第17話 オレサマ見つけたもきゃ
三人と別れ、日課である魔法のリンゴが完売したチハルは早々にギルドを後にする。
街の入り口で待っていたソルと合流し、一路自宅へ帰りつく。
帰るなり、小さな動物が天井から滑空しチハルの胸に飛び込んでくる。しかし、彼女に受け止められることなく、地面にべちゃっと落ちる。
首だけをあげた小さな動物はリスよりも一回り大きいくらいで、灰色、白、黒が混じったマーブルカラーの毛に大きな真ん丸の黒い目が特徴的だった。
尻尾が長く、尖った爪と両脇に風を捉えることができる袋のような皮膚を備えている。
『もきゃ!』
「ルルるん! おかえり!」
『チハル! オレサマ、見つけたもきゃ!』
「ん?」
スルスルとチハルの足を伝って彼女の肩まで登ってきたルルるんと呼ばれた小動物。
彼はいたく興奮した様子で、「もっきゃもっきゃ」と繰り返している。
そこへ、カラスが羽ばたいてきて、小動物の背中を突っついた。
『とりあえず落ち着け。クソモモンガ』
『オレサマ。モモンガじゃないもきゃ』
『フクロモモンガだったか。どっちでもいいじゃねえか』
『どっちでもないもきゃー! オレサマは魔王様もきゃー』
『はいはい。妄想はいいから、落ち着いたか?』
『もきゃあああ! クソカラスと遊んでいる場合じゃないもきゃ。チハル。オレサマ、見つけたもきゃ!』
嘴で襲い来るカラスを払おうとしたフクロモモンガことルルるんがバランスを崩し、べチャッと床に落ちる。
今度はチハルがしゃがんで両手で彼を抱っこした。
「どうしたの? お腹すいたの?」
『魔晶石もきゃ。俺サマ、魔晶石を見つけてきたもきゃー!』
「すごーい! わたしも見つけた……ううん、みんなに手伝ってもらって魔晶石を手に入れたんだよ」
『なんだってーもぎゃあああ! 俺サマ……の旅は』
「ありがとう! ルルるん!」
チハルがぎゅううっとフクロモモンガを抱きしめる。
彼もまんざらではない様子で大きなピンク色の鼻をヒクヒクさせ、されるがままになっていた。
ハッとなった彼はジタバタと尻尾を大きく揺らし、チハルの腕からするりと抜ける。
今度はちゃんと床に着地した彼はどこにしまっていたのか、ラブラトライトに似た石――魔晶石を小さな両手で挟み込むようにして抱え上げた。
『使ってくれもきゃー』
「うん! スレイプニルを喚ぶんだね」
『そうもきゃー!』
「うんうん!」
ルルるんから受け取った魔晶石を両手で包み込むようにして胸に抱いたチハルが、天使のような微笑みを浮かべる。
一度目を閉じ、すぐに開いた彼女は小屋の外に出て、てくてくと15メートルくらい歩く。
青々と茂る草原に足を揃えて背筋を伸ばした彼女は両手を開き、魔晶石を天に掲げる。
――ワタシの記録を呼び出します。
チハルが心の中で念じる。
「魔晶石のコードを実行します。対象は氷の覇者『スレイプニル』」
チハルの黄金の瞳が光を失い、彼女は抑揚のない声で呟く。
「実行中。完了まであと10秒」
魔晶石が強い七色の輝きを放ち、粒子となって溶け始める。
10を数える頃、魔晶石は全て光の粒子となって消失した。
「にゃーん」
光が消え、チハルの足もとに忽然と白猫が姿を現す。
白猫は両足を揃え、首をあげ呑気な鳴き声を出す。
『スレイプニル!』
感極まった様子でルルるんがもっきゃもっきゃとたどたどしく駆け寄ると白猫が首を下げ、彼を背に乗せた。
『スレイプニル! おかえりもきゃー』
「にゃーん」
白猫が首を回し、フクロモモンガを背に乗せたままゆっくりと動き始めた。
「おかえり。スレイプニル」
『よお!』
元に戻ったチハルとカラスも白猫を歓迎する。
『これでオレサマたちは無敵もきゃー!』
「にゃーん」
遠くで叫ぶルルるんとスレイプニルの声がチハルの耳に届く。
いつの間にか、二匹はかなり遠くまで移動したようだった。
『で、どうする。チハル? もう一個は?』
「スレイプニルにって思ってたの」
『まあ、誰でもいいんじゃねえか。いずれにしろ「全員」喚ぶんだろ?』
「うん。グウェインさんと約束したもん!」
『あいつの言う事なんて真に受けなくてもいいんだぜ』
「でも、わたしにしかできないってグウェインさんが言ってたから。だから、わたしがやりたいの。わたしには何もないから」
『んなことねえよ。お前を慕う人間だっている』
『お、俺も一応……』と声のトーンを極端に落として呟くカラスの声はチハルには聞こえていない様子。
一方でチハルは「ふんふんー」と鼻歌を歌いながら、もう一つの魔晶石を懐から出し手の平の上に乗せた。
「どうしたの? クラーロ」
『何でもねえ』
「変なクラーロ。あ、お腹が空いたんだね」
『……今日の分の魔力は使っちまったんだろ?」
「ううん。まだリンゴ一個は大丈夫だよ。クラーロの晩御飯の分なの」
にこおっと嬉しそうに微笑むチハルにクラーロはそっぽを向く。
彼女と目を合わせぬまま彼は「くああ」と囀った後、チハルに提案をする。
『せっかくなら、多少作業ができる奴がいいんじゃねえか?』
「うん!」
先ほどと同じようにチハルが魔晶石を天に掲げると光を放ち、彼女の足もとに短い茶色の毛に包まれた動物が出現する。
大きさは中型の犬ほどで、鋭い前歯、体に比して小さな前脚、後ろ脚は水かきになっていた。
最も目立ち奇妙なものが尻尾で、フサフサした毛に包まれているわけではなく、堅い皮膚がむき出しでオールのような形をした平たいものとなっている。
「びば!」
そいつは元気よく鼻を引く付かせ叫んだ。
『た、確かに、こいつは木を切り倒したりできるが。まあいい、チハルが決めたことだ。よろしくな、ビーバー』
「おかえりなさい!」
奇妙な動物――ビーバーに対しても白猫スレイプニルと同じように歓迎するチハルとクラーロ。
笑顔のままチハルはペタンとその場で尻餅をつく。
まるで糸が切れたかのような彼女の動作にクラーロが慌てた様子で嘴を開いた。
『大丈夫か?』
「うん。魔力は使ってないから」
『それでも少し休んだ方がいい。あいつらは放っておいても問題ないだろ』
「そうかな。みんなでお食事したいな」
『まだ昼間だ。少し休んで食事の準備をすりゃいい。ソルが狩りから戻るまで休んでおけよ』
「うん! そうするね!」
素直にカラスの助言に従ったチハルは小屋へと向かう。
一方で置いて行かれる形になったビーバーはその場で前歯をカリカリとやって、周囲を見渡していた。
何かを見つけたのか彼はのそのそと歩き始めたが、その歩みは遅い。後ろ脚が水かきになっているからだろう。
こうしてチハルの元に、新しいおともだちが二体も増えたのだった。
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