第13話 25階

 25階へ続く階段を降りると大広間だった。彼らがこれまで見たどのような広間より広大な空間がそこに広がっている。

 アマンダのナイトサイトの魔法によって、彼らの視界は昼間のように良好だ。

 しかし、前方に広がる空間の先は霞んで見えない。それほどまでにこの広間は規格外の広さを持っていた。


「本当に25階まで来ちまうなんてな」

「数時間くらいしか経ってないっす」


 この中で一番深い階層まで潜ったことのあるゴンザでも、25階へ足を踏み入れるのは初めてのことだった。

 しかし、彼の中にあったのは初踏破という感動ではなく、戸惑いの方が大きい。

 相槌を打つルチアにしても似たようなもので、本当に自分達が25階にいることが俄かに信じられないでいた。

 それもそのはず、彼女の正直な気持ちは今彼女が口にした言葉の通りである。

 順調……いや、そのような表現では生温い。探索者たる彼女らは幾度となく迷宮に潜って来た。

 ゴンザが22階まで潜り、地上に戻るまでに数日を要したのだが、チハルと共に迷宮に入ってからまだ数時間しか経過していない。


「道が分かり、モンスターとの戦闘もない。道中で罠にかかることもなかった」

「どこにも触れてないっすからね! それに、『正解の道』には罠がないんす」

「そうか。床が突然開くことがあるが……」

「最短距離であって、『正解の道』を通っていないんじゃないっすか?」

「かもしれんな。嫌らしいことに落とし穴の位置はたまに変わるんだよ」

「自分がいれば、絶対に引っかからないっす! 安心してくださいっす」


 無い胸を反らしにっと親指を前に突き出すルチア。

 彼女の「シーフ」の矜持に「だな」と笑うゴンザであった。

 

「ほら、お喋りしていないで行くわよ。もうソルが動き始めてるわ」


 既にソルについて行っているアマンダに促され、ルチアとゴンザの二人も後に続く。

 どこまで広いのだろうか。歩き続けてもまだ壁が見えてこない。

 不安に駆られたルチアが後ろにチラリと目をやる。自分達が降りてきた階段は遠すぎて既にもう見えなくなっていた。

 よそ見をして、モンスターの足に自分の足を引っ掻けそうになったルチアの顔が青くなる。

 特殊な大部屋という構造ではあったが、迷宮は迷宮。モンスターは当たり前のように存在している。仕切りがないため、もし戦闘になっていたら……ルチアはブルリと体を震わせ首を左右に振った。

 

「す、すいませんっす。自分シーフなのに……情けない……」

「仕方ないわよ。これで動揺するなってのが無理というものよ」


 ずうんと落ち込むルチアをアマンダがよしよしと慰めた。

 まるで子供をあやすかのようなアマンダに対して、甘えようとしたルチアであったがグッと堪える。


「ダメっす。しっかりしないと」

「うふふ。そろそろ到着するみたいよ」

 

 見るとソルの頭からカラスが離れ、空を舞っているではないか。


「くああ」


 カラスが空中に「とまり」、コツコツと嘴を前後に揺らす。


「見えない壁が……あるんすか?」


 初めて見る迷宮の透明な壁にルチアが目を見開く。

 カラスの示す位置は彼女が背伸びしても届かないほど高い。

 まずは壁が触れても安全かどうかを確かめた彼女はゴンザの肩を借り、カラスが嘴を振るっていた位置に手を当てる。

 あの隠し部屋と同じように丸い窪みが無いか探ってみるものの、これといって変わったところがない。


「うーん。変わったところは無さそうっす……」

「ガツンと行けば何とかなるかもしれねえぞ」

「まさかの力押しっすか。迷宮の壁は頑丈で叩いても傷一つ付かないんすけど」

「一理あるわ」


 アマンダの冷静な突っ込みに、冗談のつもりで「叩け」と言った当の本人ゴンザが一番驚いた顔をしている。

 一方ルチアは、「アマンダの言う事なら……」と逆に納得した様子だった。

 

