第4話 凶行

     ※

 

 御神楽悠璃には、これまでにも何回か幽体離脱の経験があった。夜寝ているといつの間にかベッドの横に立っていて、寝ている自分を見下ろしているみたいな、そういう体験だ。


 幽体離脱中は視界がすごく鮮明で現実的だった。自室の壁に頭を打つけるようにして眠っている自分の身体を、わたし寝相悪いなあ、なんて思いながらじっくり観察することもできるほどで、夢とは全く別物だと自分なりに解釈していた。


 不思議と恐怖を感じることはなく、むしろ好奇心が先に立ち、幽体となった状態で物は持てるかとか、どこまで移動できるかとか、いろいろ試すことが楽しかった。


 幽体離脱の経験があるなんてことは、今まで誰にも話さずにいた。そんなことをしたら笑われるか、頭がおかしくなったと思われるかのどちらかだろうから、ずっと自分の中に秘めるしかないと思っていた。しかし、大学に入学し、実家を離れ一人暮らしを始めてからも同じ現象が起きたことを受け、さすがに病院を受診した方が良いのではないかと本気で考えるようになっていた。


 そして土曜日の昼。


 アルバイト中の悠璃は、アーケードを歩く郡司崇を見かけ、声をかけた。郡司とは大学の学部が一緒で、教室で何回か話したことがある間柄だ。

 彼にはどうやら幽霊を見ることできる才能があるらしく、それは本人も認めるところだった。

 幽霊を身近に感じられる郡司なら、幽体離脱のことを笑われずに聞いてもらえるのではないかと考えた悠璃は、まず彼に相談してみることを思いついた。


 彼には相談事があるとだけ伝え、喫茶店『クロスロード』で会う約束をした。


 とうとう自分だけの秘密を人に話すときがきたのだと思うと、なんとなく興奮してきた。美埜里からも「何か嬉しいことでもあった?」と聞かれるくらいだから、郡司との約束が相当楽しみなのだと自己分析する。


 午後五時で仕事が終わり、女子更衣室で着替えをする。郡司との待ち合わせは午後六時。待ち合わせ場所はここから歩いてすぐの喫茶店にしたから、まだ時間に余裕があった。悠璃は着替え中の美埜里に別れの挨拶をして女子更衣室を出た。


 目指すは事務室だ。スペースの都合上、男子更衣室と一緒になっているので、入室の際はノックをするルールになっているけど、女性陣の誰もそのルールを守っていなかった。


 事務室に入ると、期待どおり店長の錦戸にしきどがいた。歳は三十半ばくらい。オールバックの強面こわもてで、言葉数も少ないから最初は近寄りがたかったけど、いかつい外見の奥に哀愁を感じさせる雰囲気があり、すぐに打ち解けて話せるようになった。


「あのポスター、剥がしたんですか?」

 そう聞くと、店長は質問の裏にある意図を読み取ってくれた。

「倉庫にあるから持っていけ」

 ありがとうございます! と悠璃は頭を下げる。


 悠璃の好きなキャラクターのポスターが店内に張ってあり、以前から店長にほしいほしいとねだっていて、そのたびに「掲示してあるものはあげられない」とはねつけられていたのだ。


 店長の承諾を得た悠璃は、壁にかかっている倉庫の鍵を持って事務室を出た。倉庫はバックヤードを横断し、外に出るドアを抜けた先にある。ゲーム筐体の予備などを仕舞うには大きなスペースが必要で、このゲームセンターでは、倉庫を少し離れた場所に確保していた。


 鍵を開けて倉庫の中に入る。壁に手をやり、薄暗い倉庫の電気をつける。結構な広さがある倉庫内は雑多なものが積み重なって、相当散らかっていた。ホコリの匂いの他に、タバコの匂いがかすかにする。バイトの誰かが人目を盗んで一服するのに使っているのだ。


 郡司との約束があるのでのんびりしてはいられない。悠璃は、お目当てのポスターを見つけるため、倉庫内を探し始めた。

 中腰で段ボールを漁るけど、捜し物は見つからない。どれくらい時間が経っただろう。その瞬間が急に訪れた。


 後ろからロープのようなものが首に巻かれたと思うと、一気に締めつけてきたのだ。


 突然のことにびっくりし、苦しさも相まってパニックになった。

 自分の首に両手をかける。何とかロープ状のものを外そうと力を入れるけど、それはしっかりと首に巻き付き、首とロープ状のものの間に指を入れることができない。


 やがて意識が薄れていき、身体中から力が抜けていった。


                       第5話「犯人の正体」へ続く

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