第21話 居場所
スラム街のほど近く。元々は豪商の持ち物だった邸宅。今では庭は荒れ放題に雑草が生え、壁はつる草に浸食されている。アネストたちが来ることを確信していたのか、入り口の門に一人の冒険者が暗い笑みを貼り付けて立っていた。
挨拶をするでもなく、親指を後ろに向ける門番。
「中に入れってことか」
「行けば分かる」
アネストたちが門をくぐって庭に入る。門番が示したのは屋敷だ。その中にテッドはいるのだろう。
「おまえ、テッドを裏切って、よりによってこいつらに付いたのか。人を見る目がないな。テッドと一緒にいれば、いつでも美味しい目にあずかれるってのによ」
「その言葉、そっくり返すぜ。オレは仲間を仲間とおもっちゃいねえ奴に運命を預けるのは、もうごめんだ」
門番とここまで案内してくれた冒険者は顔見知りだったらしい。すれ違いざま、少しの言葉を交わして、決別をはっきりさせたようだった。
「良かったのか」
「あんたがそれを言うのか? あの時、助けてくれたのはあんたらで、捨てたのはテッドだ。この命がどうなろうと、後悔はしねーよ」
くすぐったそうに笑う冒険者。本当に後悔はしていないようだった。
屋敷の門の前に立つ。
「いいか?」
何をとは聞かない。その簡便な質問だけで、全員にアネストの本意が伝わっていた。
軋む音を上げて開いていく扉。扉の向こう側に複数の気配があるのには気付いていたが、扉を開けるとはっきりと鋭い殺気が突き刺さるのが感じられた。
「よう。きっと来てくれると思ってい――」
一階の広間に奥に居たテッド。何かを喋り終える前に、アネストは神の断罪『ジャッジメント』を振るう。
吹き抜けとなっていた広間。二階から弓矢や杖を構えていた冒険者らしき者たちが、光の剣によって薙ぎ払われた。
あとに残ったのは体の一部、または全てを失ってこの世から解放された骸のみだった。
「なっ!」
考えていたシナリオとは違ったのか、とたんに狼狽するテッド。一階に残された冒険者たちがすぐに我に返り、アネストたちへ牙を剥くが、アネストの半透明の盾にことごとくを防がれる。その隙に、ローウェンが魔法で敵を的確に削っていく。
「あとはお前だけだな」
屋敷の扉が開かれて、数瞬の間に全てが終わっていた。容赦なく切り捨てられ、魔法の的となった冒険者達は物言わぬ骸と化している。
「お、おまえら。こんなことして、ただで済むと思っているのげぎゃあああぁぁっぁぁあ」
ドサッと重い音と共に、テッドが地面に倒れる。テッドの脚は付け根から無くなっており、地面に転がっていた。
「リーン」
リーンが無言でスキルを使う。まるで時間が巻戻ったかのように、テッドの脚が元通りになった。
「へ? あ?」
「今日は一度も使ってないから、この外道に使うだけならあと五回は使えるわよ」
「なにを――!!!!」
アネストの大剣が地面に突き刺さる。テッドごときでは反応出来ない速度で振り切られた大剣は血に濡れていた。
「あと四回」
手に持っていた剣ごと、腕を切り飛ばされていたテッド。リーンのスキルにより瞬時に復元し、また五体満足な姿へと戻った。
「な、なんだよ。あのガキのことをなんでそんなに気にしてんだよ。ガキが強力なスキルを隠し持っているのはお前らも知っているだろ。たかがダンジョンに置き去りにしてきた位で、なんでそこまでああああああああああああああああああああ」
体の中心にアネストの大剣が突き入れられ、壁に縫い付けられるテッド。口から血を流しながら、逃れようともがく。
「オレたちがここに来るのを待ち伏せしてたんだ。わかっててやったんだろうが」
アネスト大剣が引き抜かれ、まるで糸の切れた人形のように床に崩れ落ちる。血だらけに、怪我だらけになりながらも瞬時に復元し、生かされるテッド。いつのまにか剣を手放し、体全体を震わせながら、床に這いつくばっていた。
「なんでだよ。あのガキだったら、多少の怪我はするかもしれないが戻ってくるだろ」
「どこだ? どこにセフィラはいる」
アネストは三枚の依頼書をテッドの前に放る。それは、テッドが受けた依頼で失敗扱いとなっている、ダンジョン内での採取の依頼書だった。
「あ、あはは。ち、違うんだ。これは本当にまじめに依頼を受けて失敗しただけで……」
響き渡る絶叫。テッドの両腕と両脚は一瞬で切り飛ばされ、ダルマとなったテッドが転がる。まるで壊れたおもちゃのように、言葉にならない言葉を吐き続けるテッド。リーンのスキルで体が復元されると、まるで幻覚でも見たかのように手足をさすり続ける。
