第33話 ぐあぐあマジック

『魔法を使う。今の俺は余り魔力がない。チハルからリンゴやマンゴーを頂いているが、多少の足しにしかならねえんだ』

「私の魔力でよければ使ってちょうだい」

『すまんな。ラインが繋がるとどうしても一部お前の魔力を引っ張ってしまう』

「気にしないで。チハルちゃんのためだもの」


 そう言ったものの、クラーロは悩んでいた。

 アマンダは一流の魔法使いと聞いていたから、それなりの魔力はあるのだろうと高を括っていたのだ。


『転移は……きついか。サーチアンドゴー、あとは隠れれば何とかなる』

「本当に存在したのね。転移魔法なんて」

『そらそうだ。さっき、チハルは迷宮の転移魔法に引っかかったんだ』

「古代迷宮は今の私たちにとっては再現できない未知のものなのよ」

『まずチハルの位置を探る。ひょっとしたら近くにいるかもしれないからな』


 アマンダの肩から降りたカラスはよちよちと数歩進み、嘴を上にあげる。

 カラスの頭上に黄金色の魔法陣が出現し、複雑な文様が描かれていく。

 

「魔法陣……初めて見たわ」

『人間の魔法は少し違うみたいだな。チハルは49階か。ちと遠いな』

「チハルちゃんがいないとなると、魔曲は使えないわ。46階までならルチアがいるから道は分かるわよ」

『間に合うか微妙なところだな。チハルは一日に必ず8時間眠る』

「眠さに耐えられないとかそういうのではないのよね?」

『そうだ。お前は察しが良くて助かる』

「察しがいい方ではないのよ。聞いていたことを繋ぎ合わせただけ」


 謙遜するアマンダだったが、カラスが彼女に感心していたのは今だけではない。

 彼はチハルの傍にいて彼女らのやり取りをずっと聞いていた。チハル以外と会話することはできないものの、彼女らの言葉は分かる。

 伊達に大魔導士ではないのだ。

 彼女はまたクラーロの制限についても把握していると確信している。

 何故自分がアマンダとの使い魔契約を求めたのか。彼女と意思疎通することが目的ではない、魔法を使うためだということも。

 

『行くぞ。悪いがルチアとゴンザは騎士団の後を追うように言ってくれねえか?』

「転移魔法かしら?」

『いや、転移は使わねえ』

「私の負担を考えてのこと?」

『……言い辛いが、そうだ』

「私の魔力の足しにこれを使えないかしら?」


 アマンダは杖を先端部分の根元辺りに握り直した。

 杖の先には緑色の宝石がはめ込まれている。

 彼女はクラーロならば見ただけで分かるだろうと、言葉より実物を見せることで彼に示す。


『ほう。面白えもん持ってんな。こいつはアーティファクトって奴だろ。チハルが余り好きじゃないんだよな』

「言われてみれば、アーティファクトの話が出た時、いつも笑顔のチハルちゃんの顔が曇ったわね」

『くああ。俺は今、お前の使い魔なんだぜ。使えるものは使う。お前の魔力からして……2年、いや3年は溜めたんだろう。いいのか?』

「もちろんよ。こういう時のためにあるんだもの」


 さすが「原初の大魔導士」ね。言わずとも全て分かってくれる。

 それに時間の計算も正確ね。毎晩、全ての魔力を注ぎ込んだとして彼が見積もった二年ほどになるだろうか。

 街で休む時に魔力を注ぎ込んでいたから、だいたい三年くらいというところも正確だわ。

 アマンダは心の中で彼に感嘆していた。

 彼女の持つアーティファクトは杖の先にはめ込んでいる緑色の宝石である。これは自分の魔力を無限に溜め込むことができるものなのだ。

 いざという時に溜めた魔力を使うことができる一品だ。

 魔道具の中には魔力を溜め込むことができるアイテムはあるものの、アマンダの魔力で計算するとせいぜい三日分しか溜めることができない。

 これだけの魔力を溜めておけば、彼女が放つことのできる最高の魔法でも数十発は放つことができる。

 

