第15話 リンゴうめえ
目覚めたチハルはベッドから起き上がり、左右に目を向ける。
ソルが部屋の中で丸くなって寝そべっていることに気が付く。チハルはすとんとベッドから降りて、ソルには触れずにカーテンを開く。
朝の光が柔らかに差し込み、チハルの金色の髪に反射しキラキラと輝いた。
待っていたのか、窓枠には小鳥が止まっていて彼女に嘴を向けている。
「どうぞ」
チハルはパンくずを小鳥に与え、にこにこと微笑む。
小鳥がツンツンと餌を突き始めたところで彼女はくるりと踵を返し、キッチンへ向かう。
『よお』
「おはよう。クラーロ」
カラスのクラーロは積まれたリンゴの上に乗っかり「早く、早く」と急かしているようだった。
「待ってね」
うんしょとリンゴに手を伸ばそうとしたチハルに対し、クラーロが足で掴んだリンゴを彼女の手の平に落とす。
リンゴを両手で握った彼女は椅子に腰かけ目をつぶる。
彼女の長い絹のような髪が浮き上がり、一瞬だけリンゴが光った。
「はい」
『おう』
クラーロが一心不乱にリンゴを突き始める。
チハルはといえば、朝食もとらずに残りのリンゴにも同じように念を込め始めた。
『もっちゃもっちゃ。ん。今日も魔法のリンゴを売りに行くのか?』
「うん!」
『あいつらと会う約束をしてただろ』
「ギルドで会うから、リンゴも!」
『こうもっと一攫千金を狙った方がいいんじゃねえのか? 魔晶石って高いんだろ?』
「大丈夫だよ! ちゃんとお金は増えてるよ。時計、買うんだよね?」
『時計よりチハルの欲しいものを買ってくれ。くああ』
「ダメだよ。時計がないとクラーロが時間、分からないんだもん」
『全く……』と毒付きながら、クラーロが残ったリンゴの芯まで丸のみする。
続いてチハルが念を込めたリンゴ――魔法のリンゴをもう一つ拝借したクラーロがすぐに嘴でそれを突っつき始めた。
『チハルは喰わねえのか?』
「ご飯はおいしいけど、どっちでもいいの」
『まあ、ここなら俺とソル以外誰も見ていねえから、構わんが。外で寝ころぶか?』
「そうするよ」
積まれたリンゴ全てに念を込め、魔法のリンゴとなったリンゴをバスケットに詰めるチハル。
首を起こしたソルの頭を撫でたチハルは外へ出る。
柔らかな風が彼女の頬を撫で、草原という名のベッドが彼女を呼んでいるかのようだった。
バスケットを脇に置き、腰を降ろした彼女は「ん」と空を見上げる。
仰向けに寝転ぶと、背中に大地の力が感じられた。
彼女の姿を見つけた先ほど餌をやった小鳥たちが彼女の肩にとまり、ちゅんちゅんと囀っている。
「グルル」
『このまま昼まで寝てもいいんじゃねえか?』
「ううん。あと7分25秒でいいよ」
ソルと共にやってきたクラーロが彼女に問いかけた。
対するチハルは首を横に振り、笑顔を見せる。
こうして彼女なりの「朝食」を終えた後、ソルの背に乗り街の入り口へ向かう。
◇◇◇
ソルとは街の入り口で別れ、バスケットを片手にてくてくとギルドまでやって来たチハル。
「こんにちは!」
元気一杯に挨拶をして中に入ると、両手を振ったルチアがてててっと駆けて来る。
「チハルさん! 今日も愛らしいっす!」
「ルチアさん、こんにちは!」
「みんなもう来てるっすよー。ささ、こちらへ」
「うん!」
チハルが頼んだわけではないのだが、ルチアが彼女の持つバスケットを持ってくれて彼女と並んで奥へ進む。
ゴンザとアマンダが揃って彼女に向け手をあげ、飲み物もそのままに椅子から腰を浮かせる。
「ギルドマスターの部屋で話すことになってな」
鼻の頭をかいたゴンザが顎でカウンターを指す。
「高価なモノだしね。余り他の人には見られたくないのよ」
「うん?」
アマンダがチハルに事情を説明してくれたものの、チハル本人は余り分かっていない様子だった。
