第6話 目撃者の問題

 悠璃のバイト先のゲームセンターは、閉店時間でもないのにシャッターが下ろされていた。脇のドアから、数人の警察官が出入りしている。郡司は、少し離れたところから彼らを見ていた。


 そのうち、建物の中からシャッターを素通りして悠璃が出てきた。こちらに駆け寄ってくる。

「現場検証は終わっているみたい。事務室に岸上さんがいなかったから、警察署に連れて行かれたあとかも。早くしないと警察の人、みんな帰っちゃうよ」

 悠璃は、ドアから出てきたばかりの若い警察官を見た。

「あの人なら話しやすそうじゃない? さあ、行くわよ!」


 歩き出す彼女を、慌てて後ろから呼び止める。


「ちょ、ちょっと待ってよ。ほんとに僕が話しに行くの?」

「それしか方法がないのよ。わたしが話しかけても、誰も気づいてくれないんだもの。わたしの代わりに真実を伝えられるのは郡司くんしかいないの。ね? お願い!」


 悠璃に片目をつむって可愛らしくお願いされると、何でも言うことを聞いてしまいそうになるけど、ここはさすがに慎重になる場面だ。


「例えばだよ。僕があの警察の人に、『御神楽さんの首を締めて殺そうとしたのは、岸上ではなく、美樹本という男です』って話しかけたとして、警察の人はどう反応すると思う?」

 彼女は「そうね」と少し考えて、

「『そういうあなたは誰?』って聞いてくるかも」

「だよね」と郡司が頷く。

「僕は御神楽さんの大学の同期でしかなくて、事件の現場にいたわけじゃないし、ゲームセンターの関係者でもない。そんな人間が、犯人は美樹本ですっていったところで、警察が話を聞いてくれるわけがないよ」

「可能性はゼロではないでしょ。話を聞いてくれる警察の人だっているかもしれないし」

「話を聞いてくれたとして、『美樹本が犯人だという根拠は?』って聞かれたらもう詰みだよ。まさか警察相手に『美樹本が御神楽さんの首を絞めていたのを、幽体離脱した御神楽さん自身が見ていました』なんて言えないからね」

「でもほんとのことだし……」

「ほんとだとしても警察が信じてくれないよ。からかわれたと思って怒られるだけだ」


 そう。ここが一番の問題点だ。


 現時点で郡司が持っている美樹本が犯人だという根拠は、幽体離脱した悠璃が目撃していたという一点しかない。幽体離脱なんてごと、誰も信じてはくれないだろう。


「じゃあ、どうしたらいいの? こうしている間にも、岸上さんが犯人にされちゃうかも知れないし、美樹本さんは遠くへ逃げちゃうかもしれないんだよ?」

 悲しそうな顔をする悠璃を見て、何か良い方法はないかと真剣に考える。

 十八年間生きてきて、女の人に頼られるなんてことが一度もなかった自分が、あの御神楽悠璃に頼りにされているのだと思うと、いつも以上に頭が冴える気がした。


「――美樹本が犯人だって分かっているわけだから、その結論から逆算して根拠を探すのはどうかな。幽体離脱で見た以外に美樹本が犯人であるという証拠を見つけて、それを警察へ伝えればいい」

「あるのかなー。あったらとっくに警察が見つけているような気がするけど……」

「警察がまだ知らないことで、僕らは知ってることがあるじゃないか。例えば犯行に使われた凶器だ。僕らは美樹本が持っていた制服の赤いネクタイが凶器だってことを知っているけど、警察は知らないだろ?」

