第16話 ゲートキーパー

 アンデッドと化した冒険者たちとの戦闘が終わってから、次の戦闘は起こらなかった。アンデッドのみならず、魔獣すら現れていなかった。


「不気味ね」


 何も現れないダンジョン。元々、魔の森自体が不気味な雰囲気を醸し出しているのだが、それに輪をかけて不安をかき立ててくる。リーンの言葉に賛同しようと、ゆっくりと首を縦に振ろうとしたとき、離れた場所に複数の気配を感じた。


「アネストさん!」


 言葉をかけたときにはアネストも気付いたのか、前方に向かって大剣を構えた。

 次第に聞こえてくる地響き。その地響きに混じって聞こえてくる怒声や悲鳴。


 ――確実に、こちらに向かって近付いていくる。


 たいして間も置かずに視界に現れたのは、ゆっさゆっさと巨大な体を揺さぶりながら、迫ってくる大樹――トレントだった。トレントの前では六人の冒険者達が時折振り返りながら攻撃し、追われるように走っている。


「あれがゲートキーパーか。前情報通りトレントだな」

「だが、情報のままだとしたら、招集された上位冒険者たちが追い込められる状態には、なっていないであるな」


 揺れるトレントの枝からだけではなく、森の木々と接触した部分から毒の花粉や樹液が飛び散っていく。

 風向き考えるとまずい状況だった。セフィラ達はゲートキーパーの風下に位置している。

 すぐに荷物から綺麗な布きれと、複数の解毒薬を取り出し三人に手渡すセフィラ。自身も直ぐに解毒薬を飲んで口元を布で覆い隠す。


「キャンプした広場まで戻るぞ。ローウェン!」


 すぐにアネストの意図を汲んだのか、ローウェンがスキルを発動させる。


「天魔の束縛『プリズン』」


 トレントの周囲に張り巡らされる魔方陣。各々の魔方陣の中心から、光り輝く鎖が伸びていきトレントに絡みついていく。

 スキルは一人につき一つまで。それがこの世界の常識のはずだった。セフィラはアネストの指示に従いながらも、頭の片隅で驚きを隠せないでいた。


「む、まずいぞアネスト。あれもアンデッドになっているぞ」


 鎖に縛られた枝や根をへし折りながらも前へ進もうと足掻くトレント。折れた体はすぐに生え替わるように恐ろしい速度で再生していく。誰の目で見ても、ローウェンの足止めはすぐに突破されそうだった。


「いや、十分だ」


 アネストの言葉通り、トレントに追われていた冒険者達に余裕が生まれたのか、迎撃する必要がなくなり、このままなら逃げ切れそうに見えた。


「オレ達はキャンプ場で奴を迎え撃つ。あんたらがどうするかは、あんたらに任せる」


 アネストが冒険者に声を張り上げると、元来た道へ走り出す。セフィラ達もアネストに着いてキャンプ地まで戻っていった。




「おい、これはどういうことなんだよ」

「何がだ?」


 キャンプ地まで後退したとたん、冒険者のリーダーらしき人物がアネストに噛みついてきた。何度か冒険者ギルドで見かけた、高位冒険者だったとセフィラは記憶している。直接依頼されたことはないのでうろ覚えだが、テッドと名乗っていたと思う。

「先行したオレ達は大打撃を受けているのに、後からのうのうと来たお前らが無傷なのがおかしいって言ってるんだよ。『冒険者殺し』といっしょのくせに、無傷なのはおかしいだろ。今回のダンジョンの件、何か知っていたんだろ!」


