第14話 森の中
アンデッドになっていたのは冒険者だけだ。死んでいた馬は、恐らくアンデッドになった冒険者たちに食われたのだろうが、アンデッドになっていなかった。
馬をダンジョン内に連れて行く訳がない。ダンジョン内にアンデッド化する何かしらの要因があるのだろう。
「毒以外にも、アンデッド化する原因に気をつけるんだが……やっぱり魔物がセオリーだよな」
アンデッドになるには、魔導の研究の果てに自らを改造する、頭のネジの外れた方法もあるが、今回は関係無い。テントの中にいた冒険者たちは、皆、一目で分かるほどの大怪我を負っていた。ダンジョン内の魔物にやられるか、傷でも付けられるとアンデッド化するのが常識的な考えだろう。
「リーン、何回いけそうだ」
何事か聞かれたリーンは、目を閉じ深く考え込む。
「一人当たり約二回ね」
アネストもローウェンも、リーンの言葉を理解しているのか、厳しげな表情を浮かべる。
「初めてのダンジョンで二回か。それも、かすり傷も許されないかもしれないのに?」
言葉だけを聞けば弱気に聞こえるのだが、アネストが浮かべている表情は真逆だった。
「前衛はアネストだ。アネストに集中的にリーンのスキルを使えば、もっと余裕もあるだろう。私達をここまで巻き込んでいるのだ、楽に死ねるとは思うなよ」
「分かってるよ」
これからダンジョンに挑もうというのに、何故か仲間内に殺気をぶつけ合う二人。一触即発の雰囲気が突然流れ、話の流れの意味が分からないセフィラは背筋に冷たい汗を流す。
「はい、そこまで」
アネストとローウェンの二人を止めたのは、いつも優しげなリーンだった。彼女は目を細めて二人を見つめる。
「喧嘩するなら、二人の手当をしてあげないですよ」
「それは困るな。アンデッドにはなりたくはないのでな」
「オレはべつにいいぜ。オレはセフィラに治療してもらうからな」
自分の能力のことなのに、すっかり失念していた。ゴーストのスキルで模倣すれば、セフィラも同じことが出来るのだった。
「え? 嫌ですよ面倒くさい」
「おいいい。さっき手伝ってくれるって言ったばっかりじゃねぇか」
「面倒くさいは冗談ですけど、あまり当てにしてもらっては困ります。これでもただの運搬員。素人も同然なんですから」
「どこの世界にキマイラにほぼ致命傷を与える素人がいるんだよ」
「お手伝いはしますが、過度な期待はしないでくださいって言ってるだけです」
ブツブツと文句をいっているアネスト。うざったいので無視をする。
「私は自分の身は自分で守れますから。お二人は私に気を遣わなくて良いですよ」
なんとも言えない表情で見つめ合うローウェンとリーン。心配してくれるのは嬉しいのだけれど、セフィラとしてはこの三人と一緒にいられる方が安全なのだった。
「これ以上は無理なくらいの準備はしてきたんだ。何かあったら一度ダンジョンの外に出ればいいだろ。そろそろ、中の様子を確認がてら入るか」
何事もなかったかのように切り替えたアネストだが、よく見ると涙目だった。
死の森の中はその名に恥じず、死臭が漂う異界となっていた。
人が通ることを想定しているかのように作られた道。その道を歩き続け、すでに太陽は中天に位置している。アネストたちが言うには、異世界からの侵略がダンジョンという形で現れている。ダンジョンの周辺の生態系が変わるのは、異世界の住人が生きていけるために、環境を作り替えているからだということだった。
「いきなりそんなこと言われても、信じられないです。それに私にしたらどうでも――いいですしっと!」
森の中からアンデッド化した狼が飛び出してきた。セフィラは大剣を振るい、一瞬で一刀両断する。
ナイフで近接戦闘を行うのは危ないとリーンが心配するので、いまのセフィラは身の丈ほどの大剣を担いでいた。
「アネストさんの予備の武器、見た目の割の切れ味が凄くないですか」
「いや、セフィラの方がすごくねーか?」
当初の予定では、セフィラが最後尾で荷物を抱えてついてきていた。だが、すぐに問題が発生した。ローウェンは火災による毒煙の発生を危惧しなければいけない。ならばと風を使えば、毒をもった花粉が辺りに舞い散り同じ結果に。水を使えば、毒を吸った水たまりができ、乾くまでは進むことが出来なくなってしまった。
そこで、各人に荷物を分担し、動けるようになったセフィラがアネストと共に前衛を務めていた。
手練れ三人の能力を得ているのだ。索敵能力も格段に上がっている。アネストたちの視界に敵が入った瞬間には、セフィラによって一刀両断されていた。
「オレたち、居る意味あるか?」
「聞くな」
「セフィラって、本当にすごかったのね」
ゴーストのスキルについては、弱点も含めた特徴を伝えてある。ここで三人に帰られでもしたら、そこでセフィラは詰みだ。慌てて口を挟む。
「説明しましたけど、これは私の力であって、私の力じゃありませんからね」
会話をしながらも、道の先に見えたゾンビに向かって大剣を振る。
「神の断罪『ジャッジメント』」
大剣から伸びた光が大地をえぐり、ゾンビを無へと帰す。
「便利ですね。このスキル」
