第12話 秘密について

 懐かしい夢を見た気がして眼が覚めた。ゆっくりと体を起こすと、隣でリーンが静かに寝息を立てていた。

 テント越しでもわかる宵闇の気配。まだまだ日の出まではありそうだった。

 頭の後ろが鈍く痛いような錯覚を受ける。体の調子を確認するが、問題はなさそうなのですぐに良くなるだろう。

 テントから外に出ると、アネストが焚き火に薪を放り込んでいるところだった。


「ローウェン。まだ交代には早いんじゃないか」


 背中を見せて語りかけてきたアネストは、普段とは違った感じがした。


「私です」


 知らず知らず小声になってしまったが、ちゃんとアネストには届いたようだ。勢いよく振り返った彼の表情には、驚きの表情が張り付いていた。


「セフィラだったか。気配を読み間違うなんて、なまったかな」


 いつものアネストの表情に切り替わる。なんとも軽薄で、この場に似つかわしくない表情。


「私のスキルのせいですよ。なまってなんてないと思います」


 一瞬、アネストの眉が跳ねた気がしたが、それ以上は何も聞いてこないのでこちらも流すことにする。いつもと違う表情を見たせいか、気が緩んだのかも知れない。

 アネストと焚き火を挟んで反対側に座る。何も言わず、アネストが焚き火にかけているポットを取り、お茶を入れてくれた。


「体が冷えるから、とりあえず飲んどけ」


 白く立ちのぼる湯気を吐息でかき乱し、ゆっくりとカップに口をつける。

 短くも長く感じる時間。どれだけ時間がたったか。カップの中身が半分になったころ、気になっていたことをアネストに尋ねた。


「私がゴーストだってこと、二人には言っていないんですか」

「秘密にするって約束したからな。オレはこう見えて約束を守る男だ」


 ああ、またこの顔だ。軽薄な表情で隠しきれない力強い目。何を考えているか隠そうとしている表情。


「不快です」

「なんでだよ! てか、前々から思ってたけど、オレにだけ言葉使いがキツくねーか。ローウェンやリーンには終始丁寧なのに」

「アネストさんにも丁寧に話していますよ。何処に耳を付けてるんですか。機能してないなら取り付ける場所を変えたらどうですか。手伝いますよ」


 腰の後ろに括り付けたナイフに手をかけようとして、いまは外していることに気付いた。空を掴み行き場を失った手を手元に戻す。


「アネストさんのせいで恥をかきました」

「オレか? オレなのか!?」


 残ったお茶をいっきに煽り、一息つく。


「この際だから、私のスキルについて話しておこうと思うのですが」

「……いいのか?」


 セフィラの突然の申し出に、虚を突かれたようにおずおずとアネストが返答する。


「はい。少しでも安心安全に帰れるなら安いものです。それに、すでにアネストさんにはゴーストということはバレてますし、私の戦い方も見られてますから」


 ――支配者の影『ゴースト』。特定の範囲内にいる存在の力を模倣するスキル。相手が強ければ強いほど、多ければ多いほど力を際限なく力を高めるスキル。


「とんでもねえスキルだな。だから、あのときオレ達のスキルが使えたのか」

「はい。実際に目で見て皆さんのスキルを覚えてましたから、あの場で使うことが出来たんです」

「その言い方だと、相手の能力でも知らなければ使えないってことか」

「……ですね。正々堂々正面からやり合うには便利だと思いますが、不意打ちや搦め手にはめっぽう弱いんですよ」


 それに、あえて言わなくても分かるだろうが、一対一でも不利なスキルだ。セフィラの体格は平均よりも少し小柄だ。殆どの相手に対してリーチというハンデが産まれる。それに、スキルを使いこなしている相手に対して、付け焼き刃で挑むことになるのだ。同じ力が使えても、差がでて当然となる。


「お二人に話してもかまいませんよ。アネストさんだけ知っているという状況だと、緊急時に上手く動けなくなるでしょうし。私の目的は安心安全にダンジョン潜ることですから。ほかの人に黙っていて貰えるなら、早い段階で知っててもらった方が安全でしょうから」

「そりゃ、言って良いなら、その方が良いんだけどな」


 アネストの表情から軽薄は笑みが消える。そこにいるだけで、相手を威圧するかのような存在感が生まれる。無意識に喉の奥にたまった唾を飲み込んだ。


「セフィラがそこまで言ってくれたんだ。こっちもなんで『創星級スキル』を求めているか言っておく。これで、お互い秘密を握り合ったからな、信じられるだろ?」


 アネストが口にした創星級スキルを手に入れたい理由。それを聞いたとき、なんて愚かで、不敬で、恐れ多いことなんだと感じた。とてもではないが、人の身で実現出来るとは思えなかった。だからこその、存在すら怪しい創星級スキルを探しているのだろう。