 とんだ言いがかりだった。セフィラたちが魔の森に辿り着いたとき、冒険者達がアンデッドになって襲ってくるなんて思っていなかったのだ。


「冒険者ギルドからダンジョンが浸食を開始したってお互いに聞いたろ?」

「これの何処が浸食だ! 浸食どころか、ダンジョンがまるっきり変異しているだろうが」


 口角に泡を吹きながら、テッドがアネストに詰め寄っていく。


「だから、これもダンジョンの浸食だろ。そんなことも知らないのか。それに、こんなこと言い合ってて良いのかよ」


 アネストがテッドから視線をずらすと、轟音と共に周囲の木々を吹き飛ばしながらトレントが現れた。

 セフィラはすぐに周囲の毒草の種類から、飲んだ方が良い解毒剤を荷物から取り出す。三人に渡したとき、テッドがセフィラに視線を向けた。


「おい、オレ達の分はどうした」


 なぜパーティでもないのに渡さなければいけないのか。第一、魔の森に来た時点で解毒薬を持っていない方がおかしい。


「自分たちの分を使ってください」


 周囲を見渡すと、六人全員が冒険者で軽装だった。魔の森にくるのに運搬員が居ないのはおかしいと思ったが、その考えはテッドの怒鳴り声でかき消されてしまった。


「運搬員はギルドの職員だろうが。なんでオレ達に解毒剤をよこさねーんだよ!」

「御託はあとだ。来るぞ!」


 アネストがテッドを押しのけ大剣を構える。守られる形となったセフィラも、アネストから借りている剣を力強く握りしめた。

 アンデッドと化したトレント――アンデッドトレントは、広場に入ってくると周囲を見回すように幹を捻る。幹にある洞がまるで目のように見え、不気味さを強調してくる。

 アンデッドトレントは、近くに居た冒険者へと枝を振り下ろす。巨大な枝がまるでムチのようにしなり、枝に申し訳ていどについている枯れ葉が降り注いだ。


「ぐぁっ!」

「ちくしょうが!!」


 枯れ葉によって傷つけられた部分がみるみるうちに紫に変色していく。


「セフィラ! アリルルの解毒薬だ」


 アネストの叫びに即座に反応するセフィラ。荷物から『アリルル』と不格好に書かれた薬を取り出す。


「らぁ!」


 アネストがスキルを振るい、アンデッドトレントを後退させて隙をつくる。セフィラは一足飛びに毒を浴びた冒険者の元へ駆け寄ると、幹部に解毒剤を塗っていく。

 すぐに動けなさそうな二人を両肩に担ぐと、セフィラはアネストの元へすぐに戻った。


「よく毒の種類が分かりましたね」

「トレントなら何度か相手したことあるからな。ゲートキーパーじゃなかったが、基本は同じだろ」


 ――確信があったわけじゃないのか……。


 感心したら良いのか呆れたら良いのか。微妙な空気が流れるが、結果良ければ全てよしと無理矢理自分を納得させるセフィラ。

 そこへ、戦闘中にも関わらずテッドが割り込んでくる。


「オレには解毒薬を寄越さなかったのに、そいつらにはやるってのか? オレはディザイアでも一、二を争う冒険者だぞ」


 ゲートキーパーとの戦闘中なのにも関わらず、詰め寄ってくるテッド。そこへ炎の槍が空を切り裂き、空へと向けて飛んでいった。


「私たちはギルドからの依頼で、ゲートキーパーを討ちにきたのではにのかね。どれだけすごい冒険者かはよそ者の私には分からないが、なにを優先してやるべきか分かっているのだろ」


 テッドに抗議しながらも、さきほどの天魔の束縛『プリズン』で再び足止めを謀るローウェン。

 テッドは舌打ちしながらも、アネストとローウェンから目を逸らし、アンデッドトレントを見据えた。


「このオレにふざけた態度を取ったんだ。そいつらみたいに足を引っ張ったら承知しねーぞ」


 毒を受けた二人を見下し、テッドがアンデッドトレントに向かっていく。

 まるでイヤイヤをするように枝を振るうアンデッドトレントだが、その攻撃を全てかいくぐりテッドは幹に深い傷を付ける。


「ちっ」


 だが、舌打ちすると幹を足場にしていっきに距離をとった。

 テッドによって傷つけられた幹が、一息の間に元通りになっていく。トレント種などの自然系の魔物は総じて自己治癒力が高い。それがアンデッド化したことで、その治癒力を爆発的に増していた。

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