四話 上々に見える滑り出し

 入学式よりも二週間ほど早く始まった王国高等学園二学年に編入したレヴィアは、当初の予想よりも楽しい学園生活を送っていた。

 当初の予想よりもではあるが。


 護衛対象であるオスカー・オルド・ユーデクスとは、一度だけだが講師と生徒という関係で知り合っていた事もあり、挨拶は上々だった。

 向こうも馬鹿ではなかったし、それに魔術に多少興味があるらしく、そこら辺の話で関係も良好だ。

 また、オスカーが会長を務める生徒会メンバーとも、事前調査で知った彼らの好物などを『よろしく』という事で渡し、表面上ではあるが良好な関係を築けた。

 護衛ついでに生徒会書記になった事もあり、生徒会はレヴィアにとって羽は伸ばせないが、それでも少しは気が休まる場所になった。

 そして何より、何より、今世で初めての友達らしき友ができたのだ。

 ……いや、前世もふくめ……おっと誰か来たようだ。


「ねぇ、レヴィア様。どうやったらこの答えになるのですか?」

「ああ、それですか、マーガレット様。それはこれをこうして――」


 レヴィアに数学の問題について訊ねてきた美少女は、マーガレット・ハイリヒ・カタフィギア。

 艶やかな銀髪に全てを見通す澄んだ碧眼。長い銀のまつ毛に、スッと通った鼻筋、それにグロスを付けているかのように艶やかな唇。

 顔立ちは端整で可憐だ。

 身長はレヴィアよりも頭一個程度低く、女性らしい嫋やかな体つき。

 何より、慈悲にあふれた出で立ち。

 それだけではない。

 マーガレットは、神々に祝福された聖地、つまり星屑教会の総本山がある大国、カタフィギア聖国の聖女なのだ。

 つまり、このユーデスク王国の地位で考えれば、公爵くらいの力があり、また、彼女は祈りと豊穣の女神マーテルディアから啓示を受け取る存在。

 死に瀕した病人すら救う治癒法や、アンデッドやデーモンを祓う破邪法などが使える祈りと豊穣の女神マーテルディアの巫女なのだ。

 まぁ何故そんな彼女が、同じ南大陸の大国であるユーデスク王国の王国高等学園に留学しているかは置いといて……


「――こうすればこうなります」

「なるほど……ありがとうございます、レヴィア様」


 ……マーガレットはこう言っては何だが、レヴィアに釣り合っていた。本当に言い方が失礼であるが……


 深紅のヘアゴムで纏められた腰まである金髪に、端整で麗しい顔つき。身長はそこらの男子よりも高く、スタイルもいい。

 魔術師ではあるが、肉体は鍛えられていて、そして貴族社会で隙を作らないために身に付けた気品ある所作は騎士様だ。

 そして南大陸で二人といない魔術師ランクの最高峰である十三星魔術師であり、魔術侯爵――大八魔導士である。

 レヴィアはたちまち第二学年だけでなく、学園全体の令嬢の憧れの的になった。

 男には……普通にモテた。


 ……それ自体はレヴィアはいやだった。

 魔術大学に通っていた時も、男性にも、また女性に好かれる事が多く、魔術学園での女性の知人は全て自分を取り合って……まぁ色々とあり、友達を作れなかったのだ。

 年齢も合わなかったし。

 またレヴィア自身、前世の事もあり、また今世では大八魔導士になるまで周りに近づくなオーラを放っていたため、本人も友達を作り気はなかった。

 そしてそれは王国高等学園に編入した際もそう思っていた。


 のだが……


「ああ、何て素晴らしい光景なの!」

「いつ見ても美しいわ!」


 ……貴族の令嬢たちは飢えていた。

 何に?

