第14話 美少女は言った「私のこと見てるんだ」
うめから話を聞き終えて、お風呂から上がるとすでにアイは眠っていた。
「アイが遊びたがってたよ」
「俺と?」
「他に誰がいるの」
ソファで雑誌を読んでいた日和が苦笑する。
女子高校生らしくファッション関係かと思いきや、表紙には多数の観光スポットが並んでいた。
こうしてアイを寝かせた後、ようやく自由時間が訪れるらしい。学校の予習復習、課題があれば子供部屋の勉強机へ。優斗はベランダのテーブルを使っていいと言われている。
他にも趣味や暇つぶしに時間を使うなら、寝室以外で静かにと教えられた。
その他にも朝支度は日和とアイが寝室、優斗は子供部屋。学校帰りはそれぞれ空いている場所で着替るなど、細かい決め事は今日中に確認を終えている。
「明後日からゴールデンウィークでしょ? アイをどこかに連れて行こうと思って」
優斗の目線に気付いた日和が疑問を先読みして答える。
「いいとこあった?」
「いくつか候補は見つけた。あとはアイに選んでもらう」
「この丸がついてるやつか」
「そう。遊園地とか、水族館とか」
「いいじゃん。どこも子供が好きそう」
日和の隣に座って、雑誌をのぞき込む。
ひとり分の距離は空けていたが、微かに漂う甘い香りが気になってもう半歩分座りなおした。お風呂上がりのクラスメイトは昨夜目にしているのに見慣れない。
思えばボディーソープは共用なので、優斗からも同じ匂いがすることになる。
今さらながら共同生活の実感がわいてきて、横目に映る美少女を不思議な気持ちで眺めた。
「なに?」
すぐに視線に気づかれて、優斗は話を変えてごまかす。
「それって俺も行ったほうがいいよな」
「もちろん一緒がいいと思うけど……予定あるの?」
「いや……」
歯切れの悪い答えに、日和から怪訝な顔をされる。
先ほどの「なに?」よりも、傾げた首の角度が急だ。
「外でパパって呼ばれるの、恥ずいっていうか」
「なんだ、そんなこと」
「そんなことって、天瀬だって気にしてたろ」
公園で見かけた際に、ママ呼びを注意していたのは記憶に新しい。
三人で外出をするのはいいとして、人の目が気になるのはどうしようもない。
私服を着ていたとしても、高校生が大人びるのに限度がある。そんな状況で五歳児に「パパ」だの「ママ」だの呼ばれたら、周囲から懐疑的な視線を浴びるに決まっていた。
「もう諦めた。名前で呼んでって言っても聞かないの」
「マジか……知り合いとかに会ったらどうしよ」
「うまくごまかせればいんだけどね。ごまかせなかった例もあるし」
前例はまさに今、ここにある。
「……そもそも俺らって、家族に見えるのかな」
「見えないんじゃない? 血が繋がってないから似てないし。高校生で子連れは無理あるよ」
意外とドライな考え方をする日和に、優斗は少し驚きを覚えた。
日和の世界はアイを中心に回っているように思えたが、盲目的に親子関係を続けているとも違う。現実を直視して、現状を理解している言いようだった。
「でも大事なのは見てくれじゃない。私たちが互いを家族だと思っていればそれでいいのよ」
なんとなく、うめが言いそうだなと優斗は感じた。
日和もまた、サルビアの花言葉を受け継いでいるのかもしれない。
「相良さん少し前にずれて」
「ん?」
「もうちょっと……そう、それくらい」
日和の考え方に感心する暇なく、言われた通りに身体を動かす。
ソファの背もたれと背中にスペースが空いて、自然と猫背になる。前かがみのほうが姿勢が楽だからだ。
「……よっ」
「よっ、じゃないんだよ。なにするつもりだ」
優斗がぎょっとして立ち上がる。
いきなりソファに足を乗せた日和は、優斗の背後に正座して収まったのだ。
「肩たたきしようと思って」
「あれ冗談のつもりだったのに」
「お礼はお礼だから。ちゃんと受けとって」
「……じゃあお願いするわ」
もといた場所に座ると、肩に小さな衝撃が加わる。
とん、とん、と交互にリズムよく、握り拳が優斗の両肩を叩いた。
「痛くない?」
「全然。むしろ弱いくらい」
「えー、これ力入れてるつもりなんだけど」
日和は力加減を強くしてみたが手ごたえはない。
気まぐれで叩くから揉むに変えると優斗がいい反応をしたので、そちらに切り替えながら一生懸命手を動かしていた。
その間、手だけでなく口もよく動く。今日ここに来るまでの道中と同じように、他愛のない質問が続いた。
「今日はよく喋るんだな」
「普段は喋らないみたいに言うね」
「だってそうだろ。学校じゃ笑うことだって少ないし」
「はーん? 相良さんって結構、私のこと見てるんだ」
「……後ろの席だから、よく目に入るんだよ」
適当に言い訳をするも、なぜか日和は嬉しそうにからかってくる。
「まあ確かに。学校じゃあまり喋らないし、笑わないかも」
「ほらな。アイの前とは大違いだ……もしかして、あの子のために友達付き合いを控えているのか?」
「アイは関係ないよ。私がそうしてるだけ」
背中越しなので表情は見えないが、明らかに声が暗くなった。
興味本位で聞いてしまったのは失敗だった。なんらかの地雷を踏んでしまったのは間違いないだろう。
それ以上は話せる雰囲気ではなく、優斗は押し黙る。
「さっきの話だけど、私と相良さんもここでは家族だから」
気まずい沈黙を破ったのは日和だった。
「相良さんのこと、少しでも知ろうと思ったんだよ」
とん、とん、と優しい力が肩を叩く。
今日一日、日和がやけに話しかけてきた理由に合点がいった。
それと同時に、まだ偏見を持っていたと反省する。
学校での日和とサルビアでの日和。
どちらが素に近いのかはこの際関係ない。
今この場で、日和は優斗に歩み寄ってくれているのだ。
家族として、お互いを理解しようと努めている。
奇しくも優斗は似た考えを持っていた。
「そうだな。俺もそう思う」
うめはこういった思考の類似性を見抜いて息が合うと言っていたのだとしたら恐ろしい。
しかしこの後の言葉は、いかに似た考えを持っていたとしても予想外だった。
「だから……これからよろしくね、パパ」
思わぬ一言に振り返ると、日和は勢いよく顔を逸らした。その頬は横を向いただけでは隠せないほど真っ赤に染まっている。普段はクールな表情が崩れない分、羞恥心が表情に出やすいのかもしれない。
そしてそれは優斗にも当てはまることであり、鏡を見なくとも自分が日和と同じ色をしていると理解できた。
いつの間にか肩に触れる手は止まっている。
再び訪れた静寂を今度は優斗が破る番だった。
「こちらこそよろしく……ママ」
さらに顔が熱くなるのを、前かがみになって隠そうとする。
背後に座っている日和はどんな表情をしているのだろうか。
まだ互いに言葉にしていなかった呼び名をいざ口にすると恥ずかしくて仕方ない。
パパとママ。
二人して羞恥心に悶える形で、共同生活一日目は幕を閉じた。
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