「一応、神話級のスキルなんだけどなぁ」
セフィラを呆れた様子で見つめる三人。神話級スキルはおとぎ話とされる創星級スキルを除けば、最高ランクのスキルとなる。それを簡単に真似できるスキルとなれば、普通に考えてとんでもないスキルだった。
「そうですね。さすが神話級スキルです。チャランポランなだけじゃないんですね」
「色々そうじゃなくてだな……」
「アンデッドって臭いから、遠くから倒せるスキルっていいですね」
「いや、だからな?」
セフィラとアネストの会話になっていない会話が進むほど、道ばたにアンデッドの残骸が散らばっていく。
諦めたようにアネストが肩を竦める。
「ところで、道はこの方向で合ってるのか」
浸食され魔の森から死の森になったとはいえ、ダンジョン内の構造が変わっているわけではなかった。セフィラは記憶の中で中層と呼べる場所までなら行ったことがある、地図も冒険者ギルドで手に入れてある。中層まで、四人は真っ直ぐに進んでいた。
「ここまでが私が知っている場所です。この広場で冒険者たちがいつもキャンプをしていたんですけど……誰も居ませんね」
ぽっかりと空いた空間。木々の枝も途切れ空の様子もはっきりと分かる。といっても、ダンジョン内であることは変わりなく、素直に信じられる事は出来ない。現に、太陽は中天で燦々と輝いていた。明らかにセフィラの体感時間と大きくズレがあった。
周囲の毒草などから安全な距離をとって、休憩出来る場所は冒険者たちにとって有り難い。セフィラは誰かしら冒険者がいると思い込んでいた。
「真新しい焚き火のあともあるし、先行した冒険者たちはもう通り過ぎたんだろ」
地面に転がる炭の欠片を触り、状態を確認して推測するアネスト。
「元々高位のダンジョンではないのだ。このダンジョンに何度も潜っている冒険者がいると考えるのが自然だろうな。奴らも真っ直ぐにここまで来たのだろう」
セフィラたちと同じく、時間を無駄にすることなくここまで来ることが出来たということだ。セフィラは冒険者たちが順調に進んでいると考え、ほっとしそうになったが、
「まずいわね」
リーンの言葉に思わず「えっ」と声を漏らして、勢いよく振り向いた。振り向いた先ではリーンが眉根を寄せて、考えるように俯いていた。
「ダンジョンに入って一日足らずで中層まで辿り着けるのに、何日も前から先行している冒険者がダンジョンを攻略完了していないのよ」
「つまり、攻略に支障が出るような何かがあるか、それともいるか……最悪、先行した冒険者たちが全滅したということであるか」
リーンの言葉を引き継いだローウェン。その意味を理解したとき、セフィラはぶるりと背筋が震えた気がした。
「まあ、色々考えたってしょうがないだろ。オレ達も今日はここで一夜を明かして、奥へ向かうぞ。セフィラ、マッピングの用意はあるか」
「は、はい。大丈夫ですけど」
荷物の中にはマッピング用の羊皮紙とペンにインクは用意してある。だが、ゲートキーパーの間までの道のりは冒険者ギルドで手に入れてある地図に記載済みだ。このダンジョンは多くが毒草だが、有用な薬草も生えているので、攻略せずに資源集めに活用されている。ダンジョンキーパーの間まで到達できる冒険者がいても、攻略されていない理由がそれだった。
「ゲートに近付くほど浸食の度合いが深まるはずだ。もしなにかあるなら、この先が本当の死の森だということだろ」
他の世界に浸食されたダンジョンなどというのを見たことがなかったセフィラ。森が外へ浸食を開始し、ダンジョン内の生態系が変化しているだけでも驚きだったが、アネストの言葉にゴクリと唾を飲み込んだ。
「こっから先は今までより慎重に進む。ローウェンは殿、リーンはマッピングを頼む」
セフィラが自分はどうしたら良いかと聞こうとすると、
「セフィラは俺のバックアップに回ってくれ。基本的にこれからの魔獣への対応は俺がやるが、手が足りないときに後ろの二人を守って欲しい」
口は戦力扱いしているが、アネストたちの実力を知っているセフィラからすれば、気を使われているのがありありと分かった。こんな非常事態でも、セフィラが無事に帰れるようにアネストが気を使っていると。
セフィラがスキルを隠していたのは、母親の言葉とスキルの使いにくさがあったからだ。でも、その理由はアネストたちには当てはまらない。すでに秘密はバレている。それに、アネストたちの実力が飛び抜けているから、セフィラも存分に力を振るえる。
セフィラがアネストの指示に異論を挟もうとすると、アネストに頭をグシャグシャに撫で回される。
セフィラが文句を言うより先に「俺たちは冒険者だ」と、言われてしまった。なんで運搬員『ポーター』を選んだのか。己の目的を再認識させられ、口から言葉が出なかった。
頭では分かっているつもりだが、セフィラの中では感情が相反するように押し寄せてくるようだった。
「まずは、休憩だな」
逃げるように、ただアネストの指示にしたがってキャンプの準備を始めた。
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