第18話 一晩でつくってしまいましたびば
「おはよう」
おともだちみんなと夕食を取った後すぐに眠ったチハルは、いつもより早く目覚める。
彼女の睡眠時間は決っていて、一分一秒のズレもない。
寝ぼけるということもなく、起きたらいつも通り動くことができる。
そんな彼女の耳にズリズリという音が聞こえてきた。
「ん?」
ズリズリという音がしなくなって、代わりにキッチンから茶色い毛皮がノソノソと歩き辛そうに顔を出す。
彼は昨日チハルが喚んだビーバーだ。
歩き辛いのも当然と言えば当然か。彼は前脚でリンゴを挟み込み、口にはオレンジ色が鮮やかなニンジンを咥えている。
四足歩行をする彼が二足で無理やり歩いているものだから、動きを制限されていた。
「ビバくん、おはよう」
「びば」
チハルの挨拶に、応えてしまったビーバー。
ポロリと口からニンジンが落ちてしまう。悲しそうに顔を上にあげ鼻を引く付かせた彼は、一旦リンゴを床に置いてからニンジンを再び咥えた。
続いてリンゴを前脚で挟みこみ、ヒレのような尻尾をパッタンパッタンさせながら歩きだす。
開けたままの出口扉からビーバーが出て行くのと入れ替わるようにしてカラスがバサバサと飛んでくる。
チハルの座るベッドにとまった彼は「くああ」と気の抜けた声を出す。
『よお。チハル。ニンジンとリンゴ、多目に見てやってくれ』
「ビバくんのお食事?」
『そうみたいだな。あいつら、結構昨日頑張ってたんだ。まあ、自分達のためだろうが、チハルの手を煩わせずに済む』
「ん?」
チハルは食事をしてもしなくても生きていける。彼女にとって食事は「そうしたほうがいい」と教えられ、彼女本人も「その方がいい」と思っているからに過ぎない。
商売道具であるリンゴはともかくとして、カラスやビーバーの食事を優先することは彼女にとって当然のことなのであった。
だから、ビーバーが勝手にストックを持って行ったとしても気に障ることなんて一切ない。
むしろ、ちゃんと食事をとっているんだな、と安心するくらいだった。
「よいしょ」とベッドから降り、トテトテとキッチンに向かおうとダイニングテーブルの前を通った時、彼女は見慣れない食器を発見する。
木製の深皿とマグカップ、皿の中にスプーンまで入っていた。
彼女が眠りにつく前にこのような食器は無かったはずだが……。
『ビーバーの奴。リンゴとニンジンの礼のつもりらしいぞ』
「ビバくんが作ったの!? すごーい」
両手を合わせてぴょこぴょこと喜ぶチハルに対し、カラスのクラーロが翼をはためかせ続ける。
『あいつ、結構器用でな。外を見れば分かる』
「楽しみ!」
さっそく行こうとカラスを急かすチハル。
対する彼は床を跳ねるように歩き、彼女を先導する。
外に出たチハルは「すごーい!」と拍手をした。
なんと、小屋の裏手に厩舎が立っているではないか。
この厩舎は丸太と板を組み合わせて作ったようで、釘は一切使っていないようだった。
三つに仕切りがあって、前面はそれぞれ上部と下部が空いた引き戸で閉じられている。下部の隙間からは藁が敷かれているのが見て取れた。
『チハルが寝た後に暗い中であいつらがやったんだよ』
「クラーロも?」
『俺は大したことはしていない。聞きたいか?』
「うん!」
カラスはチハルに厩舎ができるまでについて語り聞かせる。
昨晩、チハルがスヤスヤと眠りについたころ、小屋の外では大作業が始まろうとしていた。
『ビバは木を切るのが得意とクラーロから聞いたもきゃ』
「びば」
大きな鼻を引く付かせながらフクロモモンガのルルるんがじっとお座りをしているビーバーに問いかける。
一方のビーバーは、「びば」と鳴き、むくりと立ち上がった。
トコトコと木の根元までやってきた彼は、鋭い前歯を幹にあてガリガリやり始める。
あっという間に木がドシーンと倒れ、ルルるんを巻き込む。
しかし、倒れてきた木はあらぬ方向へ吹き飛んだ。
『スレイプニル。さすがもきゃ』
「にゃーん」
どうやら白猫スレイプニルが前脚で倒れてきた丸太をペシンと払いのけたらしい。
この後、ビーバーが木を切り、枝を落として、スレイプニルがペシーンして小屋の近くまで丸太を運び込む。
様子を見ていたソルも参戦し、枝を咥え運ぶのを手伝った。カラスは夜目が利かないものの、月明かりがあったため陣頭指揮を執り、小屋や道の邪魔にならないように集積場所を指定するなどして活躍する。
ある程度の丸太と枝が集まった後は加工タイムだ。ビーバーが器用に丸太や枝を板にして、釘を使わずとも組み合わせることができるように凹凸まで細かく加工した。
その間にルルるんやソルは藁を集めに行っていたそうだ。
そして組み立てはソルとスレイプニルが共同で実施して、どこにどの木のパーツをはめ込むのかは言葉を喋ることができるクラーロが手伝う。
こうして瞬く間に厩舎が完成したというわけだ。
完成後、藁の上に寝そべり満足気な顔を浮かべるソル、ビーバー、ルルるんと白猫の様子を見たカラスは小屋へと戻り今に至る。
話を聞いたチハルは「すごーい」「すごーい」を繰り返していたが、はたと何かに気が付いた様子。
「クラーロ、寝ていないの?」
『まあ、これからちょっくら寝ようとな。ビバも食べたら寝るんじゃねえかな』
「いっぱい寝てね! あ、そうだ。魔法のリンゴ、作るね。クラーロも食べてから寝るといいよ!」
『そうする』
今度は「早く早く」とチハルの足首をツンツンして小屋へと急かすクラーロなのであった。
◇◇◇
「おやすみ、クラーロ」
パタンと小屋の出口扉を閉めて、リンゴが詰まったバスケットを握りしめたチハルが厩舎に向かう。
寝ているみんなの様子を見て「うんうん」と頷き、てくてくと歩き始める。
「歩いてだと少し遅くなっちゃうかも」
そう呟いたチハルであったが、現在時刻を思い出しいつもくらいにはギルドにつくかなと思い直す。
今日も、お仕事頑張ろう。
リンゴを落とさないように注意しながら、満面の笑みを浮かべるチハルなのであった。
「もう少し深いところにある魔晶石は難しいかな。うーん、あ、そうだ」
街に入る頃、そう呟いたチハルはルルるんが起きたら「お願い」してみようと考え、ご機嫌さに拍車がかかる。
丁度その時、彼女は見知った人とすれ違った。
その人物とはツンツン頭の少年アクセルだ。
「お、チハルじゃないか。ギルドへ行くのか?」
「うん!」
「また魔道具屋にも遊びに来てくれよ」
「アクセルはお使い?」
「そそ。食材の買い出しだよ。朝一に行くと安いとか何とか母ちゃんがさ」
彼は苦笑しつつ、大きな布製の袋を掲げる。
「同じだね」とリンゴの入ったバスケットを「うんしょ」と掲げたチハルが嬉しそうに微笑んだ。
彼女から顔を逸らした彼は「そ、そうだな」とボソッと返す。心なしか顔が赤い。
「じゃあね!」
「おう、またな」
お別れの挨拶を交わした二人は別々の道を歩き始める。
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