「どれだ」
「ち、違うんだ。あのガキを捨ててきたのは『コボルトの洞窟』なんだ。この依頼書は関係無いんだ」
テッドの体が震える度に、首から血が流れる。首へと押し付けられた大剣が、この先の未来を指し示すように存在感を発していた。
「し、信じてくれ。この三つの依頼はフェイクなんだ。あんたらがすぐに探しに行ったなら、入れ違いでガキが戻ってくると思ったんだよ。あの時のちょっとした意趣返しだったんだよ」
肺の空気を絞り出すように一息にまくしたてるテッド。アネストは、テッドの頭を渾身の力で蹴り飛ばした。
壁に衝突し、気を失うテッド。リーンはアネストに無言で伺うが、視線だけで伝わったのかスキルは使わなかった。
「冒険者ギルドに行くぞ。『コボルトの洞窟』の場所と地図と手に入れる」
「なら私は馬車の……いや、早馬を三頭手配してくる。どの方向へ行けばいいか分からないから、冒険者ギルドの入り口で落ち合おう」
「私は最低限の食料と傷薬を用意してくるわ」
もうこの場所に用はないとばかりに、今後の方針を決めると屋敷を後にするアネストたち。
屋敷に入ってから直ぐに出てきたからか、門番の冒険者とここへ案内してくれた冒険者が怪訝な顔をしている。
「お、おい。どうしたんだ。テッドはいなかったのか?」
そんなはずはないと門番が食ってかかろうとしたが、アネストの視線に射貫かれただけでその場に崩れ落ちた。
「もう、ここでの用は済んだ。これから、セフィラを救いに行ってくる」
「え、おい。ったく、なんだってんだよ」
状況が全く飲み込めない冒険者だけが、その場の似つかわしくない空気を纏っていた。
「う……うん?」
自分の声が頭に響く。セフィラは痛む頭を抱えながら、体を起こした。
「あれ?」
セフィラはテッドに雇われて、コボルトの洞窟まで来ていたはずだった。順調にコボルト達を倒し、牙や爪、毛皮などの戦利品を集めていたはずだ。
それなのに、周りにも誰も居ない。テッドも、その仲間もいなかった。
なんで今の状況になったのか。思い出そうとすると、頭の奥が鈍く痛む。痛みによって頭の巡りが悪くなり、なかなか思い出せないでした。
ふと、地面に目を向けると、椀が一つ落ちていた。セフィラが愛用している椀で、冒険者たちとキャンプするときに、この椀をいつも使っている。
まるで絡まった糸をほどくように記憶が繋がってくる。コボルトの洞窟に入り、昼まで狩りをして、休憩がてら昼食を食べていたのだ。セフィラはいつも、冒険者たちが食事を作るのを手伝っていたのだが、今回は断られたのだった。それでも、食事を提供されたことに感謝をしつつ、口に運んだところまでは思い出した。
落ちてる椀を拾い上げる。椀に入っていた食事は、ほとんど地面に落ちてしまったようで、地面にできた染みのなかに具材が転がっている。
やっと自分の状況が理解出来たセフィラ。テッドたちに何かを盛られ、今の今まで気を失っていたのだと。
「荷物は……戦利品だけですか」
セフィラが背負っていた荷物のうち、戦利品だけは残っていた。なぜ、戦利品を残していったのかは分からないが、食料や愛用のナイフは無くなっている。
もちろん、地図なんてあるはずがない。
あったとしても、セフィラには自分が地図のどこにいるのかなんて、分からないのだが。
コボルトの洞窟には何度か来たことがある。だが、以前の死の森と違って洞窟という迷路になっているのだ。道を覚えるには至っていない。
――ワオーン!
どこかでコボルトの遠吠えが聞こえた気がした。ブルッと背中が震えるような悪寒をセフィラは感じる。
自分の他には誰もいない。武器もない。ゴーストのスキルを使うには最悪の条件が揃っている。さらには帰り道も分からない。
いまのセフィラは何の力ももたない少女そのものだ。もし、コボルトと会敵すれば手も足も出ずに体と命を引き裂かれるだろう。
セフィラは、出来るだけ気配や音の聞こえない方に進み出す。このままここにいては、地面にぶちまけた食事の臭いを嗅ぎつけてコボルトが来るかもしれないと思ったからだ。洞窟の壁面に生えたヒカリゴケだけを頼りに、ゆっくりゆっくりとセフィラは進む。
自分の心臓の音が一番うるさいと感じながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます