第18話 運ぶ

 空気が変わった気がした。陰鬱で不気味だった森は、その姿を変えただただ日の光を遮るだけの森となっている。森に充満していた毒気が感じられないのだ。現に、布越しとはいえ呼吸がとても楽になっている。


「やった……の?」


 セフィラが額に玉の汗を浮かべながら呟くと、頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。誰にやられたなんて考えるまでもなかった。満面の笑みを浮かべて、アネストがこれでもかとセフィラの頭を撫でていたのだ。


「や、やめてください」

「おう」


 返事とは裏腹に、今度は肩をバンバンと叩いてくるアネスト。セフィラは辟易としながらも、どっと感じる疲れから抵抗出来ずにいた。


「おい――おい、おい、おい。どいういうことだよ。なんで運搬員ごときのお前が、あんなスキルを使えるんだよ!」


 アネストがセフィラを庇うようにテッドとの間に立ちはだかる。セフィラはどう説明したら良いか考えあぐね、答えがすぐに出せなかったのがテッドの逆鱗に触れたようだった。


「このことは冒険者ギルドに報告させてもらうからな」


 脅しともとれる言葉を残して去ろうとするテッド。


「おい、仲間を放っておく気か」

「あん? そんな役立たず共、オレの仲間に相応しくねーよ。邪魔にしかならねぇなら要らねぇよ」

「そうか」


 テッドの暴言に何も言わないアネスト。本当に良いのかと問いただしたくなったが、ローウェンに腕を軽く引っ張られ、言葉に詰まった。振り向けば、首を静かに横にふるローウェン。


「ああいう輩には、何を言っても無駄である。自ら火の粉を浴びに行く必要はあるまい」

「入り口にあったテントの荷物には、一切手を付けてないからな」

「はん! 当たり前だ」


 その言葉を最期に、テッドはキャンプ地を出て入り口へと向かい、一人で進んでしまった。


「リーン。そっちの様子はどうだ」


 五人の冒険者を手当てしていたリーン。その表情はあまり芳しいものではなかった。


「命に別状はないけど、解毒薬を飲むのが遅れた所為ですぐには動けそうにないわね。私たちと会うまでに、すでにいくつかの毒を受けていたみたいよ」


 五人に視線を移せば、意識はないものの苦悶の声を時折上げている。


「それなら私が」


 セフィラは荷物をまとめ直しながら、冒険者を縄で括り付けていく。傍からみても、それはとても手慣れた手つきで冒険者と荷物を絶妙なバランスで積み上げる。


「よいしょっと」


 軽いかけ声と共に、冒険者五人を飲み込んだ巨大な荷物を背負い上げるセフィラ。


「なんか、すげーな」


 まともな感想が思いつかず、間抜けな言葉を漏らすアネスト。ローウェンとリーンは若干頬を引きつらせているようだった。


「いつものことですから。冒険者さんたちが全滅したら、いつもこうやって街に連れ帰ってましたから」


 セフィラは気付いていないようだったが、荷物に括り付けられて街に運ばれた冒険者達のプライドはどうなったか。アネストはゴーストの調査をしているときに話を聞いていたからか、平静を保っていられるようだった。


「ゲートキーパーを倒したからもう安全なんですよね? それじゃ帰りましょうか」


 軽いかけ声と共に、軽い足取りで死の森の入り口に向かうセフィラ。そんなセフィラの後ろ姿を一人は気楽に、二人は渋い表情で少しの間見つめていた。




 入り口のキャンプ場は、まるで野党に荒らされたようになっていた。テントはズタズタに破られ、中の荷物は全て無くなっていた。


「あいつ、荷馬車も壊して行きやがったのか」


 死の森に入るときには無事だった馬車。それが見るも無惨に瓦礫へと変わっていた。明らかに五人の冒険者を運ぶのに利用させない為だと想像できる。


「どのみち、馬車なんて必要ありません。私が街まで背負っていきますから」

「セフィラ。帰りの行程で私が定期的に治療するから。街まで行く頃には冒険者達も自力で歩けるわ」

「一人じゃないと、楽が出来て良いですね。助かります」


 リーンはぎこちない笑顔で答える。その不自然さに首を捻ると、アネストが大きな笑い声を上げてきた。


「こりゃ確かに素行不良だ。冒険者のプライドを無意識にぶっ壊してるんだからな」


 アネストの言葉で自身が今まで何をしてきたのか理解したセフィラ。背負っている荷物の影になって見えないが、背中にいる冒険者達に振り返る。


「いえ、そんなつもりは」

「悪い悪い、冗談だよ。そんなに真面目に受け取るとは思わなかったわ。冒険者たちだってプライドより命が大事だって分かってるだろうよ」


 アネストを追いかけて蹴りの一つでも浴びせてやろうと思ったセフィラだが、背中にいる冒険者の容態を考えて我慢する。


「オレ達はオレ達に課せられた使命を全うしたんだ。胸をはって帰ろうぜ」


 無理矢理な話題変換。でも、その言葉には嘘は感じられず、命の危機が伴う場所から生還できたことを実感させた。

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