「確かにそれは知らないかも」

「凶器のネクタイは美樹本が持ち去ってしまったから、岸上が持っているはずがない。つまり、警察はまだ凶器を見つけていないはずなんだ」

「いくら岸上さんを疑ったとしても、凶器が見つからなければ逮捕できない……」

「そして美樹本の周辺を調べてもらえれば、凶器のネクタイが見つかるはずだ。そこから岸上の指紋は出てこないだろうから、岸上の疑いは晴れるし、持ち主の美樹本が捕まる」

「これ、警察の人に伝えようよ! 凶器は美樹本さんが持ってますって伝えたら、すぐに美樹本さんを捕まえてくれるかも」


 興奮して警察官のところへ歩きだそうする悠璃を「ちょっと待って」と再度呼び止める。


「あのさ、警察のところへ行く前に、僕らが知っておかなきゃいけないことがあると思うんだけど」

「何?」

「美樹本が、御神楽さんを殺そうとした動機だよ」


 ああ、と悠璃がつぶやく。


「いくつか候補があるかな」

「……一つじゃないんだ」

「思いつくのは二つ。でもどっちも殺されるような大きなトラブルじゃないと思うけど」

「一つ目はなに?」


 恥ずかしいんだけどさ、と照れながら教えてくれる。


「先週かな。美樹本さんから付き合わないかって告白されたんだよね」

 悠璃の容姿であれば、このような案件は過去にいくつもあったと想像できるけど、実際に本人から具体的な話を聞くと、ギュッと胸が痛んだ。


「すぐにごめんなさいをしたよ。変に期待させてしまうと後で面倒になるから、その日のうちにきっぱり断ったの」


 結果に安堵しつつ、「美樹本はバンドやってるイケメンなんでしょ? なんで断ったの?」と追加で聞く。


「美樹本さんには、最初から良い印象はなくって。もともとそんなにシフトに入ってないのに、仕事中いないと思ったらよく倉庫でサボってるし。倉庫でネクタイとって、タバコ吸ってるイメージが強いかも」


 倉庫がタバコ臭いという理由がこれで分かった。美樹本がサボり場にしているのだ。


「美埜里も夢中になるくらいだから顔は格好いいのかもしれないけど、そのせいか女性関係は派手みたい。バンドのファンとスマホでやり取りしていて、この間なんて仕事中なのに外に出て、お金を工面してほしいってスマホでしゃべってたの聞いちゃったし。美樹本さんにしてみればパトロンってことなのかもしれないけど、わたしよく分からないから、告白してきたときに、そういう人がいるでしょって美樹本さんに聞いたの。そしたら、『そいつとは別れるから、付き合ってくれ』だって。ひどいでしょ? たぶん誰かからわたしの家のことを聞いたんじゃないかって思ってる」


 悠璃が社長令嬢だと知った美樹本が、パトロンを変えようとして失敗したということか。何にしてもろくでもない男だ。


 だが、振られたくらいでその相手を殺そうとするのは、あまりにも短絡的な気がする。


「二つ目の候補は?」


 それがね、と悠璃が教えてくれる。


「数日前なんだけど、美樹本さんが金庫からお金を盗んでいるところを見てしまったの。店長には知らせたんだけど、もしかしたらそのことで店長とトラブルが起きて、告げ口したわたしが逆恨みされたのかもって」

「お金を盗んでいたって、どれくらいの金額?」

「えー、何十万ってことはないと思うよ。そんなになくなってたら、店長もすぐに気づいて問題にするだろうし、数万円かなあ」


 たとえ少額であっても犯罪は犯罪だ。店長から警察沙汰にするといわれ、密告した悠璃を許さないと考えた可能性は十分にある。


 だからといって人を殺すほどのことだとは到底思えないが、人を殺そうと考える人には常人には分からない理屈があるものだ。


 そうこうしているうちに、ゲームセンターのドアから複数の警察官が出てきた。何人かが、遠くの駐車場に停めたパトカーに向かっている。もしかしたら、撤収の準備に入ったのかもしれない。


「あっ……帰っちゃうよ」


 悠璃が郡司を見る。


 美樹本の動機と犯行に使われた凶器の情報しか手元に武器はないが、残された時間は少ないと感じた郡司は、

「とりあえずダメもとでかけ合ってみる?」と悠璃に聞いた。


 悠璃は嬉しそうに大きく頷いた。


                    第7話「信じられない事実」へ続く

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