第17話 炎

 戻ってきたテッドがローウェンを睨む。トレントの回復力を阻止するには、燃やしてしまうのが一番だ。それはアンデッドにも言える。だが、この死の森で火を使って戦うということは、自殺に等しい。それが分かっているからか、テッドは何も口にすることはなかった。


 アネストの攻撃により枝をまるまる切り落としても直ぐに生え替わる。幹を遠くから狙っても、枝に邪魔され、幹に当たる前に威力を減衰させられてしまう。

 ローウェンの足止めとアネストの攻撃によって、アンデッドトレントはその場から動けない状態になっているが、いつまでもこの状況が続くわけでない。二人の体力と魔力は有限だ。いつか破綻する時がくる。

 リーンも飛んでくる枯れ葉で傷ついた冒険者の手当に奔走している。


「くそっ。再生をどうにかしねーとキリが無ぇ」


 舌打ち混じりの文句をテッドが漏らすが、どうにもならない。いくら広場とはいえ、こちらは風下にいるのだ。ゲートキーパーを討伐したといっしょに、運命をともにしかねない。


「セフィラ。そこから枝の処理を少しで良いから任せられるか」

「あん? おめー何言ってんだ。そいつはただの運搬員だろうが」


 睨み付けてくるテッドは無視し、セフィラは力強く首を縦に振る。テッドが声を荒らげてくるが、アンデッドトレントがローウェンの足止めを振り切ろうとしたのを見て、すぐさま補助に入っていった。


「自称かどうか知らないが、上位冒険者というだけあるな。セフィラも悪いが頼む」


 アネストがテッドの後ろに続くように前に出て行く。テッドがローウェンの足止めを外そうとしている根を攻撃し、一撃離脱すると交代するように最前線へ躍り出る。


「「神の断罪『ジャッジメント』」」


 アネストから、セフィラから光の剣がほとばしる。アネストの左右から挟み込むように迫ってきた枝は巨大な光に切り落とされ、塵へと帰する。

 だが、新たな枝がアネストへと迫る。二人ともスキルを使った体勢から復帰しきれておらず、迎撃するには時間が足りなかった。


「絶対不変『アキレウス』」


 大剣を持っていない左手を迫り来る枝に向けて、アネストが吠える。左手から半透明の盾が現れ、枝と枯れ葉の攻撃をはじき返していった。

 その間に体勢を戻したアネストが、再度、光の剣でアンデッドトレントの幹を横一文字に切り飛ばした。

 胴体とも言える幹を真っ二つにされ、地面に地響きが轟く。

 アネストはその巻き添えにならないように、セフィラの元へと戻ってきた。


「おいおい、どういうことだよ」


 アンデッドトレントとアネスト。そしてセフィラを順番に睨み付けながらテッドが声を荒げた。その目は、なんでセフィラがスキルを使えるのか、なんでアネストと同じスキルを使えたのか、そのスキルの威力は何だと、ありありと訴えていた。


「おい、詮索はあとだ。あれを見ろよ」


 アンデッドトレントは確かに真っ二つに切られて事切れていたはずだ。なのに、二つに切られた幹から根のようなものが伸びていき、徐々に繋がっていく。


「まじかよ」


 あまりの事態にテッドが一歩後退る。セフィラ達への追求は忘れてしまったかのように、厳しい表情を浮かべていた。

 ここが死の森でなければ問題なんてなかった。ローウェンの火の魔法で焼き払って終わりだった。だったらと、セフィラは考える。


「アネストさん。ゲートキーパーがダンジョン内を自由に動けるなら、入り口にまで誘導してしまえば」


 その提案は現状採りうる最善だと思われた。だが、アネストはゆっくりと首を横に振った。


「そいつらを見捨てることになる」


 アネストが一瞬視線を送った所には、地面に横たわる五人の冒険者。そのどれもが、大きな怪我や毒に侵されていた。


「怪我をしてから時間が経ちすぎてるわ。私のスキルじゃ治せないの」


 リーンのスキルは怪我をした瞬間に治すスキルだ。怪我を無かったことにするスキルといってもいい。時間が経った怪我に関しては効果が無かった。


「ふん、役立たず共が。足を引っ張るだけならまだしも、他の奴らみたいにアンデッドになるんじゃねーぞ」


 テッドの言葉に爆発しそうな感情が喉から出かかったが、アネストに肩を掴まれ絞り出すことが出来なかった。セフィラは文句を言いたそうにアネストを見るが、アネストはアンデッドトレントから眼を離さず「優先順位を間違うと死ぬぞ」と静かに言った。


 ――優先順位。


 セフィラの優先順位は、ダンジョンにいる母親を探すこと。その為にダンジョンに潜り、生きて帰ってくること。

 ドクン、ドクン……と、体が脈打つような気がした。

 頭が、体が、心が熱を持つと同時に力が湧き上がってくるような気がした。

 何を考えてのことではなかった。セフィラは無意識にアネストたちより前で出る。制止の声をかけるアネストを無視し、一歩一歩とアンデッドトレントの元へ。

 アネストに肩を掴まれているような気がするが、そんなことはどうでもいい。セフィラの優先順位は、母親の手がかりがないなら生きてダンジョンから出ること。他の事はどうでも良い。


 剣を空へと向かって振り上げる。ほとばしる光の奔流。だがこれだけでは駄目だ。もっと、もっと力がいる。全てを一瞬で飲み込むような力が。

 セフィラが掲げる光の剣が徐々に赤く色づく。まるで夕日のような朱く、燃えるような赤。アネストの光の剣と、ローウェンの炎の魔法。その二つのスキルを掛け合わせた炎の剣。

 アネストが二つのスキルを同時とも言えるタイミングで使い、アンデッドトレントを真っ二つにしたのを見て、セフィラは思った。自身が今使えるスキルを同時に使ったらどうなるかと。炎が拡散しないようにスキルを使えたらどうなるか。

 答えは天に昇る炎の剣が物語っている。


「はあ……はあ……はあ……このおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 スキルの同時使用なんて初めてのことを成し遂げたセフィラ。思った以上に負荷が大きく、スキルを使っただけで息切れを起こすほどだった。でも、それで倒れるわけには行かない。セフィラは、セフィラたちは無事にダンジョンを脱出するのだ。もう誰も――。


 最期の雑念を振り払うようにセフィラは炎の剣を振り下ろす。真っ二つになった状態からまだ動けるほど回復していないアンデッドトレントは、全ての枝を盾にするが意味をなさない。炎の剣に触れるそばから炭化し、火の粉をまき散らしながら崩れていく。それは幹も例外ではなく、炎の剣が振り切られると丸々幹を飲み込み、この世からアンデッドトレントを消滅させた。

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