第15話 死の森

 朝目覚めると、相も変わらず太陽は中点にとどまっていた。

 手早く干し肉と固く焼き締めたパンで朝食を済ませると、テントを片付けてすぐに出発する。

 布陣は前日にアネストが宣言した通りとなっている。


「まずは地図通りに進むしかないか」


 ここから先はセフィラも未到達の場所だ。地図があるとしても、今までと何が違うのか判断がつかなくなる。パーティの誰一人としてアタックの経験がないダンジョン。今までの経験では味わったことのない、言いようのない不安がつきまとうようだった。後ろでマッピングの準備を終えたリーンが頼もしく感じられる。

 反対に、昨日と打って変わって何も考えてなさそうなアネストに不安を感じていた。


「そんな不安な顔すんなって。必ず守ってやるから」

「昨日は私がほとんどの魔物を倒してたんですが……。今更なに言ってるんですか」

「それはそれ、これはこれだろ?」


 一発、いまの本気で殴ってやろうかと思ってしまった。

 ローウェンもリーンも気まずそうな表情を浮かべる。昨日はセフィラも自分の力を認めてもらう為に、力が入っていた自覚はあった。これ以上の追求はやぶ蛇になると思い口をつぐむ。


「今日は俺たち、天撃の一振りが頑張るから任せろ」


 あいもかわらず、胡散臭い顔だった。

 



「よっ!」


 剣を振り切ると、輝く剣閃が敵を薙ぎ払う。


「よし」

「じゃねぇよ!」


 アネストが振り返りながら困ったように頭を掻く。森から湧いて出てきたアンデッドを先に見つけたのはセフィラ。アネストたちより先に気付いたセフィラは、危険が近付いているのに気付くと、ついつい体が動いていた。


「アネストさんが遅いから……」


 あさっての方を向きながら口にする。


「隊列の意味がないだろが」


 文句が出るのは分かるのだが、力を隠さなくて良いとなったら、近付く危険を放っておくのは精神衛生上、良くないのだ。良くないといったら良くないのだ。


「相変わらず、私は居る意味がないな」

「誰も怪我しないって良いことのはずなんだけどね」


 三人分の索敵能力を併せ持ったセフィラが、一番に敵に気付くのは当然だった。


「とにかく、こっから先は隊列通りに役目を果たしてくれって……聞いてるか? セフィラ」


 ビリビリとした空気が肌にささる。こちらを振り向くアネストの隙間から、一人の冒険者の姿が見える。だけど、その姿が大きくなるたびに、セフィラの背中を昨日と同じ不快感が這いずり回った。

 セフィラの様子に気付いたのか、それともアネストも不穏な気配に気付いたのか。すぐに前に向き直ると、剣を構えた。


「おい、名前を言え」


 死の森が放つ気配に飲み込まれ分かり難くなっているが、あれは手遅れだ。ゴーストの能力のおかげで、セフィラだけにはそれが理解出来た。

 でも、動けない。体が言うことを聞かない。


「切る!」


 反応のない冒険者に対して、無慈悲にアネストがスキルを奮う。光の奔流に飲み込まれ、跡形もなく消えていく冒険者だったもの。

 引きつけるように息を吸った音が、聞こえた気がした。


「予定通りの隊列で進むぞ」


 アネストが少し歩く速度を上げる。ローウェンもリーンも何も言わない。セフィラは喉の奥に引っかかったような言葉を吐き出すことが出来きず、黙ってついて行くしかなかった。




 明らかに異常事態だと言えた。先程からアンデッドと化した冒険者ばかりと会敵する。


「先行した冒険者はどうしたのだ。もしかして全滅でもしたのか」


 ローウェンが厳しい表情で死の森の奥を睨み付ける。

 声にならない声を上げ、元冒険者達が足を引き摺り近寄ってくる姿が見える。

 ローウェンは地面から土の槍を作りだし、冒険者を串刺しにするが決定打にはならない。貫かれた体を引き裂きながら、アンデッドは何かに取り付かれたように向かってくる。


「ローウェンはそのまま足止めをしててくれ。近づいて来た奴から俺が片付ける」


 アネストの剣に光を纏わせるスキルは強力だが、連続して使うには難しい。セフィラは自身で使ったからこそ理解していた。

 アンデッドになった理由が分からない以上、近接での攻防は危険。アネストとローウェンもそれが分かっているから、連携して迎撃している。でも、ローウェンの足止めは一時的なものにしかならず、アンデッドの動きも足を引き摺っているとは思えないほど早い。中にはローウェンの魔法で足を砕かれたのに、手でもがきながらも近寄ってくるものもいる。


 セフィラは口から苦々しいものが出そうになるのを我慢して、ゴーストのスキルを振るった。

 二つの光の剣閃がアンデッドを消し飛ばしていく。

 迎撃が後手に回りそう立った状況は逆転し、瞬く間にアンデッドの群れを殲滅することが出来た。

 三人は心配そうにセフィラを見てくる。けれど、セフィラは何も言わない。


「おかしいな」


 アネストはセフィラへ何も言わない代わりに、前方を見据えて厳しい表情で呟いた。


「確かにそうであるな」

「地図で見れば、ゲートキーパーの間まで、まだ距離があるわ」


 三人の会話が何を示唆しているのか一人だけ分からないセフィラ。疑問を顔に浮かべているとアネストが言葉を発した。


「森の入り口のの冒険者たちは手当てされていた。だが、さっきの冒険者たちは手当てされていなかった。それが何を意味するかということだ」


 アネストからすれば詳しく説明したつもりなのだろうが、セフィラからすればまだ意味が捉えきれない。


「アネストが言いたいのは、先に居るだろう冒険者達に余裕がない状態だろうということだ。それだけ冒険者たちを追い詰めている何かが居るということ。単純に考えればゲートキーパーであろうな」

「でも、リーンさんがゲートキーパーの間まで、距離があるって……」

「そこなのだよ。浸食されたダンジョンということは、元々のゲートキーパーはダンジョンから解放されている可能性が高いということだ」


 ローウェンの話をそのまま信じるならば、元々のゲートキーパーがダンジョン内を自由に闊歩しているとうことだ。もし、休憩所としている場所に突然ゲートキーパーが現れたらどんなことになるか……先程の光景を見た後だと、想像に難くない。


「そういうことだが、あくまでも予想だ。いくら考えても答えなんて出ない。ただ今まで以上に厳しいことは覚悟するべきだ」

「まあ、セフィラのおかげで大分、楽が出来ていたのだがな」


 ローウェンの身も蓋もない突っ込みで、アネストが渋面を浮かべる。


「あくまでセフィラは運搬員だ。ここから先は昨日までと比較にならないほど危険だろうから、気を引き締めていくぞ」


 森の奥へ向かって歩き出したアネストに、遅れまいと歩を進める。気のせいか、先程より歩みが遅いように感じた。

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