ギルドマスターの執務室では、ハゲ頭の本人もドカッと椅子に腰かけ彼女らを待っていたらしい。
待ちくたびれたのか、部屋の扉を開けたときに大きな口を開けて欠伸をしている始末。
「おう、いろいろ報告ありがとうな」
「探索者だもの。一応は、ね」
マスターの礼に対するアマンダの態度は素っ気ない。
彼女は誰に対しても物おじすることなく、色気のあるお姉さんという態度を取る。例外は幼い子供だけというのはルチア談。
マスターは跳ねるように椅子から腰を浮かせ、チハルの前でしゃがみ彼女と目線を合わせる。
「それにしても、チハル。リュート無しで危なくなかったか?」
「フルートを持っているよ!」
「口が塞がるだろ。置いておくのはいいが、ちゃんと使うところでは使えよ」
「うん!」
ゴンザと同じく、ハゲ頭で額に大きな傷のあるマスターがデレデレの笑顔をすると気持ち悪い。
不気味な笑顔を向けられている本人は気にした様子はなかったのが、彼にとって幸いだろうか。
失礼なことにルチアがとても嫌そうな顔をしているのはご愛敬である。
顔をあげたマスターはふんと荒い鼻息をルチアに向けたが、彼女は「ないない」と右手を左右に振っていた。
明らかに上司に対する部下の対応ではない。
しかし、マスターはマスターで特に気にした風もなく、再びチハルへ向き直る。
「チハルの夜の仕事のこと、あいつらに喋ってもいいか?」
「うん! ゴンザさんたちはチハルと一緒に来てくれたんだもん」
「そうかそうか」
チハルの頭を撫で、益々頬が緩むギルドマスター。不気味さが5割増しになり、ルチアが一歩後ずさる。
そんな中、ゴンザも口元に手を当て緩む頬を隠していた。
「ゴンザさんたち」だとよ。そうかそうか、「ゴンザさんたち」か。などと彼は考えていたらしい。
ソファーに案内されちょこんと腰かけるチハル。彼女の右にはルチア、左にはアマンダである。
ゴンザは体が大きいため、右手のカウチで、ギルドマスターはチハルたちの対面に腰かけていた。
「チハルが魔法のリンゴと一緒に護符も渡していただろ」
「これね」
アマンダが懐から護符を取り出しテーブルの上に置く。
「おう、それだ。迷宮に向かう探索者の探索日数と階層をギルドで把握しているだろ。そんで、予定より遅くなっているパーティがいたら、チハルに救出を頼んでいたんだ」
「チハルさんの魔曲なら、救い出すことは難しく……。でも、どこにいるのか……あ、その護符っすか」
「そうだ。護符が目印みたいなもんでな。チハルには護符を持つ者がどこにいるのか分かる。そんで、頼むときにはチハルがそこに置いてあるリュートを持って行く」
「なるほどな。リュートならフルートと違って口があく。ソルに乗っていれば移動も問題ない」
マスターの言葉にルチア、続いてゴンザが合いの手を打つ。
「このことは俺とチハル。あとは受付の一部の者しか知らねえ。お前たちにも秘密にしておいてもらいてえ」
「分かったわ。チハルちゃんの為にもその方がいいわね」
即答するアマンダに他の二人も否がないようだった。
チハルの能力が知れ渡ると、彼女を攫い迷宮へ、秘境へ、と向かおうとする者も出て来るだろう。
彼女の魔曲は素晴らしいものだが、彼女本人は年相応の身体能力しか持たない。
彼女の安全のためにも、このことは秘密にしておいた方が良い。
ギルドマスターもこの場にいる探索者三人も思うところは同じだった。
「わたしは?」
「チハルちゃんは今まで通り、魔法のリンゴを売って、夜にマスターからお願いがあったら迷宮に行くといいわ」
「うん!」
自分が話に加わっていなかったことで、質問をしてきたチハルに対し、アマンダが柔らかに応じる。
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