第16話 アーティファクト

「すまん、前置きが長くなってしまったな」


 パンと柏手を打ったマスターが、自分の両膝をパンと叩き立ち上がった。

 執務机の裏手に置いてあった頑丈そうな箱を開け、ダガー二本と置時計を抱え静かにテーブルの上に置く。


「気持ち良く飲んでいたら、とんでもねえものを渡されて酔いが覚めちまったよ」

「お互いに信頼しあってないってわけではないのよ。たった一晩だけど、何かあったら事だから」


 アマンダが三角帽子を脱ぎ、マスターに向け礼をする。

 彼女らが昨晩ギルドに到着した時には既にギルドは閉じていた。しかし、隣で営業する酒場はまだまだこれからといったところ。

 毎晩酒場にいるマスターを捕まえ、大迷宮で拾ったアーティファクトを彼に預けたというわけだ。

 非常に高価なものだし、それぞれが分けて持つことも考えていたが、最善はギルドによる保管だった。幸い、ギルドマスターがその場で預かってくれて今に至る。


「分かってる。お前らが真っ先に俺へ預けてくれたことがギルドへの信頼の証だってこともな」

「マスター。その笑顔、怖いっす」


 ニヤリと白い歯を見せるハゲ頭のマスターにルチアがたじろく。


「まずは鑑定で良かったのか?」

「そのつもりだ。全員で鑑定に行くつもりだ」

「問題ねえ。アーティファクトを同時に三品となると、魔道具屋も困るだろ」

「そんなもんか」

「そんなもんだ。ほれ、魔道具屋にアーティファクトがある。それも三品もと噂になってみろ」


 良からぬ輩が良からぬことを考えるかもしれねえ、とギルドマスターが暗に示す。

 それを言ったら俺はアーティファクトを持ち歩いているんだけどな、とつい喉元まで出かかったゴンザであったが、それは自分の見た目も大きく関わっているんだろうなと納得し口をつぐむ。

 2メートル近くある巨漢の持ち物をどうこうしようと思う者はそうそういない。まして、ゴンザはギルドの中でも上位者として知れ渡っているのだから。

 それを言ったらアマンダらも同じだろうに。

 などと考えていたゴンザだったが、背筋がゾクリと寒くなる。

 そして、ゴンザは考えるのを止めた。


 コンコン。

 ちょうどそこで扉を叩く音がする。

 

「入ってくれ」

「失礼します」


 依頼の受付嬢がお辞儀をして、小柄な妙齢の女性がペコリと頭を下げた。

 彼女はチハルも知っている人のようだ。


「クレアさん!」

「あら、チハルちゃん。奇遇ね」


 その人とは個人で魔道具屋を切り盛りするクレアだった。

 彼女とてギルドマスターからここで何を行うべきか聞いている。それでも、顔色一つ変えずに親し気にチハルへ微笑みかけるとは相当胆力があると言えよう。

 この部屋には高価な「未鑑定の」アーティファクトが三品もある。その場にチハルがいたことに彼女も内心驚いているのだろうが、そんな態度は露ほどにも見せない。

 他にいる面子は彼女も知っている三名だった。

 三人のうち二人はアーティファクト持ちで、三人ともクレアの店に来たことがある。


「お、チハルも知っている人だったか。彼女なら安心して任せることができる」

「まあまあ、マスターったらお世辞がうまいんですから。私なら個人店だから、都合がいいのよ」


 「ね」とマスターに人好きのする笑顔を見せたクレアに特に緊張した面持ちはない。

 マスターはマスターでクレアの笑顔にちょっとデレていた。


「マスターって」

「こら。ルチア。野暮なことは言わないの」


 「え、やっぱそうなんすか」とルチアがアマンダの耳元で囁く。

 しかし、アマンダは小さく首を振り人差し指を自分の唇に添える。それだけで、ルチアも彼女が何を言わんとしているか察したようだった。

 

「お前ら……本当に失礼な奴らだな」


 しっかり聞こえていたマスターが苦笑する。

 それに対しチハルを除く女性陣が笑い、ゴンザは気まずそうに小さくなっていた。

 

