第10話 おじさん

「こ、ここか? 大丈夫なのかよ」


 アネストの心配の声を無視して、店の中に入る。


「おじさん、いる?」


 暗い店の中。陳列棚には何も置かれていない。セフィラが声をかければ、奥から億劫そうに一人の男が姿を現した。


「なんだ、セフィラの嬢ちゃんか。どした? なんか入り用か」


 髭を伸ばしきったあと、乱雑に切りそろえたような男。特徴的なのは、片腕を失っていること。この店の店主で、昔からセフィラの知り合いのディーンという元冒険者だ。


「魔の森に行きたいの。急いで必要な解毒剤や薬草をありったけちょうだい」


 魔の森と聞いたディーンは渋い顔をした。頭をガリガリとかいて、言い聞かせるようにセフィラに言う。


「魔の森なんざやめとけやめとけ。リスクとリターンが合わなくて、誰も行きたがらないところだぞ。ありったけ欲しいってことは、入口付近で採取じゃなくて、攻略なんだろ?」

「もう。文句言わずに売ってよ。売ってくれないと、なんの準備もなしに行くことになるんだから」

「なんでそんなに行きたがるんだよ。おい、アンタも……あれアンタこないだの……それはともかく嬢ちゃんを止めてくれや」

「あー、セフィラに運搬員の依頼をしたのはオレなんだわ」


 二人は既に顔見知りだったのか。ディーンが睨み付けるような視線でアネストを見据える。


「大丈夫だよ、おじさん。アネストさんは二級冒険者だから。地元のゴーン国だと一級だって言ってるし」

「セフィラ、そういうことじゃないんだよ。わかるだろ」

「もう、そういうことなの。この依頼は断れないの。受けないって選択肢はないの」


 元冒険者だからだろう。断れない依頼と聞いて、ピンとくるものがあったらしい。ディーンはアネストを遠慮無く睨み付ける。


「分かった売ってやる。ただし、そこのアンタが条件を飲むならな」


 突然話を振られて、困惑するアネスト。セフィラはアネストに話が飛び火するとは思っておらず、目をパチクリさせていた。


「ダンジョンの攻略よりも、嬢ちゃんの命を優先しろ。それなら、売れる物なら何でも売ってやる」

「ちょっと、おじさん!」

「セフィラは黙ってろ。で、どうなんだ」


 聞いてはいないが、アネストには等級を早くあげたい理由があるのは知っている。セフィラもセフィラでダンジョンに潜りたいという目的がある。お互いに利益があるからこそ、ゴーストということがバレても、アネストの依頼を受けていたのだ。ディーンの要求は、アネストの目的に沿う内容ではない。

 セフィラがアネストに言葉をかけるより早く、頭にアネストの手が乗せられた。


「ああ、分かった。ダンジョンの攻略よりも、セフィラの安全を優先する。セフィラもそれでいいだろ? 安心安全にダンジョンに潜れるんだからな」


 セフィラにとっては文句のない条件だが、それでは一方的にアネストを利用することになってしまう。本当にそれでいいのかと、アネストの目を見つめれば、笑みを返してきた。


「分かった。魔の森で必要な薬は用意してやる。明日の朝に取りに来い。金もそのときで良い」

「二人とも、勝手に話をすすめないでよ」

「ダンジョンに潜るのはオレで、必要な道具を売ってくれるのはディーンだ。セフィラはオレが雇うんだから、勝手に話は進めていないだろ」


 返された正論に喉に蓋をされたかのように言葉が出てこない。その間にあれよあれよという間に、話が纏まってしまった。

 ディーンの店を出る。すでに、そとは夕闇に染まっていた。


「じゃ、明日はこの店に集合でいいな」

「勝手に決めないでください。頭がお花畑なんですか」


 明日の朝には冒険者ギルドから馬車が出るのだ。朝一で店によって商品を受け取って、荷造りなんてしていたら間に合わなくなる。


「なんだ、馬車に乗る気だったのか?」

「普通、乗るんじゃないですか」


 魔の森へは馬車で五日間の行程だ。歩きとなると倍はかかってしまう。それだけ日数に違いが出れば、馬車で先行する冒険者たちがダンジョンを攻略してしまうかもしれない。


「気付いてなかったのか。ディーンが商品を明日の朝に渡すってことは、少しでも出発を遅らそうって考えだろ。馬車のことはまだ知らないだろうけどな。先発組じゃなくなれば、それだけダンジョンに潜る危険度も下がるってもんだ」


 すぐにでも店に戻って、すぐに商品を用意するように文句を言いたかった。でも、それ以上に三年経ってもセフィラのことを気にしてくれている。嬉しくもあり、心苦しくも感じる気遣いに、歩を進めることができなかった。


「浸食を開始したダンジョンだ。馬車と歩きで数日違いがでようが、そんなに影響は出ないだろうさ。ゴーン国でも同じ依頼があったとき、攻略に一ヶ月以上かかったからな」


 アネストはこれから仲間の二人に連絡するということで、今日はこのまま別れることとなった。

 魔の森は採取の依頼を受けた冒険者に雇われ、何度か足を運んでいる。今回の依頼では攻略となるのだから最深部まで潜ることができる。アネストが自らセフィラを雇うのだから……ディーンとの交渉もアネストが行ったのだから……。

 今回の件で、一番得をしているような、させられているような気分になる。


「なんか、気に入らないです」


 アネストの消えていった方角を見つめながら、明日の準備のためにセフィラも自分の家へと足を向けた。

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