「要は、オレたちは全部のダンジョンを攻略する」


 少しの沈黙のあと、ローウェンが見張りの交代に起きてきたことで、アネストとの会話はお開きとなった。

 セフィラがいることに、ローウェンは驚いていたようだったが、アネストはそそくさとテントに引っ込んだ。


「すまんな。あれだけの荷物を運ばせておきながら、アイツの話し相手もさせてしまったようだ」

「いえ、大丈夫です。私も夢見が悪かったのか、起きてしまったので」

「そうか。まだ日の出には時間がある。ゆっくり休んだ方が良い」


 ローウェンの気遣いに感謝を述べ、テントへもどって毛布を被る。今度こそ、深い闇の世界へと落ちていった。




 朝一番でさっそく、アネストがセフィラがゴーストだということを二人に打ち明けた。

 当の二人はアネストの頭がおかしくなったのかと心配し、依頼を放棄してでも街に戻るべきだと言い始める始末だった。


「アネストさんはおかしい人ですけど、言ってることは本当です」

「セフィラ。フォローするならちゃんとフォローしてくれね?」


 情けない顔で抗議するアネストに見向きもせず、セフィラは寝袋やテントをテキパキとまとめていく。

 ささっと、手慣れた手つきで一つにまとめた荷物を背負った。


「準備出来ました。行きましょうか」

「いやいやいや、マイペースすぎだろ」


 呆れたような表情で待ったをかけるアネスト。ローウェンとリーンはセフィラのことを懐疑的な視線で見ていた。


「そんなに信じられないものですかねぇ」


 本人とアネストがそうだと言っているのだから、信じていいじゃないかとは思う。


「いきなりセフィラがゴーストと言われても、信じ切れないのだよ」

「そうね。セフィラがそんなに強いなんて思えないし。なにより、強者の風格というか、威圧を感じないのよね」


 ――威圧か。


 支配者の影『ゴースト』は、運搬員として身体能力の模倣だけ使用している状況だ。雰囲気とうか、風格というか……そんなものを模倣しようとは思った事がなかった。

 試しにアネスト……は嫌なので、ローウェンの纏う雰囲気を模倣してみる。

 不思議と頭の中が綺麗に澄み渡り、普段では考えられないようなことも考えられる気がした。

 ふと三人の視線に気付く。セフィラを見つめる視線が変わった気がした。


「セフィラ。何かしたのか?」


 セフィラは答える代わりに、今度はリーンを模倣する。自身でも、体の奥底から温かくなってくる気がした。

 三人が険しい表情を浮かべる。期せずしてゴーストだということが伝わったらしい。セフィラは身体能力だけの模倣に戻した。


「あれ? オレは?」


 アネストがとぼけたことを言ってくる。なんで、わざわざ不愉快になるためにアネストを模倣しないといけないのか。


「嫌ですよ。面倒くさい」


 ばっさりと切り捨てると、露骨に落ち込んだような表情を浮かべ、いじけてしまった。


「一応、皆さんのスキルも使えますけど……見ますか」


 一度荷物を置き、腰のナイフに手をかける。いまだにいじけているアネストに体を向けて、以前にアネストが使っていたスキルを頭の中で反芻する。先程、残念そうにしていたのだから、喜んで受けてくれるだろう。


「ちょちょちょちょちょ! オレはもうゴーストだって疑ってないんだから、必要ないだろ」

「だって、アネストさんなら死んでも死ななそうだから。こないだだって、私の不意打ちを完全に受け止めてたじゃないですか」

「あのときも死ぬかと思ったんだけど!」


 もう誰も疑っていない。そうだろとローウェンとリーンに必死に訴えるアネスト。二人が頷くことで、セフィラもこれ以上力を使う必要がなくなりナイフを鞘に収めた。


「ちっ」

「聞こえたからな。なんでオレにだけ当たりがキツいんだよ。約束は守ったし、何かしたってわけじゃないだろ」


 人の秘密を暴いた張本人が何を言うのか。アネストがガースとがセフィラだと突き止めなければ、面倒臭いことにならなかったのに。

 納得いかない表情を浮かべながらも、地面に降ろした荷物を再び背負ったセフィラ。セフィラは荷物持ちだが、四人のなかで唯一、魔の森への道を知っている。道案内もがてら先頭を歩く。自然と後衛にはローウェンとリーンが。隣をアネストが並んで歩き始めた。

 言動や態度は軽いが、頼りに感じることは確かだった。

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