第29話 幼女は言った「ゆうえんちだー!」


 一か月の共同生活。

 その最後の週末に、三人はとある場所を訪れていた。


「ゆうえんちだー!」


 両手を高らかに突き上げて、アイはそう宣言する。

 今日は水玉模様のシャツの上からデニム生地のオーバーオールを着ており、一挙手一投足が動きやすそうにのびのびとしていた。ショートカットの黒髪にはもちろん青色の蝶々が留まっている。外出時には必ず着用するお気に入りの髪飾りだ。

 

 デジャブを感じるのは、動物園に遊びに行った際と状況がそう変わらないからか。


「あまり遠くまで行かないでよー」

「はーいっ!」


 元気よく先走る子供と、その背中に向かって言葉をかける母親。この構図もどこか既視感があった。


「今からあんなにはしゃいじゃって……帰るときにはぐっすりコースかな」


 呆れたように笑う日和は雲間から覗く太陽の光を手で遮る。五月の下旬とあってじりじりと蒸し暑いが、ときどき吹き込むそよ風が束の間の爽涼感を与えた。

 

 今回も日和はカジュアルなコーデに身を包んでいる一方で、普段よりもフェミニンに大人っぽく纏まっている。

 その一因が鮮やかな淡いブルーのオフショルダーだ。首元から肩まで白い肌が露になり、目のやり場に困ってしまう。ボトムスは黒のスキニーが長くて細い足を主張し、スラリと伸びるモデル級のスタイルを惜しげもなく披露していた。

 

 アイに振り回されるからとヒールではなくスニーカーを選び、動き回って失くすと困るからとアクセサリー類は身に着けていない。そういった取り除いた要素を抜きにしても、隣を歩く日和は人目を惹く美しさをしていた。


「……どうしたの?」

「いや……懐かしいなと思って」


 つい日和に見惚れていたと言えるはずがなく、優斗は適当に話を逸らす。

 

「この遊園地、来たことあるんだっけ」

「小さい頃に一度。ちょうどアイくらいの年だった気がする」

「へえ……じゃあ色々と思い出すかもね」


 日和はアイから目を離さないように努めながらも、一瞬だけ優斗に視線を送った。その瞳には今まで秘められていた淡い期待と強い願望が込められている。

 

――あまりいい記憶がないんだよな……。


 優斗は優斗で思うところがあり、入場ゲートの外から確認できるアトラクションの数々を眺めた。


 急降下急上昇一回転と園内を駆け巡るジェットコースター。天から地へと垂直落下して重力を一心に受けるフリーフォール。それから、ゆっくりと循環しながら辺りの景色を一望できる観覧車。


 絶叫系を始めとした一部のアトラクションは身長制限が付き物だ。しかしこの遊園地は子供用のアトラクションが豊富に設営されているので、アイにも楽しめるよう配慮がなされている。


 提案者は日和で、あらかじめ計画を立てていたらしい。

 

 前日になっていきなり誘われた側からすれば驚きだが、アイと遠出する最後の機会としてはもってこいの場所だ。


「パパきて! あれとってほしい!」


 アイはアトラクションに乗る前からテンションが高く、今もぴょんぴょんと跳ねて人だかりを指さしている。目に入るもの全てが楽しくて仕方ないのだろう。まだ園内に入場すらしていないというのに、体力を使い果たさないか心配だった。


「呼ばれてるよ」


 日和に背中を押されて、優斗はアイの近くまで早歩きする。その首元にはしっかりとカメラが下げられていた。

 ここ一か月ですっかり手に馴染むようになったフォルムは、埃を被っていたのが嘘のように光沢を放っている。


「で、それはなんだ」

「マスコットのネズミーだよ」

「ほぼネズミじゃねえか」


 知らない間に定着したマスコットキャラクターの着ぐるみとツーショットを撮ったアイは、見せて見せてとせがんできた。

 優斗はしゃがんで目線を合わせてやると、カメラを操作して写真を映し出す。


「おー、上手く撮れてるじゃん」


 後ろから追いついた日和が覗き込み、無難な誉め言葉を呟いた。


 実際、優斗のカメラの腕は着実に上達していた。単純に数をこなしているが故の成長もあるが、暇な時間があれば解説動画やサイトなどを漁っているのも大きい。


 明るさや色を変えたり、シャッタースピードを調整したり、焦点とボケ具合にひと工夫を加えたり。

 素人ながら前と比べて明らかに味のある写真が撮れるようになった。


「きょうはいっぱい写真とってね」


 アイもご満悦のようで、その笑顔を収めるために優斗はカメラを握り直す。


「アイはどのアトラクションに乗りたい?」

「ぜんぶ!」

「全部かー。時間と体力、どっちが先に足りなくなるだろ」


 園内マップを前にして、アイと日和は仲良く手を繋ぐ。

 そんな二人の後姿を優斗はこっそりとレンズに映した。

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