「ルチア、ゴンザ。そういうわけだから、私とクラーロで行ってくるわね」

「分かったっす。後でいろいろ聞かせてくださいね!」

「クラーロが良いと言えばね」

『構わんぞ』

「良いらしいから、後でね」


 アマンダは長い袖から指先だけを出し、小さく手を振る。

 カラスがちょこんとアマンダの肩に乗り、彼女の頭上に魔法陣が浮かび上がった。

 先ほどの魔法陣より大きくより複雑な印が描かれている。

 

『目標位置……捕捉した。行くぞ』


 「わかったわ」とアマンダが応えるより前に視界が一瞬にして切り替わる。

 初めて体験する転移魔法に驚く間もなく、彼女の目の前にはソルに乗り魔曲を演奏するチハルがいた。

 チハルと目が合ったにもかかわらず、彼女は無表情のまま反応を返さない。

 

「チハルちゃん」

『呼びかけ方が良くない。名前だけ呼んでもチハルは「命令」を認識しない』

「命令なんてしたくないわ」

『言い方が悪かった。すまん。今のチハルは以前のチハルだ』

「それって」

『聞きたいならチハルから直接……ってもチハルは「ワタシがいるの」と説明するか。今の俺は使い魔。ご主人サマには言わなきゃならんか』

「いいのよ。踏み入ったことを聞くつもりはないわ。私は探索者だから、お互いの詮索をしないことに慣れているわよ」

『お前の中だけに留めておいてくれ。一人くらいチハルのことを知っている奴がいた方がいい』


 そう前置きしたカラスは、チハルの中にいるワタシについて語り始める。

 アマンダが認識している通り、チハルは人ではない。しかし、その正体はアマンダの予想だにしていないことだった。

 チハルは古代迷宮を作り出した文明によって「作られた」アーティファクト――オートマタと言われる存在なのだと言う。

 人間の少女とそっくりの外観を持ち、素材は魔晶石に近いものでできている。

 人と同じように動くことができ、食事の必要もない。

 動力源は魔力そのもので、カラスやアマンダなら空気を吸い込むことで僅かながらに体内に魔力を取り込むことができるのだが、チハルは異なる。

 彼女は空気中にある魔力を皮膚から直接吸収する。


「そんな事情が……」


 チハルを見つめるアマンダに向け、カラスが核心を喋りはじめた。

 オートマタと呼ばれるアーティファクトのチハルは人間のように動く人形だったのだ。

 古代には動いていた彼女だったが、何らかのアクシデントで長い眠りにつく。次に目覚めたのは今の時代だった。

 そこで彼女は自分を人間として扱う人たちと接していくうちに、自分も「人間」になりたいと願うようになる。

 不完全ながらも感情を獲得したのが今のチハル。目に光が宿っていない状態のチハルが昔のチハルである。

 今のチハルは昔の自分のことを「ワタシ」と呼んでいた。彼女はどっちの自分も、自分自身だと認識している。

 

『とまあこういうわけだ。だから、今のチハルは自分で考えて行動することができない。今ピースメイキングを奏で続けているのは、死なないために行っているだけなんだよ』

「分かったわ。チハルちゃん。地上に帰りましょう。私とあなたのおともだちと共に」


 優し気にアマンダがチハルに呼び掛けると、彼女が反応する。

 

「ミッションを受領いたしまいした。これより、地上まで案内いたします」

「チハルちゃん、あとどれくらい眠らずに動けるの?」

「眠る? 稼働限界のことでしょうか?」

「そうよ」

「あと6時間12分35秒です」

「それならルチアたちと合流して33階の休憩所で朝まで過ごしましょうか」

「受領いたしました」


 歩き始めたチハルの後ろにアマンダが続く。

 歩きながら彼女は足元をペタペタ歩くカラスへ問いかけた。

 

「契約を解除すればいいかしら?」

『地上に出るまで継続でもいいか? また罠にかかるとたまらん』

「分かったわ。もうしばらくよろしくね」

『すまんな。頼む』


 会話している間に登り階段が見えて来る。

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