第12話 休憩所
「ピースメイキングの
いつもキラキラと輝いている黄金の瞳が色を失い、無表情になったチハルはフルートに口をつけた。
聞く者全てに鎮静効果をもたらす魔曲「ピースメイキング」の旋律が、死と隣り合わせの迷宮に響く。
耳をペタンと下げ、彼女の奏でる音色に聞き入っていたソルが、ゆっくりと歩き始める。
「俺が前に」
ハッとなったゴンザが小走りでソルの前に出るものの、頭をガシガシとかき彼の横にならんだ。
ゴンザとて迷宮都市ザパンの一級の冒険者である。迷宮に潜るにあたって必須アイテムである地図は持っていた。
彼にとって4Fならば何度も通った道だ。5Fに続く道が分からぬはずがない。
しかし、この場はチハルに任せた。25Fまで全ての道を把握していると言う彼女の言葉を疑わぬわけではないが、探索者としては確かめねばならない。
ソルに先行させ本当に彼女が正しい道を進むのかを。
間違っていたらそれはそれでいい。むしろ、ゴンザは間違っていることを望んでいる節さえあった。
彼女が一体何を抱えているのか。これまで彼女が見せた能力は普通じゃあない。連れているソルという黒豹もS級に位置づけられる幻獣の一種である。
「その中でも一級品だ……」
ゴンザが若い頃に一度だけ見たことがある黒豹に似た幻獣の名はガルム。
彼の独り言に対し、後ろからアマンダの呟きが聞こえてきた。
「あの小さい坊やも幻獣の一種よ」
「え、そうなんすか。カラスの使い魔だとばかり」
「あの子、普通の食べ物は食べないのよ」
「でも、食べないと生きていけないっすよ?」
「そうでもないわ」
アマンダの言うところの「小さな坊や」とはソルの頭に乗っかるカラスのことである。
魔力の籠った食べ物しか口にしないという彼はただのカラスではないとアマンダは深い知識と聡明な頭脳から答えを導き出していた。
魔力を持つ人間は空気中から使った魔力を補充している。
といっても空気中から吸収できる魔力は極僅かなものだ。更に安静にしていなければ魔力を取り込むことさえできない。
寝ている時が最も手っ取り早いのだが、迷宮の中ともなればおちおち睡眠をとることもできないだろう。
そこで登場するのが青ポーションである。青ポーションを飲めば失った魔力を瞬時に回復することができるのだ。
難点は魔力の器の大きい者だと大き目の魔法一発分にしかならないこと。
チハルの魔法のリンゴであれば青ポーションより魔力の回復量が多いものの、それでもだいたい青ポーションの1.5倍程度である。
どうやらルチアもアマンダの言わんとしていることに気が付いた様子。
「あ、魔力の補充が睡眠だけだと足らないんすね!」
「半分当たり……かな。私の導いた答えと、ね」
「えええ、何すか。気になるじゃないっすかああ!」
「分かった。分かったから引っ張らないで。ポロリしちゃうでしょ」
「自分はしないっす」
「ルチアの話じゃなくって。もう、そんな顔しないで」
アマンダは自分の考察を愛すべき相棒ルチアに述べる。
カラス(に見える)のクラーロは魔力を取り込まねば生きていけない。
通常、魔力は使わねば消費されないのだが、クラーロは異なる。「魔力を糧」にして生きているのだ。
このような生き物がカラスのわけがない。アマンダの知っている範囲では精霊か幻獣のどちらか。
精霊は実体のない霞のようなものだと聞く。ならば、残すは幻獣だというのがアマンダの考察の結果だ。
「なるほどっすね! チハルさんの『おともだち』は只者じゃないわけっすね!」
「そうね」
チハルちゃん自身も――。
アマンダはその言葉をぐっと飲み込む。最初から分かっていたことじゃないか。チハルが普通の少女じゃないことくらい。
でも、彼女は無邪気に魔法のリンゴを売ることでいつもいつもこぼれんばかりの笑顔を浮かべていた。
その顔を思い浮かべると、彼女にはリンゴを売る生活を続けて欲しいと願う。
ギルドマスターだって彼女のことに気が付いていないはずがない。だけど、普通の少女と接するようにしているではないか。
「そうね。チハルちゃんが望むなら……」
「何すか?」
「ううん。ただの独り言よ」
アマンダは人差し指を唇につけ、パチリと片目を瞑る。
ルチアもゴンザも私と思うところは同じ。この生活がずっと続けば――。
人差し指を口元から離したアマンダはフルートを奏で続ける小さな少女の後ろ姿を見つめ僅かばかり口元を綻ばせるのだった。
呑気に会話している彼女らは座り込み大人しくなったモンスターの横を易々と通り抜け、道を進む。
チハルの魔曲によって鎮静化されたモンスターたちは皆借りてきた猫のように大人しくなっていた。
旋律の続く限り、彼らが襲ってくることもない。チハルの示した道筋は正確で、最短距離を通過し下り階段に到着する。街中を歩くよりもスムーズに、ベテランのゴンザをして過去最短時間を更新して3Fを通過した。
◇◇◇
歩くこと二時間程度で、彼女らは22階まで進んでいる。
そこで、ピタリとソルの足が止まった。
「くああ」
じっとソルの頭の上にいたクラーロが羽ばたいてゴンザの周りをクルクル回り始める。
「ん。休憩か」
「くああ」
カラスがゴンザを導くように飛び、右手の石壁をコツコツと嘴で突っついた。
壁に手を触れようとするゴンザにルチアが待ったをかける。
「罠があるかもっす。不用意に壁へ触れない方がいいっす」
「任せていいか?」
「もちろんっす! そのために自分がいるんすから」
ルチアは針を指先で挟み、慎重に壁にそれを当てた。続いて指先を当て、手の平でペタっと壁に触れる。
耳を壁に当てコンコンと壁を叩いたルチアは、「ん」と口角を上げた。
カラスがコツコツとやっているのは天井付近……。
「特に何も無いようっす。あ、ゴンザさん。肩を借りていいっすか」
「お、おう?」
「では失礼して」とちょんと彼の腰をつま先で蹴り跳躍した彼女は彼の肩の上にストンと落ちる。
カラスのコツコツを中断してもらって、ルチアは壁に丸い窪みを三つ発見した。
「同時に押せばいいんすか?」
「くああ」
首を上下に揺らすクラーロにこくりと頷いた彼女は、両手を使って「えい」と丸い窪みを一息に押す。
音はしなかったが、横にスライドする扉のように壁が動き、奥は小さな部屋のようになっていた。
ひょいっとゴンザの肩から降りた彼女は中の気配を探る。どうやら、敵はいないようだ。
「大丈夫そうっす」
まずチハルを呼び、続いてアマンダ、最後にゴンザが小部屋に入った。
この穴を閉じれば密室となって、安全に休息できそうだったが、どうやって壁を元通りにするのかと思うまでもなく、カラスが小部屋の中の壁をコツコツとやっている。
今度は床に先ほどと同じような三つの丸い窪みがあった。同じ要領で「えい」と窪みを同時に推すと、音も立てずに壁が元通りになる。
「こいつは安全に休憩できそうだな」
「うん!」
フルートの演奏を止めたチハルが元気よく返事をして、ソルの背から降りた。
瞳に色が戻っており、彼女は満面の笑みを浮かべている。
「こんなところがあったんすね」
「こいつは気が付けといっても無理だぜ」
この中で唯一22Fまで来たことがあるゴンザがぼやく。
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