第15話 爽やかモテ男は言った「まさかお前、子供が……」


 サルビアでの生活が始まったが、一日の過ごし方は大して変わらない。

 朝起きて、学校に行き、自宅に帰る。そこに家族がいるかいないかだ。


 具体的にスケジュール化するとより明確になる。


 朝六時半頃、アイに起こされて早めに起床。朝ご飯は日和が作ってくれている。今朝のメニューは白米、目玉焼き、ベーコンサラダに豆腐の味噌汁。時間がないときはトーストで済ませるが、普段は白米が中心と聞いた。日和はすっかり早起きが習慣づいてしまったようで、朝ご飯係はお言葉に甘えて任せてしまった。優斗は夜ご飯を交代制で担当することになっている。


 それからそれぞれ支度をして、うめを始めとするサルビアの大人にアイを預けてから、成り行きで一緒に登校。電車内では優斗がスマホを弄り、日和は読書をして片道三十分を過ごす。学校の最寄り駅が近くと、どちらからともなく距離を取り、何食わぬ顔で昇降口に向かった。

 これは二人の関係を隠し通すための配慮だ。子供がいて同棲しているなど、他の生徒に口が裂けても言えない。深い理由があるとはいえ、字面だけ見れば先生に呼び出されても文句は言えない。


 学校では他人、サルビアでは夫婦。二人でそう決めた。


 放課後はアイのお迎え。そのまま遊ぶのか、散歩しに行くのか、部屋に帰るのかはアイの一存による。

 夜ご飯、入浴、歯磨き、就寝さえ押さえれば、あとは基本的にその時の気分次第らしい。


 現在、時刻は十二時前。

 優斗は四時間目、体育の授業を受けていた。


 体育館をネットで半分に分けて、男子はバスケ、女子はバレーを習う。

 今は練習を終えて、お楽しみのゲームを行っている最中だ。しかしルール上、生徒全員がコート立つことはできない。優斗のチームはすでに試合を終えて、コートの外で観戦に回っている。


――腹減った。


 しっかり朝ご飯を食べたとはいえ、育ち盛りの高校生はすぐに消化してしまう。運動後となればなおさらだ。

 暇な時間を持て余して、優斗はぼーっと奥側のコートを眺めた。


 素人同士のバレーはラリーを続けることすら難しいのだが、数人のバレー部が上手くローテーションして試合を回している。

 その中で特に目立ってたのは、バレー部ではなく素人だった。


「トス上げるよー!」

「天瀬さん、任せた!」


 チームメイトがボールを繋ぎ、ふわりとボールが弧を描く。最高地点に到達して、重力が働くその瞬間。名前を呼ばれた女子生徒は軽やかにジャンプして、華麗なフォームでスパイクを決めた。コースは甘いが、力強い一撃。相手チームのバレー部が手を伸ばすが間に合わない。そこで審判の笛が鳴り、ゲームセットになった。


「天瀬さんナイス!」

「今のスパイクかっこよかったねー」

「うちの部活入ってよ、絶対センスあるよ」


 試合を決めたエースをチームメイトが囲む。


「……ありがとう。でも部活はいいかな」


 日和は上っ面の微笑みを浮かべてお礼を言った。

 それから早めに輪を抜けて、鋭いサーブを撃つ。


――そりゃ絡みづらいよな。


 バレー部の女の子が肩を落としているのを、気の毒に思う。

 日和とお近づきになりたい生徒は多い。しかしそのたびに空回りしていた。

 本人に悪気はないのだろうが、どうしても壁を感じてしまう。


「天瀬さん活躍してるねえ」


 知らぬ間に、透が近づいて隣に座った。

 優斗の目線を追ったのか、女子バレーの観戦者が増える。


「試合はどうした」

「今終わった。俺のスリーポイントシュート見てなかったろ」

「あー、ハーフラインから上手投げで入れたやつね」

「全然違うから。そんなスーパープレイしてねえよ」


 脇を小突かれて、二人で軽く笑う。


「どっちが勝つと思う?」

「……天瀬のチームじゃね」


 そう言っている間に、また日和はスパイクを打つ。

 しかし透の視線は相手チームに注がれていた。


「いや、俺はあいつに賭けるね」


 ドンっ、と鈍い音がする。


「どっしゃーい!」


 続いて威勢のいい声が体育館に響いた。

 渾身のスパイクを受け止められ、日和は目を丸くする。


「へいっ、私に頂戴!」


 レシーブから素早く助走を決めた小柄な女子生徒が、宙に浮いたボールを捉える。


「ウルトラスーパーアターック!」


 小学生レベルの技名とともに、コートの真ん中をスパイクが切り裂いた。


「いよっしゃー!」

「ナイスキー! 美羅っちやるぅ!」

「ちっこいのによく飛ぶねえ」

「ちっこいは余計だ!」

 