 そりゃあお姫様と騎士様にだ。


 貴族間での結婚は大抵親戚縁者との縁強化の結婚か、もしくは政略結婚が主である。恋愛結婚も多少あるが、それでも利益がなければ結婚はないだろう。

 貴族の令嬢に生まれた彼女たちはそれ故、お伽噺や小説のように自分がお姫様になって王子様や騎士様と、純粋な恋愛結婚ができるなど到底思っていなかった。

 それにここにいる令嬢たちは成人したものだけである。十五歳になれば、神々の理と国の法により誰しもが成人になるのだ。

 そして成人なのだから、婚約者や配偶者がいる者が半数近くいる。

 ……半分ほどはいないのは、国の方では一応十五歳が成人なのだが、世間的な考えだと十八が成人だと考えられるからである。

 また、意外にも令嬢たちは自分の婚約や結婚に満足が言っている場合が多く、それ故に彼女たちは飢えていたのだ。

 お姫様と騎士様の恋愛物語にだ。


 ……大事な事なので二回言う。


 そしてそんな存在がいた。

 レヴィアとマーガレットである。

 かくして婚約者や配偶者がいる令嬢たちから恋愛対象ではなく、鑑賞対象として見られるようになった。

 また、婚約者や配偶者がいない令嬢たちもベストカップル的な、芸術的なカップルが目の前にいたら、恋愛というよりは憧れの対象として見るようになった。

 いつか自分にもあんな相手が……っていう感じである。

 そして男子は……普通に高嶺の花過ぎて、というかレヴィアのイケメンオーラにやられて失墜していった。


 だから、レヴィアは友達とはいかないまでも、同年代――肉体年齢だが――の女の子と会話を楽しむことができたのだ。

 それは、今までドロドロとした沼に引きずり込まれまくったレヴィアにとって嬉しい事であり、打算的ではあるが、マーガレットを大事にするようになった。

 そしてマーガレットも、友好的な態度でレヴィアに接するようになった。

 政治的にもレヴィアと仲良くして悪い事はなく、また、マーガレットにとってもレヴィアは釣り合っていたのである。

 何より、二人とも積極的に嘘が吐けず、また他人の嘘には敏感なのだ。

 レヴィアは言葉を操る魔術師であるから、マーガレットは祈りと豊穣の女神マーテルディアの言葉を伝える巫女であるから、言葉を感覚的に知っていなければならないのだ。

 そうして二人は友達といえるかどうかは分からないが、けれど政治的なやり取りで相手を疑う事も少なく、若いながらも力があり、高い地位にいる気苦労を知っているため、仲良くなった。

 そりゃあ、レヴィアが友なのかどうかと悩むくらいには仲良くなった。


 オスカーの護衛については、レヴィアが作った護衛兼監視用のゴーレムをコッソリ傍に付けているし、王国高等学園の学園長と話を付けて特殊な結界も張ったので、殆ど抜かりはない。

 それに学園内であれば、何かあっても一分も経たずに駆けつけられる経路やら魔術警備システムを構築した。

 護衛は殆ど完璧だと自負していた。

 また牽制の方は順調で、学園長の協力もあって第三王子派が多い一学年の確度の高い情報が手に入る様になり、問題なく対処ができていた。

 それに学園の授業は大八魔導士であるレヴィアにとっては簡単なものばかりで、苦労することもないし、クラスの派閥や学年の派閥と上手い具合の関係を構築したので現状は問題ない。


