第9話 犯人の行方

 ゲームセンターのある建物から戻ってきた悠璃は、自分が丸一日気を失っていたこと、それにより曜日を勘違いしていたことを興奮して語った。警察官どうしの会話を立ち聞きして知ったらしい。


 郡司は、悠璃にもう一度建物に潜入してほしいとお願いした。


 確認してほしいのは錦戸店長のロッカーの中だった。理由を説明している暇がなかったので、端的に、ぐしゃぐしゃになったネクタイがあるかどうかを確認してほしいとだけ伝えた。これで真実が分かるからと説得すると、彼女は分かったと言ってくれた。


 再び建物の中へ向かう悠璃の後ろ姿を見ながら、樋渡が言ったことを思い出す。


「犯人が岸上に凶器のネクタイを締めさせたのは、重要参考人になった岸上に罪を着せるためだ。だから、ネクタイを締めさせたタイミングは、岸上が重要参考人になったあとだと考えられる。そして、それができるのは事務室に岸上を幽閉した錦戸店長しかいないんだ。


 錦戸は倉庫の中で岸上の胸ぐらを思い切り掴んでいる。きっとネクタイはぐしゃぐしゃになって外れかけていたことだろう。錦戸は事務室でネクタイを外させ、締め直させた可能性が高い。その際、凶器のネクタイとすり替えたんだ。


 凶器のネクタイには錦戸の指紋も付いているだろうが、それは問題にならない。錦戸は岸上の胸ぐらを掴んでいるから、岸上が締めているネクタイに錦戸の指紋が残っていたとしても、そのときに付いたものだといえるからだ。


 残念なのは、今のところ錦戸犯人説を証明する証拠がないということだ。だがひとつだけ、物的証拠となり得る物がある――」


 悠璃は、それを探しに事務室へ向かったのだった。


 物的証拠となり得る物。それは、凶器のネクタイと交換された、もともと岸上が締めていたネクタイだ。


 そのネクタイには岸上の指紋が当然ついている。岸上の指紋がついたネクタイを錦戸が持っていたとしたら、それが十分な証拠になるはずだ。

 錦戸のロッカーにネクタイが残っていることを願い、郡司は悠璃の調査結果を待った。


 悠璃が急いだ調子で戻ってきた。表情が曇っているので、結果が良くないことは話を聞く前に分かった。

「店長のロッカーの中にネクタイはなかったよ」

 郡司は舌打ちをした。どこかに処分しようとしているのだろう。


「錦戸に直接掛け合うしかないか。御神楽さん、店長はまだ建物の中にいるよね?」

「それが、店長がどこにもいないの。ロッカーの中に、ネクタイ以外の制服がハンガーに掛かっていたから、もう帰ったかもしれない」


 丁度そのとき、建物から麻生刑事が出てくるのが見えた。郡司は駆け寄り、店長の居場所を聞いた。「まだいたのか」と呆れつつ、麻生刑事が教えてくれる。


「錦戸店長? 御神楽さんが運ばれた病院の名前を聞いていたから、そっちに向かっているんじゃないかな」


 それを聞いて、

「まずいぞ」すぐ後ろに立っていた樋渡が、郡司の耳元でささやいた。


「岸上が罪をかぶってくれている錦戸にとって、いま一番恐れていることは、御神楽さんの意識が回復することだ。もし御神楽さんが目を覚ましたら、彼女の口から自分の犯行であることがばれてしまう。そう考えた錦戸が、事故に見せかけて彼女の口を封じようとしてもおかしくない」


 意識不明のまま病院のベッドで横になっている悠璃と、その脇に立つ錦戸の姿を想像した郡司は、「悠璃はどこの病院に運ばれたんですか?」と麻生刑事に詰め寄った。


 麻生刑事はパトカーに視線を向けた。

「俺も今から行くとこだけど、なんなら乗ってくかい?」


                          第10話「真相」へ続く

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