第30話 美少女は言った「だから殺されちゃったのね」


 コーヒーカップ、メリーゴーラウンド、ゴーカート、ミニジェットコースターなどなど。

 遊園地のメジャーなアトラクションを一通り楽しんだ後、三人は長い行列に並んでいた。

 ここまでもそれなりに長蛇の列を見てきたがそれの比ではない。スタッフが最後尾でプラカードを掲げていて、そこに示された待ち時間は軽く一時間を超える。

 

 これなら他のアトラクションに三回は乗れる。

 そう主張して離脱しようとしたのは日和だった。

 しかし反対意見を押し切って、アイは列に並びたがった。


 こうなると日和はしぶしぶアイに付き合うしかない。


「わくわくするぅ!」


 最前列が近づくたびにテンションが上がるアイとは裏腹に、このアトラクションに目途が立ってからずっと顔色が優れない少女がひとり。


「……本当に行くの?」

「いま列抜けたら並んだ時間が無駄だろ」


 優斗からの正論を、日和は面白くなさそうに受け取る。


 アイが興味を示したのは、ストーリー型のお化け屋敷だった。

 華やかな遊園地の外観にそぐわない異質な空間が、敷地の離れにポツンと広がっている。不気味な佇まいでそびえ立つ洋館はいかにも"でそう"な雰囲気だ。年季が立っているのか所々がひび割れ、錆びついているのが見てとれた。


「もしかして怖いのか?」

「……別に」

「怖いんだろ」

「怖くない」

「本当は?」

「……ちょっとだけ苦手」


 問い詰められて正直に吐露する日和に、優斗は苦笑する。

 

「早く言えばよかったのに。俺行ってくるから、出口で待っててもいいぞ」

「……ううん。一緒に行く」


 自分の袖をもう片方の手で握り、日和はあくまで気丈にかぶりを振った。


「あまり無理すんなよ」


 優斗が声をかけると今度はコクコクと頷いた。

 顔が強張っているあたり、ちょっとどころかかなり苦手なのが窺える。

 

「パパ、ママ、つぎだよつぎ!」

 

 アイは能天気に笑顔で手招きをした。

 その対照的な反応に思わず優斗も笑ってしまう。

  

 幼い子供こそ幽霊やお化けといった未知の存在に対して恐れを抱きそうだが、アイはむしろ楽しんでいる節がある。絵本の世界のフィクションと捉えているのか、特に恐怖心は感じていない様子だ。

 優斗もホラーには耐性があるほうで、理論武装して存在そのものを否定するタイプだった。日和はその逆、否定しきれずに怖がってしまうタイプだろう。


「三名様のご来館ですね」


 スタッフに案内されて先へ進むと、不敵な笑みを浮かべる受付嬢が三人を迎え入れた。


 それからこの洋館の歴史が語られる。


 簡単に要約すれば、志半ばで殺された主人の怨念によって呪いが蔓延はびこる館内ヘ迷い込んだ来客者。どこかに眠っている財宝を見つけ出してから無事に脱出せよ、というストーリーだ。

 

「それでは皆様、お気をつけて」


 含みのある言葉を合図にして、重苦しい扉が勝手に開く。


「じどうドアだ!」


 おそらくそういうことではないはずだが、アイは無邪気に洋館へと足を踏み入れた。


「ほら、行くぞ」

「う、うん」


 尻込みをする日和を促して、優斗たちも後に続く。


 館内の構造は二階建てで、決められたルートを進む形となっている。

 等間隔に照明があるものの薄暗く、ときに点滅していまにも消えてしまいそうだ。

 

「まずはここか」


 いくつかの部屋を訪れる必要があるらしく、最初に指定されたのは客間だった。

 

「……アイ。手、繋ご」

「ん、いいよ?」


 母親に求められ、アイは差し出された手を握り返す。


「おー……作りこまれてるな」


 優斗が扉を開いて中へ入ると、煌びやかなシャンデリアの下で西洋風の内装が広がっていた。

 アンティークなソファと木目が味を出すテーブルを中心に、家具のひとつひとつが統一感を持っている。壁面にはいくつかの名画が飾られていて、一昔前の貴族の部屋といった様相だ。


「ごうかなおへやだね」

「アイも住みたい?」

「うーん。アイはいまのいえがいい」


 日和はアイとの会話で気を紛らわしてるようだった。

 とはいえ今のところは洋館を散策しているだけ。お化けが現れる気配はなく、優斗としては拍子抜けだ。

 

