二話 疑いようもないクズ
「……ふむ。夢じゃろうか?」
「……そう願いたいですが」
閉まった扉を呆然と見つめていた二人は、惚けた声を漏らした。
しかし二人とも魔術師の頂点にして大八魔導士の一員である。
老人もそうだが、特に前世の記憶を持っているレヴィアは、本人の精神的な成熟性は置いといても経験だけは豊富だ。
なので二人とも直ぐに心を切り替え、冷静になり、再び扉を開いた。
そしてそこでは。
「びぇ~~~~。死っ、死ぬぅぅぅっ! ひぃっ!? ふぇえっ!?」
「チッ、ちょこまかと動きやがって! 潰れろっ!!」
床やソファーを這いずり回りながらもちょこまかと逃げるヤギ頭蓋骨の少女と、部屋全体に響き渡るような轟音を伴うグーパンでその少女を殴ろうとしている茶髪のメイドがいた。
元々はとても上品で美しい部屋だったのだろう。
しかし今は見る影もなく無惨になり果ててしまった。スラム街にある一室よりも酷いかもしれない。
「あ!」
と、床や壁に小さなクレータを作るメイドの拳から、這いずり回りながら紙一重で躱していた少女が仏頂面の老人と麗人に気が付く。
頭蓋骨を向けられた二人はメイドが放っている殺気もあって、アンデッドかと一瞬思ってしまい、体内の魔力を高めてしまうが落ち着かせる。
そして二人は、殺意ギンギンのメイドと確実に嘘泣きでであろう少女の仲裁へ入ろうとした。
が。
「『じゃんけん』……ぽい!」
「へ?」
しかしそれよりも早く少女が動いた。
壁に追い込まれた己を殴ろうとしたメイドに向かって右手を差し出し、じゃんけんと叫んだのだ。
そしたらあら不思議。
メイドは少女の掛け声に合わせてグーだった拳をチョキにしてしまう。そして少女はグーだった。
少女の勝ちである。
「勝利者命令。――これに書かれた文章を読み上げて!」
そして嬉しそうに左手をローブの内側に突っ込み、一枚の紙を取り出した。
鬼の形相のメイドの内心は、目の前の頭蓋骨を被ったクズを殺そうと怒り狂っているが、それに反して身体が勝手に動いてしまう。
差し出された紙を手に取り、そしてそこに書かれた文章を声に出して朗々と読み上げてしまったのだ。
「わ、私は『雷鳴の魔術師』、マーティー様に仕えるメイドでありながら、マーティー様の大切な客人に対して金品を盗むように脅し、またそれを隠すために客人を下手人へと仕立て上げようとしました。動機としましては、ぶっちゃけマーティー様が臭くて、あと私がこのいやらしく品のないデカ乳を使って誘っているのに手を出してこないため、鬱憤晴らしとしてやりました。ついでに同情してもらいあわよくばと考えていまし……た!?」
「という事なんです!! この部屋の惨状も、さっきのアレだって全てそこの阿婆擦れメイドが仕組んだことなんです。私は脅されただけですぅぅ!」
臭いならば誘わないだろうという矛盾は置いておいて、そういう事だと頭蓋骨の少女はマーティーに泣きつく。
指差し、泣き声を上げ、マーティーに縋りつく。自分が被害者であることを信じて疑わない三文芝居が目の前で行われている。
メイドは顔をあまりの怒りによって真っ赤にして、己の感情がオーバーフローしたせいで気絶してしまった。
がしかし、二人は動かなかった。
いや動けなかった。
――は? 何だあれは!? 精神干渉魔術ではない。あれはそんな生易しいものではない!?