 ――不満やら妬みやらは多少は向けられていますが、それでも大八魔導士の権威の前では何もできないでしょう。

 そう思っていた。

 現時点ではそうだったし、よほど阿呆な貴族がいなければ問題はなかった。


 だからレヴィアにとって学園生活はとても美味い話だった。

 今世で初めてできたともいえる友と話をし、護衛の経費や報酬、何故か売り上げが上がった商会の稼ぎで魔術開発や魔術具開発に勤しむ。

 そして弟子であるエイミーに面倒な仕事、もとい課題を押し付ける。

 またエイミーの学園生活が始まって一週間たったが、エイミーから直接聞いた話だと平穏らしいし、第三王子の情報ついでに調べた情報でも問題ないらしい。

 ――グレイフクス大公爵の令嬢が籠りがちなのは気になりますが、それでもエイミーが私の弟子だと知られていませんし、協力者からも連絡はありませんので大丈夫でしょう。

 レヴィアはエイミーを自分の弟子だと公表していない。

 弟子を取ったとは公表したのだが、流石にあんな人間として終わっている存在を弟子として公表できなかった。

 魔術や魔力量のこともあるし……

 それに今はオスカーの護衛もあるので、それを理由に公表は二年後にしてもらったのだ。

 また、レヴィアはオスカーのようなゴーレムをエイミーに付けていない。

 何故なら、エイミーの実力や実態がまだ不確かなためである。


 ――少しだけ命の危機に陥れても魔術は使いませんでしたし……

 ここ二ヶ月間、レヴィアはあの手この手でエイミーの実力を図ろうとした。

 そして分かったのは、やはり『空欄の魔術師』だとわかる魔術、いや魔術術式分野――座学――の圧倒的なまでの天才性だった。

 大八魔導士にはオスカーの護衛のような特別任務に加え、通常任務、例えば今年の小麦の収穫予想や今年の気温による森の豊かさから動物の移動範囲を計算したりと、意外と地味な仕事が多くある。

 まぁだがこれは魔術術式を開発したり、改良したり、理解したりするには重要な、つまり数学や統計などの力なのだが……

 エイミーは超面倒臭いそれらの仕事を片手間でこなしていた。

 だが、しかし、魔術を使うところは見れなかった。

 ただ魔境にぶち込んだり、訓練と称してちょっと追い詰めてみたのだが、エイミーは魔術は使わなかったものの、戦闘能力が高いことが分かった。

 いっそ戦士と名乗ればいいのにと思いながら、しかしその戦闘技術は独学ではなくキチンとした基礎があり、誰に教わったのかが気になるところ。

 それに……


 ――何より言葉の全てが同じ熱量なのも気になります。嘘かどうかも分かりませんし、そもそも人であるなら言葉には重みがあるはずです。


 何よりも気になったのは、大八魔導士であり十三星魔術師である己の感覚。

 エイミーの全ての言葉の重みが殆ど同じであった事。

 初めてだった。魔術師として修練を重ね、上級魔術、つまり魔術言語顕れのことばをマスターしてから初めての事だった。

 なのに、明らかに前後関係やエイミーの挙動から嘘だと分かる言葉も、また本当だと分かる言葉も、同じ熱量だったのだ。

 レヴィアにとって不気味でしかなかった。

 それについて問い詰めようとしてものらりくらりと逃げられるし、直感的に無理やり訊ねてはいけないと感じ取っているので、今は放置している。

 

