第20話 トラブル

 アネストは冒険者ギルドに戻ったあと、セフィラを探していた。だが、セフィラは珍しく他の冒険者から依頼を受けたとのことで、ここ数日間、姿を見せていなかった。


「アネスト、本当にセフィラを連れていくつもり?」

「そうであるな。あくまでも我らの都合であるからな。お前らしくない気がするぞ」


 亜竜の巣へ挑戦する許可はギルドマスターからも得ている。受け取った許可証を亜竜の巣を警備しているギルド職員に見せれば、問題なく入れるとのことだ。

 食料などの準備も済んでいる。あとはいつでも出発出来るという段階になっていた。


「セフィラが嫌だと言えば連れて行かないさ。でも、聞くだけは聞きたいんだよ」


 アネストは風帝竜ルシアとの話から、セフィラのスキルが創星級だという確信を持った。アネストたちの目的の為には、セフィラの力は果てしなく有用だ。しかし、二人が言うとおり自分たちの都合に、セフィラを巻き込むのを素直によしとは思えなかった。

 冒険者ギルドの隅――運搬員の待機所で、いつも少し背の低い少女が座っている場所を見つめるアネスト。リーンとローウェンは、そんないつもと様子の違うアネストを、静かに見ているだけだった。


「あーん? まだこの国にいたのか? 風帝竜さまに呼ばれたって聞いたから、この国から追い出されたんだと思ってたぜ」


 冒険者ギルドに顔を出し、アネストを見つけるなり絡んでくる冒険者。アネストがそちらへ視線だけを向けると、それは見知った顔だった。


「テッド、だったか」

「ああん? てめーなんかに呼び捨てにされるいわれはねーよ」


 口調とは裏腹に、顔に笑みを浮かべて近付いてくるテッド。その後ろには、先日一緒だった冒険者とは違う顔ぶれが並んでいた。


「本当に仲間を切り捨てたのか」

「切り捨てた? ああ、言い得て妙だな。使えねえ奴を捨てるのは当たり前のことだろ」


 一緒にいる冒険者たちも、賛同するように笑い声をあげる。


「元の国なら一級だろうが、この国じゃお前らは三級。オレよりしたの冒険者なんだよ。お前らもオレの邪魔をするようなら、斬り捨てちまうぞ?」


 下品な声をあげて、アネストの前から消えるテッド。テッドはそのまま受付のカウンターに向かっていった。


「気分が悪いであるな」

「よく抑えたわね。いくら私でも腹に据えかねたのに」

「ああ……。正直、やつの言葉が殆ど頭に入ってこなかっただけだ」


 別の意味で重症だと、小声で囁きある二人。そんな二人の声も存在しない風に流されるような気がして、消えていく。

 そんな心ここにあらずのアネストの耳が、一つの言葉を捉えた。それは、テッドが向かったカウンターから聞こえてきた。


「だから、途中で勝手に居なくなったって言ってるだろ。勝手に居なくなったんだ。オレ達に問題はねーだろうが」

「なら何故あなた方はそれぞれが荷物を背負っているのですか? 運搬員が失踪したのなら、荷物を紛失したも同然ではないですか」

「ああ? 自分の荷物を自分でもって何が悪いんだよ。運搬員に持たせていたのは魔獣から剥ぎ取った素材だよ。あのクソガキ、せっかくの成果を盗みやがったんだ。許せねーよな」


 テッドが後ろに控える冒険者に尋ねれば、皆が皆そうだそうだと肯定を返す。なぜか、全員が薄気味悪い笑みを浮かべながら。


「運搬員が失踪した件はギルドマスターに報告させて頂きます。運搬員はギルドの職員ですので、報告する義務があります。報告の為にも再度聞きます、本当に運搬員が逃げたのですね」


 へらへらと笑みを浮かべながら肯定するテッド。傍から見てても不自然なのだ。直接話している受付嬢はもっと違和感を感じているだろう。でも、何も分からないため、これ以上の追求が出来ないようだった。

