを私に言って」

「問題なしや。ほれ、これで信用になるやろ?」

「……いや、嘘の可能性も――」

「――なら試してみるんよ」


 掌で賽子の弄ぶモニカ。また、狸尻尾が面白いほどに揺れている。

 けど、それを見てエイミーは呆れた声を出した。


「ふん、それでお前が勝って私に命令するんです?」

「そうやな」

「ちっ。ぬけぬけと」

「やけどアンタ、これの事もう信じてるやろ。ちゅうか、アンタの祝福ギフトだって同じやしなぁ」

「……何が」

「気配や気配。アンタも感じとるんやろ。遊戯と機織の女神シュトゥルードゥス様の気配」


 授かっている祝福ギフトが強かったりすると、何となく同じ神から祝福ギフトを授かっている者がわかったりする。

 そして互いに強ければ強いほど親和性が高くなり、相手の祝福ギフトの詳細なども何となく分かるようになる。

 引き合う。

 これは神々が自分の祝福ギフトを持つ者同士を引き合わせ、仲間意識を芽生えさせて自分への信仰心などを高めようとするために仕組んだ機能なのだが……

 どっちにしろ、二人は遊戯と機織の女神シュトゥルードゥスによって無理やり引きあわされたと言っていい。

 それがたまらなく厭だったエイミーはつい聞いてしまった。


「お前が誓いを立ててる神は誰です?」

「……アンタは誰やん?」

「……質問を質問で返すとは、礼儀がなっていませんね。けど、私は寛大なので教えて上げますよ。私が誓いを立てているのは導きと流転の女神カロスィロスです」


 成人すると多くの人たちは神々の一柱に己の誓いを立てる。

 祭神を決めるのだ。

 まぁ、その前にも十一歳になるともう誓いを立てる神が決まっている子は、仮誓いを立てたりするのだが……

 そしてその際、誓う内容が強かったり、また才能が有ったり、信仰心が篤かったりすると、神々から恩寵法という特別な力を授かる。

 現時点においては、戦いと慈悲の神シュラセトリディアやその従属神が神々の中で最も誓いを立てられている。

 なぜなら、戦いと慈悲の神シュラセトリディアやそれに連なる神々の恩寵法の中には、闘気法というものがあり、身体能力を爆上げし、最強の者だと山や海を割る力を与えたりする。

 そのため、世界中の剣士や戦士が戦いと慈悲の神シュラセトリディアに連なる神々に誓いを立てるのである。

 それ以外にも、祈りと豊穣の女神マーテルディア創造と振り子の神ズィミギペンディア遊戯と機織の女神シュトゥルードゥス翼と知識の神フリューケントレスに、眠りと芸術に女神フェールクラどと言った柱に誓いを立てる者は多い。

 それらは大柱と呼ばれ、神々の時代において最も力を誇った柱だからである。

 あと、善神だからでもある。


 そしてエイミーが誓いを立てている導きと流転の女神カロスィロスは……殆ど信仰されていない神である。

 導きと流転の女神カロスィロスは迷える魂、つまりアンデッドを輪廻の輪へ還す恩寵法を授けてくれる。

 しかし、才能や誓いの条件が厳しすぎたり、授かれる恩寵法の種類が少なかったり、あと大柱、特に祈りと豊穣の女神マーテルディア戦いと慈悲の神シュラセトリディアに誓いを立てて授かる恩寵法でもアンデッドを輪廻の輪へ還すことができるため、信仰は下火なのである。