 場が落ち着く頃合いを見て、クレアがマスターの隣に腰かけさっそくアーティファクトの鑑定を始める。

 彼女は置時計に指先を触れ、目をつぶった。


「いつもと違うんす……むぐ」


 ルチアが鑑定に訪れた時にクレアは虫眼鏡とかいろいろな道具を使っていた。

 今は何も持たずに目をつぶるだけ。疑問を口にした彼女の口をアマンダが塞ぐ。

 彼女も「しまった」と目に謝罪の色を見せた。クレアの集中を乱してはいけないことがすぐに分かったからだ。


「これは、珍しいアーティファクトね。『魔力測定器』よ」

「どんなものなんだ?」


 マスターの問いかけにクレアが説明を始める。

 置時計に見えた文字盤は魔力の量を示す目盛りで、下部の引き出しに魔石を入れると魔力の残量を計測することができるとのこと。

 魔石は色合いによってだいたいの魔力残量が分かるので、探索者にとっては無用の長物かもしれない。

 もっとも魔力が込められた魔石は澄んだ青色で、使えば使うほど赤色へと変色していく。最後はくすんだ赤色となり、魔石として使えなくなる。


「試してみるか」


 マスターが澄んだ青色の魔石ともう使えなくなったくすんだ赤色の魔石を持ってきて、クレアに手渡す。

 赤色の魔石だと全く反応しなかった目盛りが、青色の魔石だと1センチほど動く。

 

「目盛りがこんなに幅広いのに、ちょこっとしか動かないんすね」

「この小箱の中に入るものだったら、計測できるのだけど魔石じゃ魔力が少ないんでしょうね」


 とクレアに言われてもルチアにはピンと来ない。

 魔力が含まれる小さな物といえば魔石以外に何かあっただろうか。

 

「クレアさん。私たちの魔力を計測できたりしないのかしら」

「そうね。やり方はありそう。もう少し調べてみれば分かるかもしれないわ」


 アマンダの質問にクレアが応じる。

 彼女の回答に喜色をあげたのはマスターだった。


「もし探索者の魔力を計測できるってんなら、是非ともギルドに欲しい」


 探索者の魔力量を数値化できるとしたら、この上なく有用だ。

 新人ならば潜在的な力を計ることができるし、そうでないにしても成長量を計測することができる。


「そんで、クレア。その計測器とやらはいくらくらいになるんだ?」

「そうね。使い勝手が限定的だし、アーティファクトとしての価値を加味して50万ゴルダってところかしら」


 「おおー」と聞いたゴンザとルチアの声が重なった。

 魔力測定器はマスターが買い取ることで合意し、続いてダガーの鑑定となる。

 鑑定をしたクレアの顔が険しくなり、何も言わず残ったもう一本のダガーも調べ始めた。

 

「ふう。少しガードが固かったわ。このダガーは二本で一つよ。左右の手に持って双剣のように使う武器ね」


 クレアが続ける。

 名称は「ダンシングダガー」で持ち主の手を離れてもダガーを動かすことができたり、投擲した後、自動的に手元に戻したりすることができるのだそうだ。

 別名「意思を持つダガー」とも呼ばれ、なかなか使い勝手のよい武器というのがクレアの印象である。

 

「まだあるわ。このダガーの材質はミスリルよ。決して欠けることもないでしょう」

「お高そうっすね……」


 タラリと冷や汗を流したルチアが上目遣いで口を挟む。

 

「そうね。私が買い取るとしたら二本セットで500万ゴルダかしら。珍しい特性を持っているから好事家こうずかたちがお金を出しそう」

「そうっすか……」


 思った以上の高価格にルチアが固まる。

 そんなルチアに対しゴンザが普段より大きな声で殊更明るく言い放つ。


「やっぱこいつは、ルチアが持て。いいよな、アマンダ、チハル」

「ゴンザとチハルちゃんがいいなら、私に異議はないわ」

「うん!」


 アマンダとチハルは即答する。

 この後、激しい話し合いの結果、ゴンザに置時計を売った50万のうち40万を。チハルに10万を分けると言う事で決着した。

 チハルは自分は魔晶石を得たからと抵抗したのだが、そもそもチハルの導きで発見できたアーティファクトだからとゴンザがお金を握らせたのだ。

 そんなこんなで、今回の件はこれにて終了と相成ったのである。

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