レヴィアは焦る。目の前でヤギの頭蓋骨を被っているのに、「ここを殴られたんです。酷い痣があるのが見えますか!?」と阿呆な芝居をしている少女に対して最大の警戒をする。
常時発動型の解析魔術や探知魔術ではなく、同系統の強力な魔術を同時に幾つも展開していく。あと精神防御系の魔術を強固にする。
それは隣にいるマーティーも変わらない。
先程までの好々爺めいた老人の顔はなく、歴戦の、それこそ戦場で首を狩っていそうな程に殺気の籠った瞳で少女を見る。魔術を展開していく。
少女はそれに気が付いているのかいないのか分からないが、それでもずっと己の罪過を擦り付けている。
それを見て二人はさらに警戒を高めるが、しかし一つの事を思い出す。
そして落ち着くために、情報交換を始める。
「……マーティー殿。
「じゃが、星屑教会で再三確認したんじゃぞ。それに
また授かる
そして
「……騙されましたか?」
また、相手を支配するほどの力を持った
つまり、星屑教会に騙されたというわけだが……
「いや、司教じゃったからそれはあり得ん」
しかし信心深く、高位の恩寵法すらも使える司教は、人を騙しても嘘を吐いたりはしない。というかできない。
……誰かを騙すことは時と場合によっては善しとする教えもあり、しかし嘘を吐くという事は禁じられている。言葉という力が弱くなってしまうからだ。
そしてマーティーはそれを知っているから、確実にYesかNoで答えられる質問でキチンとした返答を得ているだろう。
それに魔術師であるマーティーは言葉を操る者だから、人の言葉に込められた熱量やらが感覚的にある程度分かってしまう。
つまり騙されたというのは考えづらく……
「となりますと、私のように強すぎたという事でしょうか?」
「そのようじゃな」
レヴィアは“記憶”という
司教が見た際に分かった力は、一度見たものや聞いたもの、自身の体の動きなどを忘れないということなのだが、しかしこれは“記憶”の力の一端でしかない。
というのも一度見たものや聞いたものを忘れないというのは、人間の精神構造上あり得ず、もしそれが起こった場合精神に異常をきたす。
故に、精神異常を防いでいる力があるのだ。
それは精神能力の強化。強い精神負荷に容易に耐えられるようになり、竜や精霊の精神干渉すら弾く精神防御を獲得している。
また情報処理能力と速度が常人よりも格段に高く、それによりレヴィアは魔術大国であるユーデスク王国ですら二人といない十三多重魔術術式の使い手である。
一度見たものや聞いたものを忘れないという力以上に、精神能力の強化は強すぎるのだ。
というか、たぶんだが精神能力強化が主な力で、“記憶”の方はそれの副産物ではないかとレヴィアは思っている。
まぁそれは置いといてあまりにも強すぎる
それはレヴィアだけに限った話ではなく、有名なお伽噺でもそういう話はあったりする。
なんでも
会話を始める前にその結論に達していた二人は、しかしながら会話によって己の精神を落ち着かせ、未だに三文芝居をしている少女を相手取れる準備が完了した。
そしてマーティーはレヴィアに目配せして、レヴィアはそれに従って一歩下がり、マーティーに指揮を任せる。
マーティーは己のローブの裾に縋りついている少女を見る。
そして懐に手を突っ込んだ。
「のぉエイミーや。一枚でどうじゃ?」
「…………三枚」
マーティーが取り出したのは小金貨一枚。少し貧乏な平民の給料一年分である。
びぃぃぇぇーー、と嘘泣き? をしていたエイミーはそれを見た瞬間にピタリと止まった。
いつでも戦闘ができるように態勢を整えていたレヴィアは、予想していなかったマーティーの行動に少しだけ目を見張る。
「二枚じゃ」
「……二枚と、大銀貨十五枚」
「……ふむ。ならお主の
ピタリと身体を動かさず、頭蓋骨の奥の黒い目でマーティーを見るエイミーに対し、マーティーは顎の髭を撫でながら右手に三枚の小金貨を出す。
瞬間、エイミーはそのマーティーの手にある小金貨を目にもとまらぬ早さで奪い取り、声を張り上げた。
「
つまり、五日に一回だけではあるが、ほぼ確実に相手に一つだけ命令を下せるという事である。
しかも身体を害する命令はできないがそれ以外は可能であり、悪い事に利用しようとすれば本当に悪い事に利用できる。例えば先程のようにない事をでっち上げたりすることなど。
二人の脳裏に様々な事が駆け巡る。
