第31話 小休止

「チハル」

「ピースメイキングの記録ログを実行中です」


 いよいよ35階へ降りる階段の前まで来たところでゴンザがチハルに呼びかけるも、まるで反応がない。

 言葉は返すのだが、答えになっていないというのが正確なところか。


「チハルちゃんには魔曲を演奏してもらう必要があるわ」

「だな。チハルは最短距離を進んでくれる。罠を避けてな。それ以上求めることはないよな」

「大丈夫っす! 罠があっても自分が解除するっす!」


 グッと両手を握るルチアから目を逸らす二人……。

 「え、えええ。どういうことっすか!」と叫んだ彼女は、ゴンザ、アマンダの順に目線を映す。

 

「冗談よ」

「ううう」


 パチリと片目をつぶるアマンダにルチアが涙目で唸り声をあげる。


「くああ」


 チハルが応えぬ代わりなのか、カラスがやる気無さそうに鳴いた。これをきっかけとしてパーティは進み始める。

 

 35階に入ってもソルに乗ったチハルは淀みなく道を示す。

 T字路に差し掛かった時、ルチアの顔が曇る。

  

「右手。何かいるっす」


 彼女の言葉を鏑矢にして、ゴンザとアマンダも気配に集中した。

 なるほど。相手はまるで自分の気配を隠そうとしていない。

 最下級のモンスターであるゴブリンやジャイアントバットでさえ、無警戒に迷宮を徘徊することはないのだ。

 気配は足音こそしないが、こちらに気が付いており真っ直ぐ近寄って来る。速度も変えずに。

 

 ルチアは両のダンシングダガーを抜き、アマンダとゴンザに目くばせする。

 一方でゴンザはさりげなくソルを少し後ろに下がらせ、彼の前に立つ。ハルバードはいつでも抜き放てるように膝を少し屈めながら。

 

 気配がT字路に姿を現す。

 そいつは灰色の岩をくり抜いて作ったかのような人型だった。生物らしさはまるで感じられない。しかし、腕と背中に生やした灰色の毛だけが生物ぽさを醸し出しており、不気味さを強調している。背中からは翼が生え、鋭い爪のついた両足は床から僅かに浮かんでいた。

 灰色の人型がチハルの言うガーゴイルで間違いないだろう。

 

 ヒュン。

 姿が見えるなり躊躇せずルチアがダンシングダガーを投擲する。

 さくっと額に突き刺さるダンシングダガー。

 開いた方の手で拳を握るとダガーがすぽんとガーゴイルの額から抜けルチアの手元に戻る。

 額に穴が開いた状態であったが、ガーゴイルは倒れるどころか一歩前に踏み出す。


「くああ! くあ!」


 カラスが何やら叫ぶがルチアには理解できない。

 カラス語が分かればいいんすけどねえ、と心の中で呟きながら、ルチアは体を翻し回転するようにして両のダンシングダガーを振るう。

 右、左とガーゴイルの首を切りつける。

 ゴトリ。

 ガーゴイルの首が床に転がった。


「まだよ。ルチア」

「任せろ」


 首を落とされながらもガーゴイルは右腕を鞭のようにしならせルチアの首元を狙う。

 反応した彼女は状態を逸らしガーゴイルの爪が髪の毛の先をかすりながらも、躱した。

 入れ替わるようにゴンザのハルバードがガーゴイルの胸を叩き、今度こそガーゴイルは動かなくなったのだった。

 

「ほええ。すごいパワーっすね!」

「おうよ。ルチアと同じでミスリル製だぜ」


 ガーゴイルの体は鋼鉄のように硬いとチハルから聞いていたが、すっとダガーが通ったし、ゴンザのハルバードも遺憾なく威力を発揮した。


「鉄の剣だったらどうなってたんすかね」

「一部持ち帰って……とはできねえんだよな。迷宮の中は」


 ガシガシと後ろ頭をかくゴンザが苦笑する。


「次に出たら、調べてから倒しましょうか」


 アマンダがくすくすと笑う。

 いたずらした子供たちを前にした母親のように。

 

「倒せりゃそれでいいだろ」

「自分もダガーが刃こぼれしないならそれでいいっす!」

「そう。分かったわ」


 三人のやり取りを見たカラスが「くああ」とやる気なく鳴くのであった。

 その後、4体のガーゴイルを倒し、彼女らは36階へと足を進める。

 

 37階に入ると魔晶石があることを覚えていたアマンダの提案で、魔晶石を回収してから進むことになった。

 カラスのコツコツで隠し扉を発見し、以前と同じような宝箱のある小部屋に至る。

 そこで魔晶石を回収し、ルチアが宝箱の罠を解除して中を改めた。

 

 中には緋色に輝くインゴットの塊と薄いピンク色の混じった金色の指輪が入っていた。

 インゴットは大きさの割に軽く、鉄の半分以下といったところ。どちらもゴンザのバックパックの中に収まる。

 帰ってから鑑定するのが楽しみだ。

 小部屋で一旦休息をとることになり、チハルも元の状態に戻った。

 

「ありがとう! 嬉しい!」


 両手で包み込むようにして魔晶石を握ったチハルがこぼれんばかりの笑顔を浮かべる。


「チハルちゃんは魔晶石を集めているのよね?」

「うん。おともだちを喚ぶんだよ」

「そのような使い道があるのね。だったら、54階にも行かなきゃいけないわね」

「いいの?」

「もちろんよ。危なくなったら撤退しちゃうけど、そうなったらごめんなさいね」

「ううん! ありがとう、アマンダさん」


 ぎゅっとアマンダに抱き着くチハルに、ルチアが「くうう」と歯ぎしりしていたとか何とか。

 こういうところに気が回らない彼女に配慮したアマンダが「ルチアも行ってくれるそうよ」とまで言ってくれたが、彼女には伝わらない。

 ならばと「ルチアも抱きしめるお礼が欲しいみたいよ」と彼女に伝え、ようやく彼女はルチアも抱きしめるのだった。

 

「行くにしても次回だな。今回は迷子を連れ帰らないといけねえだろ」

「そうね。40階まで連れていけば問題ないと思うわ」


 ゴンザとアマンダがそんなやり取りをしつつも、水を飲みあっという間に休息時間が過ぎていく。

 

「チハルちゃん、次の休息所はどこにあるのかしら?」

「45階にあるよ。そこまで進む?」

「そうね。ガーゴイルのようなモンスターはこの先いないのかしら?」

「うん。44階から46階までは曲を変えないとダメなの」

「分かったわ」


 小部屋から出るとチハルと会話ができなくなるため、次の目的地の確認も忘れないアマンダなのであった。

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