第10話 真相
※
あれから三日が経った。
喫茶店『クロスロード』のいつものボックス席でアイスコーヒーを飲んでいると、向かいに黒エプロン姿の樋渡が座ってきたので、テーブルに置いていたスマホを手に持った。
「あの後、大変だったみたいだね。でも錦戸が捕まって、良かったじゃないか」
「報告が遅れてすみません。樋渡さんのおかげで、最悪な結果は回避できました」
あの日、パトカーで病院へ向かう途中、麻生刑事に錦戸犯人説を話したが、まったく相手にされなかった。それならばと、警察署にいる岸上に、事務室で錦戸店長からネクタイを締め直せと言われたかどうか確かめてほしいとお願いしたところ、渋々ながら確認してくれた。
結果は郡司の言ったとおりで、そこから麻生刑事も錦戸を疑うようになった。
悠璃が入院している特別室に郡司たちが着くと、面会謝絶のはずなのに、部屋の中に錦戸が立っていた。
錦戸は、手に持ったビニール袋で悠璃の鼻と口を塞いでいた。
すぐに麻生刑事が錦戸を取り押さえ、事なきを得たというわけである。
取調室での錦戸の証言は次のとおりだ。
錦戸と美樹本は同性愛者で、美樹本をアルバイトに採用したときに付き合い始めた。
バンドに打ち込んでいる美樹本に惚れ込み、金銭面の支援をしていたところ、日に日にその額が大きくなっていった。
美樹本に嫌われたくない一心で、なんとかお金を工面していたが、すぐに消費者金融から借金をするようになり、それでは足りず、いつしかヤミ金にまで手を出すようになってしまった。
錦戸が休みの日に、バイト中の美樹本がわざわざ電話をかけてきたから何事かと思ったら、「店の金、持って行くわ」と言って、電話を切られたこともあった。
美樹本とは別れたくなかったから、自分は必要とされているのだと思って我慢してきた。しかし、土曜日に受けた電話で、それが幻想であることを悟った。
ポスターをねだる御神楽悠璃に「倉庫にあるから持っていけ」と伝えた直後、美樹本から電話があった。ライブのリハーサル中だという美樹本は、まとまった金が必要になったと言い出した。次回のライブの遠征費ということだが、遊び代がほしいだけだということは、これまでの経験で分かっていた。
遊びのためのお金はもうないと伝え、「御神楽くんから報告があった。もう店の金庫からお金を取るのは止めてくれ」と言った。
美樹本は全く反省せず、「悠璃から貰った方が良かったか?」と笑うばかりだったので、「そういえば、御神楽くんにちょっかいかけてるなんて噂があるけど、実際どうなんだ」と聞いたところ、急に不愉快な声になり、「何? 俺を縛りつける気?」と言い、悪びれることなくこう続けた。
「悠璃には、俺の女になれって言ったよ。俺、女もいけっから。そしたらあいつ、付き合ってる人がいるんでしょって言ってくんだよ。物欲しそうな顔してな。だから俺は言ってやったよ。そいつとは別れるから付き合おうって。悠璃のやつ、まんざらでもない顔してたぜ。あれ、たぶん俺に惚れてるわ」
その後のことを錦戸はよく覚えていなかった。
気づいたときには、倉庫で悠璃の首を絞め、彼女は床に倒れていたとのことだった。
美樹本を取られると思い、瞬間的に悠璃が憎くなったのだと、錦戸は振り返った。
殺してしまったと思った錦戸は、悠璃の身体を倉庫の奥にあった大きなゲーム筐体の中に隠した。そしてすぐに美樹本へ電話し、日曜日のバイト終わりに倉庫で話をしようと伝えた。美樹本に悠璃の死体を見せ、後悔させてから、悠璃の首を絞めたのと同じネクタイで殺そうと思ったのだという。
美樹本は日曜日のことをこう証言している。
前日に錦戸からバイト終わりで会おうと言われ、めんどくさいと思った美樹本は、バイト開始早々、倉庫でサボっていた。
ネクタイを取ってタバコに火をつけようとしたとき、倉庫の奥にある筐体の隙間から紐のような物が飛び出しているのを発見した。筐体を開けると、中から女性の身体が出てきたので、慌てて倉庫の真ん中に引きずり出した。その女性が御神楽悠璃だと分かり、錦戸が殺したのだと咄嗟に考えた美樹本は、このままだと自分も事件に巻き込まれると思い、逃げるようにその場を後にしたという。
美埜里の悲鳴で倉庫にかけつけた錦戸は、隠したはずの悠璃の身体が表に出ていることに驚いたが、岸上が容疑者となったことで、犯行に使ったネクタイを岸上に締めさせることを思いつき、行動に移したということだった。
郡司の話を聞き終えた樋渡は、悠璃のことを気にしていた。
「御神楽さんは、このことをすべて知ってるのかい?」
「ええ。警察署で麻生刑事から話を聞いていたとき、すぐ横にいましたから」
「それで、彼女はなんて言ってる?」
「『目を覚ませって美埜里に伝えて。彼女、美樹本さんに夢中だから』って言ってました」
樋渡は感嘆の声を上げた。
「自分のことより人の心配か。御神楽さんは強いな」
「そうですか? 強がっているだけだと思いますけど」
郡司の言葉に、樋渡がキョトンとした顔をした。
「なんです?」
「いや――」
樋渡はこれまで見せたことがないような柔らかい表情を見せた。
「そうかもしれないな」
その反応に、郡司はなぜか恥ずかしい気持ちになった。
悠璃の意識は事件から三日経った今もまだ回復していなかった。彼女の身体は病院のベッドに横になった状態で、いくつかの機器が取りつけられているらしい。医師が言うには、どこにも異常はなく、意識が戻らない原因が分からないとのことだった。
それが理由なのか、いつもなら一晩で終わるという悠璃の幽体離脱も、今回は依然として継続中だった。意識が戻るまでこの状況は変わらないのかもしれない。
悠璃は幽体の状態で病院と大学を往復している。大学へは郡司に会いに来ているのだが、別に深い意味があるわけではなく、単に話し相手が郡司しかいないかららしい。
話がややこしくなるから、悠璃の親族や友人に幽体離脱のことは知らせないでほしいと言われていた。不安も大きいはずなのに、悠璃はそれを隠し、気丈に振る舞っている。
「御神楽さんは今日はどうしているんだい? てっきり郡司くんと一緒に来ると思っていたのに、姿を見せたのが冴えない顔したきみだけなんて、残念で仕方がないよ」
「なに言ってるんですか。彼女が来ても、樋渡さんには見えないじゃないですか」
「見えなくても、きみを通せば話はできるだろ?」
「僕は通訳ですか」
樋渡はひとしきり笑った後、
「見えるものと見えないものをつなぐことができる。それがきみの『才能』だよ」
そう言って、カウンターの奥に消えていった。
樋渡を見送った郡司は、ハンズフリー通話と見せかけるために手にしていたスマホを、テーブルの上に置いた。
第11話「エピローグ」へ続く
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