 依頼の報酬を受け取り、冒険者ギルドを去るテッド。扉をくぐる瞬間、アネストと一瞬目が合った――気がした。


 心のざわめくような不安を感じ、受付嬢の元へ行こうとするアネスト。だが、一足遅く受付嬢は裏の事務室へと引っ込んでしまった。

 これでは先程のテッドとのやり取りの内容を詳しく聞けない。

 焦燥感が募るアネスト。リーンとローウェンもアネストが何を考えているのか気付いたようで、誰も座っていない椅子を見ていた。


「なあ、あんた」


 重苦しい雰囲気が時間の流れを曖昧に感じさせたとき、ふいに声をかけてくる男の姿があった。その男は、一見冒険者に見えるが、少し痩せこけているようだった。


「あなたは……まだ体が回復してないじゃない。だめよ、無理に動いたら。折角助かったんだから無理するのは良くないわ」


 死の森でリーンが必死に介抱し、命を助けた五人の冒険者の内の一人だった。


「あんたに、いや、あんた達に話があるんだ」


 死の森で助けた男の話では、セフィラはテッドに運搬員として雇われていったとのことだった。

 それが数日前。アネストがセフィラを探していた時と被る。

 裏の事務所から戻ってきた受付嬢に、テッドがどんな依頼を受けていたか問いただすが、受付嬢は守秘義務があるからと答えない。アネストが勢いよくカウンターを叩くと、天板が真っ二つに割れ、元の姿が分からない程に破壊される。


 いつものアネストとのあまりの豹変ぶりに、顔色を青くさせる受付嬢だったが、アネストの脅しともとれる詰問に応える事はなかった。冒険者ギルドは冒険者へ基本不干渉である――自由を認めている代わりに、冒険者の情報を守っているのだ。どんな理由があっても受付嬢の判断だけでは言うことが出来なかった。


「あまり私の部下をいじめないでくれないかね」


 そこに現れたのは、ギルドマスターのアーハンだった。


「あんただったら答えられるだろ。あいつらはどんな依頼を受けたんだ!」


 壊れたカウンターを乗り越え、ギルドマスターに詰め寄るアネスト。


「私も奴らの言葉をまともに信じている訳じゃない。運搬員もギルドの職員だ。冒険者の不利益になるような行動をとったとは思えない。何かあったのだと思っているよ」

「だったら何でそんなに落ち着いているんだよ! 何かあったかも知れないなら、助けに行かないとだろ」

「分かっている。分かっているから、これを見てくれないかね」


 ギルドマスターはアネストが壊したカウンターとは別の場所に、複数の紙を並べた。


「これは……」

「そう、奴らが受けていた依頼だ。そして、その依頼はこの一枚を残して失敗となっている」


 それは、セフィラからアネストがさんざん文句を言われていた薬草採取の依頼書だった。


「この唯一成功させた薬草採取の依頼はカモフラージュだろうな。残りの三枚のダンジョン内での採取依頼。このどれかが怪しいと私はみているんだが……それぞれのダンジョンは、それぞれ全く方向が違うのだよ」


 アネストの背筋を嫌な汗が流れる。

 確率は三分の一。とても高いとは言えない。アネストたち三人で手分けするにしても、リーンは戦闘職ではなく、ローウェンも前衛ではない。それに、依頼失敗になっている三つのダンジョン全てが、中級ダンジョン以上となっている。


「あいつは……どこだ!」


 先程、冒険者ギルドを出て行ったテッド。その姿を追うべく今にも走り出しそうなアネストだったが、まったの声がかかった。その声の持ち主は、さきほどアネストに話しかけてきた、元テッドの仲間だった。


「オレがこんなこというのも何だが、これは絶対に罠だ。テッドの奴は自分にたてつく奴は絶対に許さない性分なんだ。運搬員の嬢ちゃんへの復讐もあったんだろうが、これはあんたらをおびき寄せる罠に違いない。嫌と言うほど近くでテッドを見てきていたんだ、保証する」


 歯を食いしばり、申し訳なさそうな顔をする冒険者。


「罠ってことは、テッドがどこにいるか分かっているってことだよな。お願いだ、教えてくれ。罠があろうが無かろうが関係ない。あいつにセフィラの居場所を吐かせないと……」

「オレに命の恩人を危険な目に遭わせろと?」

「オレは危険な目に遭いに行くなんて言ってない。ただ、ちょっと力尽くで聞きたいことがあるだけだ」


 冒険者ギルドいる全ての人の視線が二人に集まる。冒険者ギルドの職員は、同じ職員仲間であるセフィラを救い出して欲しいと。冒険者たちは危険だと分かっていて、何故、飛び込んでいくのかと。


「命を助けて貰った恩を仇で返したくない。テッドの居場所にはオレが案内する」


 震える手を押さえ込むように、力強く握りこぶしを作った冒険者。それに答えるように、アネストが「頼む」と頭を下げた。

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