第11話 思い
ディーンの店で商品を受け取ったあとに冒険者ギルドに到着すると、予想通り馬車は出発したあとだった。
アネストは昨日の買い物のあと、食料を一人で買い集めており、その大荷物が眼の前に積まれている。
「アネスト。さすがにこれは量が多すぎなのではないか」
「そうね。セフィラの負担が多すぎると思うわ。減らすか分担しましょう」
リーンが荷物に手を伸ばそうとするが、その手を遮って全ての荷物を一つにまとめる。
「これくらい大丈夫です」
アネストたちのような実力のある冒険者と一緒なら、これ位の荷物はスキルでどうにでもなる。
まとめた荷物を背負子にくくりつけ、一気に立ち上がる。
うん。この三人といっしょなら、これくらい問題ない。
「無理しなくていいのよ」
「考え無しに買い込んだこちらの責任もある。運搬員は冒険者の補助が仕事で、全てを担うひつようはあるまい」
ローウェンとリーンの気遣いは有り難いが、今回の依頼では特に甘えるつもりはない。
「荷物が多いのは覚悟してましたから。魔の森を攻略にいくならこれくらいの準備は必要です」
セフィラの言葉に、うろんげな視線をアネストに向けるローウェン。
「浸食を開始したダンジョンの攻略なのはわかるが、五級以上の指定だ。もともとの等級が高いとは思えないが?」
問いただすようなローウェンの言葉に、首をひねるアネスト。
「それ以上でもそれ以下でもないのは確かだ。それは昨日伝えたろ」
「なら、なぜこれだけの荷物が必要になるのだ」
荷物の半分は解毒薬などの薬品だ。そのほかは食料品が多くをしめ、残りの少しが個人の荷物となっている。
「オレもここまで荷物が多くなるとは思ってなかったさ。けどな、このディザイアの元冒険者がこれ位は必要だと寄越したんだ。素直に従った方が良いのは当然だろ」
ディーンが用意したのは一見、過剰ともいえる量だった。だが、魔の森の植物は入口付近でもかなりの種類が繁茂している。ディーンはもともと上位の冒険者だったから、奥地までいったことがあるのかもしれない。だからこその、この種類と量なのかもしれなかった。
「私は本当に大丈夫ですから。ほら、これだけ動いても息切れしませんし」
軽くあたりを慣らしがてら走っても、息切れ一つどころか重いとすら感じない。ゴーストのスキルのおかげとはいえ、この三人の実力に驚かされる。
「だそうだ。とにかく出発しよう。出発してからでも、無理そうなら分担はできるだろ」
アネストの言葉に、二人は心配そうに視線を向けてきながらも歩き出す。そのあとを離れずにしっかりと歩き出した。
出発して七日目になるころには、二人は心配するのは杞憂と感じたのか、普通に接してくるようになった。
荷物から干し肉や日持ちする根菜をとりだし、簡単に調理をする。そのあとは、持ち回りで見張りとなるのだが、荷物持ちでは見張りにならない。テントの中でぐっすりと休めと、全員から言い含められ仕方なくいつもテントで休ませもらっていた。
「お母さん、お帰りなさい!」
数日間家をあけ、ダンジョンに行っていた母親が帰って来た。母親が疲れているのは分かっているけれど、感情を抑えることが出来ずに勢いよく飛びつく。
母親はいつも優しく受け止めてくれて、ときにはグールグルと回転して遊んでくれた。
「ちゃんと良い子ににしてた? セフィラ」
「もう! 私だって十二歳になるんだから、子供扱いしないでよ」
プリプリと怒る。でも、言葉ではなんと言っても、優しく頭を撫でてくれる母親のことが大好きだった。
ものごころついた頃から、旅の生活だった。ある国である都市で、しばらく滞在したらまた次の場所へ。小さい体で一生懸命、母親についていった。幸い、スキルのおかげで母親の足を引っ張ったことはないと思う。
ただ、そんな様子をみて母親は困ったように微笑むだけだった。
「行ってきます」
また母親が出かけていく。母親は強い。いつもダンジョンにから帰ってくるだけじゃなく、スキルでも感じていたことだ。だから、いつも安心していた。
十日がたった……二十日がたった……三十日がたった……○○日がたった……。
いつもより時間がかかっているだろうけど、大丈夫だろうと思っていた。だから、待つことに苦痛はなかった。
「××たちが帰って来たぞ」
街で食料の買い出しをしているとき、母親の冒険者パーティの名前を誰かが叫んで走って行った。
――お母さんが帰ってきた。
嬉しさのあまり、両手に持っていた食材を籠ごと落とすが、そんなことはどうでもよかった。一目散に冒険者ギルドに向かって駆けていく。幸い周りに人が多いからそれなりに力が使える。肺が軋むほどの全力で街を走り抜けた。
「お母さん!」
冒険者ギルドのドアを勢いよく開け、大声で叫んだ。中にいた冒険者の視線が一気に集まるが、すぐに伏し目がちに逸らされていく。
「?」
母親の冒険者パーティは帰って来たということだったはずだ。でも、冒険者ギルド内を見回しても、母親はいない。
「あ、おじさ……ん」
見知った人がいた。母親のパーティの一人だった名も知らぬおじさんだった。おじさんは、カウンターで受付のお姉さんと、真剣な表情で話していた。
――右腕を根本から失った姿で。
体が震えた気がした。母親の言いつけを守って、規則正しく生活しているのだ。風邪を引いているはずもない。でも、体がどんどん熱を持ちながらも冷えていく。
意志と反して体が動けなくなる。
話が終わったのか、おじさんがこちらに振り向く。
目が合った。
ゆっくりとこちらへ歩いてくるおじさん。おじさんは眼の前でかがみ込むと「すまない」と一言いって、片腕だけで抱きしめてきた。
ああ。もっと子供のままでいたかった。何も分からない子供でいたかった。わかってしまった。
次の日、冒険者ギルドに来ると、また周りから視線を感じた。
「あの、登録したいです。運搬員の」
受付のお姉さんは、凄く驚いていた。何かを必死に言っているのは分かったけれど、一切耳に入ってこない。話が通じてないのかと何度も何度も「運搬員になります」とだけ伝えた。
お母さんを探しに行かないと。ダンジョンで怪我しているだろうお母さんを見つけないと。
一人じゃ何も出来ないなら、皆と一緒にいけばいい。そうすればスキルが使える。相手を選べば危険も減る、安全にダンジョンに潜れる。
奥から一人のおじさんが出てきた。見たことない人だった。
見たことないおじさんは、背負子を差し出してきた。
「テストだ」
その背負子を背負う。重そうな袋が次々と背負子に積まれていく。どれだけ積まれたろうか。これ以上積めないというほどまでだったか。でも、冒険者ギルド内にはたくさんの冒険者がいる。スキルを使えば何てことない。強ければ強いほど、多ければ多いほど、私は強くなれるのだから。
そうして、『十』と書かれた札を渡され、運搬員として働くこととなった。
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