 試合は日和と美羅の素人対決の様相を呈していた。

 バレー部はあくまで補助的な役割に徹している。

 互いのスパイクの応酬が続き、いつしか男子もバスケそっちのけで別コートを見る。


「……あっ」


 結果として、美羅が特大ホームランスパイクを打って、自滅する形で決着がついた。


「ゆうとぉ、とおるぅ……バレー難しいよお……」


 昼休みに泣きついてきた美羅を適当に慰めながら、三人で昼ご飯を食べる。

 ふと視線を日和に送ると、ちょうどスクールバッグからお弁当を取り出していた。


「おー? 優斗の弁当、なんかいつもと違うな」


 目ざとく異変に気付いたのは透だった。


 量重視で肉を中心とした優斗手製のお弁当とは打って変わって、今日のラインナップはヘルシー志向になっている。冷凍商品やお惣菜の類も少なく、緑が豊富で彩りも考えられた内容だ。お弁当箱は同じでも、こうも中身が違えば違和感を覚えてもおかしくない。


「本当だ。優斗、女子力に目覚めた感じ?」

「……最近、食生活変えたんだよ」

「へー、いいことじゃん。俺も見習おうかな」


 適当に答えていれば、すぐに話は流れた。


 この教室に、同じお弁当を食べている生徒がいることには誰も気付かない。


――念のため、微妙に中身を変えたほうがよさそうだな。


 今朝、日和に持たされたお弁当に箸を伸ばす。

 頬張った卵焼きは甘くて優しい味がした。


「そういや二人に聞きたいことあるんだけど」


 明日から始まるゴールデンウィークの話に乗じて、優斗は口を挟む。

 美羅と透は部活で忙しいらしく、休みが欲しいと文句を言っていた。


「五歳くらいの女の子が好きそうな遊び場ってある?」


 そんな質問にしばらく答えは返ってこなかった。


「まさかお前、子供が……」

「……どこの誰と?」


 透は手で口を塞いで驚きを隠せないといった顔をする。一方で美羅は目を細めて表情を固くした。

 明らかに大げさに冗談っぽくリアクションをする透とは違い、なぜだか美羅からは本気で追及しかねない視線を感じる。いつだって天真爛漫で愛嬌いっぱいな分、ふとした瞬間にスイッチが入ると恐ろしい。


「言っとくけど親戚に聞かれただけだから」

「……なーんだ、てっきり……」

  

 それ以上は言わず、美羅はうつむいて顔を赤らめた。

 珍しくもじもじとしおらしくしているので、ギャップの激しさに戸惑ってしまう。

 その様子に首を傾げる優斗と、小さなため息をつく透。


「ゆ、遊園地とかいいんじゃないかなー!」

 

 すぐに気を取り直して、美羅は口を開いた。

 まだ薄っすら赤い頬をかきながら、照れくさそうに候補を挙げる。


「それは考えたんだけど、身長制限が厳しいかも」

「あー、確かに。俺も昔、ジェットコースター乗れなくて泣いたらしい」

「そのエピソードおもろいな。恐れ知らずなのにちゃんとガキっぽい」

「へーぇ、透も泣くんだ」

「俺をなんだと思ってる?」


 すぐに騒がしい昼休みが戻ってきた。

 明日に控えたゴールデンウィークに向けて、学校全体が活気に満ちている。

 部活動を練習で埋まっている生徒、友達と遊ぶ計画を立てる生徒、ひたすら自宅でのんびりする生徒。それぞれの予定があり、なかには家族で出かける生徒だっている。


――アイが喜びそうな場所……。


 あまりにも優斗が真剣に考えているので、透も美羅も協力を惜しまなかった。

 スマホで調べながら意見を出し合い、時には思い出話を挟む。

 そしてとある一か所に目途が立ち、五時間目のチャイムが鳴った。


 

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