 ――まぁしかし、エイミーは意外に怖がりですし、貴族について脅したので問題は起こさないでしょう。

 レヴィアは楽観視していた。

 予想よりも楽しい学園生活に、そんな楽しい学園生活を送っているだけでお金が入ってくる。

 エイミーの事は気になるが、それでも人心はある程度分かったから、予測と対処は可能で、多少問題があっても大丈夫。

 ……転生してから初めて浮かれていたレヴィアであった。


 しかしそれは長く続かなかった。

 エイミーが王国高等学園に入学してから二週間少し経った放課後。

 レヴィアは浮かれていた事を後悔することになるのだが……


 しかし既に熾ってしまった種火を消すことはできなかった。



 Φ



「なぁなぁ楽しい?」

「……出戻りガエルが偉そうですねぇ?」


 王国高等学園の派閥に属さな……せない弱小貴族や平民、商人の女性が入る寮、緑月寮。

 その一室にいるエイミーは、白み始めた朝日を浴びながら、下着姿で姿見の前に立っていた。

 そんなエイミーの頭の上には、紅の紋様が描かれた真っ白のカエルがいた。

 そしてカエルが言葉を発したのである。

 しかしエイミーはそれに驚くこともなく、咎めるような口調でその白ガエルを頭から払った。


「おっと、久しぶりなのに酷いじゃないか」

「……ったく……はぁ、で、ラーナ、何かわかったです?」


 払われた白ガエル、ラーナはエイミーの目の前にある姿見の上に華麗に跳び乗ると、チャラチャラした声音でエイミーを責める。

 エイミーはそれに呆れた様子で、身体の筋肉の付きを確かめながら、半眼でラーナに訊ねる。


「んや。何にも。あ、だけど、ようやくあの騎士女にバレない隠蔽を開発したぞ」

「……ちっ、そのままバレてしまえば解放されるのに」

「ちょいちょい、ホントに酷いな」

「酷いも何もラーナの方が酷いんで。知ってる? 私のここ二ヶ月間。魔術が使えるかを確かめるためなのか、魔境にぶち込まれるわ、自分の仕事を課題と称して押し付けるわ……風呂には無理やり入れられるし、肌のケアとか煩いし……知らないよ、流行とか……はぁ」


 身体の隅々まで姿見で確認したエイミーは、次に姿見で己のポーズを確認しながら、ゆっくりとストレッチをしていく。

 足先から足首、脹脛から太もも、お尻に腰、背中から腹、胸に肩、腕に手首に手先、そして首のストレッチをした後、次にヨガのようなポーズをしていく。


「う……え、マジで……あのさ、えっと。もしかしてさ、あの騎士女、お前のそれ気にしなかったの?」

「……マジのマジです。陰気ババアの気配があったのに、です」

「えー! マジで!? じゃあ、俺っちのここ二ヶ月間はどうすんのさ!」


 ラーナが姿見の上で講義する様に跳ねる。

 エイミーは白けた目でそれを見ながら、上半身を逸らしていく。


「知らないよ。……まぁけど、ここにはあの陰気ババアの親玉の気配があったし、一応弱体化までした隠蔽偽装の価値はあったんじゃない?」

「……あ、確かに婆様の気配がある。……なら、まぁ結果オーライか」

「オーライじゃないよ。結局何も持ち帰ってないじゃん。大体こっちだって、小麦の収穫予想に、森の実りの予想とか頑張ったんですよ。結果問題なしです」

「まぁ俺っちも疫病とかも確かめたけど、井戸も川も清浄だったし、あのおっさんがでぃずぃーす……」

「ディズィースイーパー。ルーさんの方で疫病の発生源は無くしてるです。なのに……ったく、こんだけ手を尽くしてるのに不安だとか宣いやがってに」


 ヨガのポーズを一通り終えたエイミーは、昏い声音で恨み言を言いながら、最後に二度目の身体の確認を行う。


「だいたい、あの全裸ストーカを除いて大体が力を削られてるのに、何が起こるっていうんです? 引きこもりババアだから、脳がおかしくなったんです」


 そんなエイミーにラーナは舌を一瞬だけ出して、呆れたようにいった。


「あんま母さんの悪口言ってたら、またお尻叩かれるぞ」

「ふん、大丈夫ですよ。レヴィアの結界を利用して認識阻害とかしてるし。……ちっ、聖級魔術とか、ホント、妬ましい」

「……へぇ、騎士女の事気に入ってるんだ」

「……そんなんじゃないです」


 足先、足首、脹脛………………確認する。

 …………そしてエイミーは太ももから肩に至るまで刻まれている火傷痕に触れた後、白のシャツに黒のズボン、そしてダボっとした茶色のローブを羽織った。

 それから姿見の横に置いていた机の引出しを開け、白いバレッタを取り出し、それでセミロングの黒髪を纏める。

 

「でも、妬ましいって思ってるってことは尊敬してるんでしょ?」

「……魔術言語顕れのことばを軽々しく使える人がうらやましいだけです」


 そして己の周りに色彩豊かな十四の魔術陣を一瞬だけ浮かべた後。

 

「じゃあ、今日もダラダラ楽しみますか」

「頑張って~~」


 少しだけ悲しそうで、そして誇らしげな表情を浮かべ、昇りきった朝日が射す自室を出た。

 


 ……そして入学してから一週間経った今日。

 エイミーの人生は大きく変わっていく。

 神々であろうとそれを予知することはできなかっただろう。





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一話リンク

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