第14話 宝箱

 宝箱の中は紙くず……が塵になったものが詰まっている。

 紙ではなく、埃が溜まっただけなのかもしれない。宝箱は隙間なくきっちり蓋が閉じていたので、外から埃が入ることはほぼないはず。

 だが、この宝箱がどれほど長い間、この場所に置かれていたのか不明であるため、埃であることも否定できない。

 彼らにとっては紙くずでも埃でもどちらにしても変わらないわけであるが。どちらにしてもゴミ……でしかない。

 

「うっぷ」


 蓋を開けた勢いだけで塵が宙を舞う。

 ワクワクして中を覗き込んでしまったルチアが思いっきりむせる。


「もう、シーフはもう少し慎重にならなきゃ」

「あ、ありがとうっす」


 アマンダから手ぬぐいを受け取ったルチアは、口元を布で覆い他の人を下がらせた。


「ゴミを全部ばさっとやってみます」


 そう宣言した彼女は扇をパタパタと振るう。

 大量に埃が舞い、中から意匠が施されたダガーが二本出てきた。

 他にも短い針と長い針が特徴的な古ぼけた置物……恐らく置時計も発見する。

 

 次はハケで細かい埃を取り除き、最後は布で拭って磨くルチア。

 ルチアが作業をしている間、ゴンザとチハルの二人は彼女を見守っていた。

 一方でアマンダは宝箱の中にあった塵の中でも大き目の欠片をつぶさに観察している。

 

「古銭みたいね」

「古代王国では金属じゃなく、紙が貨幣だったんだってなっく」

 

 埃が鼻に入ったのかゴンザは最後の方で言葉が詰まりくしゃみが出た。

 アマンダはきっちりハンカチで鼻を抑えつつ会話しているため、平気な様子。彼女は本業のシーフであるルチアより余程慎重だ。

 ザ・ワンのような迷宮と呼ばれるダンジョンの多くは、古代にあった建物の跡地だと言われている。

 風化してしまう構造物と風化しない構造物にハッキリ別れていて、風化しない代表は迷宮の壁だった。

 何故、古代の建物の跡地なのだと言われているかというと、ところどころに生活の痕跡が見えるからである。

 その多くは風化し、今となっては原型をとどめていないのであるが……。

 それでも一部の痕跡は残っているし、ルチアが大事に磨き上げている置時計やダガーといった「風化しない」一品も極まれに発見されることはある。

 これら、ごく一部の風化しない物品は古代の遺物――アーティファクトと呼ばれていた。

 

「綺麗になったっす!」

「戻ってから鑑定にかけましょうか」

「ダガーはルチアが持てばいいんじゃねえか? いいよな? チハル」

「うん!」


 ホクホク顔のルチアが固まる。

 そらそうだ。ゴンザの提案はとんでもないものだったのだから。それをあっさり了承するチハルもチハルだ。

 アーティファクトは非常に高価で、使いどころのないものであっても10万ゴルダは下らない。

 「使える」ものとなれば数百万ゴルダの値がつけられてもおかしくないのだ。

 だから、鑑定し結果を確かめた後に換金するか、そのまま持つか判断したいところ。

 ダガーをルチアに渡すとしても、同じパーティのアマンダはともかくとしてゴンザとチハルにそれなりの謝礼は渡すものである。

 探索者は何か発見した際には一緒に探検したメンバーと山分けするのが常だった。

 よりにもよって最も高級そうなダガー二本を無償で譲ると言っているのだから、ルチアが硬直するのも当たり前といえば当たり前のこと。

 そこで彼女の相棒アマンダが助け船を出す。

 

「ゴンザ、チハルちゃん。ルチアが困っているわ。地上に出てからお話ししましょう?」

「今回の功労者はチハルだ。チハルが宝箱の中のものは好きにしろと言っているのだからと思ってな。俺じゃダガーは使わねえし。チハルには重いだろ」

「お金にすることだってできるじゃない」

「未踏の地で発見したものを売るのも、なあ……」


 ゴンザの想いは金銭とは別のところにあった。

 チハルらと25階まで来て手に入れたアーティファクトなのだから、この中の誰かに持っていて欲しい。

 というようなことを彼がボソボソと非常に回りくどく説明する。

 彼の言わんとすることを汲み取ったアマンダがいい笑顔を浮かべて両腕を組む。


「ロマンティストなのね。可愛いところあるじゃない」

「うるせえ!」

「呪いのダガーじゃないことを祈るっす」


 はっしとダガーを胸に抱くルチアであったが、柄からダガーを抜き放つことはしなかった。

 アーティファクトはただ劣化しないだけでなく、不思議な力を持つものが多々ある。特に武器はほぼ全て何らかの「固有能力」を持つ。

 握りしめて魔力を込めると炎が噴き出す、形状が変わる……など効果は武器それぞれ異なる。

 厄介なことに中には使用者の身体を傷付けるものまであったりする。だから、ルチアはダガーを抜かない。

 抜き放ちさえしなければ、固有能力が発動してしまうことがないからだ。では、鞘の無い武器はどうなのかというと、持ち手に触れなければいいとなる。


「グルル」

「ソル? お腹が空いたの?」


 ずっと大人しかったソルが低い声を出す。ソルの背中を撫でたチハルが彼に問いかけた。


「俺もだ。チハル。22階の小部屋で休憩するか?」

「うん!」


 ソルに襟首を甘噛みされ引っ張り上げられたチハルがストンと彼の背におさまる。

 カラスも彼の首元に乗り、「くああ」と気の抜けた鳴き声を出す。

 

 ◇◇◇

 

 途中小部屋で休息をとったチハルたちは、元来た道を歩き無事地上へ帰還する。

 ゴンザたちからすれば有り得ない速度で25階まで行って戻ってきたわけだが、それでもさすがに外は真っ暗闇になっていた。


「ちっと遅くなっちまったが、腹も減ったし食べてから解散にするか?」

「ごめんね。わたし、もう寝なきゃ」

「もう遅いものな! ソル。お姫様のエスコートを頼んでいいか?」

「グルル」


 任せろと首を高く上げるソルを撫でるチハル。

 明日の朝ギルドで集合することにして、この場は解散となったのだった。

 

 ゴンザたちと別れた後、チハルは頭をソルの首元に埋め小さく息を吐く。

 

「もうすぐ稼働限界になっちゃう。ソル。このまま寝ても大丈夫かな?」

『問題ねえ。眠っていてもソルならチハルを落とさず寝床まで運べるってよ』

「ありがとう。ソル。クラーロもね!」

『俺は何もしてねえよ』

「一緒に来てくれたもん」

『ったく。早く寝ろ』

「まだ1分22秒もあるもん」

『時計がない俺には「時間」ってもんが分からん。時計を買おうぜ。見方を教えてくれよ』

「……」


 スヤスヤと寝息を立てるチハルに『ったく』と毒付きながらも『おやすみ』と口走るカラスであった。

 こうしてチハルの長い長い一日は終わりを告げる。

 空には満点の星空が浮かび、真ん丸の月が彼女らを見守っているかのようだった。

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