第20話 地下水路
「魔法のリンゴあります! いかがですか!」
ふんわりとした笑顔を浮かべバスケットに入った魔法のリンゴを販売するチハル。
小さな看板娘の登場にギルドの空気も和らぐ。
彼女を待っていた者もいるらしく、彼女を取り囲む探索者たちが次々と魔法のリンゴを注文する。
「おおーい。みんな、順番に並ぼうぜ」
一度に注文を受けたチハルはグルグルと右へ左へ首を回し魔法のリンゴを渡せずにいた。
その様子を見た群青色の革鎧を纏った青年が彼女を囲む探索者たちに声をかける。
自らは「一番後ろ」に並ぶと言いながら。
「アーチボルト。いい事を言うじゃないですか」
「ゴードンが食べるリンゴだがな」
「なら私が並びますよ?」
「いや、ゴードンは先に依頼でも見て来いよ」
法衣の青年ゴードンが群青色の革鎧――アーチボルトに向け苦笑した。
「もう、全員で並べばいいじゃない。みんなあの子に会いたいのよね」
「俺たちの小さな女神さまだからな。探検がうまく行くことを願って」
パーティの紅一点である赤毛の少女が腰に手を当てため息をつく。
「それもそうだ」とパーティ全員で並ぶことにしたアーチボルトたちであった。
「100Gになります!」
「はいよ。護符はまだあるぜ」
「ありがとうございます!」
小さな手にお金を乗せた長髪のローブ姿の男が魔法のリンゴをバスケットから一つ手に取る。
アーチボルトらの番がきて、彼がバスケットを見るとリンゴはもう半分くらいになっていた。
「すごい売れ行きだな。すぐに売り切れちゃうんじゃないか」
「うん! でも、わたしはこれが精一杯なの」
「そうだよな。このバスケットでも大きいものな」
「えへへ。200Gになります!」
ゴードンがリンゴを取り、アーチボルトがテーブルの上にお金を置く。
お次は初めてのお客さんらしい。
豪奢な家紋入りのマントに白銀の鎧を身に着けた騎士風の青年と波打ち際に打ち付けられるワカメのような癖の強い黒髪の男の二人だ。
騎士風が前衛、ワカメが後衛と思われる。
「魔法のリンゴあります! いかがですか!」
「これはこれは可愛らしいお嬢さんですね。二個頂きましょう」
「はい! どうぞ! 200Gになります!」
こうして魔法のリンゴは開店から僅か30分で完売したのだった。
空のバスケットを両手で掴み、ペコリとお辞儀をしたチハルはいそいそと身支度をはじめる。
《終わったか?》
彼女の頭の中に声が聞こえ、腰を浮かした椅子に再び腰かけた。
目を瞑り、クラーロを思い浮かべたチハルが彼に念を送る。
《うん! おしごと?》
《迷子だとよ。依頼書を持って行くか?》
《待ってるね!》
パチリと目を開き、ちょこんと椅子に腰かけたまま彼の到着を待つことにしたチハルなのであった。
帰ろうとしていた彼女の動きが変わったことに気が付いたギルドマスターが彼女を気遣って声をかけてくる。
「ん。どうしたんだ?」
「クラーロが来るの」
「お、いつも不思議なんだが、クラーロがどうやって依頼者と意思疎通を取ってるんだ?」
「お手紙だよ!」
チハルの言う「お手紙」は、依頼者がお手紙を置いて行くことだったのだが、マスターは違う意味でとった様子。
「ほうほう。俺も筆談ならクラーロと会話できたりするのか?」
「うん!」
思わぬ勘違いから、クラーロが筆談できることを知ったマスターであった。
◇◇◇
ザパンの街は大迷宮の上にできた街である。大迷宮があり、探索者が集まり始め、拠点が作られて街になった。
周知の事実であるが、大迷宮は地下に埋まっている。探索できる地下空間のことを大迷宮と呼んでいるが、地下空間自体は他にも存在した。
一部は生活用水を賄うための水路になっていて、使われていない空間もあることから立ち入り禁止になっている。
それでも住居を持たない者が雨風を凌ぐために住み着くことがあった。警備が目を光らせているものの、地下は広大で監視の目も完全ではない。
ひっそり隠れ地下に住む者たちの大半は脛に瑕を持つ者で、ある種の無法地帯になっている。
暗く入り組み、危険地帯とくれば立ち寄ろうとする者は同種の者以外にはいない。
もちろん例外もいる。
それは、チハルが捜索依頼を受けた何も知らぬ子供たちのような者たちだ。
彼らは「探検」と称して未知へ挑みたがる。街中から手軽に行くことができる地下は格好の標的であった。
大人たちは地下の危険性を口酸っぱくして言い聞かせているが、言われれば言われるほど行きたくなるのが、子供心なのである。
「ここかな?」
『ターゲットは「見えない」んだよな?』
依頼をしてきた親たちは今も必死で街中を探していた。彼らは街の自警団にも捜索依頼をしている。
彼らの子供たちは昨日から今の時間まで家に戻ってないらしい。捜索の手を広げようとチハルの元にまで話が回ってきたというわけだ。
「この子たちは護符を持ってないから、分からないよ」
『だよな。地上にいるのかもしれねえぞ』
「クラーロが空から見たんだもん」
『建物の中だと分からんからな。ターゲットの特徴は聞いたが、どんな顔をしているのかも分からねえ』
クラーロからの声を聞いたチハルは、親たちから事情を聞き、しばしの間街中を捜索した(主にクラーロが)。
結果は芳しくなく、今に至る。他の捜索者たちも同じく子供たちを発見できていない。
暗に見逃していた可能性も示唆するクラーロであったが、チハルの腹は決まっている。
そう、彼女は地下を探そうと決めていた。
「びば」
地下には水路として利用されている場所も多い。そのため、彼女はビーバーも連れてきている。
ビーバーは泳ぎが得意で水の中はお手の物。そのため、彼女はビーバーにも声をかけてきた。
準備は万端だ。マスターのところからリュートも持ってきている。
時刻はそろそろ夕焼け空になろうとしている頃。地下は時間帯など関係なく真っ暗闇であるが……。
「行こう。クラーロ。ビバくん」
『ソルは呼ばなくていいのか?』
「ソルだと入れないよ?」
『だな』
チハルたちが進もうとしている地下への入口は石畳の道の脇にあるぽっかり開いた丸い穴からである。
普段は金属製の蓋がはめ込まれていて、手で開くことができるようになっていた。
大きさは大人一人が何とか通ることができるほどしかなく、大柄なソルだと頭を入れたら穴から抜けなくなるかもしれない。
彼女に先んじてビーバーが穴に飛び込む。
「ビバくん!」
「びば」
穴から下に降りるには備え付けの梯子を使うのだが、ビーバーの元気な鳴き声を聞く限りどうやら無事な様子。
チハルは一つ一つ丁寧に梯子を下り、地面に足先をつける。
彼女の足もとにビーバーが鼻先を擦りつけ、ふんふんと鼻をひくひくさせた。
「クラーロ。少し待ってね」
じゃじゃーんとランタンを掲げたチハルはすぐさま光を灯す。
クラーロも暗い地下に降りて来たが、そこでもっともなことを口にする。
『リュートを奏でたら、ランタンを持てねえだろ』
「うん! その時は肩に止まってね」
『俺がランタンを持てばいいだろ?』
カラスは前脚でランタンの取っ手を掴み持ち上げてみせた。
飛びながらだと光が安定しないが、彼の視線には合っているので問題はない。
チハルもビーバーも夜目が利くので暗くても平気なので。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます