第19話 風帝竜ルシア

「なんだよ! まだ一級になれないのかよ」


 ディザイアの街に戻ってきたセフィラたち。アネストは緊急依頼の成功の報告をしたが、その結果でも一級に上がれないことに憤っていた。


「今回の浸食された魔の森は中級のダンジョンです。依頼を完遂して下さった事に感謝と謝礼をお渡しすることは出来ますが、さすがに一級への昇格は難しいです」


 いつぞやの光景のように、カウンターに項垂れるアネスト。

 ローウェンとリーンは何とか歩けるようになった冒険者たちに付き添って教会へと行っている。そこでしばらく静養させるそうだ。

 セフィラはというと、いつものごとく指定席となっている運搬員の席で足をぷらぷらさせてアネストを見つめていた。


「オレは早く風帝竜のダンジョンに挑戦したいんだよ」

「ふ・う・て・い・りゅ・う・さ・ま・の! ダンジョンへ入るには一級が必要です。それは誰にも変えられないルールです。もし変えられるとしたら風帝竜さまだけです」

「じゃあ、ルールを変えるために風帝竜に会わせてくれよ」

「ですから……」


 先程から不毛な言い争いをしているアネストを尻目に、疲れが出てきたセフィラははしたなく欠伸をした。緊急依頼で参加した上位冒険者の半数以上が亡くなったこともあるが、昼過ぎのギルド内は人気が少なくなっている。


 ゴーストのスキルでも大した効果を得られない今、まるで今までの反動が来たかのようにセフィラに疲れが来ていた。

 アネストの声を子守歌にして、うつらうつら船をこぎ始めたとき、昔聞いたことがある声が聞こえて目を開ける。運搬員になるときに試験官をした男が裏の事務所から出てきたところだった。


「先程からうるさいですよ。受付嬢から説明されている通り、規則ですから風帝竜ルシアさまのダンジョンに潜ることは許可できません」

「ギルドマスターの権限でどうにかならないのかよ。今回の仕事は中位ダンジョンとはいえ、実際は上位ダンジョン相当だったんだぞ」

「それでも無理なものは無理です。ですが……」


 試験官――ギルドマスターと呼ばれた男にくってかかりそうにアネストが、一瞬動きを止める。まるで早く続きの言葉を話せとでも言うように。


「風帝竜ルシアさまのダンジョンに挑戦する権利は許可できませんが、風帝竜ルシアさまに謁見できる権利なら渡せますよ。なにより、この度のダンジョンの侵食の件について、当事者から話を聞きたいそうです」


 風帝竜ルシアに謁見できる!?


 あまりの衝撃に眠気が吹き飛んで、アネストとギルドマスターを凝視するセフィラ。一級ダンジョンのゲートキーパーでもあり、他のダンジョンからの影響を防ぐために、世界を治めている四帝竜。

 その一角に謁見出来るのだ。驚きが隠せないのは仕方がなかった。


「……謁見か」

「不満かね」


 アネストの表情からは不満だとはっきりと読み取れる。なぜなら、アネストの目的は全てのダンジョンの制覇なのだ。もちろん、風帝竜ルシアのダンジョンも含まれる。本当に恐れ多いことだ。


「わかった。それで頼む」

「ふむ。ならまずは詳しい話を奥で聞こう。風帝竜ルシアさまへの謁見の準備も含めてな」


 一瞬、セフィラに視線を送られたような気がしたが、それは気のせいかもしれなかった。運搬員の仕事を終えた今、アネストがセフィラに用はないのだから。


「おい」

「え?」


 アネストのやり取りをずっと見ていたからか、セフィラの近くに冒険者達が寄ってきていたのに気付くのが遅れた。


「おいガキ。てめーに運搬の仕事だ。さっさと用意しやがれ」


 セフィラに声をかけてきたのは、セフィラ達より数日早くディザイアの街に戻ってきていたテッドだった。テッド以外の冒険者は見たことがないが、とても好意的な雰囲気ではない。


「何で私なんですか」

「おい受付嬢さんよ。運搬員の仕事は基本断れないよな」

「は、はい。何か問題が無い限りは断れません」

「だとよ」


 勝ち誇ったような表情で笑みを浮かべるテッド。セフィラは嫌な予感がしつつも、依頼を受けるしか無かった。




 風帝竜のダンジョンには二つの入り口がある。正確には四帝竜のダンジョン全部に言えるのだが。

 その二つの入り口の内、ダンジョンとしての入り口ではないほうにアネストたちは来ていた。

 直接ゲートキーパーの間へと繋がる、謁見用の入り口だ。


 入り口の脇に控える騎士に武器と荷物を全て預け、丸腰で風帝竜と対面することになるアネストたち。

 相手は四帝竜。一般に最上級とされる特異級を超える、厄災級の力をもつ存在だ。武器無しで歯が立つわけがない。

 それが分かっているからか、アネストは静かにギルドマスターに続いてゲートキーパーの間へと足を踏み入れていった。


「ほう、ヌシらが浸食されたダンジョンを攻略した者達か」


 静かだが、体の底から響いてくるような声。ゲートの前には、一体の碧色の竜が横たわっていた。


「あんたが風帝竜ルシアか。ゴーンとは結構見た目が違うんだな」

「口を慎まんか。この方ををどなたと心得ているのだ」


 焦ったギルドマスターがアネストを止めようとする。それもそのはずだ。風帝竜ルシアは、世界の四分の一を支配すると同時に、守っている四帝竜の一角なのだ。本来なら、たかが一介の冒険者が口をきくことすら許されない存在なのだから。


「オレ達はゴーンに認められてここに来た。あんたはどうしたらオレ達を認めてくれる? ゴーンと違って単純に力を求めているのか」

「くっふ、ふ。くふふふふふふふふふ」


 ゲートキーパーの間が地響きのように揺れる。ただ風帝竜ルシアが笑っただけなのに、それだけで格の違いを感じさせてくる。ギルドマスターは青ざめた顔で、直立不動になったまま気を失っていた。


「ゴーンが認めた人間か。つまり知っているということだな? 我ら四帝竜を倒し、この世界を開放する気か」

「四帝竜を倒すことは通過点だろ。もったいぶってないでこの世界が天帝竜のダンジョンに浸食されているって言ったらどうだ。その浸食をあんたらが防いでいることもな」


 知性を感じさせる瞳に、獰猛な殺気を乗せて睨み付けてくる風帝竜。


「尊大な口をきく前に、見合った実力を身につけることだな。見たところ、ゴーンから授かった力と、それよりさらに劣る力しか持っていないようだが?」

「だからあんたの所に来たんだ。新しい力を得るために」

「我らを殺すと言っている輩に、自身の力を寄越せと?」


 アネストと風帝竜ルシアがにらみ合う。ローウェンとリーンは何も言わずに、アネストの後ろで固唾を飲んで成行を見守っていた。


「第一、我らの力を全て集めたところで、天帝竜に勝てると思っているのか」


 風帝竜の言葉に、即座に言葉を返せないアネスト。そのアネストの態度に、興ざめとばかりに風帝竜ルシアは大きく息を吐き出すと、アネストに向かって口を開き、


「……ああ、思っている」


 開きかけた口を閉じた。


「恐らくだが、創星級のスキルを持っている奴がいる。そいつが何処でスキル手にいれたのかわかれば四帝竜にも、天帝竜にもオレ達の刃が届くはずだ」

「ふむ……なるほどな」


 風帝竜ルシアは一度瞼を閉じると、ゆっくりと時間をかけて開いていく。その瞳には先程の敵意は感じられず、心の奥底まで見透かされるような静謐さがあった。


「その者は恐らく、われらが結界で封じている天帝竜の領域から、抜け出てきたのであろうな。創星級のスキルを持っているなら、結界をこじ開けることも可能だろう」

「やっぱり創星級スキルだったのか!」

「断言は出来んがな」


 寝そべっていた体を起こし、見た目より長い首を近づけてくる風帝竜ルシア。アネストは無意識の内に一歩下がりそうになったが、体中に力を込めて抗う。


「くくくっ。創星級スキルだった場合、貴様のいう奴とやらは天帝竜から力を授かっているとうことだぞ? 油断した時に後ろから首を落とされるかもしれないぞ」


 創星級スキルという存在に目が曇り、そこまで考えが回らなかったアネスト。


 ――セフィラが天帝竜の尖兵?


「ぷっ。あははははははははは。それはない、どう考えてもないだろ」


 ダンジョンに安心安全に潜るのが目的で運搬員を務めているセフィラ。冒険者が犠牲になれば絶望したようにショックを受け、全滅しそうになれば秘密にしているスキルを使って助け出す。


 ――そんな奴が敵? もし敵だったら、あと森でのやり取りのときにオレはとっくに殺されている。


「さっさと力をよこせよ風帝竜。創星級のスキルの持ち主が存在する今こそ、この世界を救うチャンスだろ。天帝竜が結界を破ってこの世界を壊すか、あんたら四帝竜の力に耐えきれなくなってこの世界が壊れるか。どうせ同じ結果なら、博打したってバチは当たらねえだろ」

「ゴーンが認めたのは心の強さか――なら、我は力を試そう」


 伸ばしていた首を体へと引き寄せ、風帝竜ルシアが寝そべっていた体を起こす。人間という存在など、風が吹けば滅ぶと言われても納得出来るような威圧感を放ち出す。


「この国で封印指定されている『亜竜の巣』を見事攻略してみせよ。成功した暁にはそなた達の力を認めて、私も力を貸そう」


 ゴーン国から来たアネストたちは知らないが、亜竜の巣は数多の冒険者を飲み込んできた、最高難易度一級のダンジョンとなる。それが、立ち入りすら禁止されている封印指定になっている意味。謁見を終え、気がついたギルドマスターがことの顛末を聞き、再度気を失ったほどの危険なダンジョンだった。

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