第3話 体質か才能か
郡司は、もともと幽霊が見える『体質』だった。
物心がつく前から見えていたらしく、幼少の頃は、道ばたや建物の中の誰もいない場所を指差したり、話しかけたりすることが多かったそうだ。
見えるのが当たり前だったから、クラスメイトも同じように見えるものだと思っていた。だけど当然ながら見えるのは自分だけだったので、見えることをクラスメイトに話すと、気味悪がられたり「嘘つき」などと呼ばれたりしていた。
写真は撮ることも撮られることも好きではなかった。理由は単純で、これまで郡司が関わった写真の中に、写ってはいけない物が映り込むことがあったからだ。
この『体質』は大学生になってからも変わっておらず、時折見ることがあったりするけど、過去の経験から、見聞きしたことを人にしゃべることはなくなっていた。しかし、悠璃はどこから聞きつけたのか、郡司にそういう『体質』があることを知ったらしく、大学の教室内で話しかけてきた。
「すごいよね。『体質』っていうか、それはもう霊を見る『能力』だよね。つまり『才能』だよ。『才能』があるってすばらしいよね」
ずっとこの『体質』のせいで気味悪がられてばかりいたから、女性からこのようなポジティブな反応をされたのは初めてで、なんというか、嬉しかったんだと思う。
悠璃のことが気になりだしたのは、そのときが最初だった。
※
郡司の態度や言動に不審なものを感じたのか、樋渡が怪しんだ様子でこちらを見てくる。その視線から逃げるように、お会計を済ませて店を出た。もちろん悠璃も一緒だ。
外は六月の夜にしては肌寒かった。
「寒くない?」とショートパンツ姿の悠璃を気づかう。
「大丈夫。幽体になっている間は、暑いとか寒いとか感じないから」
幽体離脱のベテランのような口調で、悠璃が言った。
郡司は腕を組み、この後のことを考える。
これまで幽霊を見てきた経験はたくさんあるけど、幽体離脱したという人を見たのはこれが初めてだった。幽霊以外も見えるなんて、悠璃の言うとおり、これも『才能』なのかもしれない。
しかし、悠璃本人が幽体離脱と言っているだけなので、本当かどうかは半信半疑だった。彼女がもうすでに死んでいて、幽霊となって目の前に現れている可能性もなくはない。
まずは情報収集だ。アーケード街の空いているベンチに座り、悠璃に確認する。
「昼間に会ったときは、まだ幽体離脱する前だったんだよね?」
「そう。アルバイト中だった」
悠璃の可愛い制服姿を思い出す。彼女はアーケードの中程にある大きなゲームセンターの前で、チラシ配りをしていた。
悠璃のようなお嬢様がゲームセンターでアルバイトをしているなんて想像できなかったから、声をかけられるまで、相手が悠璃だとは気づかなかった。
『同じ学部の
アルバイトの理由は、単にお嬢様の好奇心と気まぐれだったらしい。
悠璃が『どお?』といいながら、くるりと回ってお気に入りの制服を見せてくれた。ベージュのチェック柄スカートが、膝の上でふわりとなびく。
その姿を思い出していると、前方から悠璃の声がした。
「なんか、にやけてる」
「え、いや、そんなことないけど……」
慌てて頬のあたりを両手で抑え、頭の中から雑念を追い出した。そして、最も重要な質問をする。
「さっき、犯人を捕まえてほしいっていってたけど、いったい何があったの?」
悠璃は頷き、郡司の隣に座った。
「わたし、首を絞められて殺されそうになったの」
彼女はこれまでの経緯を話し始めた。
第4話「凶行」へ続く
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