第29.5話 美少女は言った「似た者同士かもね」
施設長室で幼少期の写真を見たと、優斗は日和に話した。
すると日和は大きな息を吐いた後、「まあ隠すことでもないか」とソファに座った。優斗は距離を開けてその隣に座り、少しばかりの後悔を胸に聞き手へ回る。
サルビアは児童養護施設だ。そこで暮らす子供にはそれぞれ何らかの辛い過去がある。今さながら軽い気持ちで聞いてよかったのかと迷いが生じた。
しかし、当の日和はためらいなく口を開く。
「私、親に捨てられたの。それでサルビアで育てられたって感じ」
そんな衝撃の過去を日和は眉一つ動かさず淡々と話した。
父親の顔を見たことがなく、母親は仕事で忙しく日和に構う時間がなかった。伝手があったサルビアに預けられ、しばらくは顔を合わせていたが、次第に離れていったという。
高校からは一人暮らしを始めて、バイトの形でうめの手伝いをするようになったらしい。
アイと出会ったのは、そうして働いていた日のこと。
それらを聞いて、日和の人付き合いの仕方とか、アイに入れ込む理由とか、様々なことに納得がいく気がした。
過去を吐露する日和の表情、声音は諦観している。
その中でアイが関係すると、優しさや愛情といった温かさが感じられた。
「だからアイには少しでもいい家族のもとで育ってほしいというか……」
「わかるよ、その気持ち」
優斗の言葉に日和が反応して、二人の目が合う。
「俺もあまりいい家庭で育ったとは言えないから」
今度は優斗が話す番だった。
カメラマンとして世界中を渡り歩く父親と、自由気ままで恋多き母親。
どちらも自分本位という点で馬が合ったのかもしれない。自分が一番で、相手が二番。その間に生まれた子供は三番目だ。
家族の時間はほんの僅かで、時間をかけて愛は失われていった。一瞬で燃え上がった熱はゆっくりと冷めて、やがては冷え切ってしまう。
両親が離婚してからは父親に親権を引き取られ、親戚の家に預けられた。そこで優斗は衣食住を与えられたが、居場所が与えられたとは言えなかった。居心地の悪い日々が続き、高校生になって一人暮らしを始めた。
二人の過去は違えど、優斗と日和が歩んできた道はそう違わない。
アイを大切する気持ちも理由もきっと近くて尊いものだ。
「そっか、相良さんにそんな過去が……」
背もたれに体重を預け、日和は天井を見上げる。
それから顔を斜めに傾けて、隣の優斗を見た。
「私、いい母親でいられてると思う?」
「うん」
優斗の即答に、日和は口元をもにょもにょと動かして顔を背けた。
アイには少しでも"いい"家族のもとで育ってほしい。
だからアイにとって"いい"母親でありたい。
そんな願いと想いは日和の言動から日々伝わっている。
そしてそれは優斗も同じだった。
「ああでも、天瀬は少しアイに甘すぎるかな」
「それを言ったら相良さんだって……昨日の夕方、こっそりお菓子あげてたの見たよ?」
痛いところを突かれて優斗が押し黙ると、日和が吹き出すように笑った。優斗もそれにつられて、堅苦しい空気が一気に弛緩する。
「……私たち、似た者同士かもね」
ひとしきり笑った後、日和はへらりと目尻を下げた。
その表情が優しくて、穏やかで、なにより可愛らしくて、思わず見惚れてしまった優斗の胸が密かに騒めき始める。
クラスメイトに対する一歩引いた態度とも、アイに対する慈愛に満ちた母親の顔とも違う、優斗だけに向けられる眼差し。それは不思議な心地よさを与えてくれるのと同時に、忙しなく鼓動が速くなる。
「そうだ、相良さん。週末って空けてるよね?」
「……へ?」
「なに、その間抜けな声」
昔話を終えてアイを迎えに行く準備をする間、呆けていた優斗に日和は怪訝な目を向けた。
「ほら、土日のどっちかアイと遊びに行こうって話してたじゃん。だからこれ」
差し出されたチケットを受け取り、優斗は二度頷く。
「いいね、アイが喜びそう」
「でしょ?」
二人はチケットをポケットに隠して、今頃友達と遊び疲れてるであろう愛娘を迎えに玄関を出た。
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