「……机の上、なんかあるな」


 各部屋に一つ、財宝の在処ありかを示すヒントがあると受付嬢から聞いている。

 アトラクションの性質上なのか、随分とわかりやすい位置にそれっぽい白い紙が置いてあった。


「えーっと……は、が、に、めるべく?」

「地球を我が手中に収めるべく、だね」


 漢字が読めないアイがひらがなだけを読み上げ、日和がそれを補完する。


 万年筆のような筆跡で書かれていたのは、この洋館の主人が世界を我が物にしようと企む内容。お目当ての財宝は強力な兵器を買い占めるための資産になるはずだったらしい。


「だから殺されちゃったのね」

「展開を読むのが早い」


 あまりにもスムーズに進むので慣れてきたのか、日和はいつもの調子を取り戻していた。


 そういった油断を巧みに利用するのが醍醐味だと知らずに。


「……我が計画は永遠なり」


 突如どこからか厳かな声がして、日和は一瞬のうちに身を縮めた。


「パパしゃべった?」

「いや、知らない人だと思う」

「じゃあだれのこえ?」

「さあ。先に進めばわかるかも」


 答えを察している優斗がそれとなく誘導すると、アイの瞳に好奇心が灯った。


「アイさがしにいく!」


 たくましい言葉とともに、アイは客間の出口へと向かう。強制的に追随することになったのは手を繋いでいる日和だ。


「も、もう行くの?」

「だってあの人、にげちゃうかも」

「……逃げてもいいんじゃないかな」

「だめー」

「ダメかぁ……」


 がっくりと肩を落とす日和にさらなる災難が重なる。


「……ふあっ!?」


 日和が意味不明な声を出したきっかけは、廊下を歩いているうちに窓が割れる音がしたからだ。

 ついでに優斗の肩も少しだけ跳ねる。ホラーに苦手意識がないとはいえ、こういった驚かせる系のギミックは回避しようがない。

 

「まどだいじょうぶかな」


 唯一、アイだけが見当違いな感想を浮かべていた。

 

 その後も日和の叫び声は続く。


 寝室のベッドで朽ちた死体を見たり。遊技場で化物に追いかけられたり。食卓で怪奇現象に襲われたり。


「……もうやだ」


 最後の部屋に辿り着いた頃には、日和はぐったりと疲労していた。 

 

「あけていい?」

 

 アイが確認するのを、優斗が頷いて答える。


「……ほんがいっぱい」


 その言葉通り、扉の先の部屋一面に本棚が並んでいた。

 最終地点は書斎のようで、難しそうで古めかしいタイトルばかりが目に付く。


「おじさんいないね」


 いつの間にかおじさん呼ばわりされている洋館の主人は未だ姿を見せない。


「おじさんはいないけど、財宝はあるかも」

「でもほんばっかりだよ?」

「きっとどこかに隠されてるんだよ」

 

 優斗がそう言うと、アイの目がキラキラと輝いた。

 ただこのアトラクション自体は子供向けの内容ではなく、与えられたヒントから答えを導くのは難しい。


「天瀬、答えわかるか?」

「……まあ、予想はつく」


 お宝を探して本棚をグルグルと回るアイを見守りながら、優斗と日和は答え合わせをする。


「そっちは?」

「多分、天瀬と同じだよ」


 二人は手分けして本のタイトルをひとつひとつ確認し、やがて目当ての一冊を見つけた。


 これまでのヒントはそれぞれ小説の題名と位置関係を暗示する内容が書かれており、たとえば最初の"地球を我が手中に収めるべく"は地球を支配下に置くという意味にとれる。つまりは地球を冠するタイトルの上。他のヒントも照らし合わせれば一冊の本に辿り着く。


「アイ、こっちこっち」


 日和に呼ばれて、アイはすぐに駆け付けた。


「この本、押してみて」

「これ?」

「そうそう。ぐいっと……おーっ」


 案の定、正解を引き当てたようで、機械仕掛けのギミックが動き出す。

 本棚が自動で横にスライドしていき、隠されていた一本道が出現した。


「すごいすごい!」


 これにはアイだけではなく優斗と日和も心が躍り、緊張感も薄れていく。

 憎らしくもこのお化け屋敷を企画した側からすれば手のひらの上で踊らされているわけだ。


「……おじさんもざいほうもどこ?」


 隠し通路の先でアイは首を捻った。

 禍々しい空気の部屋には財宝どころか明かりひとつない。

 その代わり、明らかに怪しい棺桶が中心に置かれている。


「ねえ、あれって……」

「まあそういうことだな」


 日和が青ざめるよりも先に、重々しい蓋がひとりでに開く。


「盗人に渡す財宝などあるものか……貴様らはここで消えるがいい!」


 満を持して、屋敷の主人の亡霊が姿を現した。

 敵対心丸出しで襲い掛かろうとしているが、そのスピードはゾンビのようにゆっくりで追いつかれる心配はない。しかし妙な迫力と雰囲気があり、辺りの環境と相まって恐怖心を煽る。


「おじさんだ、にげろー!」


 ここにきてまだ心に余裕のあるアイは、キャッキャッと楽しそうに出口へと走り出した。

 

「ちょっ、先に行かないで!」


 一方で残された日和は繋いでいた手が空を切り、露骨に焦りが顔に出る。

 

「どうしよ、あいつこっちに来てる」


 動きが遅いので安全が確保されている、と落ち着いて考えられるほど頭が働いていないのだろう。パニック状態に陥っている日和は無意識に庇護欲を掻き立てた。普段が冷静沈着な分、意外と可愛らしい一面が際立つ。


「袖握ってろ」

「……ん」

「まずは落ち着け。歩いても俺らのほうが早い」

「……うん」


 すっかりとしおらしくなった日和を先導しながら、優斗は出口に向かう。

 背後を歩く日和の顔は伺えないので、安心しているのか、まだ怖がっているのか、羞恥心に悶えているのか判別がつかない。

 唯一、優斗が確認できたのは、「ありがとう」という消え入りそうなお礼の言葉だ。


「おばけやしきたのしかったー!」


 まだまだ元気いっぱいのアイは、次のアトラクションで遊ぶべく園内マップを開く。


 結局、日和は平常心に戻るまでしばらくは優斗の袖を握っていた。


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