 ゴンザの肩から降りようとしたルチアに対し、アマンダが「そのままでいてちょうだい」と待ったをかける。

 続いて彼女は杖を握りしめ、呪文を唱え始めた。

 

「ストレングス」


 ルチアの体が赤い光に包まれ、すぐに光は消失する。


「力がみなぎってきたっす」

「クラーロのコツコツするところを思いっきり叩いてみて」

「トンカチでもいいっすかね?」

「痛いかもしれないけど、張り手がいいかも」


 アマンダに言われた通り、腕を振り上げペシーンと手のひらで見えない壁を叩くルチア。

 何ら変化がないように思えたが、止まっていたソルが前へ進む。

 

「どうやら開いたようね」

「おいおい、マジかよ」


 信じられないと首を振るゴンザに、「うふふ」と微笑みを浮かべるアマンダは対照的であった。

 三人はソルの後に続く。

 

 見えない壁をくぐり抜けると、外からでは広間が続いているように見えたのだが、奥に祭壇があり中央に宝箱が安置されていた。


「不思議な作りっすね」

「魔法的に結界でも張っているのかしらね」


 感想を述べあうルチアとアマンダをよそに、ソルは淀みなく進み宝箱の前で立ち止まる。

 チハルはチハルで動揺した様子が微塵もなく、相も変わらず無表情でフルートを奏で続けていた。彼女のフルートの演奏が止まれば、外にいるモンスターが殺到してくることは想像に難くない。

 先ほどの小部屋のように入口を閉じることができればいいのだが……。

 

「チハルさん、安全確保できる仕掛けってないんすか?」


 ルチアが問いかけたものの、チハルからの反応はない。

 代わりにカラスが動き、祭壇の床にある溝をコツコツと突いていた。

 そこで、チハルがフルートから口を離し、魔曲の演奏を停止させる。

 

「入口は閉じたよ」


 黄金の瞳に色が戻ったチハルがにこおっと微笑みを浮かべ三人に向けてそう言った。

 見えない壁から外の様子を窺うことはできないのだが、チハルが言うのだからそうなのだろうと三人とも疑うこともなく納得する。

 

 チハルは宝箱の上蓋に体を預け「うんしょ」と手を伸ばす。


「宝箱を開けるっすか? 罠があるかもっすよ」

「ううん。これが欲しいの」


 チハルの指先が僅かに届かないその先には宝箱の装飾品であろうラブラトライトがはめ込まれていた。


「自分がとってもいいっすか?」

「いいの?」

「もちろんっす! たぶん取れないようにきっちりハマっているはずっすから。触れるだけじゃ取れないっすよ」

「ん?」


 ハテナマークを浮かべるチハルと位置を交代したルチアがラブラトライトをつぶさに観察する。

 これなら、持ってきた道具で外せそうっす。

 と判断した彼女はヘラと針を出して、ラブラトライトの縁をなぞってみる。

 それだけでラブラトライトが宝箱から外れたのだった。

 拍子抜けした彼女だったが、ラブラトライトを掴みチハルに手渡す。

 

「どうぞっす」

「ありがとう!」


 手のひらにラブラトライトを乗せたチハルはさも嬉しそうにそれを見つめる。


「チハルちゃん、それって魔晶石かしら?」

「うん! ずっと欲しかったの。でも、わたしとソルじゃ取りにこれなくて」

「宝箱はいいの?」

「わたしには必要ないよ。アマンダさんたちは?」

「25階の隠された部屋にどんな宝が入っているのか興味がないと言えば嘘になるわ」


 「ね」とアマンダがルチアとゴンザに目を向けると、二人は即座に頷きを返した。


「開けていいっすか? チハルちゃん」

「うん! 罠はかかってないよ」


 ルチアは罠を調べることなく、宝箱の蓋を開こうと力を込める。

 ギギギと鈍い音がして、宝箱はあっさりと開いたのだった。 

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