 知っている者も少ない。


「マイナーな神様やな」


 珍しそうに、しかし納得が言った感じにうなずいたモニカがむかつき、エイミーは棘の籠った声音で問い返す。


「……でお前は」

「アタシ? アタシは熾りと家庭の女神カミーヌファリアや」

「うっわぁ。そっちの方がマイナーじゃないですかぁ? 信仰してる人なんていたんだ。ってか、商家の娘なんでしょ。遊戯と機織の女神シュトゥルードゥスじゃないんです?」

「アタシの信条と合わんね」


 やれやれと首を降るモニカ。尻尾もついでに横の降れる。

 エイミーは一瞬だけ目を細めた後、茶化すようにニヤリと笑って言う。


「じゃあ上位互換の祈りと豊穣の女神マーテルディアは?」

「……アンタ、そろそろ茶化すのやめんか? 導きと流転の女神カロスィロスに誓いを立てるくらいや。上位互換やないことくらいも知っておるやろ?」


 神々に上位互換も下位互換もない。

 従属神であろうと、下位互換ではなく、それぞれ司っている分野が確実に違う。

 確かに似ている部分があり、似ているからこそ混同されて、強い神しか信仰されない場合がある。

 それでもやはり司っているものが違うのだ。


「はぁ。……始まりは暖炉。安心して寒い日を過ごせる暖炉。それは人を集め、人を守り、人を温め、家族を作る。幸せを作る。……一般的にはそう。だから、家庭の象徴で、愛や幸せを祈る祈りと豊穣の女神マーテルディアが信仰されがち」


 厭な部分をつつかれて、そしてモニカが熾りと家庭の女神カミーヌファリアに誓いを立てたことを知って、エイミーは納得する。

 そしてコイツなら、たぶん仲良くやれる。

 ――それに私と同じかちょっとあるくらいだし。つまり無に近い感じだろうし。

 エイミーはある部分を見てそう思ったが……何を見たのかは言わないでおこう。


「けれど違う。熾りは始まり。始まりにしか過ぎない。熾りと家庭の女神カミーヌファリアは幸せになれる環境社会は作るけど、幸せは作らない。それを司っていない」


 いつものクズさも陰気さも嘘だったかのように、朗々と静かに響き渡るような声でエイミーは紡いでいく。

 モニカはやっぱりとうなずいて、狸耳をピクピクと動かす。


「司るは始まり。そして人が持つ発展の力。すべての人が幸せになれる環境を作るための力。その力の始まりを司っている。――光は偏在。故に影は一つにあらず。汝、幾万の影を知れ。影を尊べ。――焚火揺らめく。陰影揺らめく。一瞬一瞬が全てであり、全ては異である」

「……そうや。幸せそのものやない。愛そのものやない。それらが作れる、安心してはぐくめる環境を作る女神さまや」


 エイミーは内心でため息を吐き、目の前の少女を見た。

 翡翠の瞳はとても澄んでいて、けれどその奥には大きな野望が秘められていた。

 だから訊ねた。


「……モニカはお金をなんだと思っているです?」

「人間の、社会の力や」


 迷いなく言い切ったモニカにエイミーは心の中で再びため息をついた。

 ――コイツがいたから、あの陰気ババアは学園にいけと言ったのか。

 

 ……それは間違いなのだが、まぁそれはいい。


 エイミーはもう決めた。

 目の前の茶狸族の少女の手をとることを、そしてレヴィアにいくら言われようと、面倒事を引き起こしてでも、やりたいことをやると。


 白のバレッタに触れたことによって思い出した言葉が、ようやくここで色づき始めた。

 一歩が為された。


「分かった。商売をしよう」

「その返事を待ってたんや!」


 そして王国高等学園は波乱の二年を迎えることになる。

 彼女たちが熾した種火はいたるところに燃え広がり、そして学園都市だけでなく南大陸、いや世界全土に清い炎が灯るのである。



「あ、そういえば、二つ目の要求は何だったんです?」

「あ、そうやった。エイミー、アタシと友達になってくれんか?」

「……フヒ、フヒヒヒ。脅しておいて要求がそれって。フヒ。……分かった、よろしくね、モニカ」

「こちらこそ、よろしくや、エイミー」


 こうして雑口調の金好き少女二人が、胸が小さいことを気にしている少女二人が手を結んだ。

 そして二人はニタニタと嫌な笑みを浮かべながら緑月寮に消えていった。






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読んで下さりありがとうございます。

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また私の別作品、『巻き込まれ召喚者たちは、ファンタジー地球に巻き込まれる!』もよろしくお願いします。

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一話リンク

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