マーティーの頭には今起こっている政治戦争への利用すら思い浮かぶ。
「そして偉大なる大八魔導士であらせますマーティー様がいなくなった後、私はこの部屋の金品を物色し、そしてそこの牛女と口論。あんなくそでかおっぱいを持っているのが恨めしく、偉大なる大八魔導士であらせますマーティー様のお客人であることを使って甚振りました! 後悔も反省もしていません! とても楽しかったであります! 以上ですぅぅぅ!」
しかしそれをエイミーの怨嗟の言葉が遮る。
にしてもエイミーは成人した少女、つまり十五歳の少女の筈なのだが、背丈やダボっとしたローブから覗く首筋や手足から見るに高く見積もっても十三歳程度、低く見れば十歳くらいである。
まぁクズであるエイミーでも年頃の乙女である。
目の前でバルンバルンとメイド服を着ているのに胸を強調するメイドにムカついたのだろう。
それが容易に想像できるエイミーの怨嗟の声にレヴィアは少しだけ憐れむ。
前世のレヴィアはあまり身体が成長せず、それを揶揄される事も多々あったのだ。その苦しみは多少なりとも知っている。
まぁだがエイミーのクズっぷりを擁護するつもりはない。
大八魔導士に招かれた客人でありながら彼に仕えているメイドを甚振り、金品を盗もうとし、暴虐の限りを尽くし、果てには小金貨三枚をせしめ、堂々と自分のクズっぷりを述べる事を、どんなにそう思っていても普通はしない。
というか気持悪い声を出しながら小金貨三枚に頬ずりしているエイミーは、ヤギの頭蓋骨を被っているせいもあり、悪神の手先にしか見えない。
レヴィアは蔑んだ瞳をエイミーに向け、ずんずんとエイミーに近づいた。
己の最高傑作とも言える『魔術銃』を丸裸にし、改善までしてみせた天才に敬意と嫉妬を抱き、彼女に対して一種のライバル心を燃やしていたが、それが全て吹き飛んだ。
こんなクズに敬意を抱いていたのか、と屈辱によって腸が煮えくりかえる。
「ゴミ」
そしてその腐りきった根性を叩き押そうと思った。
そう思ってしまったのが運の尽き。
ここからレヴィアは波乱に巻き込まれていくのだが、もちろんそれを知る由もないレヴィアは、小金貨五枚に頬ずりしているエイミーが被っている頭蓋骨を掴み、思いっきりぶんどった。
「ひぇゃぁ。あ、あ、あ、あ、あ、ひぃっ、かえ、かえ、かえ」
「お前は今から私の弟子です。私の言葉は絶対です。いいですね」
そして現れた黒髪黒目の少女に精神干渉魔術で威圧を与える。
淡々と言葉を紡ぐレヴィアはとても怖い。麗人が凄むととても怖いのだ。
何処にでもいそうな平凡な少女は目端に涙を浮かべ、怯えた。
先程の堂々とした様子はなく、レヴィアを酷く畏れているようだった。
「返事はないのですか?」
「はいぃぃぃいぃぃぃいぃぃぃ!」
恐ろしいまでに麗しく美しいレヴィアの顔が悪魔に見えたらしく、エイミーはそう叫び声を上げ、そして気絶してしまった。
レヴィアとマーティーは溜息を吐いた。
先程の堂々としたクズっぷりを考えるとこの変わりようは少々頭が痛い。
「ふむ。よろしく頼むのじゃ、レヴィア」
そしてマーティーは投げやりな感じにレヴィアに視線を向ける。
というか確実に憐れんでいる。
「……ほんッとうに、本当にいやですが、流石にこれを野放しにするわけにはいきません。それにこの腐った根性も気に入りませんので、謹んでお受けいたします。ついでに、出自に裏、色々と吐かせましょう」
「うむ」
弟子にするのは監視の建前である。
「それでお願いがあるのですが」
「もちろん分かっておる。そちらも経費で落ちるのじゃ」
「なら安心いたしました」
そういってレヴィアは目をくるくると回しながら気絶しているエイミーの首根っこを掴むと引きずる様に部屋を出ていった。
それを見届けたマーティーは魔術でこの部屋を片づけ、メイドの介抱をした。
それはそうとして、マーティーは嘘でも自分によく仕えてくれていたメイドに臭いと言われ、もの凄く落ち込んでいた。
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一話リンク
https://kakuyomu.jp/works/16816927861503102923/episodes/16816927861503113596
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